38話 VSドラゴン(2)
ねねねたちは作戦に必要な魔道具の作成と戦いを想定した練習を繰り返し、気がつけば数週間が経過していた。全ての準備を整えたねねねは、竜ヶ崎茜に魔法模擬戦を挑むために二年生のクラスに来た。
「えっと……。竜ケ崎先輩は……?」
放課後になってすぐに来たため、ほとんどの生徒がまだ教室にいる中で茜だけが教室にいなかった。ねねねが茜を探して教室を覗いていると、他の先輩が話しかけられた。
「あ、轟ねねねじゃん!? 竜ケ崎とバトルしに来たの?」
「は、はい、そうです。……竜ケ崎先輩は?」
「多分屋上じゃない? 放課後いつも一人でそこにいるよー」
最初に話しかけた先輩とは別の先輩がそう答えてくれた。
「頑張ってね。アイツ、クールだけど本当は優しいやつだから」
「ありがとうございます。行ってみます! 失礼します」
意味深な言葉だったが、今はそれは考えず屋上に向かった。
階段を上り屋上への扉があるホールにたどり着いた。ホールにある屋上への扉を開けると、夕焼けに染まった屋上に景色に溶け込むような茜の姿があった。
そのさみしそうな背中は泣いているように見えた。
「竜ケ崎先輩?」
「誰っ!?」
びくっと茜は振り向いて、それでようやく輪郭が現れたように見えた。
気だるそうに着崩した制服、スカートの下から出た赤くて太いトカゲのようなシッポ、髪に紛れて生える金色の角。目の前にするとこんなにもインパクトがあるのに、先ほどまでは消えてなくなりそうだった。
「は、初めまして。轟ねねねと申します」
「あぁ、君が噂の。バトル、挑みに来たの?」
「はい。受けてもらえますか?」
「いいよ。早速始めようよ。時間かけるの嫌いなんだ」
「よ、よろしくお願いいたします」
急にクールな態度になって、他人を寄せ付けない雰囲気になってしまった為、ねねねは何も聞くことが出来ずにただ頷いた。
「転身」
茜は静かにそう言うと、指につけた指輪型の変身キットから炎を発し、その場で回転をしながら指輪から発せられる燃え盛る炎の中に全身を包みこんだ。その炎が竜になって上昇し、その中から変身した茜が現れた。緑色のチャイナドレスには大きくスリットが入っていて、すらりとした足が見えた。手に持ったステッキは身長ほどの長さのこんの形をしていて、その立ち姿は中国の武道家のようだった。
「次は君。変身しな?」
「は、はい! ……オンユアマーク・レディゴー!!」
ねねねはクラウチングスタートの姿勢から駆け出すと、目の前に現れた光の幕を通過する。セットしておいた魔道具研の新作コスチューム「レジェンド・ガード」に変身した。これもデザインは一緒の色違いだ。ブルーのバニースーツに白銀の腕輪、白のスカート。違うのは赤色のマフラーと大剣型のステッキを装備しているところだけだ。
「そう。勇者装備って訳だ」
「はい。先輩に勝てるのは勇者か魔王だけだと思ったので」
「まぁ、悪くないんじゃない? それじゃ、やろう」
茜は面倒くさそうに生徒手帳を開くと、ねねねに向けて魔法模擬戦の申請をした。
ねねねは目の前に出てきた自分の生徒手帳の承認ボタンを押す。同時にねねねたちはバトルステージに吸い込まれていった。
目を開けると、そこは洞窟ステージだった。
岩に囲まれた薄暗い空間にカビ臭い匂いが漂い、足元は苔が生えて濡れているようだった。その薄暗い洞窟の中に茜の赤い瞳がこうこうと浮かび上がっていた。
「……手加減は苦手なんだ。気を抜くと死ぬよ」
茜から寒気がするほどの殺気が放たれ、ねねねは思わず身震いしてしまう。
(怖気づいてる場合じゃない。最初から全力で!)
そう考えると、ねねねは最大出力で身体強化魔法を使う。
「フルアップ・マックス!!」
全身に力がみなぎる。これまでの魔法模擬戦でねねねの魔法は明らかに成長していた。重量のある大剣型ステッキを軽々と構え、銃弾のような速さで駆けた。
「っ!」
一歩で茜の目の前まで迫ると、その手に握った大剣ステッキを振り下ろす。
ガインッ、甲高い金属音が上がり、ねねねの斬撃は茜のこんに受け止められる。
「もう一回、パワー・アップ! んあああああっ!!」
そのまま力で押し切るべく、身体強化を重ねがけして押しつぶすほどの勢いで、ギリギリと圧力を上げた。
「くっ、そのちっぽけな魔力で大したもんだ。けど……」
茜がこんをねじるようにして力をそらし、大剣から逃れる。
(竜ケ崎先輩の恐ろしさは龍に変身してから。それなら龍に変身させないように攻める!)
ねねねは距離を取ろうとする茜に追い駆け、剣ステッキを振るう。
「っ、しつこいな」
「逃がしません!」
ねねねの斬撃を茜はこんで受け止め、かわしてしのいだ。
パワー、スピードは身体強化の魔法を使ったねねねが優勢だったが、技術は茜に分があるように思えた。
(押してもダメなら引いてみろ、だ!)
ねねねは攻めきれないと知ると、魔剣道部で習った「剣先を弾く」技を見よう見マネで実践し、剣ステッキで茜のこんを絡めとり、強く弾いた。
「っ!?」
「もらった!」
胴ががら空きなった茜に、ねねねは鋭い一撃が見舞う。
「火炎放射っ!」
茜は剣ステッキが届く前に、大きく口を開き、のどから炎を吐き出した。
ねねねはあまりの熱さに堪らず後ずさりし、その一瞬で茜に距離を取られてしまう。
「なるほど。ここまで勝ち上がってきたのは伊達じゃないってこと。……火龍転身!」
茜が変身の魔法を発動させる。指先から炎を出し、炎の渦の中に茜の体が飲み込まれ、飲み込んだ炎は大きく膨れ上がっていく。
「させない! 伸びろ!」
ねねねは大剣ステッキの刀身を伸ばし、その炎に切りかかった。しかし、一瞬遅かった。
「ぐるぅぅぅ……」
剣ステッキに切り裂かれた炎の渦から生まれ出たのは、艶めく鱗に覆われた巨大な赤色の龍だった。十メートルはあろうかという巨体に耳まで割れた口、そこから出る鋭い牙、太い指から伸びる鋭い爪。アニメなどから想像していたものとはかけ離れた、凄まじい迫力だった。
「……本当に龍だ」
「ガァアァァーーーーーーッ!!」
赤龍に変身した茜の雄たけび一つで全身が総毛立ってしまい、思わず戦意を喪失しそうになってしまう。
(怯むな、私! 勝つために色々考えて、練習してきたんだ!)
ねねねは自分に叱咤激励して、再び大剣ステッキを構える。
「んぁああああっ!!」
大剣ステッキを地面にこすりつけながら砂利を振りかけるように赤龍に切りかかる。
ギイン、と赤龍は左腕を上げ、鋭い爪でそれを防いだ。そしてそのまま大きな指で剣を掴み、ねねねの動きを封じた。同時に右腕を振り上げるねねねを切り裂こうとする。ねねねはとっさに剣を手放し、後ろに跳んだ。しかし、振り下ろされた腕から生み出された風圧で吹き飛ばされてしまう。
「あぐっ!」
コスチュームに強力な障壁魔法が付与されてなければ、その風圧で切り裂かれていただろう。額を少し切っただけで済んだのは真菰の作った「レジェンド・ガード」の障壁のお陰だった。
(龍に変身するのはチートだよね。……正攻法じゃ勝てない!)
ねねねは赤龍に投げ捨てられてしまった大剣ステッキの代わりに、腰に差しておいた予備のハンマーステッキを取り出す。
「チェンジ・スローランス&ブルーム」
そのステッキの先を尖らせてヤリのように、反対側の部分は空飛ぶホウキに変化させた。
「いきます! 魔法のヤリッ!!」
ねねねはヤリ投げの選手のようにヤリホウキを赤龍に向かって投げた。
ヤリホウキは後ろのホウキ部分がバーストさせて、すさまじい勢いでミサイルのように飛んだ。
赤龍は飛んでくるヤリホウキを警戒して、両腕で防御の姿勢を取る。
「上がれっ!」
ねねねの指示でヤリホウキは上に急上昇し、防御のために顔を覆った赤龍はそれに反応できない。ヤリホウキは空中でドリフトするように茜の背後に回り、その無防備な背中を刺した。
「ギャアァァアッ!!」
鋼鉄よりも固いといわれる赤竜のうろこをヤリホウキに貫かれ、赤龍はもがき苦しんだ。
「やった!? え? うわぁぁ!!」
「グ、ガアァアァッ!」
背中にヤリをさされた赤龍は怒りと共に炎のブレスを吐き出した。ねねねは両手を突き出し魔法で障壁を作り、炎のブレスをさえぎる。ねねねの成長と共に障壁魔法も強力になっているはずなのだが、受け止めただけで手のひらをやけどしてしまう。
炎のブレスがやんだ瞬間にねねねは三本目の予備ステッキを取りだす。同時にステッキをホウキに変化させて洞窟の中を飛んだ。天井が低いせいで赤竜のブレスを避けられるほどの高度は取れないが、走って移動するよりも数倍は早かった。
「食らえーっ!」
赤竜の頭上まで飛ぶと、ねねねは秘密兵器第二弾の「魔法の毒団子」をポケットから取り出し、赤竜の口に向かって投げつけた。しかし、赤龍はそれには見向きもせず、毒団子は赤龍の足元に落ちてしまう。それでも構わずねねねはそれを投げ続けた。
「グルル、ガアアアァァッ!!」
赤竜は再び炎のブレスを吐いた。ねねねは自分の周囲に障壁魔法を作りつつ、アクロバティックにホウキを操縦して炎をかわす。
「ガァアアアアァァ!!」
赤龍は今度はその柱のように太い腕を振るい、真空波を放った。
「うわぉっ! っと、とと!」
真空波は炎のブレスよりの早く、範囲も広い。ねねねは赤龍から離れ過ぎないようにしながら、なんとか真空波をかわす。
そのうちに赤竜の足元に落ちた毒団子が毒煙を噴き出し、周囲にあっという間に蔓延していった。
「グルルルル……」
赤龍はそれを吸い込むまいと、腕で口元を覆う。
(私もこの魔道具のマフラーで!)
ねねねは今回の戦いのために新しく身に着けてきた赤色のマフラーで口を覆う。このマフラーも真菰がこの作戦のために作ったもので、毒の侵入を防いでくれるとのことだった。
「ウ、グウウウウッ……」
茜にとって不運だったのはここが洞窟ステージだったことだろう。蔓延した毒はいつまでたっても晴れず、赤龍の巨体にじわじわと毒が回っていく。
「ぐ、グァアァァァッ!!」
それに気づいた赤竜は大きな翼をはためかせ、宙に浮かんでねねねに迫った。
(毒が効かなかった!?)
一度羽ばたいてしまえば赤龍はねねねの乗るホウキよりも早く、あっという間に追いつかれてしまう。
「っ! ならっ!」
ねねねは小回り効くホウキで細かにターンして、紙一重で鋭い爪と灼熱のブレスをかわす。
「ぐぅうぅぅっ!」
何度目かの攻撃が肩をかすめ障壁を破られて肩から血が出た。さらに浴びせられる灼熱のブレスは障壁で守られている背中を焼いてくる。もう一瞬回避するのが遅ければ致命傷になっていただろう。
そんな紙一重の連続が続き、再び背後に回り込もうとターンをした瞬間、目の前に赤いうろこの覆われた大きなしっぽが迫っていた。
「しまっ!!」
そう思った時には遅く、固いうろこに覆われたしっぽに正面からぶつかり、ねねねはホウキごと地面に叩きつけられた。
「がっ!! ……うっ!」
「本当に大したもんね。まさかここまでとは思わなかったわ」
赤竜となった茜は勝利を確信してか、ゆっくりとねねねの目の前に降りてくる。
(っていうか、龍の姿のまましゃべれたんだ……)
絶体絶命の危機だというのに、ねねねはそれにも関心してしまう。
「……鷺ノ宮にあちゃんの死の理由が分かるまで諦めるわけにはいきませんから」
例え勝てなくても、少しでも情報が欲しかったねねねはにあのことを口にした。
「なんで君がその名前を知っているの……?」
その名前を出した瞬間、明らかに茜は動揺した。
「っ! 鷺ノ宮にあちゃんを知っているんですか!?」
「君から質問に答えろ! なぜその名前を知っている!?」
クールな茜が感情的に怒鳴る姿に、ねねねは気圧されしぶしぶ先に口を開く。
「し、親友だったからです。幼馴染で、にあちゃんがこの学校に来るまで、ずっと同じ学校でした」
「親友? 君が親友だと? 死んだ理由もわからないのに、親友なんてよく言えるね」
「竜ヶ崎先輩はその理由を知ってるんですか!?」
「……知ってる。でも、君には教えない。僕や志津デインですら及ばないんだ。僕に勝てない君には絶対教えられない」
「何でそれを知るのに強い必要があるんですか!? 私はなんで死んじゃったのか知りたいだけなんです!」
ねねねはその情報源を離すわけにはいかない、と必死にそれを問いかける。ねねねがこの学園に来て初めて得た有力な情報かもしれないのだ。
「殺した奴がいるから死んだのさ。その殺した奴を知って、君は黙って見ていられるかい? 復讐に行って返討ちに合う、下手をすれば殺される。にあと同じように。君の実力じゃ必ずそうなる。そう言ってるんだ!」
「こ、殺された……? どういうことですか? 私は、鷺ノ宮にあちゃんは自殺だって聞いて……」
「理由がなきゃ、あの魔法好きの子が自殺なんてする訳がないだろう」
茜の暗い声が、ねねねの中で反復される。ふつふつと、腹の底から何かが湧き上がるのを感じた。
「……誰が、鷺ノ宮にあを殺したんですか?」
「教えるつもりはない。君じゃソイツに絶対に勝てない」
威厳のある赤龍の姿でそう頑なに口を閉ざす茜。その姿を見て、ねねねの中で何かがふっ切れた。
「誰がっっ!! 殺したんだっっ!!!」
いつの間に最大の身体強化魔法を知らずに使っていたのか、ねねねは一瞬にして赤竜の背後に回り込んでいた。そして、背中に深々と突き刺さった投げやりを、ねねねはハンマーステッキで杭を打つように強力に打った。
「ギャアァァァーーーーーーーーッ!!!」
投げやりを心臓近くに刺され、赤龍の身体から焼けるような暑さの血が噴き出してねねねの体にかかる。
「答えて下さい!! 誰が殺したんですか!?」
「ギギギ、お、教えられない!」
「答えてっっ!!」
ねねねは全身に返り血がかかったのも気にせず、問いかけに応じようとしない茜にさらにもう一撃、ハンマーで杭を打ち込んだ。
「ガァアァァ……!!」
その一撃で赤龍だった姿が元の少女の姿に戻り、千切れたチャイナドレスの茜が宙を舞った。ピンクのシンプルなブラに隠された程よい大きさの胸がゆれ、同じくピンクのひもパンから流れるようにひもがほどけてたなびいていた。
その光景を見ても、ねねねは冷静さを取り戻すことはできなかった。
「ふーっ、ふーっ!!」
獣のように荒い息を吐き、倒れる茜につかみかかろうとしたところを、ビーーーーーというブザーの音に止められた。「魔法模擬戦終了、勝者轟ねねね」と機械のような声がそう告げられ、視界が黒く染まる。
バトルステージから戻った瞬間に、ねねねは目の前に立っていた茜の胸倉をつかんでいた。
「教えてください! 誰が鷺ノ宮にあを殺したんですか!?」
「……君はにあの親友なのに、聞かなかったのか? 私には言っていたよ。思い出してほしい。あの娘が何て言っていたか……」
弱弱しくそう言って茜は意識を失ってしまった。
崩れ落ちる茜の体をねねね一人では支えきれず、一緒になって地面に倒れこんでしまう。
屋上の入り口から見守っていたアルトと真菰が慌てて走ってきた。
「竜ケ崎先輩っ! 竜ケ崎先輩っっ! 答えて! 教えてください!!」
意識のない茜の体を、ねねねは体をなおも揺さぶり続けた。
「ねねねちゃん。もうやめて、気絶してるよ」
「ねねねさん、冷静になるのデス」
「っ……。二人ともごめん」
止められてようやくねねね正気に戻る。心臓に杭を打たれるほどの痛みを味わったのだ。意識を保っていられる方がおかしい。
ねねねは二人の力も借りて、茜の体を支える。
「……手伝ってくれる? 保健室に連れて行こう」
はやる気持ちを押し殺して、ねねねは茜を保健室に連れて行ったのだった。
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