34話 魔女の家系(1)

 経堂美紅きょうどう みあかは右目を覆っていた眼帯を取り、紫の瞳から凄まじい魔力の閃光を放った。


「石に、なりなさい」

「くっ! ええぇいっっ!」


 ねねねはこの為に用意していた魔道具の風呂敷を広げ自分の姿を隠す。そして、強化魔法をかけて壁のように固定した。

 美紅の放った閃光に風呂敷に当たった瞬間、あっという間に石に変えられてしまい、ずんと地面に落ちた。ねねねはその風呂敷型の石の後ろに隠れる。

 先ほどまでただの風呂敷だったそれは文字通り石になり、固く重い物体になっていた。ねねねはそれに背中を預け身震いしてしまう。


(せ、石化の魔眼、恐ろしすぎるよぉ……)

「……防がれてしまったわ」


 美紅はささやくようにそうつぶやき、小さな口からため息をこぼす。

 これだけ凶悪な魔法を使っていながら、その口調はのんびりとしたものだった。

 とんがり帽子に黒のローブ、その中には紫色のドレス、手には本の形をしたステッキという伝統的な魔女スタイルの経堂美紅はゆっくりとねねねの方へ歩いてくる。


(えーっと、こんな時どうするんだっけ? どうするんだっけ!? アルトちゃんと真菰ちゃんと一緒に考えたよね! えっと、えーっと!)


 ねねねは絶対絶命のピンチを迎え、焦って次の一手を模索した。



 時を少しさかのぼって、白岡メテオを魔法模擬戦で破った週明けの月曜日。

 ねねねが登校すると掲示板の学校新聞に「轟ねねね、白岡メテオ破り序列五位!」という見出しが躍っていた。


「早いなぁ。どうやって情報得てるんだろ……」


 ねねねが靴箱から上履きを取り出そうと中をのぞくと、ファンシーな柄の封筒が入っていた。


(あ、手紙。なんか最近もらう回数が増えてきたなぁ)


 ねねねは「ほとんどが勧誘なんだけどね、ファンレターだと嬉しいけど」と手紙をブレザーのポケットのしまった。


「う、噂だと夜中の十二時になると生徒手帳のランキングが更新されるから、それを見てから新聞を作ってるらしいよ?」


 その様子を見ていたアルトがそう教えてくれる。


「へぇぇ。さすが情報通のアルトちゃん。……部員の人、睡眠不足になっちゃわないのかな」

「うーん……。好きでやってると大丈夫なのかも」


 アルトは「私もランキング序列をまとめてると夜更かししちゃうよ」と困ったように笑った。ねねねはその表情を「可愛いなぁ」と思いながら上履きに履き替えた。


「そういえば、今日黒魔術概論の実技試験だよね? 練習した?」

「えっ!? 試験なんてあったっけ? どんな内容だった?」


 白岡メテオとの魔法模擬戦で頭がいっぱいで、ねねねはすっかり忘れてしまっていた。


「もー、ねねねちゃんったら。呪術で小型の悪霊を呼んで使役させる内容だよ」


 アルトは明るい笑顔でそんなことを言う。


(呪術だから仕方ないんだけど、そんな朗らかな笑顔で邪悪なことを言われるとなんだか怖いなぁ)


 心の中でツッコミを入れていると、ねねねの目の前にマイクを持った女の子が飛び出してきた。


「轟ねねねさん、とうとう序列五位ですね! 学校新聞のインタビューに答えて下さい!」


 そう話しかけてきたのは、大きなカメラを胸元にぶら下げた肩くらいまでのショートカットの髪の、眼鏡をかけた女生徒だった。


「えっと、あなたは?」

「新聞部一年の南あおいです!」


 目をキラキラさせながら収音マイクを向けられる。


(うぅっ、なんかそんな目をされると弱い……)

「破竹の勢いで駆け抜けて来ましたが、その秘訣は!?」

「あ、えぇっと、そうだなぁ、友情と努力、かな?」


 ついインタビューに答え始めてしまうねねねに、アルトが耳打ちをしてくる。


「あおいちゃんのインタビューは長いから、授業遅刻しないようにね」


 アルトはウィンクをして、先に行くね、と教室に向かってしまった。

 時計を見るとあと二分で予鈴という時間になっていた。


「あ、あおいちゃん。せっかくだけど、これから授業だから。また今度ね」

「えぇー! 絶対ですよ! 今度絶対インタビュー受けて下さいよー!」


 ねねねは手を振ってあおいちゃんと別れ、教室に急いだ。



 昼休み――。

 食堂に向かいながらねねねはアルトと話していた。


「今日の黒魔術の授業はありがとう! アルトちゃんのおかげで何とかパス出来ました!」

「どういたしまして。ねねねちゃんに留年なんてさせられないもんね」


 そう言って胸を張るアルト。制服の上からでも分かる学年でも一、二を争う大きなバストが揺れた。


(胸、大きいなぁ。アルトちゃんは可愛いし、優しいし、胸もあるし……。きっと共学ならモテモテなんだろうなぁ)

「あ、ねねねちゃん、今絶対変なこと考えてたでしょ?」

「う、うううん。そんなことないよ」


 アルトの疑いのまなざしに、ねねねは首をブンブンと振った。


「ほ、本当かなぁ?」


 覗き込んでくるその仕草も可愛らしく、ねねねは同姓だというのにドキドキさせられてしまう。


「ほんと、本当!」

「ふふ、なら良いんだけど。私、席取っておくね」


 アルトはそう微笑んで、お弁当の入った巾着を片手に席を確保しに行った。


(からかわれた? 最近アルトちゃん余裕あるんだよなぁ。ちょっと前まで私と話す時も緊張してたのに……)


 慣れてきたのは良いことか、とねねねは食券機の列の後ろに並ぶ。


「いよいよ次は序列四位・経堂美紅先輩との対戦デスね」


 いつの間にいたのか真菰が後ろに立って並んでいた。


「相変わらず神出鬼没だね、真菰ちゃん。お昼は何の予定?」

「おほめに預かり光栄なのデス。今日は奮発してとんかつ定食の予定デス」

「おぉ、いいね! 勝負に勝つ、バトルに勝つだね?」

「デス。ねねねさんは?」

「私はお小遣い事情で、ちょっとお安めのチキンカツ定食が限界かなー」


 ねねねは苦笑いをしてチキンカツ定食のボタンを押す。


(そう言えば、ここ二カ月色んな事に夢中過ぎて実家に帰ってないや。二日に一回くらい連絡してるからアレだったけど、今週末にでも帰ってみようかな?)


 定食を受け取ってアルトの待つ席に向かう。


「アルトちゃん、席ありがとー」

「ありがとうデス」


 二人は感謝しながら定食の乗ったトレーをテーブルに置き、席に着く。


「どういたしまして」


 三人揃ったところで手を合わせる。


「いただきまーす」


 両手をそろえてカツにかぶりつこうとしていると、三人の座るテーブルに一人の生徒が近づいてきた。


「席、空いてますか?」

「あ、新聞部の、南あおいちゃん? どうぞ?」

「ありがとうございます」


 南あおいにこっと笑うと、サンドイッチの乗ったトレーをテーブルに置いて席に着いた。


「まずは序列五位おめでとうございます」

「あ、ありがとう。っていうか、敬語じゃなくていいよ? 同じ一年生なんだし」

「ふふ、ありがと。でも、インタビューをするときはこの口調の方が話しやすいの」


 職業病かなぁ、とあおいは照れたように笑った。


(感じの良い子。眼鏡におかっぱも真面目そうで印象が良いし、私もこんな風でありたいなぁ)

「ねねねさんは序列一位を目指しているんですよね?」

「うん。そうだよ」


 ねねねは自信を持ってそう答える。


「何のために一位を目指しているんですか?」

「ある宝具を使いたくて一位を目指しているんだ」


 ねねねはご飯を口の中に放り込みながら答える。食べれるときに食べるというのがこの学園のルールだと何度もご飯を食べそこなって気づいたことだ。


「宝具ですか? どの宝具かうかがっても?」

「うん。真実の鏡だよ」

「真実の鏡……。ということは、何か知りたいことがあるってことですね?」

「うん。あおいちゃんは鷺ノ宮にあって娘を知ってる?」

「一年生ですかね? ランキングで名前くらいは見たことがある気がしますけど、それがどうかしたんですか?」

(新聞部の部員でも知らないかぁ。これはいよいよ一位にならない限り真実を知るのは難しいかな)


 あおいが不思議そうな顔をしているのを見て、ねねねは慌てて両手を振る。


「ううん。なんでもないんだ。ありがとう」

「……? 次はいよいよ経堂美紅先輩との対決ですね?」

「そうだね。経堂先輩も手強そうだよね」

「何か秘策は考えていますか?」


 あおいちゃんがぐっと前のめりになって尋ねてくる。


「あはは、まだ考えてるところ。経堂先輩って言えば、見るだけで人を石に変えてしまう魔法・通称「ゴルゴーン」の使い手だよね。これを攻略しない限り勝ちは見えてこないかな」

「ということは、対策案は思いついているってことで良いですか?」

「本当にまだまだこれからなんだよ。っていうか、戦うまでは記事にしないでね? 経堂先輩に知られたら無駄になっちゃうから」

「あはは、手厳しいですね」


 本当はここまで話すつもりはなかったが、あおいが質問上手なのでつい乗せられて話してしまった。


「具体案はまだ何もできてないから、これ以上聞かれても何もないからね?」

「あら、そうですか? それは残念です。しかし、ランキング序列一位を目指して次は経堂先輩に挑むと聞けただけでも良い情報でした」


 あおいはにこりと微笑んで、サンドイッチを口に運んだ。

 その後はあおいもインタビューの口調ではなく普通に話しながら、四人で楽しく食事を終えた。



 放課後、ねねねたちは校舎裏に集まって経堂美紅きょうどうみあか対策の作戦会議を行った。


「えっと、私が作ったデータを読むね。経堂美紅。二年生。代々の魔女の家系で目を見るだけで人を石に変えてしまう強力な石化魔法・通称「ゴルゴーン」の使い手で、自身を鉱石に変えて防御力を高める魔法など石に関する魔法が得意。眼帯で片目を隠しているのは石化魔法の封印のためで、伊達じゃないそうだよ? 普段は大人しい性格で一人で本を読んでいることが多いみたい。友達はいないけど、経堂家に仕えるお付きの人が学校内にもいるみたい」


 アルトは自作の魔法少女分析ノートを見ながらそう話す。


「戦闘映像を見たけど、この人もチートレベルだよ。あるバトル動画なんて始まった瞬間、相手は石にされてたよね。アルトちゃん、人を石に変える魔法だけど、物も石に変えれちゃうの?」

「うん。そうみたい」

「うへぇ。……火とか水とか魔法とかもそう?」

「ええっと、それはごめんね。わからないかな……?」


 アルトは首を捻って困った顔をする。


「うーん。そっか。火とか水はともかく、バトルの動画を見た感じだと、目に見えるものしか石にはされてなかったから、音とか空気とか石にされない方法で攻撃手段がないか考えたいかな。真菰ちゃん、何かアイディアある?」

「そうデスね。拡声器のようなものを魔道具で作ることは可能デス。真空波のような魔法は魔道具で威力を強化するアシストは出来るデスが、ねねねサンが真空波の魔法が使えないと発動はできないのデス」


 真菰はねねねのアイディアを実現できるか説明した。


「真空波って使えたらカッコいいけど、私でも使えるかな?」

「うん。風の魔法が使えるなら、練習すれば出来ると思うよ? あの魔法は風の魔法と運動の合わせ技だから、ねねねちゃんはきっと得意だと思う」

「土の属性持ちで、運動が苦手な僕には出来ないことなのデス」


 ガッカリうなだれる真菰。

 アルトも「私も火属性が使えないから、その点、無属性のねねねちゃんの強みだよね」とねねねを羨ましそうに見る。


「あはは、魔力の量は少ないんだけどね。この数ヶ月のバトルのお陰で魔力も少しは増えたけど、やっぱり上位の魔法少女と比べるとね。それはともかく、一番の問題は問題は石化魔法だよ……」

「デス」

「石化魔法は貫通しないのかな? もししないなら、風呂敷みたいなものに隠れて石化から逃れるみたいな」

「その風呂敷に触れてると一緒に石にされちゃうよ。石化ビームみたいなイメージだから、風呂敷を持って当たったら一発でアウトだよ」

「うぇぇ……」


 その発言に実際のことをイメージしてねねねは身震いしていしまう。


「うーん。使いたいときにパッと出せて、視界から隠れられればいいんだけど……。屏風ヶ浦先輩とのバトルと時みたいにタタミで防ぐとか」

「ふむふむ。即座に展開できる使い捨ての盾といったところデスね。傘ステッキの応用で何とかできないか部の先輩方に相談してみるのデス」

「頼もしいなぁ……。本当に真菰ちゃんたち魔道具研の協力がなかったら絶対ここまで勝ててないと思うよ」

「いえいえ、なのデス」


 真菰が謙遜しながらも、少し自慢げに胸を張る。


「でも、その後だよね。いつまでも盾に隠れて真空波を撃って勝てるなら良いけど、真空波が体を石にして硬化した経堂先輩に通じなかったら、どうしよう?」


 三人は頭をひねって悩んだが、答えは出なかった。


「これはアルトちゃんと練習しながら対策を練っていこうかな? とりあえずの方針はそんな感じで。アルトちゃん、石化ビームに似せた魔法使える?」

「うん。攻撃力のない光を出す魔法はできると思うよ」

「さすがアルトちゃん。アルトちゃんも魔法の応用力も凄いよね! 下校時間まで早速練習に付き合ってもらっても良い?」

「もちろんだよ!」


 アルトが二つ返事で応えてくれたのが嬉しくて、ねねねはその手をぎゅっと握る。


「ね、ねねねちゃん力が強いよ……」

「ありがとね、アルトちゃん」

「二人が練習している間に僕はマジルで先輩方に連絡をしてみるのデス」

「うん。真菰ちゃんもありがとね。よろしく」


 そうして、ねねねたちはそれぞれ経堂美紅との魔法模擬戦へ向けて準備を始めた。

 その時に校舎の影に隠れた存在がいたことにねねねたちは気づかなかった。

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