29話 宝石魔法と貧乏性(1)

 魔法少女ランキング序列七位、六香海美ろっこう うみは深いため息をついて廊下の壁にもたれかかった。


「はぁぁ……。なんでアイツあんなに強いのよ……」


 海美は壁に背中を預けながら、腰まである長い藍色の髪を指に絡めてもてあそぶ。制服を着崩さず、スカートの丈も変えてない正規の制服姿は学校内でも珍しく、その気の強そうな顔つきと相まって海美はクラスで名門の魔女の出と認識されていた。


(アイツが転入してきた時から嫌な予感しかしてなかったのよね……)


 その視線の先には黒髪ツインテールにハンマーステッキ、活発に動き回る魔法少女・轟ねねねの姿があった。


「ぐんぐん序列を上げてくるし、マズイとは思ってたわ……」


 二学期に入ってからずっと感じていた不安が、ついに現実のものになってしまった。

 転入そうそう破竹の勢いでランキング序列を上げてきた噂の転校生「轟ねねね」は、ついに海美のすぐ下、八位にその名前が浮かび上がるようになっていた。

 おそらくねねねは近いうちに海美に魔法模擬戦を挑んでくるつもりだろう。海美はそれが憂鬱で仕方なかった。


(いや、勝つわよ? あんな脳筋魔法少女、我が家に伝わる宝石魔法を使えば一発で終わりよ? でもねー、それでねー、高価な宝石を使用してまた貧乏になると思うとね……)


 六香家に代々伝わる魔法は強力無比なのだが、ただ発動されるのに条件がある。高価な宝石の価値とも言える輝きを奪い、ただの石に変えてしまうのだ。

 海美が肌身離さず持ち歩くロケットには父から「大事に使いなさい」と渡された宝石が収めてある。それは海美の父が頑張って残業して働いて、母がコツコツ節約して、この学校への入学祝いに買ってくれた物だった。これまでは序列向上のために遠慮なく使わせてもらっていたが、今は序列七位に入り上級魔法学校への進学キップに手がかかっている。無理して序列を上げる必要がなくなった今となっては、もう一発たりとも魔法を使いたくなかった。


(でも、アイツは間違いなく挑んでくるわよね……)


 序列下位者が上位者の挑戦を拒むことができるが、その差が一位差の場合、挑戦を受けたら一週間以内に承認しないと不戦敗となる。つまり、ねねねに魔法模擬戦を申請されれば、海美はその挑戦を受けなければならないということだ。


「はぁぁー、どうしよ。どうにか挑んでくるのやめてくれないかしら……」


 海美は深くため息をついた。

 海美が希望する学校の進学が内定するのは二学期の終わりだ。今学期中に上位魔法学校での面接があって、あとは序列七位という肩書と内申点だけで進学が決まるはずだった。序列七位と八位では大きな差がある。学園のトップに君臨していたかどうかが内申点に大きく響くのだ。


(せっかく転生したってのに、なんでまた同じようなことで悩まなきゃいけないのよ……)


 海美は実を言うと転生する前のことを記憶に持つ、いわゆる「転生者」だ。前世では魔法のない世界で高校受験に苦しむ中学生だった。参考書片手に歩いていたところを、交通事故に会い、死んでしまった。しかし、目が覚めると魔法のあるこの世界に生まれ変わっていた。


(せっかく異世界転生なら本当はもっとファンタジー世界で、出来ればもっとチートが良かったんだけど!! 魔女の家系に生まれたのはいいけど、魔法を使うのにお金はかかるし、私よりもっとチートみたいな人たちがわんさかいるし、学校のシステムも同じだし、やってらんないわよ!)


 指に絡まる髪の毛はもう、もてあそびすぎてぐるぐる巻きになっていた。


「それにアイツよ! 一体なんなの! あのしょぼい魔法であの強さ! 頭おかしいんじゃないの!」


 憤るあまりに考え事が、声に出てしまっていた。

 叫んでしまったことに気づいて、慌てて周囲を見渡したが、幸いなことに誰もいなかった。


(落ち着いて、海美。……轟ねねねは学園の革命者よ。噂によると学園のルールを変えたくて序列一位を目指しているって話だわ。……って、なんか私なんかよりよっぽどアイツのほうが転生者っぽくない?)


 落ち着いて考えをまとめていると、なんだかむなしくなってきた。もしねねねに負ければ、進学先の学校から内定をもらったら、こっそりアルバイトをして宝石の代金を稼ごうと考えていた計画も水の泡だ。


「こうなったら目には目を! 歯には歯を、よ!」


 ねねねは対戦者の情報を集め、弱点を見つけてそこを攻めることで勝ちを収める戦法だという。それならば、逆に海美がねねねの情報を集めてその対策を練れば、魔法で勝る海美に軍配は上がるだろう。


(でも、残念なことに私にはアイツみたいな信頼のできる友達はいない、いえ、違うわ! 孤高な学園生活を過ごしてきた序列上位者には友達なんて必要なかった。情報を集めたいなら自ら動かなければならない! アイツの情報を集めているのなら私もやらねばならないのよ!!)


 ねねねたちはいつも放課後に映像研の視聴覚室で作戦会議を開いているという。海美はその為に苦労して認識阻害の魔法を覚え、放課後の視聴覚室へと足を運んだ。


「魚に変身して泳ぐのはどうかな?」

「魚に変身したら攻撃できないデス。ホウキに潜る装置をつけて泳ぐのはどうデスか?」

「それ、魔道具なの?」


 海美が視聴覚室の扉をそっと開き、中を覗き込むと噂通りねねねたちが作戦会議を行っていた。


(って早速、私の魔法の対策が練られてるんですけど!)


 海美の家に代々伝わる魔法「大海召喚(サモン コンドミニアム)」は、宝石の魔力を使い、大海原を召喚し全てを沈めてしまうという強大な魔法だ。

 海美がこの魔法を魔法模擬戦のバトルステージの中で使えば、地面はもちろん空に逃げてもステージ内は全て水で満たされ、相手は溺れてすぐにギブアップさせることができた。


(高い対価を払うことになるけど、この魔法を知らない相手なら発動させればもうそれで終わり。勝利は私のものだった。でも、アイツ魚に変身って言ってたわよね? 考えてもみなかったわ。そりゃ海の中なら魚は生きていけるわよね? あと潜る装置って潜水艦みたいなこと? ヤバイわ、それは!)


 海美はねねねの恐ろしさを改めて思い知る。普通の学園の生徒が考えないようなことを考えて作戦に盛り込んでくる。今までに戦ったことのない相手だった。


(アイツを上回ることを考えないと勝てないわ。もし、魚に変身したら? そうね。魔法で網を作りましょう! 私は海の上を歩けるし、大きい網を海に突っ込んで魚に変身したアイツを捕まえてしまえば良いでしょ!? あ、もしかして私、天才かも!? それにホウキで潜水する? 電気流せば一発でしょ! 私だって学園で習った電気の魔法くらい使えるし! 問題なーし! なーんだ、轟ねねね、恐るるに足らずね!)


 どの程度の範囲に電気を流そうとしているか、広大な範囲では海美の魔法程度ではどうにもならないということには考えも及ばず、海美は帰ろうとしていた。


「でも、この映像だと魔法が発動してから空まで海に埋まるまでかなり時間がかかってるよね? それならホウキで一旦空に逃げて、空中戦を仕掛けたほうが良いんじゃないかな?」

「正直、六香海美先輩には他に情報がないデス。空中戦や遠距離攻撃の魔法が得意ならそれは良い案とは言えないのデス」

「んー、それも第一段階の作戦で考えておくのは良いかも」


 海美はその会話を聞いて足を止める。


(な、何ですって!? ホウキで空中戦!? わ、私は自慢じゃないけどホウキに乗るのは苦手よ? 遠距離攻撃の魔法は水圧をぎゅっと詰めた弾丸は打てるけど、連発は出来ないわ。だって、発動するのには宝石が必要なんだもん。それにホウキで飛び回る相手を正確に落とせるほどの精度もないわ)


 どうする? と海美は自分に問いかける。ここで負ければ序列八位。下級生に負ける屈辱の上に内定まで怪しくなる。


(宝石を使わずに遠距離攻撃用の魔法を……。って、無理ね。自分の属性の水属性ですら遠距離攻撃の魔法は怪しいっていうのに、どうやったら習得の難しい他属性の遠距離攻撃魔法を使えるってのよ!? 水属性は汎用が高いけど、攻撃力は低いのよ! ちょっと威力のある水鉄砲が関の山よ! あの真菰って娘みたいに魔道具作れる友達もいないし、魔道具は買うと高いし!! ……ううう、仕方ない! もしホウキで飛んで来たら破産覚悟で宝石による水の弾丸を打ちまくって落とすしかない。それまで、照準をつける練習だけでもしておこう。一応水鉄砲くらいの魔法なら宝石なしでも打てるし)


 海美は思わず大声が出そうなほど心を乱されてしまい、口元を押さえて声が出るのを抑えた。

 とにかく、ねねねたちの作戦会議は盗み聞くことができた。早く家に帰って対策を練らねば、と海美はその場を後にしようとする。


「んー、巨人に変身するっていうのはどう?」

「前々回使った変身魔法デスか? インパクトはあるデスけどね」

「ねねねちゃん、冗談で言ってる?」

「はぁ!?」


 海美は驚きのあまり思わず声が漏らしてしまった。


「真菰ちゃん何か言った?」

「ねねねさんではないのデスか?」

「誰かいたのかな?」


 ねねねたちがきょろきょろと周囲を見渡し始める。


(し、しまった! こんな時は猫のモノマネで!)


 海美はとっさに猫のような声で鳴いてみる。


「にゃーん、にゃーん」

「なんだ、猫か……」

「ビックリしたね」

「デス」


 どうやら海美のヘタな猫のモノマネを、ねねねたちは本物の猫だと信じてくれたようだった。


(ふぅ、焦ったわ。にしても、巨人って! ウソでしょ!? アイツ、あの鯨波宇留美みたいに巨大化魔法が使えるっての? いや、いやいやいや、焦ってはダメよ! 海美! 大海召喚サモン コンドミニアムを使えば例え轟ねねねが巨人化したとしても、押し流せるはずだわ)


 そう思ってみて、もう一度冷静になって考える。


(身長四十メートルの巨人を? いや、無理だから。私、鯨波宇留美が序列上げてこなくて本当に良かったと思ってたし。だって、魔法発動してもアイツの膝までも波が来ないのよ? そりゃいずれ海に沈むかもしれないけど、それまで巨人の手から逃げ切れる自信ないわー。……っていうか、本気でアイツ巨大化魔法使えるの!?)


 海美は立ち去るのを止めて、耳をダンボのようにねねねたちの作戦会議の内容を盗み聞きした。


「まぁ、それは驚かす程度にしか使えないかな。あはは……」


 ねねねは冗談のように言って笑う。


(あはは、じゃねーよ! 使えるのかよ!? 使えねーのかよ!? そこんところハッキリしろや!)


 海美は目を血走らせて視聴覚室の中を盗み見ていた。しかし、ねねねたちは「なんだかお腹減ったね」「食堂で軽食なら食べれるのデス」「わ、私は太るから……」とかのんきな会話をして、会議を止め視聴覚室から出て行ってしまった。


(オイ、オイ! オーイ!! ちゃんとしゃべっていけよ!? 私、転生者なんだぞ!? 別の世界から生まれ変わったチート持ちの転生者だからな!! それぐらいサービスしろよ、神様!!)


 海美は部屋から出ていくねねねたちを恨みがましく睨み、神に厚かましく願ったが、何の効果も得られなかった。


「あの……」


 海美の肩をちょいちょいと何かが叩いた。しかし、不機嫌極まる海美は目も向けず手で払いのける。


「何よ! うるさいわね! 今大事なところなんだから静かにしていて!」

「……。あの……」


 再度肩を叩かれて、海美は露骨に不機嫌な顔で後ろを振り向く。そこには長い髪で顔を隠した灰色のローブを着た幽霊のような少女が立っていた。


「その認識阻害魔法、前しかかかってないですよ」

「え? ウソ?」


 後ろから話しかけられたのが何よりの証拠だったが、そう返さずにはいられなかった。


「お、おほほほ、わ、私に何か用かしら?」

「……視聴覚室、使いたいんで扉閉めさせてもらえませんか?」

「あ、ごめんなさい。失礼したわ」


 どうやら彼女は轟ねねねの一味ではないようだ。海美は安心して扉から離れる。


「お、お邪魔しましたー」


 海美は締まっていく扉を尻目に、そのまま視聴覚室を後にした。


(巨大化魔法の有無までは分からなかったけど、収穫はあったわ。轟ねねね、やっぱり並みの魔法少女じゃないようね。こうなったら、転生者の意地を見せてやるわ)


 海美はそう決意を固め、足早に帰路についた。

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