47話 序列一位(3)
ねねねが目を開けると、唖然とした表情の四人に囲まれていた。その先には渋谷りもは地面にしりもちをついている。
「ん? みんなどうかしたの?」
「ど、どうなっちゃったの?」
アルトは目を白黒させてそう聞いてきた。
「どうなったって、勝ったよ?」
「え? あれ、勝ったのデスか!?」
真菰も微妙な表情だ。
「あ、そっか! りもちゃんが自在結界を使うとキューブしか見えなくなるんだっけ? そっちからはどう見えてたの?」
「んーと、始まった瞬間に二人が渋谷りもが作った四角い箱の中に吸い込まれて、ずっと何も起こらないと思ってたら、箱がはじけ飛んで、ハンマーステッキをスイングするねねねちゃんと殴り飛ばされた下着姿の渋谷りもが出てきて、試合が終了した、かな?」
それを聞いてねねねはがっかりとため息をつく。
「そうなんだ……。はぁぁ、もー、綱渡りみたいな戦いだったよ。りもちゃんは最初から本気だし、一瞬の隙を見て攻撃したのに殴られても平気だし……」
「いえ、すごく痛かったですよ。障壁魔法があっても意識が飛ぶかと思ってました」
ねねねがアルトちゃんたちにそんな話をしていると、いつの間にかりもは立ち上がっていた。
「渋谷、りもちゃん?」
「はい。ねねねちゃん、私を、私の中の悪魔を倒してくれて、ありがとうございました。そして、ごめんなさい。私のせいで、鷺ノ宮にあちゃんが、死んじゃったこと、本当にごめんなさい……」
りもはポツポツ、と地面に涙の粒を落とした。クシャクシャに顔を歪ませたその顔は、まるで憑き物が落ちたかのように別人で、大人しい、引っ込み思案な性格の少女だった。
「殴られて、頭がおかしくなっちゃったデスか?」
真菰が歯に衣着せぬ物言いをすると、りもは少しだけほほ笑んだ。
「そう、かもしれません。でも、そうだとしたら良かったです。多分、私は悪魔にとりつかれていたんです」
涙を浮かべながら悲しそうに微笑むりも。
「悪魔に取り憑かれていたと言ったね? 渋谷りもくん。どうしてそうなったんだい? それがどうして鷺ノ宮にあを追い詰めることになったんだい?」
話を聞けそうだと判断したのか、デインは優しくりもに問いかける。
「はい。にあちゃん、鷺ノ宮にあちゃんとはクラスメイトでお互いにあんまり成績が良くない同士、打ち解けて仲良くなったんです。
いつも二人でどうやったら魔法が上手になるか、ランキング最下位から脱出できるか話していました。
話が盛り上がっていって、自分以外の力に頼る方向に話が向かってしまって……。妖精、精霊、神様と力を借りるやり方を試したのですが、それも上手くいかず、悪魔の力を借りるやり方を取りました。
そして、それが成功してしまったんです。召喚できた悪魔は時空の力を操る悪魔バティンと名乗っていました。最初のうちは時空の力を扱う代償に薬草や安価な宝石を捧げればそれでよかったのですが、力を使うにつれてだんだん意識を奪われるようになっていき、いつの間にか私の意識は後ろで見ているだけの存在となりました」
「悪魔召喚、危険なことを……」
デインは唇を噛み、悔しそうにつぶやく。
悪魔召喚は学園のカリキュラムで魔法を学ぶ中で勉強することだが、もちろん先生がいて初めて実施しても良いことで、生徒同士で気軽にやって良いことではない。
「にあちゃんは、本当にいい娘で、私がおかしくなり始めたのは悪魔召喚のせいだと責任を感じて、私がいくら意地悪をしても傍にいてくれました。私が暴力を振るっても、傷ついてもずっと傍にしてくれたんです」
「にあは、そういう娘だったよ」
りもはボロボロと涙を流し、茜も悲しそうにうつむいていた。
(にあちゃん……。やっと、真実と出会ったよ。そういうことだったんだね……)
ねねねもうっすらと涙を浮かべ、にあの苦悩を少し理解できた気がした。
(さっきのりもちゃんの体から出てた、あの黒いモヤみたいなものが悪魔だったのかな?)
元の空間に戻ってからも、りもの体からうっすらと黒いモヤが出て行っていたように見えた。別空間とは言え、凄まじい衝撃を受けてそのショックで悪魔が離れたのだろう。
しかし、それももう危険はないだろう。ねねねはそう思って、りもと向き合う。
「……渋谷りもちゃん。私も、にあちゃんと友達だったんだ。だから、私は悪魔に操られていたとしてもにあちゃんを追い詰めたあなたが許せない。だから、私と一緒ににあちゃんのお家の遺影で謝って」
「轟ねねねちゃん……」
「そしたら、少しだけりもちゃんのこと許せると思うから」
ねねねは涙を飲み込んで、空を見上げた。
夕日が暮れ冬の空は暗くなり始めていた。はぁ、と吐いた息が白くなって、高く遠い空に昇っていく。藍色に染まろうとする空に、星と月がやけにきらめいて見えた。
明日は終業式。ねねねの二学期における長くて短い戦いは終わりを告げる。
そのはずだった。
「オイ……」
どこからともなく、陰湿で苛立ったような声が響いた。
「……? 今、誰かの声がした?」
ねねねは周囲を見渡したが、その声の主を見つけることは出来なかった。
「オイ、オイオイ、オイオイオイオイッ!!」
今度ははっきりと大音量でその声が響いた。不満しかない、誰かを憎むような邪悪な声。
「な、何?」
声の発せられた先を見ると先程りもの体から抜け出た黒いもやが、宙にただよっていた。
「……まさか、これで終わりじゃねぇだろうな? 終わりだと思ってんじゃねぇだろうなぁ!? あぁっ!?」
怒りに狂った声が響き、黒い煙は空へと広がっていく。月と星がきらめき始めた夕闇に暗雲がただよっていく。
「ま、まさか、さっきの悪魔?」
「っ! 悪魔が実体化したっていうのか!?」
それまで成り行きを見守っていたデインと茜は、危機感を覚えてそれぞれ剣とこんのステッキを取り出して身構える。
「殴るしか脳のない脳筋馬鹿にやられたままじゃ済まさねぇ。せっかく集めた負の感情の魔力を使うにゃ惜しいが、舐められたまま魔界に帰るわけにはいかねぇんだよ!」
黒い空に赤い光が走り、円と文字を描いていく。それはねねねが見たこともない複雑な紋様で、禍々しいとしか言いようのない、空一面に広がる巨大な魔法陣だった。
「これは、マズいぞ! 悪魔だ。悪魔が地上に顕現する! 茜くん、現れた瞬間最大火力で消し去るぞ! 変身しておけ!」
「わかった」
デインと茜はこれから現れるであろうそれに備え、魔法少女に変身する。ブルーの鎧ドレスと赤いチャイナドレスのコスチュームに着替え、魔法を使い始めた。
「ねねねくんもだ! 使える最大火力の攻撃をヤツが現れた瞬間に放て!」
「は、はいっ!」
ねねねたちには何が起こっているのかわからなかった。しかし、デインと茜、二人のランキング上位の先輩がこれほど焦って怯える姿を見て、従わない訳にはいかなかった。
(何? 何が起きようとしてるの?)
ねねねはステッキをミサイル型に変身させ、自身に身体強化魔法を最大にかけて、魔法陣から何かが現れるのを待った。
空に描かれた禍々しい紋様の魔法陣が、溶けるように校庭の真ん中に落ちてくる。同時に黒い煙が集まって、ソレを形作っていく。真っ黒い皮膚の巨大な体を持つ屈強な男だった。背中にはコウモリの羽、頭には鹿のツノ、青い馬に乗った蛇の尻尾を持つ紛れもない悪魔だった。
「今だっ! セラフィック・サンダー・レイ!!」
「灼熱の息吹!!」
デインは八つの雷を呼び出し、悪魔の周りを取り囲む。茜は己の姿を赤龍に変えて、その口から灼熱のブレスを悪魔に吹き付けた。
「っ! ミサイルッ!!」
一瞬遅れて、ねねねもミサイルステッキを豪速で投げつける。
灼熱のブレスが悪魔を包み、ミサイルが当たって爆発を起こす。そして、最後に八つの雷の柱が集まり、悪魔を焼き尽くした。しかし、
「……くははは! おはよう。いい気分だ」
爆発の中から、それは現れた。
人の三倍はあろうかという巨大な体躯の真っ黒な悪魔は嘲るように笑い、そこに顕現した。
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