35話 魔女の家系(2)

 ねねねたちは毎日練習を繰り返し美紅みあかの石化魔法に対抗する案を考えたが、良いアイディアが浮かばないまま週末を迎えた。


「今週末はちょっと実家に帰ってくるね」


 ねねねが二か月以上帰省していないことを伝えると、アルトと真菰に猛烈に後押ししてくれた。

 一泊二日分の荷物をリュックに入れて、電車に揺られて一時間半、見慣れた町の見慣れた住宅街にある小さな一軒家の玄関をくぐった。


「ただいまー」

「遅かったじゃない? 心配したわよ」

「お母さん」


 黒い短い髪のねねねにそっくりだが、少しだけ身長が高いエプロン姿の女性。ねねねの母が台所から心配そうに顔を見せた。


「ごめん、寝坊しちゃって。それよりお腹すいちゃった。お昼ある?」

「ねねねの好きなピラフとから揚げ作っておいたわよ」

「わぁぁ、ありがとう!」


 ピラフとから揚げは昔からのねねねの大好物だ。二か月ぶりに帰るねねねのために好物を作ってくれていたのだろう。

 ねねねは荷物をリビングに置いて、早速食卓に座った。


「はい。どうぞ、召し上がれ」

「いただきまーす」


 席に着いた瞬間にご飯を出してもらえるって幸せだなぁ、と思いながらスプーンでピラフを頬張る。寮に入るまで思ったことはなかったが、ありたいと感謝しつつご飯を噛み締める。


「おいしー。ありがとー。お母さん」


 炊き立てのピラフと揚げたてのから揚げは「ほっぺたが落ちそう」と思えるほどおいしく感じた。

 嬉しそうにご飯を食べるねねねを見て、ねねねの母も安堵したようだった。


「ちゃんとご飯食べてる? ねねねのことだから没頭してご飯も食べないなんてしてない?」

「食べてるよ。お昼はいつも友達のアルトちゃんと真菰ちゃんと三人で。夜は寮の食堂で食べられるし寮の人もみんな良い人だよ」


 ねねねは食べる手を止めずにそんなことを報告する。


「魔法の勉強はどう? 途中から転入してみんなから遅れてない?」

「うん。苦手な教科もあるけどね。教えてもらいながらやってるよ。色々見せてあげたいけど、学校の外じゃ魔法使っちゃ駄目なんだって」

「そうなの? しっかりしてるのね」


 ねねねの母は関心したように言った。


「てっきりフクロウとかねずみとか持って帰って来るかと思ったけど、案外普通の荷物ね」

「お母さん、ハ〇ー・〇ッターの見すぎだよ……」


 ステッキと変身キットのペンダントは一応持って帰ってきていたが、学校で禁止されている以上使うことはできない。


「ごちそうさまー。あー、美味しかった!」

「お粗末様。荷物、自分の部屋に片付けちゃって。お母さん洗い物しちゃうから」

「りょうかいー」


 母との日常会話に懐かしさを感じながら、自分の部屋に戻る前に気になったことを尋ねる。


「そういえば、お父さんは?」

「ゴルフに行ったわよ」

「愛しの一人娘が帰って来るっていうのにつれなぁ」

「あなたのお父さんはそういう人よ」


 そうだったね、と笑いながらねねねはリュックを二階の自分の部屋に運ぶ。


「なんだか久しぶりだなぁ」


 二か月ぶりに自分の部屋に入ると、出て行った時のままにしてあった。通っていた中学校の教科書が、学習机の上に並んでいるのを見て懐かしくなる。

 ねだって買ってもらったベッドも二か月使ってないと愛おしく思えてしまう。


「もっと早く帰ってくれば良かったかな……」


 自分のわがままで転入したので、さみしくなって帰ってきたとは言われたくなくて、少しムキになっていたところもあったかもしれない。

 リュックを机の側に置いて、ベッドに腰掛ける。ふと目を向けると壁につり下がったコルクボードに張られた写真が目に入った。小学校の頃にねねねと鷺ノ宮にあが一緒に写った写真だ。


「あはは、懐かしい。このころはまだにあちゃんを好きだなんて思ってなかったな」


 写真の中のねねねはフレームから飛び出しそうな勢いで元気にピースサインをし、にあちゃんはねねねに引っ張られるようにおずおずとピースをしていた。

 他にもねねねがにあと頬をくっつけたり、無意識に肩を組んでいたり、と今見たら赤面するような写真もあった。

 写真を追っていくと一緒に写っていない写真が少ないくらい、ねねねとにあは一緒だった。


(でも、にあちゃんは、もういない……)


 誰かに、何かに追い詰められて、自ら命を絶った。


「そうだった。私、この為に転入したんだった」


 忘れたことは一度もなかったが、改めて自分の目標を思い出した。


「……いくら魔法でも、死んだ人間を生き返せることはできないんだよね」


 ねねねは何もできなかった悔しさを思い出し、唇をかみしめる。

 まだ彼女の死の原因はわかっていない。だが、彼女の真実を追って魔法少女育成学園に入ったことだけは報告しておきたかった。

 そう思うと、ねねねは部屋を出て母に「にあちゃんにお線香あげに行ってくる」とあいさつをして玄関を出た。


「鷺ノ宮さんに失礼のないようにね」

「はーい」


 鷺ノ宮にあが亡くなってまだ三カ月だ。ねねねは胸がきゅっと痛むのを感じ、きっとにあの母親はもっと強く胸が痛むのを感じているのだろう。

 そんなことを想像しながら、ねねねは隣の家を訪ねた。にあの家はねねねの家のすぐ隣だった。


(ほとんど同じ形の家で、二階の向かい合わせの部屋だったからすぐに仲良くなったんだよね。昔は良く屋根を伝ってにあちゃんの部屋に入ったりしたなぁ。後でお母さんに怒られたけど)


 ねねねは緊張気味に、にあの家のチャイムを鳴らした。


「はい」


 短く元気のない声が、ドアフォンから聞こえてきた。にあの母だとすぐにわかった。


「あ、あの、私、轟です。にあちゃんにお線香を上げに来ました」

「あぁ、ねねねちゃん? ちょっと待っててね」


 少し声が明るくなったのを聞いて、ねねねはほっとした。

 玄関のドアが開いて、にあの母が出て来る。にあによく似た茶色い長い髪の中年の女性だった。少し見ない間に痩せていて、元々白い肌が顔を病的に見えた。


「いらっしゃい、ねねねちゃん」


 それでも明るく振る舞いねねねを迎えてくれた。


「こんにちは。おばさん」

「入って? にあも喜ぶと思うわ」


 にあの母に迎えられて玄関を上がる。ねねねがここに来るのは魔法少女育成学園の寮に入って以来だった。

 リビングに置かれた黒い小さな仏壇。その前にねねねは正座する。

 仏壇の中央に置かれていたのはにあの笑った写真と彼女の生前使っていたであろう白と青のステッキだった。


(きっとにあちゃんはこれで魔法の練習をしてたんだろうな……)

「ちょっと待ってね」


 にあのお母さんが仏壇のろうそくに火をつけようと仏壇に座る。ねねねはそれを手で止めた。


「待って。こっちの方が喜ぶと思うから」


 ねねねは仏壇の上にあったにあちゃんのステッキを手に取り、そのステッキで魔法を使いろうそくに火を灯した。


「え!? ねねねちゃん、魔法が使えたの?」

「……実は私、にあちゃんが亡くなってから魔法少女育成学園に転入したんです。そこで教えてもらいました」

(学園の外で魔法は使っちゃいけないって言われたけど、このくらいなら大丈夫だよね)


 ねねねはにあの遺影に向き合って手を合わせ、お線香をあげた。そして、声を出してにあに魔法少女育成学園に転入したこと、三カ月間の学園生活を報告した。にあが亡くなってしまった原因を探していて、まだそれが残念ながら見つけられていないことを伝えた。


(でも、必ず見つけてみせるよ。そして、その時はにあちゃんが好きだったって伝える)


 もう一度両手を合わせて頭を下げて、仏壇の前から離れる。

 にあの母はねねねの報告に驚いた顔をしていた。


「おばさん。今にあちゃんに報告した通り、私、にあちゃんが亡くなった本当の理由を学園で探しています。にあちゃんは私に悩んでるって言ってたのに助けてあげられなかった……。だから、私、それを見つけるために魔法少女育成学園に転入したんです」

「そうだったの……。でも、危ないことはしないで。ねねねちゃんが危ないことをするのはにあも喜ばないと思うから」


 にあの母はそのことをあまり喜んではいないようだった。それでも、ねねねは尋ねる。


「にあちゃんは亡くなる前、何か言ってませんでしたか? 変な様子はなかったですか?」

「警察の方や学校の方からも聞かれたけど、ちょっと元気がないかなって思ってたけど、特に変なことはなかったと思うわ」

「そうですか……」


 今のところ学校ではなんの手掛かりもつかめていないだけに、ねねねは肩を落としてしまう。


「あ、そういえば……」

「なんです?」

「夏休みが始まって、帰ってきた初日に誰かお友達が訪ねて来てたみたい。あれはねねねちゃんじゃなかったのよね?」

「え!? わ、私じゃないです」


 ねねねは中学校の部活の合宿に行っていて会えなかった。


(誰だろう? こっちの友達? でも、にあちゃんあんまり友達は多いほうじゃなかったし、もしかして学園の友達!?)

「ど、どんな人だったかわかりますか?」

「にあが出て、玄関で少し話してすぐに帰ったみたいだったから、どんな人だったかまではわからないわ」

「そうですか。でも、それは大きな手掛かりです! ありがとうございます!」


 それからねねねはにあの母と世間話をした。にあの話を聞いたり、自分の状況を話したりして、その中で事件の真相に迫る情報はないかと模索した。


「ありがとうございます。とても参考になりました。また何かわかったら報告に来ます」

「本当に気を付けてね。にあのことは警察の方も調べてくれてるから、ねねねちゃんが無理する必要はないんだからね」


 にあの母は帰るときまで心配して、見送りに出てきた。


(正直、にあちゃんのおばさんが私のことを少しでも恨んでいるんじゃないかって思っていたから、少しほっとした)


 ねねねはこの家に来て、油断していたことを後悔することになってしまう。



 翌日、遅くまでアルトと真菰と夜遅くまでマジルでおしゃべりしていたせいか、ねねねは昼前までぐっすり寝てしまった。

 ジリリリリ、と生徒手帳のマジルが通話機能の呼び鈴を鳴らし、惰眠をむさぼるねねねを叩き起こした。


「へ? え? 何?」


 ねねねは寝ぼけたまま生徒手帳の通話をオンにした。


「はひ、もしもし……」

「轟ねねねか?」

「はひ、そーですが……」

「こんな時間で寝起きとはたるんでいるな。私だ。担任の中井だ」

「な、中井先生!? お、オハヨーゴザイマス!」


 ねねねは反射的に急に背筋が伸ばしてベッドの上で正座してしまう。


「おはよう。早速だが事実確認だ。轟ねねね、昨日、学校の外で魔法を使ったか?」


 ねねねは一瞬何を言われたのか分からなかった。


「えっと、記憶にないんですが……」

「タレコミが来ている。ご丁寧に写真付きでな。お隣の家の仏壇の前で火をつけるために魔法を使っただろう?」

「あ……」


 確かにそうだった。にあの遺影に魔法が使えることを見せたくて、つい使ってしまったのだった。


「……はい。使いました」

「そうか。軽率だったな」

「はい……。ごめんなさい」


 中井先生の言う通りだと思った。ねねねはうなだれてしまう。


「一週間、停学だ。自宅謹慎して反省しろ。ご両親には私から改めて連絡する」

「え!? ちょ、ちょっと待ってください。あれだけで停学なんですか?」

「……轟ねねね。お前は良くも悪くも注目され過ぎている。教育委員会からこんな証拠を送り付けられては校則以上に重い処罰をせざるを得ん。文句を言わず受け入れろ」


 中井先生の口調は淡々としていたが、どこか同情したような説明にねねねは納得するしかなかった。


「……わかりました。すいませんでした。一週間自宅で反省します」

「しっかり反省しろ。寮には戻っても構わんが、生徒との会話は禁止だ。戻るなら生徒のいない学校のある時間にしろよ」

「はい、分かりました。……すいません、迷惑をかけて」

「校則もしっかり覚えておくことだ。ランキング序列一位になるつもりなら品行方正は条件の一つだ」


 中井先生はそう言うと電話を切った。

 通話の切れた生徒手帳を前にねねねは深いため息をついた。


「はぁぁ。転入三カ月で停学なんて、お母さんとお父さんになんて言おう……」


 落ち込みながらも、このことをアルトと真菰に伝えないとと思い、生徒手帳を開く。


(あ、待てよ。マジルも魔法になるのかな?)


 用心してスマホのトークアプリで二人に「ごめん、学校外での魔法の使用がバレて一週間停学になった。しばらくマジルは使えないから何かあればスマホでお願い」と連絡した。


(後はお母さんになんて言って謝ろうかな、今日はお父さんもいるし……。うぅ、お父さん怒ると怖いんだよね)


 きっとこのことはすでに両親にも伝わっているだろう。ねねねは覚悟を決めて、着替えてリビングに下りた。

 リビングには既に神妙な面持ちで食卓に座る父と困った顔の母が立っていた。


「ねねね、座りなさい」

「はい」


 父にそう言われて言われたとおりに父の正面に座る。

 ねねねは顔色をうかがうように父の顔を見た。短い天然パーマの少し白髪の混じった黒髪、ねねねによく似た少し太い眉毛。それが吊り上がっていて、口がへの字に曲がっている。ねねねが見たことのある怒っているときの顔だった。


(お父さん、普段は優しい人けど、怒ると怖いんだよね……)


 父が今から言うであろう厳しい言葉に、ねねねはぎゅっと体を細くして身構えた。


「今、学校から連絡があった。なんでだかわかっているな」

「はい」

「学校外で魔法を使ってはいけない校則になっているのに使ったそうだな? なんでだ?」

「亡くなった鷺ノ宮にあちゃんに魔法を覚えたことを見せたくて、にあちゃんの仏壇でろうそくに火を付ける為に魔法を使いました」


 ねねねは素直にその事実を話した。


「あんた自分で言ってたじゃない。学校の外では魔法は使っちゃいけないって……」


 今にも泣きそうな母の声。その声を聞くと本当に申し訳ない気持ちになる。


「ごめんなさい」

「学校では随分頑張ってるそうじゃないか? 先生から聞いたぞ? 慣れない科目の授業も苦労しながら勉強して、生徒のランキングで上位にいるんだろう?」

「はい。頑張っています」


 中井先生が両親にそんなことまで伝えていたことに驚く。


「そんな頑張りも、規則を破るだけで全て無駄にしてしまうんだぞ?」

「……軽率だったと思います」


 そう答えたが、ねねねの目には悔しさで涙がにじんでいた。自分の努力が無駄になることよりも、ここまで協力してくれた友達の応援を裏切ることになるのが悔しかった。


「わかっているんだな?」

「……はい」

「にあちゃんの思いにも、他の友達の思いに応えたいなら行動する前に何が正しいのかもう一度考えて行動しなさい」


 お父さんは私の頭にぽんと優しく手を置くと「しっかりな」と言って、席を外した。


「う、うぅ。あぁぁ……」


 ねねねは父の励ましに涙腺が緩んで、ボロボロと涙をこぼしてしまった。


「お父さぁん、お母さぁん、ごめんなさいぃー!」


 こぼれ始めた涙が止まらず、そのまま食卓の上で泣き崩れてしまった。

 自分が馬鹿だったと改めて反省した。規則破ったことで、両親と友達の信頼を裏切ってしまった。

 母は何も言わず、ねねねが泣き止むまで抱きしめてくれていた。

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