26話 白熱! 魔剣道バトル(3)

 翌日も、翌々日も、アルトと真菰が忙しそうにしているのを言い訳に、ねねねは魔剣道部の見学に行った。

 五日目の見学の時には、さすがに「もう入部しちゃいなよ」と加治から冗談交じりに言われて、ねねねは迷ってしまった。


(柳生先輩は綺麗で優しいし、みんな良い人ばかりだし、魔剣道は楽しいし、序列ランキングのことがなければすぐにでも入部したいんだけどなぁ)


 加治には申し訳ないと思いつつも「週明けには決めてお返事します」とギリギリのところで押しとどめて、ねねねはその日も魔剣道の練習に参加させてもらった。

 声を出しながら竹刀を振る練習も、打たれるながら後退する練習も、だいぶ様になってきていた。

 そうして、部活動の最後にある練習試合の時間になった。初心者のねねねは練習試合をさせてもらえなかったので「カルマと戦うための研究の時間」と考えてこの五日間ずっと見ているだけだった。


「ねねねさん、今日は練習試合に参加してみない?」

「ええっ!? わ、私で大丈夫ですか?」

「うん。打つのも打たれるのも、大分慣れてきたみたいだし、どうかな?」

「はい! 良ければぜひ!」


 ねねねは嬉しそうに声を上げた。ずっと練習ばかりだったので、練習試合に出してほしくてうずうずしていたのだ。


「じゃあ、まずは怪我しないように、石井とやってみて。石井?」

「はい!」


 呼ばれた石井は勢いよく立ち上がり、四角いテープで覆われた試合場の中に入った。ねねねもあわてて試合場に入り、いつも練習試合で他の生徒と同じように礼をして、竹刀を相手に向けひざを折り、向かい合う石井を見る。

 じっと石井の顔を見たが、表情からは何も読み取ることはできなかった。面の上からだと表情が分かりずらいのもあるが、感情を出すことなく冷静にねねねのことをじっと見ていた。


「始め!」


 カルマの合図で練習試合が始まった。

 ねねねは立ち上がり竹刀を構える。足を前に出し、徐々に間合いを詰めていく。詰めて、詰めて……。


(って? あれ? 近すぎない?)


 いつの間にか面越しでも相手の顔が分かるほど近づいていた。石井の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。

 突然、がっ、と竹刀同士がぶつかり、そのまま鍔迫つばぜり合いになる。石井の勢いは凄まじく、必死に踏ん張らなければ倒れてしまいそうだった。


「う、ぐぐぐ……」


 ねねねも元運動部で体は鍛えている方だ。しかし、それでも耐えきれないほどの猛烈な押しだった。必死に押しつぶされまいと踏ん張っている、石井が急に竹刀を引いた。


「わっ……!」


 ねねねはバランスを崩して、前のめりになってしまう。一瞬で体を引いて自分の間合いに持ち込んだ石井が、竹刀をまっすぐ上から下に振り下ろし「メェェン!!」とねねねの頭の一番上を叩いていた。


「一本! そこまで!」


 カルマが声を上げ、石井の方の赤い旗を上げた。

 ねねねが「あっ」と思った瞬間には勝負がついていた。


(何もできなかった……。これが魔剣道における実力の差……)


 もはや差があり過ぎて、何の打開策さえ見いだせなかった。

 その後も加治や雪乃、いろんな生徒と練習試合をしたが、結局ねねねは一勝もできなかった。


「よし、今日はこれで最後ね。ねねねさん、私と練習試合をしましょ? 加治、審判をお願できる?」


 その申し出に部員たちがざわついた。それだけカルマが練習試合に出るのは珍しかったのだろう。ねねねもカルマが練習試合に参加するのは見たことがなかった。


「はい。でも、いいんですか?」

「もちろんよ。ねねねさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします!」


 連敗続きで落ち込んでいた気持ちが、一気に息を吹き返した。


(柳生先輩と戦える! 柳生先輩の戦い方を勉強できる!)


 ようやく目的にたどり着いた喜びで、ねねねは元気いっぱいに立ちあがる。

 試合場の枠に入り、向き合って礼をする。竹刀を向け合い膝を折り、お互いに睨みあう。張りつめた空気が流れた。


(技術で勝負したって駄目だ。意表をついて攻撃、魔剣道であまり使われない魔法で攻めるんだ!)


 ねねねは少しでもカルマに手を届かせたくて、必死に作戦を考えた。


「始め!」


 加治の声が響き、ねねねは考えていた通りの作戦に出る。


「スピードアップっ!」


 身体強化の魔法を足にかけ、瞬時に距離を取る。カルマはその動きに驚いたように、身動き一つ取らなかった。ねねねは続いて上半身に身体強化の魔法をかける。

 カルマは微動だにせず、その様子をじっと見ていた。


「メェェンッ!!」


 床を蹴って超速のスピードで近づき、五日間の練習で自信のついた高速の上段攻撃を見舞う。それは身体強化魔法でパワーとスピードを増した、ねねねが繰り出せる最大の攻撃だった。


「っ!」


 バシッ、とその攻撃をカルマはいともたやすく竹刀で受け止める。


(ここまでは予想通り! ここから……!)


 ねねねはすぐさまに竹刀を引いて、再び攻撃を繰り出す。


「メン! メン! ドウッ! コテッ!!」


 竹刀の扱いは素人でも、身体強化魔法での攻撃は凄まじいスピードとパワーだった。


「っ! ふっ!!」


 カルマはねねねのその強力な攻撃を息一つ乱さずに防いでいく。


(攻撃を止めちゃダメだ!)


 がむしゃらに竹刀を振るいながら、カルマの反撃を待つ。その機会はすぐに訪れた。ねねねの竹刀が受け止められた瞬間、絡め取られるように竹刀を引っ張られた。


(来たッ! ここで障壁魔法!)


 五日間の練習で、障壁魔法が使われているのを見たことがなかった。ねねねは次に来るであろう攻撃を障壁で防ぎ、反撃に転じようと考えていた。

 ねねねは目の前に光の障壁を作り出し防御姿勢を取る。

 カルマは構えていた竹刀をぐっと引くと、足を大股に開き、腰に収めるように竹刀を構えていた。次の瞬間、剣筋がねねねの目の前を通り過ぎていた。


「っっ!?」


 バシィィッ、と面の防具に包まれた顔をまるで鞭のように竹刀で叩かれ、ねねねは四角いテープで囲われた試合場の端に吹っ飛ばされていた。


(障壁魔法を突き抜けた? いや、違う。斬られたんだ。……竹刀で? 今、柳生先輩、魔法を使ってなかったよね?)


 ねねねは何が起こったのか分からず唖然とした表情で、床に尻もちをついていた。


「……柳生先輩の居合抜き」


 部員の誰かのつぶやきが聞こえた。


(これがアルトちゃんから聞いていた居合抜き!?)

「……私が自分のステッキを使ってたら、鼻から上が飛んでたわ」


 そう静かに告げたカルマから冷たい殺気があふれていた。ねねねは「殺される」と恐怖すら感じ、びくっと体を強張らせた。防衛本能からねねねはすぐさま立ち上がって、竹刀を構える。


「……今のでも駄目か」


 ボソッとカルマが何かつぶやいた。

 カルマは居合抜きの構えのまま、じりっと板の間の上をにじり寄ってくる。


(どうしよう!? 障壁魔法を使っても無意味だったし、魔剣道の実力だけじゃ柳生先輩の足元にも及ばないし!)


 考えている間にもカルマは迫ってきていた。


「ふっ!!」


 まだ竹刀の届く距離ではないはずなのに、カルマが居合抜きの構えで竹刀を振った瞬間、バシィ、とねねねは強く肩を打たれていた。 


「あうっ!」


 激痛にねねねは声を上げてしまう。

 カルマの居合による攻撃は続き、左肩、右肩、腰とムチのようなしなやかな竹刀がねねねの体を強く打ち付けた。ねねねはかわすことも防ぐこともできず、一方的に攻撃を受け続けた。防具には障壁魔法がかけられていて衝撃を中和するはずなのだが、一撃受けるたびに激痛が走り、みなぎっていた戦意は徐々に喪失していく。


(こんなに打たれているのに試合が終わらないの?)


「ふっ! ふっ!! ふっっ!!」

「あっ! あぐっ! あうっ!」


 太もも、すね、指先、と防具のない部分を強く打たれて、ねねねは痛みのあまりひざをついてしまう。


(……痛い、もう止めたい。柳生先輩はなんでこんなことをするんだろう? この実力差なら一撃で勝負を決められるのに)


 全身に痛みが走り、ねねねは意識を保っているのがやっとの状態だった。


「次で終わりにしてあげるわ」


 カルマはそんな状態のねねねに構わず竹刀を振り抜き、その胴に竹刀が深々と刺さした。


「ゴフッ!」


 その一振りでねねねの意識は狩り取られた。


(強い……。私なんかが、叶う相手じゃない……)


 そう意識にすり付けられるように、全身を滅多打ちにされてねねねは試合場に倒れた。



 ゆさゆさ、と揺れる感覚にねねねの意識は戻った。


(汗とシャンプーの匂いの混じった甘酸っぱい匂いがする……)


「ん、あ……」

「目が覚めた?」


 あごの下から声がして、顔だけで振り向いたのは夜空に映える月のような、白い肌のカルマの顔だった。


「えっと、私……? いたた……」


 後頭部に痛みがあって、記憶が飛んでいた。カルマと練習試合をしてことまでは覚えている。試合中に吹っ飛ばされて、そのあとの記憶がない。


「試合中に意識を失って、いつまで経っても目が覚めないから心配したわ」


 カルマは首だけで振り返って、心配そうにねねねを見つめる。


(っていうか、顔近っ! 何かお腹があったかいんだけど? あ、私おんぶされてる!?)

「す、すいません。もう大丈夫です。下ろしてください」


 ねねねは気恥ずかしさからすぐに降りようと手足をバタつかせた。


「ちょ、暴れないで。こんな風にしたのは私なんだから、ちょっとは責任取らせて?」


 済まなさそうそういうカルマの声を聞いて、かえって気まずくなって暴れるのをやめた。その言葉で思い出した。練習試合でカルマに滅多打ちにされて、敗北したのだった。


「……完敗でした」

「そりゃあそうよ。私はあなたより二年も先輩で、剣道に至っては生まれた時からやってるんだから」

「そう、ですよね」


 そう言い聞かせて、すっかり暗くなった空を見上げ、雲の合間に見える月を見つめた。

 悔しかった。たった五日間ではあっても魔剣道に集中して強くなろうと努力していた。それがあのような惨敗を期したならなおさらだ。ねねねは涙がこぼれないように、必死に努力をした。


「ねねねさんもすぐにこれくらいになれるわ。センスがあるもの。また一緒にやりましょ?」

「……はい」


 ねねねは涙声になるのを聞かれたくなくて、できるだけ短い返事をした。

 その後もカルマから他愛ない質問を何度かされたが、ねねねは短くそれに応えるだけにしていた。

 そうして、いつの間にか寮の前に着いていた。


「……ありがとうございました」


 カルマの背中から降りて、寮の前で頭を下げる。

 カルマはどこか思いつめたような顔をして、ねねねの手を掴んだ。


「ねねねさん、いえ、ねねね。私、これからもねねねと一緒に魔剣道をやりたい。魔剣道部に入ってこれからも一緒に部活に汗を流しましょう?」

「そう、ですね。はい。そうします」

「本当に!? ありがとう! ずっとそうして欲しいと思ってたの。じゃあ、週明けに入部届を持っていくわ」


 カルマは嬉しそうにそう言って、ぎゅっとねねねの手を握った。


「今日は、ゆっくり休んでね。それじゃ」


 カルマがウィンクをして足早に去っていくのを見送って、ねねねは寮の部屋に戻っていった。


(魔剣道部に入ったって、私の目的を果たすことはできるし、魔剣道部でランキング序列一位を目指したって良いんだから……)


 何も考えたくなかった。一刻も早く布団で眠りたかった。

 フラつく足取りで、自分の部屋に戻る。

 疲労のあまりその日はマジルにも触らず、部屋に戻るとすぐにベットに倒れこんでいた。

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