48話 ラストバトル(1)

 悪魔はねねねたち三人の攻撃魔法を受けて、無傷でそこに浮いていた。


「俺たちの最大魔法を受けて無傷だと!?」

「……っ! これが悪魔、バディン」


 ねねねたちは絶句する。


「くくっ、あれは攻撃だったのか? 危ないなぁ。生まれたばかりのやわな体に傷でもついたらどうするんだい?」


 バティンは青い馬にまたがり、にやにやと余裕の笑みを浮かべて優雅に浮遊する。


「志津先輩」

「なんだい、茜くん」

「アイツが真の黒幕ってことだよね?」

「そうだ。アイツが渋谷りもを操っていたんだろう」

「そうだ。この俺が、渋谷りもを操り鷺ノ宮にあを模擬戦の中で殺され続ける生き地獄を作り出した張本人さ! 死にたくても死ねない、絶望に打ちひしがれるにあの負の魔力はたまらなく甘美だったぜ?」


 バディンは舌舐めずりをする。茜はギリッと奥歯を噛み締めた。


「お前が、にあの仇かっ!!」

「茜くん! 待てっ!」


 デインが止めるのも聞かず、赤龍となった茜は翼をはためかせ、一瞬でバティンのところまでたどり着いた。


「灼熱の渦に飲み込まれろ! 灼熱暴風!」


 茜は火炎のブレスを吐くと同時に翼で竜巻を作り出し、火炎の竜巻をバディンに向けて放った。


「くははは、悪魔に魔法で挑もうなんてな。リフレクト!」


 凄まじい業火をまとった竜巻が、バティンにぶつかる寸前で跳ね返った。


「えっ!?」


 自身が放てる最高の魔法が、最も容易く跳ね返され、燃え盛る竜巻が眼前に迫る。悪夢のような光景に目を疑う暇すらなく、茜は火炎の竜巻に焼かれながら吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「竜ヶ崎先輩っ!!」

「俺様は魔法少女と違って甘くないんでな。ほら、とどめだ! グラビティ・ボール!」


 バティンの手から真っ黒なエネルギーの塊が放たれる。


「させるかっ! ブレイバー・シールド!」


 デインは校舎から飛び降り、茜の前に立って魔法の盾を構えた。


「くはははは! 揃いも揃って馬鹿ばかりだな!」

「何っ! がっ! ぐあぁ……!!」


 バティンの放った真っ黒なエネルギーは、デインの前まで行くと急激に周囲の重力を強めた。デインの構えた盾に効果はなく立っていることすら出来ずに地面に倒れてしまう。超重力の空間は、茜もろとも押し潰さんと凄まじい力で圧迫した。


「ギャァァァッ!!」

「がああぁぁっ!!」


 悲鳴が止んで、デインたちはその場で動かなくなった。


「志津先輩、竜ヶ崎先輩……!」

「学園のトップランカーが、一瞬で……」

「私、こんなのに取り憑かれてたの……? 勝てないよ、殺されちゃうよ……」


 アルトと真菰は愕然とし恐怖する。そして、りもは腰が抜けて立てなくなっていた。

 ねねねはそんな三人を見て、意を決して告げた。


「……アルトちゃん、真菰ちゃん。りもちゃんを連れて逃げて。そして、このことを先生に伝えて」

「ね、ねねねちゃんは?」

「この悪魔の目的は私みたいだから、足止めする」

「そんな! 志津先輩と竜ヶ崎先輩を一瞬で葬った相手デスよ! 一緒に逃げるのデス」


 真菰は悲痛な声で訴える。


「ダメだよ。アイツはにあちゃんの仇なんだ。私は逃げられない」

「そんな……!」


 アルトも悲しそうな声を上げるが、二人の表情とは逆に、振り向いたねねねは笑っていた。


「二人は私なら誰にも負けないって、言ってくれたよね? 序列一位の力、見せちゃうんだから!」


 力こぶを作っておどけてみせるねねねを見て、アルトと真菰は心を決める。


「す、すぐに戻ってくるから! りもちゃん、行こう!」

「負けちゃダメなのデス!!」


 二人はそう言って放心するりもを引きずって、校舎の中へと駆けて行った。


「くはは、この俺様とタイマンとはいい度胸じゃねぇか? あぁ? 轟ねねね」

「……あなたは、なんでこんなことをしてるの?」


 ねねねはハンマーステッキを握りしめて、唇を噛み締める。恐怖で足がすくみ、歯がガチガチとなり出しそうだった。


「はぁ? お前にやり返す為に決まってんじゃねーか?」

「そうじゃなくて、りもちゃんに取り憑いて、序列最下位だったにあちゃんを苦しめ続けた理由」

「んだよ、そんなことかよ。俺たち悪魔の好物は人間の負の感情から生み出される魔力だ。にあは中でもレアな魔力の持ち主だった。にあが苦しんで生み出す魔力は最高だったぜ。それがあっけなく死にやがって、もったいねぇ」


 かはは、と嗤うバティン。


(あぁ、そっか。そういうことだったんだ。にあちゃんは、りもちゃんを救うだけじゃなく、この悪魔にこれ以上魔力を渡さない為に自ら命を絶ったんだ。りもちゃんを許して、だけじゃなかったんだね。あの言葉は、こんな形で託す自分を許してってことだったんだね)


 ねねねはにあの強さ、優しさに改めて気づけたことが嬉しくて、思わずうつむいて笑ってしまう。


「何を笑ってやがる? さぁ、無駄話は終わりだ。せっかく顕現したんだ。お前を殺して、この街を焼き払い、負の魔力を喰らい尽くしてやる!」

「にあちゃんが託してくれたもの、にあちゃんが守ったもの、簡単に壊させたりしない!」


 ねねねはにあの思いを勇気変えて、ハンマーステッキを構えた。


「はっ! くだらねぇ! 死にな!」


 バティンが指を鳴らすと、無数の炎の球がねねねを取り囲んだ。


「ブルームッ!」


 ねねねは瞬時にステッキをホウキに変えるとそれに捕まり、炎の球の隙間を縫うように飛んだ。


「フルアップ! ファストタイム!」


 炎の球の包囲網を抜けると、身体強化と時間を早める魔法を自身にかけて、まるで瞬間移動のような速さで飛びバティンに迫る。


「フル・スイングッ!!」


 予備のハンマーステッキを最大まで伸ばし、全力で振り抜く。ハンマーステッキがバティンの顔面を激しく殴打した。普通の人間なら即死の威力の一撃だ。


「くっ! このガキっ!」

「まだまだぁっ!!」


 ホウキを急旋回させて、再びバティンに迫る。さらに一撃、もう一撃と攻撃を加えた。ねねねは凄まじい速度でバティンの周囲を旋回し、すれ違う度に鋭い一撃を見舞った。


「これでどうっ!?」

「くっ、くはは、そうだったな。お前は魔力自体は少ないんだったな」


 並の魔法少女なら、いや、この学園のどの魔法少女でも、この連続攻撃で勝敗は着いていただろう。しかし、バティンが倒れる様子はなかった。


「そんな魔力のこもってないチンケな攻撃じゃ、俺様にダメージなんてねぇよ」


 バティンは殴られた鼻からチン、と黒い血を出すと、ねねねをギラリと睨んだ。瞬間、ねねねは動きが止められたように動けなくなった。まるで自在結界の中にいる時のようだった。


(マジックキャンセルで!)


 ねねねはすかさずコスチュームの付与魔法マジックキャンセルを発動させる。しかし、


(っ!? マジックキャンセルが発動しない?)


「かはは、テメェがビビって動き止めてるだけだろうが。魔法なんてテメェにゃ必要なかったな」


 バティンはそう言うと、ねねねの真後ろに現れる。


(テレポート!?)

「お前にも時空の魔法の才能あるかもしれんが、ソイツは俺様の十八番だ!」


 バティンの固そうな拳がねねねの頭に振り下ろされた。頭蓋骨にヒビが入ったと思うほどの激痛が走り、ねねねは地面に叩きつけられる。


「あ、くっ、いったぁぁ……」


 寸前に障壁魔法を使ったが、ダメージを殺しきれなかった。


(そうか、りもちゃんに取り憑いている時に時間の魔法にこだわったのは、コイツの得意な魔法だからだったんだ)


 ねねねが歯を食いしばって立ちあがろうとすると、目の前には先程と比較にならないほど無数の炎の球がねねねの周囲を覆っていた。


「そして、俺様のもう一つの得意な魔法、炎だ。この火球一つで赤龍のブレスに値するんだぜ。まぁ俺様に苦手な魔法なんてないけどな。……燃え尽きろ!」


 炎の球がねねねに向かって降り注ぐ。


「うわあぁぁ……!!」


 あまりの火力の凄まじさに巨大な火柱が立った。校庭の真ん中にそそり立ったそれはあまりの熱に校舎をガラスを溶かしていく。


「かはは、あっけねーな。所詮成り上がりの序列一位か」


 勝利を確信して高らかに嗤う悪魔。

 炎はねねねとその思いを焼き尽くすように轟々と燃え続けた。

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