28話 白熱! 魔剣道バトル(5)

 少し経って、ねねねはようやく落ち着くことができた。

 アルトと真菰に促されて、ねねねはこの五日間のことを二人に全て話した。二人はうなづいたり、時折相槌を打ってねねねの話を黙って全部聞いてくれた。


「そんな感じかな……」

「そうでしたか。僕たちも一方的な見方はしていたかもしれないのデス」

「わ、私たちは先輩たちになんで急ぎでない仕事を急に押しつけてくるのか問い詰めたら、柳生カルマ先輩から頼まれたと聞かされて。これは柳生先輩の罠じゃないかって、慌ててねねねちゃんを探しに来たの。でも、ねねねちゃんが柳生先輩のことを嫌じゃなかったなら私たちが思っていたことと違ったのかも……」

「私も言われて初めてそうじゃないかって思った。いじめかどうかは分からないけど、少なくとも私がなくしたい『序列による優越』を使ってるのは確かだよ。柳生先輩が良い人で、私を真剣道部に入れたいっていう熱意は本物だと思いたいけど」


 ねねねたちは道の真ん中でうーん、と唸ってしまう。


「正直、まだまだ聞きたいことも伝えたいこともあるのデス」

「よ、良かったら私の家で話そう? ここから近いから」

「それが良いのデス」


 アルトと真菰に手を引かれて、ねねねは歩き出した。

 アルトの家は今いた住宅街の中にある一軒家で、十分も歩かないうちにたどり着くことができた。


「は、入ってー。二階が私の部屋だから」


 アルトは玄関の扉を開けて、二人を家の中に招くと二階の部屋を案内した。

 部屋に入ると、中は綺麗に整頓されたアルトらしい部屋だった。一人用のベッドにはファンシーなぬいぐるみ、学習机は整理されていて誰が座ってもすぐに勉強できそうだった。


「ふ、二人は座ってて。今薬箱持ってくるね」


 アルトは二人を案内するとすぐに部屋を出て行ってしまった。ねねねと真菰は所在なさげに部屋の床に座る。やわらかいカーペットが敷いてあったので竹刀で打たれた足も痛くなかった。


「そういえば、ここのところマジルもあんまりしてなかったね。忙しかった?」

「そんな訳ないのデス。いっぱいメッセージを送っていたのデス。見てなかったのデスか?」

「え? でも私のところには来てないよ?」


 ねねねは生徒手帳のマジカルトークルームのページを開いたが、魔剣道部に通い始めてから二人からのメッセージは届いていなかった。


「ちょ、ちょっと見せるデス」


 真菰はねねねから奪い取るように生徒手帳を取り、食い入るように見つめる。


「……これは酷いのデス」

「え? どうかしたの?」

「僕とアルトさんが送ったメッセージが、ブロックされているのデス!」


 真菰は自分の生徒手帳のマジルのページ開いてねねねに見せた。そこには「新しい魔道具のアイディアが出来たのです。放課後ちょっとで良いので魔道具研に寄ってほしいのデス」「学校では忙しいのデスが放課後は手が空くのデス。良ければ放課後ミーティングをしませんか?」など複数のメッセージがあった。


「え? ど、どういうこと? 私、何かしちゃった?」

「設定のページをいじらない限り、簡単にメッセージをブロックなんて出来ないのです。誰かがねねねさんの生徒手帳をいじったに違いないのデス。ねねねさんが生徒手帳を使い慣れていないのにつけ込んだのデス!」


 真菰はうつむいて震え、怒りのあまり生徒手帳を握りしめていた。


「ど、どうしたの? 真菰ちゃん」


 救急箱とお盆にジュースを持って入ってきたアルトは、その様子に驚いて声をかける。


「アルトさんも見るのデス!」


 真菰はねねねの生徒手帳をアルトに見せた。


「これ私たちのやり取りのページ? え? この数日、メッセージがないことになってる?」

「アルトさんはここ数日、ねねねさんにメッセージを送ってませんか?」

「ううん。最低でも一日に一、二通はメッセージを送ってたよ。反応がなかったから忙しいのかと思ってた」

「魔剣道部の誰かが、ねねねさんの学園の生徒手帳をいじって僕たちのメッセージをブロックしてたのデス」

「ひどい……! それはいくら何でもやっちゃダメだよ」


 アルトもそのことを知って口元を覆い、ショックを隠せないようだった。


「こんなもの、こうしてやるのデス!」


 真菰はねねねの生徒手帳の設定のページからメッセージのブロックを解除した。すると、瞬間にアルトと真菰からだろうか、メッセージのページに文字が一気に浮き上がるように記載された。


(まるで魔法みたい。って、魔法なのか……)

「メッセージは後でじっくり読んでくださいデス。それよりも、ねねねさん。生徒手帳を自分の魔力以外では開かないように設定してください」

「え、え? どうやるの?」

「設定のページを開いて魔力登録をするだけです。はい、そのページデス」


 真菰に言われるがままに、設定ページから魔力を流し込み、生徒手帳を自分の魔力以外では開かないようにセキュリティを設定した。


「あと、生徒手帳以外でもやり取りできるようにスマホでも電話番号を交換しておきましょう。これ僕の番号なのデス」

「あ、私のも。……ちょっと待ってね。番号、番号はー」


 生徒手帳に慣れすぎてスマホの扱いがイマイチなわかっていないアルト。


(あぁ、なんか、いい娘たちだなぁ……。二人と友達になれて良かった)


 ねねねは心底そんなふうに思いながら、二人とスマホの番号を交換した。


「それと、今後についてデスが……」

「ち、ちょっと待って、真菰ちゃん。まずねねねちゃんの手当てをしないと。そのあざ以外にもケガがあるでしょ? 服脱いで」

「え、脱ぐの?」

「ぬ、脱がないと手当てできないよ。回復魔法は得意な方じゃないけど、薬用のシップとかと併用すればかなり早く治るはずだから。脱いで」

「うぅ……、アルトちゃんを脱がすよりも先に私が脱がされるなんて……」

「な、なんか変な意味に受け取ってない……?」


 半袖のデザインブラウスにキュロットパンツという比較的動きやすい恰好だったが、ねねねは恐る恐る一枚ずつ脱いでいく。


(冗談を言ってみたけど、二人の見てる前で脱ぐのはちょっと恥ずかしい……)


 ねねねは頬を赤くしながら服を脱いで、ブラとパンツ一枚の下着姿になった。


「どう、かな?」


 恥ずかしそうに指をくわえ、体をくねらせながら上目遣いでアルトを見上げた。


「へ、変なポーズ取らないでよ! い、いいから椅子に座って」

「……アルトさん、顔が真っ赤なのデス」


 アルトはねねねを学習机の椅子に座らせると、救急箱からシップを取り出して手当を始める。


「あぁ、こんなふうに青あざだらけになって……。私だったらこんなの痛くて歩けないよ。もう、女の子にこんな傷つくって。柳生先輩、良い人だとしても、ちょっとやり過ぎだと思う。 ……癒しの光よ、彼の者の傷を癒せ」


 アルトは打撲のあるところにシップを張ると、ステッキを取り出して回復魔法をかけた。じんわりと温かい光が痛みを和らげていく。


「アルトちゃんは水の属性なんだっけ?」

「そうだよ。癒しの魔法は光属性が多いから、ちょっと効果薄いかもだけど……」


 ほとんどの魔法少女は火・水・風・土の四大元素に加えて光・闇のどれかの属性を持っており、アルトは水、真菰は土の属性を持っている。属性の魔法は他の魔法よりも習得も早く、呪文の詠唱なしでも発動することも可能だが、属性に相反する魔法の発動は難しいと言われている。


(私は四大元素と光闇の属性を持ってないんだって。転入試験の際に「稀有な魔法の持ち主」と言われたのはそのせいかも)


 そんな特性からかねねねにはほぼ使えない魔法がない、代わりに得意な魔法がない。体に染み付いている強化魔法はそれこそ詠唱なしの発動も可能なのだが、詠唱をしたとしても発動に時間がかからない魔法なので大きな強みにならないのが難点だ。


「これでどうかな? まだ痛む? ねねねちゃん」


 ねねねが考えごとをしている間にも、アルトは手当てを続けてくれており処置を終えていた。打撲にはシップがいいみたいだから、とねねねの体にはたくさんのシップが張られていた。


「ありがとう、アルトちゃん。何だか痛みが引いたみたいだよ」

「どういたしまして。これ、良かったら飲んで?」


 ねねねはアルトから差し出されたコップを受け取り、ストローで中に入った冷たいジュースをのどに流し込む。さわやかな炭酸が身も心も癒してくれるようだった。


「傷の具合は良いみたいデスね。……ねねねさん。時間がないのデス。時は一刻を争うのデス。明日にでも柳生カルマ先輩とバトルして勝つのデス」


 真菰は炭酸飲料をストローですすりながら、真剣な顔で言ってきた。


「えぇ!? 無茶だよ、真菰ちゃん。練習試合をしたけど、とても勝てる雰囲気じゃなかったよ。一か月かけたって難しいと思うのに、明日なんて……」


 ねねねは弱音ではなく正直な感想を真菰に告げる。しかし、真菰はより深刻そうな顔で、


「ねねねさんの話だと、明後日には柳生カルマ先輩は部員だけでなく学校の知人にまでねねねさんが魔剣道部に入部すると確約を取ったと伝えるでしょう。そうしたら手遅れデス。どうやっても入部せざるを得ないでしょう」

「わ、私もそう思う。ねねねちゃんが思う以上にこの学校は保守的だよ? なんとか元ある形を保とうとするの。だから、みんなでねねねちゃんの型破りな才能をどうにか今ある形に収めようとしてるんだよ」


 二人は真剣な表情でねねねにそう語った。

 敗北を繰り返し、自信を失ったねねねには自分に才能があるとは到底思えなかったが、学校が保守的でねねねがしようとしている改革を阻止しようとしているのは事実なのだろう。


「そっか。でも、ごめん。負けた印象が強すぎて、どうにも勝てるイメージが浮かばないんだ……」

「魔剣道に当てはめるから勝てないのデス。ねねねさんはホウキに乗ったらあの柳生カルマ先輩は絶対追いつけないのデス。それに、新しい秘密兵器も作ってきたのデス」


 うなだれるねねねに、真菰はひひっ、と笑いながら大きな袋を出してきた。


「ね、ねねねちゃん。ねねねちゃんは今までどんな風に戦ってきた?」


 アルトは柔らかい口調でそんなことを聞いてきた。


「え? それは……」


 今までのバトルした相手を思い浮かべてみる。篠崎ミモザ、木更津のどか、屛風ヶ浦すずめ、鯨波宇留美……。


「相手の攻略方が分かるまで逃げて、よけてからひらめきで攻撃したり……。後は対策練りまくって練習して、それを活かして戦ったかな?」

「それ! ねねねちゃんの強さはそれだよ! 相手の得意な方法じゃなくて自分の得意な方法で戦うことができる。それがねねねちゃんの強さだよ」


 アルトは嬉しそうにそう言ったが、ねねね自身にその自覚がないために理解が追いつかなかった。


「魔剣道じゃなくて、何でもありの魔法模擬戦バトルで戦うってことだよ。柳生先輩に勝つにはバトルでならどう戦う?」

「それは……」


 ねねねは頭をひねってその方法を考えた。二人はねねねが思いつくまで辛抱強く待った。

 思いついた対策は二人が考えていたこととほとんど同じで、夜が更けるまで三人で対策を話し合った。寝るまでの短い時間でその練習をして、そのままアルトの部屋で一緒に寝た。



「それじゃ、送るね」


 朝になって、ねねねは柳生カルマにマジルでメッセージを送った。

 内容は「二人きりで会いたいです」という内容だった。

 カルマから五分もたたず「どうしたの?」と返ってきたので「会った時に話します。午前の部活が終わったら部活棟の裏で待ってます」と送ったら「わかったわ」と返ってきた。

 カルマと魔法模擬戦を行う準備は整った。

 アルトのお母さんが作ってくれた朝ごはんを三人でごちそうになって、早めに学校に行って真菰の見守る中、アルトとバトル空間の中で最後の練習を行った。

 お昼前、少し早めにねねねが一人で部活棟の裏に行くと、カルマが既にそこにいた。

 部活上がりにシャワーを浴びて来たのか、ポニーテールの髪の先が濡れて光っていた。


「すいません! 遅くなりました」


 ねねねはやっぱり綺麗だと場違いなことを思いながら、カルマに駆け寄る。


「先輩を待たせるなんて随分じゃない? で、話って何?」

「柳生先輩。……私と魔法模擬戦をしてください」

「え……? 昨日散々試合したじゃない?」

「魔剣道と魔法模擬戦は違います。私が負けたら約束通り入部します。でも、私が勝ったら私の言うことを聞いて下さい」


 ねねねは有無を言わさせない調子でそう告げた。


「……ただで入部する気はないってことね。いいわ。相手をしてあげる」

「ありがとうございます。オンユアマーク・レディゴー!」


 ねねねは早速変身をした。コスチュームは前回と変わらない全身水色の「スカイドライブ」。全身を包むスーツのようなのに透明な素材で、水色のレオタードとスカートの部分以外は肌の色が見えるコスチュームだ。ハンマーステッキを手に持って変身を完了する。


「……抜剣ばっけん


 カルマは本物の刀のようなステッキを取り出し、つばの部分に組み込んだ変身キットを起動させた。

 刀ステッキのつばから風呂敷のような光のヴェールが飛び出し、カルマの身体を包み込む。上半身は白、下は紺色の剣道着姿に変わっていた。

 部活の時に来ていた剣道着と変わらない。変わっているのは、素足が履になり、ポニーテールが手絡で結ばれた程度だ。


「これが私のコスチューム。初志貫徹、ブレないでしょ?」

「似合ってます。……じゃあ、申請しますね」


 ねねねは余計な会話はするべきじゃない、と心にくぎを刺して簡素な会話にとどめた。

 生徒手帳を取り出し、魔法模擬戦の申請をカルマに送る。カルマもすぐに承認のボタンを押して、ねねねたちはゲートの中に飲み込まれていった。

 

 ねねねが目を開けると、そこは長い草の生えた平原だった。

 空は曇っていて風も強い。周辺には障害物は何もなく、まるで侍同士の決闘の場に使われるようなステージだった。


「おあつらえ向きね?」

「……行きます! 伸びろ!」


 ねねねは先手必勝とハンマーステッキの柄を伸ばして、物干しざおくらいの長さに伸ばすといきなり殴りかかった。


「えぇいッ!」


 だがカルマもすでに刀ステッキに手をかけ、居合抜きできる体制になっている。


「元々居合は突然襲いかかられた時の臨戦の技よ、これくらい!」


 瞬時に刀ステッキを抜き放ち、ねねねのハンマーを打ち払った。


「まだまだ! んあああああっ!!」


 カルマの射程に入らないように距離を取りつつ、何度も何度もハンマーを打ち付ける。


「刀ステッキを壊そうとしているなら無駄よ。固定魔法が付与されているからクレーン車で鉄球をぶつけられない限り、ひしゃげないんじゃないかしら?」


 カルマは余裕の表情でねねねのハンマーを打ち返した。そして、その瞬間を狙って一歩詰め寄り、刀の届く距離に入ってくる。


「ランス!」 


 ハンマーを打ち返されたと同時にハンマーと逆の方をヤリ型に変え、カルマが攻撃に切り替えようとした一瞬にカウンターを狙って突き出した。


「っ!! やるわね? ねねね」


 一瞬の隙をついた攻撃だったが、突き出した槍は縦に構えた刀で防がれてしまう。


「まだまだ、これからです! ブルーム!」


 ねねねは槍を引いてホウキに変化させると、それに飛び乗って地面すれすれを滑走し距離を取った。


「ステッキをホウキに変えたの?」


 カルマはその一瞬の変化に驚いた。今回真菰が作ってきた新作ステッキの特性だ。ステッキ自体が空飛ぶホウキに変化でき、そのままの形態で魔法の発動もできる優れものだった。

 ねねねはそのままカルマの手の届かない上空に飛ぶ。上空は風が強く、雲が空の青を隠してしまっていたが、それでも空を飛ぶ爽快感が気持ち良かった。


「柳生先輩は空には来ないんですか?」

「……残念ながらホウキは苦手なのよ。ねねねはそんなところから攻撃できるの?」

「出来ますよ。行きますっ!」


 ねねねには遠距離から攻撃できる魔法はない。代わりに先ほど地面で拾った手ごろな石に障壁魔法をかけて強化すると、砂と一緒にそれ投げる。


「っ! 卑怯でしょ! それは!」

「ですよね! でも、なんでもありの魔法模擬戦に卑怯なんてありませんから!」


 カルマはそれを避けようと後退するが、ねねねはホウキで追尾して構わず拾ってきた石を投げ続ける。

 さすがに砂では攻撃にはならないが目つぶしにはなる。石には魔法障壁を張ってより強度を増してあるので、当たり所が悪ければ痛いでは済まない。


「上ばっかり見てていいんですか!?」


 カルマの視線が石と砂に行っている間にホウキを飛ばして一気に下降し、もう一本出したハンマーステッキでカルマに殴りかかる。


「ふっ!」


 コスチュームの効果で半透明になりカルマの視界から消えていたはずなのだが、カルマはねねねの一撃をやすやすと防いで見せた。カルマは刀ステッキの抜いてハンマーステッキを止め、そして、一瞬で刀を戻し居合抜きを放った。


「スライサー!」


 刀には鋭さを増す「切り裂き魔法」が付与されている。カルマはその一連の動作を一瞬で行い、ねねねのわき腹から左肩にかけてを斬った。


「あがっ! ……あ、……ぐっ」


 ねねねはたまらずホウキと一緒に地面に転げ、うっそうと生えた草の上を転がった。


「油断したわね」


 カルマは構えを解いてゆっくりと歩いてくる。とどめを刺すつもりなのだろう。


「油断はそっちです。伸びろ!」


 ねねねは飛び起き上がると、ハンマーステッキの柄を空に向かって限界まで伸ばして空からハンマーを振り下ろした。


「なっ!?」


 カルマは瞬時に構えて剣を抜き、ハンマーを防ぐ。その瞬間、


「チェーン!」


 ねねねはステッキの形状をくさりに変化させ、ハンマーの頭を鎖がまのように刀ステッキに絡みつかせた。


「何!? どういうこと!?」

「こういうことです!! 飛べッ!!」


 再びホウキをまたがると、急速に地面から飛び立ち、鎖でつながれたカルマごと一瞬で上空に舞い上がった。

 刀を手放すことをしなかったカルマは吊り上げられて、そのまま雲の触れるほどの高さで宙吊りになってしまう。


「な、なんで! ねねね、あなた斬られたんじゃなかったの!?」

「真菰ちゃんの開発してくれた斬撃耐性インナーです。一撃位なら柳生先輩の居合抜きを防げるだろうってことです」


 カルマに切られたコスチュームの間から銀色に光るインナーが見えていた。

 ねねねはなおも上昇を続け、もはや空気の薄さを感じるほどの高さになっていた。ホウキの飛行能力では大気圏突破はできないが、この高さから落とされれば飛行魔法の使えないカルマは間違いなく戦闘不能になるだろう。

 飛行魔法が使えないことを確認できないと使えない作戦だったが、カルマ自身が「残念ながら」と言っていたのでこの作戦を実行することにした。


「ねねね! 私、高いところが苦手なの! 下ろして!」


 こんな焦ったカルマの声は聞いたことがなかった。高いところが苦手じゃないかというのはアルトの予測は正しかった。ねねねが一緒にランチをしたとき、屋上まで行ったのに見晴らしの良い場所を選ばず、屋上の真ん中に座ってるのはおかしいと言っていた。


「わかりました。でも、その前に私の質問に答えてください。……私を孤立させるためにアルトちゃんと真菰ちゃんを部活や先輩同士のつながりを使って拘束しましたね?」

「え、えぇ……。ね、ねねねを魔剣道部に入れたくてやったわ。悪かったとは思ってる」

「私の生徒手帳も勝手にいじりましたね?」

「さ、笹目にロッカーを開けさせてやらせたわ。友達と連絡がなくなればさみしくなって、部活に入りたくなると思ったのよ」


 アルトと真菰の妄想であれば良いと思っていた。でも、現実は違った。怒りや悲しみが溢れ出してくる。


「全部ウソだったってことですか? 友情や師弟関係も演技だったってことですか!? あのしごきはいじめだったんですか!?」

「ち、違うわ! 嘘じゃない! ねねねを魔剣道部に入れて、そしたらずっと良い師弟でいられるように私は……」


 カルマの声は真剣だった。その声にねねねの心が揺らいでいた。しかし、


「だったとしても!! 柳生先輩はしちゃいけないことをしました。私の生徒手帳を無断で勝手にいじって、孤立させて、体罰に近い仕打ちをしました! 部に入る話はなしです。この戦いの映像はゲートの外でアルトちゃんが記録していますから。次に私たちに関わったら公表します」


 このことを学校に公表すれば部長としてのカルマの立場は危うくなるだろう。


「……わかったわ。申し訳ないことをしたわ」

「本当に! 次、こんなことをしてきたら、容赦なくぶっ飛ばしますからね!」


 言葉の最後は、感情があふれて声が震えてしまうのを止められなかった。

 そのままねねねはカルマを空中でギブアップさせ、バトルに勝利した。

 バトルステージから戻って、何か話そうと口を開いたカルマに「ありがとうございました」と頭を下げて、ねねねはアルトたちと部活棟を後にした。


(柳生先輩……。こんな強引な手じゃなければきっと魔剣道も先輩も好きになれたのに……)


 後味の悪い勝利に、ねねねは唇を噛みしめ涙を滲ませ、足早に歩いた。

 そんなねねねの気持ちを察してか、アルトも真菰も黙って見守っていた。


(ランキング序列を上げるってこんなにも辛くて苦しいんだ。……でも! やり抜くって決めたから。アルトちゃんと、真菰ちゃんと一緒に戦う。にあちゃんの真実にたどりつくまで!)


 ねねねの決意を新たに、学校を後にした。

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