46話 序列一位(2)

 ねねねが目を開けると、額に雫が落ちてきた。


(雨? バトルステージで雨が降っているの、初めて見た)


 しとしとと雨が降り、濡れた地面から土の匂いが漂っていた。

 周りをよく見渡すと、地面はレンガ調の道路、立ち並ぶビル群、古風な雰囲気を残した最新の駅。大都市・東京のど真ん中を再現したバトルステージだった。


「雨の東京か。珍しくもない。さて、終わりにしてやるよ、轟ねねね! 自在結界!」


 バトルが始まった瞬間、りもは魔法を使った。

 りもの両手に収まるほどの小さな魔法のキューブ。それが一瞬のうちに広がってバトルステージ空間を全て包み込んだ。


「これで私の勝ちだ。轟ねねね、テメェはここから何にも抵抗できねぇ」


 見た目には何かが変わったかわからない。しかし、どこか違和感は感じられた。


「まだ、何にも始まってないよ!」


 ねねねは使い慣れたハンマーステッキを手に、身体強化魔法を使って地面を蹴ると一気に距離を詰め、りもに殴りかかった。


「ふん、無駄なことを」


 ねねねは全力で振り抜いたはずなのだが、ハンマーステッキが彼女の頬の前でピタリと止まっていた。


「なっ!? えっ!」


 止まって、そのまま動かせなくなった。押しても引いてもびくともしない。


「だから言ったろ? 私の勝ちだって!」


 りもはすっと足を持ち上げるとそのままねねねの腹を蹴った。魔力のこもった凄まじい蹴りだ。ねねねはとっさにステッキから手を放して障壁魔法を使い防御する。


「ぐっ!」


 障壁の上から蹴られたのに、お腹に鈍痛が走り、ねねねは後退させられる。


「ここは私の思うがままになる結界の中だ。テメェは化け物の腹の中に自ら飛び込んだんだよ」

「っ! ミサイル!」


 渋谷りもの言葉に言い知れぬ不安感を覚えつつ、ねねねは予備のステッキをホウキミサイルに変化させて、全力で投げつけた。


「そんなチンケな魔法で私の自在結界が破れるかよっ!」


 後部をバーストさせて高速で飛んで行ったホウキミサイルが、またも渋谷りもの目の前で止まった。


「本当のミサイルっていうのは、こういうのだ!」


 渋谷りもはねねねのホウキミサイルをがしっと掴むと、それを人の体ほどもある自衛隊で使っているような本物のミサイルに変化させて、それを投げ返してきた。


「う、うわっ!!」


 ミサイルは轟音を上げて一瞬で目の前まで迫ってくる。身体強化魔法を使ってスピードを上げても伏せるだけが精いっぱいだった。頭の上を通り過ぎ、数十メートル先の地面に落ちて爆発した。その爆音も凄まじく余波だけで吹き飛ばされそうだった。


「名前の通りだ。この空間では私が神。時間も空間も自在に操れるんだ。例えば、……動くな」


 りもがねねねを指さしてそう言っただけで、ねねねは身動き一つとれなくなった。


「右手を上げろ。次は左手もだ」


 命令されるがままにねねねは右手を上げ、次に左手を上げた。完全に渋谷りもの言いなりだった。


「こ、この空間に閉じ込めて、鷺ノ宮にあちゃんをいじめ抜いたんだね?」

「いじめ抜くなんて人聞きが悪いな。ちょっと遊んでただけだよ、友達としてな。……この空間はな、外からは小さなキューブが浮いているようにしか見えないんだよ。バトルステージに入ってこの結界を使えばなおのこと、外からはまったく感知できないと思うぜ?」


 渋谷りもは姿を消したかと思いと目の前に現れて、再びねねねの腹を魔力のこもった足で蹴ってきた。


「うぐっ!」


 今度は防ぐことすら蹴りがみぞおちに入って、たまらず後ろに下がってしまう。


(……昼に何を食べたか思い出した。カツカレーだ)

「あーあ、動くなっつったのによ。勝手に動きやがって、おもちゃ失格だな」


 くははは、と笑う彼女はそのコスチュームも相まって悪魔にしか見えなかった。


「魔法模擬戦の空間でこの自在結界を使えば死なずに済むけどな。現実で使えば傷も痛みも治らない。当然、死ねばそれまでだ。つまり、現実でも私は最強って訳だ」


 口元を吊り上げらせて自慢げに渋谷りもは語る。

 それが分かったところで何の対策も立てられないが、つまりは彼女を野放しにすることは学園、いや、世界の危機になりえるということだ。


「しゃべりすぎたな。……そろそろ終わりにするか? ちっと地味だけど……。時よ、止まれ!」


 ねねねの視界に映るものすべてが灰色になって、何も動かなくなった。降りしきる雨も、ビルから吹き抜ける風も、世界のすべてが止まった。その中を、渋谷りもがゆっくりと歩いてくる。その手に握られたステッキがナイフに変化して、ねねねの首を、頸動脈をゆっくりと切り裂いて……。


「時よ、動け」

「ぎゃあぁぁぁっっ!!」


 血が首から噴き出して、ねねねは地面をのたうちまわった。


「クハハハハハハハハ……!! 何が魔法少女だ! 小便臭いガキ共の集まりだろうが! 私の魔法こそが最強なんだよ! この私が最強なんだ!!」


 りもの不愉快な笑い声が響く。


(痛い、熱い、傷口が熱くなって、手が血で赤く染まって、意識が遠のいて……)


 ねねねが死を覚悟したその時だった。


(君はその程度じゃないだろう!)


 どこからか、竜ヶ崎茜の声が聞こえた気がした。

 

(僕の、龍の血を浴びたんだ。今の君はそんなダメージじゃ死なない)


 茜の言葉の通り、傷が塞がって治っていく。


(竜ヶ崎先輩? あれ? 痛く、ない……。血も止まって傷も治ってる。これならまだ立ち上がれる)


 ねねねはそう思うとすぐ起き上がり、そのまま身体強化魔法を使いハンマーを握りしめ、高笑いを続ける渋谷りもの顔面を殴りつけていた。


「ぶっ! ぐぶっっ!!」


 りもは灰色のフードの肩のあたりの障壁を散らしながら吹っ飛ばされて地面に転がる。


「いっ! てぇぇぇ……! な、な、なんでテメェ!? 死んだら模擬戦は終わりだろ!?」

「……わかんないけど、生きてるね。痛みもないかな? 傷ももう治ってる」

「は? はぁあぁぁぁぁ!!? なんでだよ! 頸動脈切り裂かれたろ!?」

「とりあえず、無事なうちは戦おうかな!!」


 再びハンマーを振り上げ、ねねねはりもを追撃する。


「ふ、ふざ、うわっ!」

「んぁああああーーーーーーっ!!」


 時を止められる前に反撃しなければ、と身体強化魔法を最大に使い、最大のスピードとパワーでハンマーを振り、りもに迫った。


「盾よ!!」


 渋谷りもはステッキを巨大な盾に変化させて、ねねねのハンマーを防いだ。ガイン、ガイン、という金属音が響きわたり、その隙にりもは再び天に手をかざした。


「時よ! 止まれぇえっ!!」


 再び目の前が灰色に染まる。時の止まった世界の中で、渋谷りもだけが動いていた。


「はぁ、はぁ、なんでコイツ……。そうか竜ケ崎と戦って、竜の血を浴びて部分的に不死身にでもなりやがったか? それなら……」


 竜の血は人を不死身にする効果があるという伝承がある。どうやらそれが本当だったのだろう。茜と戦った際に浴びた返り血が、バトルステージの中でも活きているらしい。

 りもは今度は針がびっしり生えた棺桶のようなものに変化させる。


「コイツはアイアンメイデンって拷問道具だ。本物は急所を外すように針が生えてるらしいけどな。テメェが竜の血を浴びてない場所にも全て刺さるようにアレンジしといたぜ」


 時の止まっている空間の中でなぜかりもの言葉が聞こえた。

 りもは作り出したそれをズルズルと引きずって運んでくると、ねねねの身体を背中から蹴って倒し、針の生えてない棺桶側に入れた。


「はぁ、はぁ、体力がねぇなぁ。人間の体はこれだから……。これで終わりだ。穴の開いていない体にサヨナラだ!」


 ねねねは棺桶に寝かされ、無数に針の生えた天井の部分を上から落ちて来る。


(マズイ、マズイ、マズイ! 今度こそやられる! っ! そうだ、この魔法なら!)


 ねねねは最後の悪あがきにある魔法を使った。


「おかしな女だぜ。なんなんだコイツは……」


 蓋がしまったことで安心したのか、りもは棺桶の上に座って悪態をつく。


「よし、もう刺さっただろ。時よ、動け!」


 再び止まっていた雨粒が落ち始めた。しかし、先ほどよりは雨の勢いは弱いように思える。


「……悲鳴もなしかよ。コイツ、どんだけ図太いんだ?」

「誰が、野太いって!?」


 ねねねはりもの頭上に飛び出して、ハンマーを振りかぶって殴りかかった。


「んぁあああっ!!」


 全力でハンマーを振り下ろし、ガイン、と渋谷りもの頭に殴りつけた。


「ががっ!! ぎぎぎ……っ!!」


 りもはで棺桶から滑り落ち、頭を押さえながらフードの部分の障壁をまき散らし地面を転がった。


「よく頭が割れないなぁ。よっぽど石頭だね」

「て、テメェ!! なんで、このっ……!!」

「抜け出せたのかって? 内緒だよっ!」


 ねねねがそこにいるのは、奇跡でも何でもなかった。

 ねねねの使った身体強化魔法は実は身体強化だけではない。デインに「その動きはもう人の体の動きを超えてるよ」と言われて、研究してみた結果、ねねねは「自分の時の流れ早くする時間魔法」を使っていることがわかったのだ。もちろん身体強化も使え、この二つの魔法の魔法を重ねて使うと茜と戦った時のような瞬間移動のような動きができる。

 自分の時の流れを早くして時を動かし、ディメンション・ホールの魔法を使って、アイアンメイデンから抜け出したのだ。


(この秘密はりもちゃんには教えて上げないけどね!)

「時よ、止まれ!! 止まれ! 止まれぇぇっ!!」

「もうその魔法は効かない! 私の時は止まらない!!」


 ねねねはコスチュームに付与してある魔法「マジック・キャンセル」を発動させる。異空間から抜け出したような、心地の良さを感じた。

 この魔法は真菰の大発明としか言いようがない。りもの魔法が自在結界だと分かった真菰は使用者が受ける魔法の影響をキャンセルする魔法を開発してくれたのだ。

 マジック・キャンセルの弱点は体に触れた魔法も全てキャンセルしてしまうことだ。お陰でねねねには身体強化も時間魔法もなく、ステッキも基本形態のハンマーステッキしかない。


(でも、もやしっ子のりもちゃんをぶっ飛ばすにはこれで十分!)


 ねねねは不敵な笑みを浮かべてハンマーを振りかぶる。


「全身全霊のフル・スイングだっ!! んぁあああああっっ!!」

「ごっ!! ……かはっ」


 ガシャァン! とガラスの割れる音がして、黒のエナメルコスチュームも灰色のローブも破壊して、りもは宙を舞った。


(下着も黒のエナメルとはセンスがいいなぁ)


 雨が上がる。差し始めた日の光に照らされて、りもの残った面積の少ないエナメルの下着がキラキラと光っていた。

 りもが宙を舞っている間、彼女の口から真っ黒な煙が出ているように見えた。


(なんだろ? あの黒い煙……。っていうか、時を止める魔法にこだわらず千発のミサイルでも打ってくれば私に勝ち目なんてなかったんだけどね)


 そう思っている間に、ビーーーーー、とブザーの音が鳴り「魔法模擬戦終了、勝者轟ねねね」と機械のような声がそう告げられ、戦いは終わった。

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