37話 VSドラゴン(1)

「あ、あれ! 轟ねねねだよ!」

「凄いよね! 一年生で序列四位まで上り詰めるなんて!」


 朝ねねねが通学路を登校していると、同じ一年生の生徒からそんな声が上がるのが聞こえた。転入してたった数か月で、噂の的になってしまっていた。


(序列ランキングって凄いんだなぁ……)


 二人の生徒を無視して素通りするのも失礼かと思い、ねねねは引きつった笑顔で手を振った。


「ねねねちゃんがこっち見てくれた!」

「きゃーっ!」


 その対応に生徒から黄色い声が上がり、ねねねは足早にその場を去った。

 廊下の掲示板に張っている壁新聞には「轟ねねね、ついに序列四位! 序列八位柳生カルマを破って以降、轟ねねねは破竹の勢いで連勝を続け、序列七位六香海美、序列六位花崎みりり、序列五位白岡メテオ、序列四位経堂美紅を次々と破った」と書かれていた。


(この前までバッシングの対象だったのに、変わり身早いなぁ)


 ねねねは新聞部も一枚岩じゃないってことかな、とつぶやきながら昇降口の靴箱を開ける。


「うわぁ、また今日もたくさんだ」


 靴箱からたくさんの封筒が雪崩のように落ちてくる。


(応援してくれるのは嬉しいんだけどね。量が凄すぎて……)


 最近はカバン以外に容量の大きくなる魔法の袋を持ち歩かなかなければいかなくなってしまった。


(えーっと、勧誘、勧誘、応援メッセージに、わ、ラブレター? 私、女の子なんだけど、いいの? まぁ、にあちゃんを好きになっちゃった私が言えることじゃないか……)


 床に落ちてしまったものも拾い、全て袋の中に入れると教室に向かった。


「わ、ねねねちゃん、今日は一段とモテモテだね」


 ねねねが手紙が溢れそうなほど一杯になった袋を持って教室に入って来たのを見て、アルトは驚いていた。


「うーん。ありがたいんだけど、正直、ちょっと困ってるよ」


 ねねねはあはは、と苦笑いを浮かべる。

 ねねねが序列四位まで勝ち上がれたのは自分の実力だけでないことはよく分かっていた。アルトが対戦相手を的確に分析能力し、想定したバトルの練習に付き合ってくれ、真菰が魔法のバリエーションの少ないねねねにサポートの魔道具を作ってくれるお陰だ。


(私ばっかりピックアップされるとなんだか申し訳ない気分になるなぁ)


 ねねねはカバンと紙袋を自分の机に置いて、アルトの席に向かった。そして、耳元に唇を近づけると、


「今日は、どこでしよっか?」


 そう艶っぽくささやいた。

 アルトはばっと離れて頬を真っ赤にする。


「ね、ねねねちゃん。言い方がなんかいやらしいよ!」

「えー。秘密の話でしょ?」


 いつ見ても反応が初々しくて良いなぁ、とねねねはうんうんと満足げにうなづく。

 そんなことをしてじゃれていると、隣のクラスから真菰がやってきた。


「何をイチャイチャしてるデスか?」


 真菰は深くかぶったフードの奥で呆れた顔を浮かべる。


「あ、真菰ちゃん。おはよー」

「お、おはよう。い、イチャイチャなんかしてないよ?」

「おはようございますデス。ねねねサンの受け取る手紙も日に日に多くなるデスね」

「そうなんだよー。ほとんどは部活の勧誘なんだけどね。でも呪いとかもあるから一応後で見てくれる?」


 以前に手紙に呪いがかかっていて痛い思いをしてから警戒しているのだが、すずめやカルマのようにこれから挑むランク上位者からの手紙と言う可能性もあって読まない訳にいかず、真菰に呪いがかかってないか見てもらってから読むようにしていた。


「承知しましたデス」


 真菰はそう快く引き受けて、ねねねから手紙の入った袋を受け取った。そんなことをしているとすぐに一時間目が始まりそうだったので、集合場所はお昼休みに決めることにして、真菰は自分のクラスへ戻っていった。



「それにしても日に日に寒くなってくるね」


 転校したてはまだ少し蒸し暑くブレザーを着ていると汗ばむほどだったが、最近は涼しくなってきて上着がないと寒いくらいだ。


「もう十一月も終わりだしね」

「もうそんなに経つんだ」

(あと二か月で冬休み。長期休みの前には真相のしっぽくらいは掴みたいけど……)


 ここまで戦った面々は、鷺ノ宮にあに関する情報はほとんど持っていなかった。

 鷺ノ宮にあは目立つ子ではなかったが、ここまで情報がないと何故自殺をしたのか、本当にわからなかった。


(やっぱり序列一位になって「真実の鏡」を使わせてもらうしかないのかな?)


 そんなことを考えながら授業を受けているとすぐにお昼休みがやってきた。


「アルトちゃん、ご飯食べよ」

「うん。食堂だよね?」

「そうだね。真菰ちゃんも誘って行こう」


 アルトにそう声をかけて、隣のクラスで真菰を誘い、食堂に向かった。

 アルトは「私、弁当だから」と先にテーブルに向かって席を取りに行った。その間にねねねと真菰は列に並んで注文を済ます。三人でこんな風に食事をするのが最近のパターンになっていた。


「お待たせー」


 ねねねはカレー、真菰は醤油ラーメンをそれぞれ配膳台から受け取り、アルトの待つ席に向かう。


「いつも席取ってありがと。これもらったからアルトちゃんにあげる」


 たまに食堂のおばさんはねねねを見かけるとサービスで何かくれる。今回は杏仁豆腐だった。


「え? いいの?」

「うん。食べてー」

「僕にはないのデスか?」

「一個しか貰わなかったんだよ。ミニサラダで良ければあげるけど?」

「もらうのデス」


 ねねねはアルトに杏仁豆腐、真菰にサラダをそれぞれ渡す。


「嬉しいなー」

「嬉しいのデス」

(?? ま、いっか)


 ねねねには二人の行動は理解できなかったが、二人が満足そうにしているので良しとすることにした。


「そうだ。放課後の作戦会議は食堂にしよっか?」

「いいね! 放課後は誰もいないことが多いし」

「構わないのデス。……次はいよいよ序列三位 竜ケ崎茜りゅうがさき あかね先輩デスか」


 今日の作戦会議の場所が決まったところで真菰は口を開く。

 ねねねはあえて気負わないようにカレーを一口食べる。


「竜ケ崎茜先輩。伝説の竜族の血を引く本物だよ。ねねねちゃんは本人に会ったことある? 頭に角とお尻に立派なしっぽが生えてるから一目見てこの人だってわかるよ。魔法で、巨大な竜に変身することが出来て、それはもう伝説の通りの強さらしいよ」


 竜。アニメや漫画の中でも飛びぬけて出現率の高く、またその強さの知名度も極めて高い。ねねねも大好きなモンスターだ。


「鋼鉄よりも固いうろこ、鉄を引き裂く鋭い爪、極めつけは岩をも溶かす炎のブレス」

「……もうこんなチートに勝てるの勇者しかいないでしょ?」

「確かに。事実、竜ケ崎茜先輩の上には『勇者』志津デイン先輩と『クイーンオブ魔法少女』星川きらら先輩しかいないのデス」

「普通の方法じゃ勝てないかな……」


 話を聞くだけで、これまで序列四位までの魔法少女とは格が違うと思えた。


「正直、ホウキで飛んでもあの大きな翼で羽ばたかれれば逃げ切れる気がしないし、ハンマーでうろこを砕けるとは思えないよね。炎のブレスをまともに食らえば、ひと吹きで蒸発させられてしまいそうだし」

「デスね」


 ずずっと気持ち、勢いなく真菰がラーメンをすする。

 アルトも同じことを考えてしまったのか、食欲がなくなっているように見えた。


「うーん。竜ケ崎先輩ってなんか弱点ないのかな? 花崎みりり先輩みたいに」


 カレーを一口頬張ってから、真剣な口調でそう言うと、二人はぷっと噴き出した。


「え? どうかした?」

「フフッ、ねねねちゃんはブレないね」

「全くデス。勝つためなら何でもする女。轟ねねねデスね」

「私たちにも相談しないで残飯の袋をバトルに持って行ってたのは冗談かと思ったよ」

「デスね」


 なんだか馬鹿にされているようにも思ったが、二人が笑ってくれていたのでねねねも気にしなかった。

 その後も楽しく食事し、笑顔で午後の授業に出るために教室に戻った。



 午後の授業、ご飯を食べた後はやっぱり眠くて、つい集中力が切れてしまう。運の悪いことにねねねのクラスの担任・中井紀子先生による「魔法薬学」の授業だ。


(難しいんだよねー)


 眠気をそらすために外を見てみると、上級生のクラスが体育をやっていた。


(あれは、サッカーかな?)


 この学園には魔法抜きの体育の授業があり、もちろんサッカーもある。魔法込みの運動もあるが、今やっているのは普通のサッカーだった。

 その中で一際目立つ存在があった。竜ケ崎茜だ。アルトの言う通り、頭から角、お尻にはしっぽが生えているのですぐに見つけられた。

 白の体操服に二年生のカラーの緑のジャージ、ウェーブのかかった背中まである赤色の髪とまぎれるようにして生えた金色の角、吊り目がちな目にルビーみたいな赤い瞳。茜はみんなといるのにどこか寂しそうな表情をしていた。その金色の角には似つかわしくない黒いリボンが結ばれている。


(なんだろ、あの黒いリボン。片方の角にだけ結んである。ちょうちょ結びとかじゃなく、ほどけないように固く結ばれてるように見えるけど……)


 竜ケ崎先輩はつまらなそうにキーパーでもないのにゴールポストにもたれかかるように立っていた。ボールが近くに来ると、キーパーよりも高くジャンプをしてボールを足で止め、それをオフェンスに戻してまたゴールポストに寄り掛かる、それを繰り返していた。


(運動神経も抜群なんだね……)


 ずっと眺めていたが、その後特別なことは何も起こらず、授業のベルが鳴って五時間目が終了した。



 六時間目も無事終わって、放課後アルトと一緒に食堂に向かう。


「五時間目の授業で竜ヶ崎先輩を見かけたんけど、角にアクセサリーとかつける感じじゃなくて、黒いリボンが巻き付けてたんだよ。あれって何か意味があるのかな?」

「んー、ミサンガみたいな願掛けなのかな?」

(ミサンガって、アルトちゃんよく知ってるなぁ)


 おしゃべりをしながら食堂に入るとほぼ生徒はおらず、厨房の奥に食堂のおばちゃんが座っているだけだった。


「真菰ちゃんは部室に寄ってくるって言ってたっけ?」

「うん。魔道具研の人が作った昔の魔道具で何か良いものがないか探してくるって。でね、ねねねちゃん。私、考えたんだけど……」

「おぉっ! アルトちゃん何かひらめいた?」


 こういう時のアルトは鋭い。ねねねが思いもよらない方法で勝つ手段を考えてくれる。


「伝説の竜、ドラゴンくらい有名な相手なら、伝説になぞらえた倒し方じゃないと勝てないと思うんだ」

「うんうん」

「古事記とか日本書紀でスサノオノミコトがヤマタノオロチをやっつける話とか、ニーベルンゲンの歌でジークフリートが竜をやっつける話、聞いたことない?」

「???」


 ねねねにはイマイチよくわからなかったが、アルトは目をキラキラさせて語った。


(あぁ、アルトちゃんこういう話好きだもんなぁ)

「共通するのは剣なんだよ! ねねねちゃん! 剣! 天羽々斬あめのはばきり、バルムンク、ネイリング!」


 アルトが志津デインに憧れるのが、ねねねにも分かった気がした。アルトはこういったファンタジーの話が大好きなのだ。


「まぁ、他にも伝説ではカドモス王の投げ矢とか鉄のヤリ、預言者ダニエルは毒殺とかいろいろあるデス」


 いつもながらの神出鬼没で現れた真菰も話に混じってくる。


「真菰ちゃんも詳しいの?」

「アルトさんほどではないので、調べたのデスよ。どうデスか? 話を聞いてピンとくるものはあるデスか?」

「んー……」


 ねねねはそれらの作戦が使えるか考えてみた。


(今から私が剣の使い方を覚えても付け焼刃だろうし……。投げ矢、毒攻撃も上手くいくかは分からない……)

「うん! 全部やろう!」

「えぇ!?」

「ぜ、全部デスか?」

「うん! 剣も、投げ矢も、毒も! 全部!」


 自信満々にそう言ったが、二人はイマイチ理解してないようだった。


「だからね……」


 二人にねねねが考えた作戦を伝えた。

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