30話 宝石魔法と貧乏性(2)
それから海美は人が変わったように勉強と練習に励んだ。
これまでは転生によって授かった魔法の才能と六香家に伝わる宝石による魔法だけに頼っていたが、それだけでは轟ねねねには勝てないと痛感させられたのだ。
家の書庫にこもって切り札の「
ねねね対策は家の庭で水属性の遠距離魔法の威力を上げ、標的に当てる練習をひたすらに行った。練習が終わった後は、家の庭どころか外まで水浸しになって、親だけでなくご近所の人にまで怒られた。そのうえびしょ濡れになって風邪をひきそうになったほどだ。
(仕方ないじゃない。魔法模擬戦を練習してくれるような友達がいないんだもの!)
そんな二週間が続いた放課後、とうとう運命の時はきた。
(早く帰って練習しなきゃ)
海美が下駄箱で靴を履いているところに、轟ねねねが現れた。
「初めまして、六香先輩。私、一年の轟ねねねって言います。突然ですいません。私と魔法模擬戦をしてもらえませんか?」
海美は轟ねねねを初めて正面から見た。
(なによ。普通の、礼儀正しい女の子じゃない)
黒い肩くらいの髪をツインテールに結び、大きな瞳と活発そうな眉毛が印象的だった。身長はそれほど高くないが、手足は長くて小柄なモデルみたいな体形だ。制服はこの学園の生徒らしくないほどにキチンと着込んでいて、海美の目には初々しくて可愛らしく映った。
「……あなたが噂の轟ねねね。魔法模擬戦で私に勝てるとでも思ってるの?」
海美は先輩風を吹かせるように、腕を組んで高圧的な態度を取る。舐められたら六香家の看板に泥を塗ることになる。それだけは避けなければならない。
「魔法の腕では六香先輩にはとてもかなわないと思います。今日は胸を借りたいと思って来ました」
ねねねに謙虚な態度でそう言われ、海美も悪くない気分だった。
(どんな生意気な娘かと思ってたけど普通にいい子……。いえ、コイツは私の進学の邪魔をする障害よ。コイツの挑戦を退けるために対策してきたんだから)
海美はそう気持ちを切り替えて、スカートのポケットから杖を取り出す。神話の海の神ポセイドンの三又のヤリをコンパクトにしたようなステッキだ。
「……いいわ。なら六香家の魔法、存分に堪能しなさい。『水のように柔軟に、清らかに、海のように広く、包み込め』……変身!」
ざぁ、と海美の周囲に雨が降り足元に水が溜まる。その水が渦のように巻きあがり彼女を隠すように包み込むと、制服が流水をデザインした青色のコスチュームに変化した。腰まで伸ばした藍色の髪に渦巻のデザインの髪留めをつけて止めて、海美の変身は完了した。
ねねねはその優雅な変身ぶりに「ほぅ」とうっとりして、ため息をついていた。
(ふふん、そうでしょ? やっぱり美しいでしょ? これ作るのに一か月はかかったんだから)
海美は薄目でねねねの反応を確かめ、ほくそ笑んだ。
「さ、あなたの番よ。変身しなさい?」
「はい! オンユアマーク・レディゴー!」
ねねねは陸上選手のクラウチングスタートの姿勢から魔法で作り出したコースを走り始め、ゴールテープに模した大きな光の布の中に飛び込んで魔法少女のコスチュームを身に着けた。紺と緑の競泳選手が着るようなぴったりとした水着に太ももの上くらいまでの大きめの白いパーカー、手と足には水中用のえらのついたグローブをつけていて、明らかに水中戦を意識したコスチュームだった。
「お、お待たせしました」
ねねねは下半身を守るのが太ももよりも上にあるパーカーだけなのが不安なのか、頬を赤くしてすそを引っ張って下半身を隠そうとしていた。
(まぁ、この辺は一年生よね。この学校にいるともっと過激なカッコウさせられることもあるから気をつけなさいね)
海美は心の中でそうアドバイスを送って微笑むと、「始めましょう」魔法模擬戦の申請をした。ねねねが「よろしくお願いいたします」とこれに承認して、二人は発生したゲートの中に飲み込まれた。
海美が目を開けるとそこは白い砂浜に青い海のどこまでも広がるビーチだった。
(ヤバイ! ツいてる! 浜辺ステージ!? もともと海があるんなら私の魔法も威力倍増する。さー、覚悟は良いかしら? 轟ねねね!)
喜びのあまり飛び上がりそうになる心を押さえながら、ちらりとねねねの方を見ると、
「なーんか最近いつも相手に有利なステージになってる気がするんだけど……。これが序列上位者戦のハンデなのかな?」
ぶつぶつつぶやきながら不満そうな顔をしていた。
(ふふ、あなたの強運もここで尽きたわ。さー、一撃で終わりにしてあげるわ!)
海美はほくそ笑んで胸元のロケットから一番大きな青の宝石・サファイアを取り出した。
「
海美が呪文と共にサファイアを空に投げると、サファイアは光の帯を吐き出しながらその色を失っていく。サファイヤから吐き出された光の帯が空に巨大な魔法陣が描き出し、月が落ちてきたのではと見間違うほどの巨大な水球が魔法陣から姿を現す。
「っ! いきなり大魔法!」
ねねねは海美の予想通りステッキをホウキに変化させ、それにつかまって空に飛んだ。
(ふふん、読めているわ。ここから空中戦でしょう?)
大量の水が砂浜を埋め尽くしていき、海美はその揺らぐ水面に立つ。
海美にとってこの魔法の最大の利点は使用した魔法の影響を受けないことだ。大量に発生した水は海美に触れることはなく、まるで従順な獣のように海美を避け、海美が歩くための地面になってくれる。
空に飛び上がったねねねは一面水に飲み込まれていく光景に驚き、海美自身への注意が散漫になっていた。
(チャンスよ!)
海美は散々びしょ濡れになって練習してきた高圧の水弾魔法を使う。
ソケットから小さめの宝石が飛び出して、自信の目の前に直径が自分の体ほどもある大きさの魔法陣を作り出した。そこからバスケットボールほどの水の弾が数十個と現れる。
「
百発百中になるまで繰り返し練習した水弾は、海美の思い描いたとおりに宙に放たれ、吸い込まれれるようにねねねに向かって飛ぶ。
「ひゃっ!」
ねねねは寸前でそれに気づき、急旋回して複数の水弾をかわしていく。
(ウソッ!? あの距離でかわせるの!? アイツ、本当に二学期転校してきたの? まるでプロの操縦じゃない!?)
全ての弾を撃ち終わってもねねねを落すことはできなかった。
海美は唇を噛んで、再びロケットから宝石を取り出す。
「これなら、どうっ!?」
崩したねねねを打ち落とすべく次の宝石魔法を放った。手に取った宝石から光が失われ、同時に強力な水魔法の魔法陣が浮かび上がる。
「
ホースで水を出した時の数百倍の威力がある水の砲を打ち放つ。
「くうぅぅっ!」
ねねねは体制を崩しながらもほうきをアクロバティックに操り、水砲をかわし続けた。顔が空圧でブルブルさせながら、高速で飛ぶ様は鬼気迫るものだった。
(なんて奴……! でも、もうそろそろ地面にも水が溜まってきてる。このステージを水で埋め尽くすのもあとわずか!)
バトルステージが区切られた空間だ。無尽蔵に広がるわけではないので、空間に出され続ける大量の水は、バケツに水がたまるように満たされていくのだ。おそらく実際にこの魔法を使えば一時的な津波を起こすことができるだけにとどまるだろう。
(水で満たされればいくら轟ねねねといえど溺れさせることができる! うぅ、でも、宝石の魔力が尽きて
思案しながら水泡でねねねを狙っていると、水の端がバシッとホウキに当たり、ねねねは海の中に落下した。
ドボーン、と大きな水柱が上がって、ねねねは水の中に沈んだ。
「や、やった!?」
海美は小さくガッツポーズをしながらねねねの落ちた辺りを凝視する。
(いえ、油断しちゃ駄目! アイツは魚に変身するようなことを言ってたわ。この海の中がすさまじい流れが発生しているけど、時間が経ってそれも弱くなっている。きっと魚に変身して、海の中を泳いて私の足元から攻撃を仕掛けてくるに違いないわ!)
海美は警戒しつつ、ポケットに忍ばせておいたタモ網型のステッキを取り出す。
(そんなときのために購買部に売ってたこの魔道具・網ステッキよ! この網ステッキ、普段は腰に差して置けるほど小さいくせに、振ると人間も確保できほど大きくなるの! 捕まったら簡単に逃げられない仕様にも惚れたわ。これで今月のお小遣い0円だけど、かける価値はあるハズ! さぁ、来なさい! 轟ねねね! 頭を出して攻撃を仕掛けてきた瞬間があなたの最後よ!)
海美はタモ網型のステッキを構え、足元を凝視してねねねの姿を探す。
「一体いつになったら出てくるの……?」
待てど暮らせどねねねは出てこなかった。十分近く見ていたがねねねの姿は見つからず、攻撃を仕掛けてくるそぶりもない。
「頭がくらくらしてきたんだけど……」
そう言って海美が顔を上げた瞬間、びゅんっと何かが頬をかすめていった。
「えっ! えぇ!?」
後ろを振り返るとそれはホウキだった。しかも、ねねねはそれに乗っていない。ホウキだけがミサイルのように海美を目掛けて飛んできたのだ。しかも、Uターンして再度海美を狙って飛んでくる。
「う、ウソでしょ!? あんなこと出来るの!?」
海美は焦ってホウキから逃げ出した。その瞬間!
「んぁあああああっ!!」
バッシャーン、と足元から魚が飛び跳ねるようにねねねが飛び出してきた。足だけを魚のようになっていて、さながら人魚のようだった。
(う、ウソでしょっ!?)
海美はホウキミサイルとねねねの足元からの奇襲に驚きでパニックに陥りそうになった。人魚のような尾びれをつけた轟ねねねの手にはハンマーが握られており、海美の脳天をかち割ろうと振りかぶっている。
「ひぃぃぃっ!」
海美は無我夢中で手に持った網でハンマーから身を守ろうと頭の上に上げた。
「えっ!? えぇぇぇぇっ!?」
驚いたのはねねねの方だった。網ステッキの網の部分が大きく口を開いて、その体を飲み込んだのだ。
「な、なにこれ!? んぅぅぅ!!」
ねねねは網の中で暴れたが、網が絡みついて余計に身動きが取れなくなっている。
(つ、捕まえた!? っていうか、このまま水に沈めちゃえば私の勝ちよね!?)
思った瞬間に海美はそれを実行していた。ねねねを捕えた網を水の中に沈める。
「うぶぶぶ……!」
「ギブアップするなら今よ。苦しいだけだから」
網を沈めた海美は勝利を確信してほくそ笑んだ。
網の中からブクブクと空気の泡が浮かび上がってくる。
「フフ、そろそろ限界かしら? ……アダッ!!」
水の中を覗き込もうとした海美の尻に何かが突撃してきた。
「ホウキッ!? なんてしつこいの?」
空に舞い上がるホウキを見上げ、何とか打ち落とす手段はないか思案したその時だった。ねねねを捉えた網がムクムクと膨らんで水の中から這い出てきていた。
「な、なに、何? ナニーーーーっ!?」
ねねねの体がぐんぐんと膨らみ、網を突き破って、大樹のようになった上半身が水の中から生えていた。
(う、嘘でしょ! やっぱり轟ねねねは巨大化魔法が使えたの!?)
海美はそのあまりの迫力に硬直して動けなかった。巨大化したねねねはその手には小さいハンマーステッキを振り上げ、海美の頭目掛けて振り下ろす。
「んああぁぁぁぁっ!!」
ねねねの叫びと共に、ガイン、とすさまじい衝撃が頭部に走り、海美のコスチュームがバラバラと散るように崩れていく。
つつましげな胸とお尻を上下セットの清楚な水色の下着がさらされる。しかし、恥ずかしがる余裕もなく、海美はその衝撃に気を失い倒れた。
ビーーーーー、とブザーの音が鳴り響き「魔法模擬戦終了、勝者轟ねねね」と機械のような声がそう告げた。
海美が目を覚ますと、ねねねの顔が目の前にあった。
「あ、目が覚めましたか? 体調はどうですか?」
心配そうな表情で海美の顔を覗き込むねねね。
(そっか。私、負けたんだ)
どうやら試合中の頭への衝撃が強かったらしく、試合が終わっても目が覚めなかったらしい。ねねねはそんな海美を介抱してくれていたのだ。
「大丈夫よ。……見事な戦いだったわね」
そんなねねねに負けて悔しがる姿を海美は見せたくなかった。代々魔法使いの家系のプライドは忘れてはいけない、と父から言われたことを思い出し、海美は精一杯の虚勢でそう答えた。
「ありがとうございました。六香先輩も凄かったです。私の作戦がみんな先読みされていて、最後は勝てる気がしませんでした」
ねねねにひざ枕されてながら、海美は少し誇らしげに笑う。
(それはみんな、あなたの作戦会議を覗き見て知ったことだけどね)
推薦の切符をなくしてしまったが、生まれて初めて全力で特訓をして、生まれて初めて全力で戦った。結果は負けたが、スッキリした気分だった。
(この二年もう少し頑張っていれば、序列も上を目指せたのかもしれないわね)
宝石を使いきってしまったこと父と母には謝らなければと思い、海美は体を起こし、立ち上がった。
「私に勝ったんだから、頑張りなさいよ」
海美はねねねの肩を叩くと、その場を後にした。
「ありがとうございました!」
ねねねは海美の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
(なんだ、やっぱり良い娘じゃない。轟ねねね。覚えておくわ)
海美は満足そうにそうほくそ笑んで帰路についた。
その途中、水をかぶったわけでもないのになぜか「ハクション!」くしゃみが出た。
(誰かが私のこと噂してるのかしら?)
海美は鼻を押さえながら腑に落ちない顔で再び帰路についた。
※※※
六香先輩の背中を見送って、ねねねはほっとする。
下駄箱の影から隠れてみていたアルトと真菰がねねねの下へ駆けてくる。
「やったね! ねねねちゃん!」
「凄かったのデス! 素晴らしかったのデス!」
「アルトちゃん、真菰ちゃんもお疲れ様。……凄く強かったよ、六香先輩」
「そうだね」
「デスね。今回の変身機能付きコスチューム『マーメード・スプラッシュ』が活躍でしたね」
二人に祝福されてねねねは思わず顔をほころばせる。
「だね! ……六香先輩の口から本音が漏れてなかったら、勝ててなかったと思うよ」
「しっ、ねねねちゃん。それ言っちゃダメだよ……」
「デス。思考が駄々洩れだったのデス。痛い子なのデス」
どうやら海美は友達がいない、ボッチの期間が長すぎたせいで、心の中で思ってることがたまにというか、ほとんど口に出てしまっていたのだ。
「そ、それでも強かったよね?」
「網に捕まった時はどうしようかと思ったのデス」
「背後から襲い掛かればいけると思ったんだけど、あの網、自動追尾でもついてるみたいに追い駆けてきて……。巨大化魔法で破れたのは運が良かったよ」
(六香先輩の本音の部分も面白くて好きだけど、バトルの最中も漏れてたら流石にねぇ? これで序列七位。まだまだこれから! 次の人はどんな人だろ。……変な人じゃないと良いけど)
ねねねは次の戦いへと気持ちを切り替えたのだった。
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