25話 白熱! 魔剣道バトル(2)
「ふわぁぁ、おはよ……」
ねねねは眠そうに目をこすりながらベッドから体を起こす。
「そういえば、アルトちゃんと真菰ちゃんから連絡あったかな?」
ねねねは生徒手帳に手を伸ばして開くと、マジカルトークルームのページにアルトと真菰からメッセージが来ていた。
「遅くにごめんね。寝ちゃってるみたいだからまた明日」
「お昼はすいませんでした。先輩方から次々依頼を受けてしまっていて、明日には片付くと思うのデス」
二人のメッセージを見てほっとする。二人に内緒で魔剣道部に見学に行ったのは、少し後ろめたさがあった。そのせいで二人メッセージが来ないのかもと不安に思っていたが、どうやらそれは杞憂のようだった。
時計を見ると、七時十八分。まだゆっくり支度してもホームルームに間に合う時間だった。まず先に二人にメッセージを返すことにする。
「昨日、柳生先輩に誘われて魔剣道部の部活見学に行ってきたよ。弱点がないかと思ったけど、あの様子だと探るのは厳しそう。詳しくは会って話すね、と。これで良しっ」
黙っていたことを共有できて安心したのか「くー」とお腹が鳴った。
「せっかく早起きしたし、今日は食堂で朝ごはんを食べてみようかな?」
そんなことを考えつつ、着替えて部屋を出た。昨日竹刀を振ったせいか腕が筋肉痛で、着替えるのには少し苦労した。
朝食を食べてもいつもよりもかなり早めの登校になった。
「ねねねさん?」
学校に向かう途中の坂道で柳生カルマと出会った。
「柳生先輩。おはようございます。昨日はありがとうございました」
「おはよう。こっちこそ、来てくれてありがとう」
ねねねが深々と頭を下げると、カルマは白い歯を見せてにっと笑った。
長い黒髪としなやかな女性らしい体つきに不釣り合いな童顔で、子供っぽい表情を見せるギャップに思わずドキリとさせられる。
「筋肉痛になったでしょ? こことか」
カルマはすっと手を伸ばしてきてねねねの手首を掴んだ。
「イタッ! ……そうなんです。初めてやったせいか筋肉痛凄くて」
「手首の筋肉って普段あんまり使わないから初めてはそうなのよね。私も初めての時は痛かったなー」
自分の手首を触って思い出すようにつぶやく。黒髪ポニーテールが朝日にきらめいて、子供のような童顔が急に大人びて見える。
「ん?」
「いえ! なんでもないです」
ねねねは思わず見とれてしまったことを隠すように視線をそらした。
「魔剣道はどうだった? 面白かった?」
「え? はい。面白かったです。とても参考になりました」
「そう。それなら良かった。もしよかったら、今日も来てみない? 入部しなくてもいいから軽く体を動かすつもりで」
「えーっと、気が向いたらで良いですか?」
あんまり仲良くなって魔法模擬戦を挑むときに戦えなくなっても困ってしまう。一定の距離は置くべきだとねねねは考えていた。
「うん、それでいいわ。ありがとう。またマジルで連絡する」
嬉しそうにそう笑うカルマ。
お世話になったのに断ってしまったのを「悪かったかなぁ」と思ったが、カルマがその後も気軽に話しかけてくれた為、気まずい雰囲気にならずに済んだ。
カルマと他愛のない話をしていると、すぐに学園に着いていた。
教室に着いてねねねは真っ先にアルトの姿を探した。
(昨日はろくに話も出来なかったから、少しでも話したい)
そう思って教室を見渡したが、アルトはまだ教室に着いていないようだった。
がっかりしながらねねねは席に戻る。
「あ、轟さん。今日は一人なの?」
席に着いた瞬間、クラスメートの女の子に話しかけられた。茶髪にポニーテール、比較的小柄な女の子だったが、ねねねは名前を覚えていなかった。
「私、
「うん。柳生先輩に誘われて」
「カッコ良いよねー。柳生先輩! 私も先輩に憧れて魔剣道部に入ったんだ」
カルマのことを語る雪乃はテンションが高く、ねねねの机の前でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
(そっか、面と胴のお陰で顔が良く見えなかったけど、笹目さんもあの剣道場にいたんだ)
そういえば同じ背格好の女生徒が剣道場の端の方にいた気がした。
「そうなんだね」
「轟さんが入部してくれたら私も嬉しいんだけどなぁ」
「あはは、考えておくね」
雪乃に期待されるような目で見られ、ねねねは困ったように眉をひそめた。
(楽しかったけど、今は別にやりたいことがあるから……)
ちょうど予鈴のチャイムが鳴って、雪乃は「考えておいてねー」と机に戻っていった。
入れ替わりのようにアルトが教室に入ってきた。
(アルトちゃんと話せなかったなぁ。まぁ、次の休み時間にでも……)
その後も各休み時間ごとにねねねはアルトに話しかけようとしたが、頼まれたアンケートを書いたり、先輩に呼び出されたりとずっと忙しいままで、まともに会話も出来なかった。
真菰のクラスも覗いてみたが、同じような感じで話ができる雰囲気ではなかった。
ようやく昼休みになって今度こそ、とアルトに話しかけようと席を立つ。
「轟さん、一緒にご飯食べない?」
雪乃に道を阻まれるように席の前に立たれ、食事に誘われた。
「う、うん。ちょっとアルトちゃんに話があって」
「天王台さん? 今さっき教室出て行っちゃったけど」
そう言われてアルトの席を見ると既にどこかへ行ってしまったようだった。
「そ、そうなんだ。どうしようかな……」
ねねねが迷っていると雪乃はねねねの手を取って、
「いいからおいでよ。柳生先輩にも連れておいでって言われてるんだ」
「え、えぇぇ……」
強引に手を引いて、教室を連れ出した。
「そっちは食堂じゃないよ?」
「いいからいいから」
戸惑うねねねを尻目に、雪乃は嬉しそうに階段を上っていき、屋上に面する扉の前までねねねを連れてきた。
「屋上?」
「そう! もう、みんな待ってると思うよ」
頑丈そうな扉に手をかけガチャリと屋上の扉が開けると、四階の屋上から見える街並と夏の終わりの青空が高く見えた。
「やぁ、来たわね」
その屋上の真ん中にカルマと魔剣道部の部員たちが、レジャーシートを敷いて円を描くように座っていた。
「お、笹目。エライ! ちゃんと連れて来られたね」
「えへへ。なんたって私、魔剣道部期待のホープですから!」
先輩部員に褒められて雪乃はえっへんと胸を張る。すると先輩部員から「調子に乗んな!」と突っ込みをされていた。
(仲良いんだなぁ……)
「ねねねさん、強引に誘っちゃってごめんなさいね。いつも学食って聞いたから私たちと一緒にお弁当でもどうかなと思って」
レジャーシートの真ん中に重箱のような立派なお弁当箱が3つ広げてあった。この量ならばねねねが加わっても、食べる物に困らないだろう。
「ウチのお婆様がね、せっかく魔剣道部の主将になったなら皆さんに振舞ってあげなさいって持たされるの。あ、いつもじゃないわよ? だから良かったら食べて行って」
カルマに割り箸と紙の皿を手渡され、ねねねは思わず受け取ってしまう。
「はい。いえ、まだ食べていくとは……」
「たくさんあって困ってるのよ。良かったら食べて行って」
カルマに重箱を持ち上げて見せられる、中にはから揚げ、卵焼き、ポテトサラダ、と美味しそうなおかずがたくさん入っていた。思わず腹の虫も鳴ってしまう。
(ここからお断りするのも気が引けるし、せっかくだからいただこうかな……)
ねねねは、悩んだ末に「じゃあ、ちょっとだけ」とレジャーシートの端に座る。
「カルマの家は剣道の道場をやっててね。地元では結構有名な道場なんだよ。あ、食べ物にアレルギーとかない?」
遠慮しているねねねを見かねて、先輩部員がお弁当のおかずを取り分けてくれる。
「あ、大丈夫です。すいません」
皿に取り分けられた唐揚げはお腹が減ってるせいもあってか、香ばしい匂いでとてもおいしそうだった。その唐揚げを口の中に放り込むと、噛んだ瞬間に鶏肉の油がジュワッ、と口の中に広がってとてもおいしかった。
「おいしっ!」
「だろ? カルマのばあちゃんは料理上手なんだ」
「ちょっと厳しいけど、道場の名物おばあちゃんなんだぜ?」
「それに道場には自慢の看板娘もいるぞ! 綺麗だけどドSなのがたまに傷だけどな」
「ちょっと! それ誰のことよ!?」
どっと笑い声が上がる。三年生同士は付き合いも長いらしく、お互いの家のことまで良く知っているようだった。
(本当に何て言うかアットホームで良い雰囲気の部活だなぁ)
その後も内輪ネタ満載の笑いの絶えない雰囲気にねねねもいつの間にか溶け込んで、楽しくランチタイムを終えた。
放課後になってもアルトや真菰は忙しいらしく、結局ねねねは今日一日話すことが出来なかった。
(とりあえずマジルでメッセージを送っておこう。「今日は寮に帰るね。帰ったら連絡してね」と)
そうメッセージを送ってねねねは生徒手帳を閉じた。
「轟さん、今日は見学来ない?」
待っていたかのように、雪乃が声をかけてきた。
「うん……。なんか入部もしないのに悪いかなって思って」
「悪いことなんて全然ないよ! 一年生少ないから来てくれたら嬉しいよ」
雪乃は屈託のない笑顔でそんなことを言ってくる。
(アルトちゃんと真菰ちゃんも忙しいみたいだし、敵情視察ってことで今日も行ってみようかな。体動かすのは楽しいし)
迷ったが、雪乃の言葉に甘えて今日も見学させてもらうことにした。
「じゃあ、お邪魔しても良い?」
「大歓迎だよ!」
雪乃は嬉しそうに飛び跳ねて、支度をするねねねを待った。
「じゃあ、行こう?」
「うん!」
雪乃に連れられて剣道場に向かう。
「柳生先輩ー。轟さんを誘ってきましたー」
「お邪魔しまーす」
雪乃と共に剣道場の入口から声をかけたが、返事はなく剣道場は静まり返っていた。昨日教えてもらった通りに靴と靴下を脱いで、そろえてから中に入る。
「まだ誰も来てなかったのかな? ちょうどいいや。先に更衣室で剣道着に着替えちゃおう」
雪乃がそう言って更衣室に向かったので、ねねねもそれに付いて行く。
更衣室の扉をガラッと開けると、中にいたのはサラシと下着姿だけで髪を結い直すカルマだった。
「あ、柳生先輩。いらっしゃってたんですね」
「こ、こんにちは」
「雪乃、お疲れ様。いらっしゃい、ねねねさん」
カルマは首だけで振り向いて挨拶を返す。その姿は同じ女子のねねねから見ても色っぽく、スレンダーで無駄のない体つきに、女性らしく膨らんだ胸をサラシで押さえていた。
「見てないで、入って来なさいよ」
「「は、はい」」
雪乃もカルマの肢体に見入っていたらしく、二人は言われてようやく更衣室の中に入る。
「昨日使ってもらった体験用の剣道着があるからそれを借りよう」
雪乃は開いているロッカーからねねねが昨日使っていた剣道着を出してくれた。
「着方、覚えてる?」
背後からカルマに声かけられて少し驚いた。
「は、はい。何となく」
「分からなかったら言ってね。雪乃、ねねねさんは私が見るから先に行って剣道場の掃除やっててくれる?」
「はーい」
手早く着替えた雪乃はさっさと更衣室から出て行ってしまった。
体操着に着替えてその上から剣道着を着ようと、はかまを履いたまでは良かったのだが、そこからわからなくなってしまう。
(あれ? このはかまの紐どうやって結ぶんだっけ?)
雪乃に聞こうと思ったが、既に更衣室を出てしまっている。
(ど、どうしよう……)
ねねねがまごまごしていると、脇の下からすっと手が伸びてきて、はかまの紐を掴んだ。
「もう。ダメじゃない。分からなかったら聞いてって言ったのに……」
カルマの手だった。戸惑っていたねねねを見かねてカルマが剣道着を着るのを手伝ってくれる。
(あう。胸が背中に押し付けられてるんですケド!)
ねねねが赤面しながらアワアワともがいていると、カルマはあっという間に剣道着を着せてくれた。
「これで良し。わからなかったら聞いてね。変な結び方してたら練習中に脱げちゃうわよ」
カルマはねねねの頭に人差し指を置いて「めっ」と優しく叱ると、更衣室を出て行った。
(じょ、女子同士だから! 他意はないよね!)
ねねねはそう言い聞かせたが、胸が高まってしまうのは止められなかった。
その日も、カルマに付きっきりで、魔剣道を教えてくれた。
実際見ているのとやってみるのでは大違いで、初日に見せてもらった隙を作って攻めに転じるやり方や瞬間の守りは、熟練の技だということが良く分かった。
通常の部活動でやっている練習にも混ぜてもらい、百回二百回と声を出しての素振りをし、実際の試合で打たれても怯まなくなるようにお互いに打ち合う訓練をしたり、練習試合でも礼を欠かさない姿勢は精神的にも鍛えられる内容だった。
昨日の練習で筋肉痛になってしまった身体にはキツイかったが、同じ一年生の雪乃が平然とやっているのを見て、ねねねは根性でついていこうと頑張った。
練習試合にはまだ参加させてもらえなかったが、見ているだけでもねねねは興奮した。
部活が終われば他愛のない話で盛り上がり、たった二日でねねねは魔剣道のことが好きになり始めていた。
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