23話 ねねねと巨人(4)
そして、迎えた約束の日の放課後――。
(万全じゃないけど、出来る限りのことはやってきた)
高鳴る胸を押さえながら、ねねねはアルト、真菰と共に学園の端にある雑木林に辺りで鯨波宇留美が来るのを待った。
幸いなことにすずめの時とは違って他の生徒が集まっているということもなかった。
(あんまり沢山いると緊張しちゃうもんね)
「あー、ごめんー。ねねねちゃーん」
しばらく経って宇留美が息を切らせながら走ってやって来た。
「来ていただいて、ありがとうございます」
ねねねは深々と頭を下げる。アルトと真菰も同じように頭を下げた。
「んーん、いいんだよー。それよりもバトル、するんでしょ?」
「はい。よろしくお願いします。……オンユアマーク・レディゴ―!!」
ねねねは気合を入れてそう叫び、変身キットを起動させた。クラウチングスタートの姿勢から走り出し、目の前の光の幕を通り抜けて、空中戦に特化した水色のコスチューム「スカイドライブ」にホウキを携えて変身した。
ちなみに前回来ていたコスチュームは「ハンマーダンス」という名前だ。
「わー、可愛いねー。じゃあ私も。魔法少女の服はキツイからあんまり好きじゃないんだけど……。巨神召喚!」
宇留美はスカートのポケットからカード型の変身キットを取り出すと、それを天に掲げた。瞬間、空が光って雷が落ちてきたかと思うと、光に包まれた視界の中で宇留美のシルエットが変わっていった。上半身は肩から腰までを覆う羽織と下半身は膝下まで隠したスカートで、全身白い僧侶のようなコスチュームだった。
「……っ!? ねぇ、真菰ちゃん。あれ、ありなの?」
ねねねは宇留美の体のラインを隠すようなコスチュームを見て絶句する。
「さながら巨神に使える巫女、といったところデスかね? バトルスタイルに見合ったコスチュームが一番力を発揮できるのデス。さすが鯨波先輩デス」
詰め寄るねねねを無視してうんうん、と頷く真菰。
「できるんなら私もひざ下まで隠してほしいんだけど!」
「ね、ねねねさんのバトルスタイルならミニスカートが一番力を発揮できるのデス……」
ねねねに強く揺さぶられながら、真菰は震える声で返答する。
「おーい。こっちの準備は良いよー?」
「あ、すいません。私も準備できました。……始める前に一個聞きたいんですが、鷺ノ宮にあって娘をご存じですか? ここの学校の一年生だったんですけど」
「んー? 知らないかなー。私あんまり友達いないからー」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、バトルの申請しますね」
それだけ聞くと、ねねねは生徒手帳を開いて宇留美に魔法模擬戦の申請を行った。
宇留美の生徒手帳に承認・却下の文字が飛び出して、宇留美はそのふっくらとした指で承認のボタンを押す。
ゲートが発生し、ねねねたちはそれに吸い込まれるようにしてバトルステージに移動した。
ねねねが目を開けるとそこは抜けるような青空の草原のステージだった。
バトルステージの外は夕方だった為、時間が巻き戻ったような不思議な感覚になった。
「うんー。良いステージだねー。ここなら思いっきり暴れられそうー」
空を見上げて気持ちよさそうに伸びをする宇留美。
ねねねもあの青空の中をホウキで飛べばさぞ気持ちが良いだろう、と場違いなことを考えていた。
「ねねねちゃんはー、私のこと怖くないのー?」
「怖いのかと思ってました。昔から私は怪獣の出てくるテレビが苦手で。だから、今回鯨波先輩とバトルを挑むのもかなり
「そうなんだー」
宇留美は気にした様子もなくのんびりとした返事をする。だが、その声はどこか悲しそうに聞こえた。
「でも、先輩がいい人みたいで良かったです。胸を借りるつもりで、思いっきり挑みます!」
「……ふふっ、ねねねちゃんも良い子だね。私と戦ってトラウマにならないでねー。……限定解除、太古に生きし巨神よ。我が願いに応え、我が身に顕現せよ!」
宇留美が呪文を唱え始めた。
ねねねもすぐさまホウキにまたがって空に飛び立つ。
(まずは鯨波先輩のリーチの外に逃げる!)
「ジャイアント・キリング!」
宇留美の身体がキラキラとした魔力の粒子をまとって、膨らみ始めた。十メートル、二十メートルとさらに肥大し続け、最大の四十メートルまで巨大化した。
(想定していたけど、やっぱりこうしてみると大きい! もっと離れないと捕まる!)
ねねねホウキを操ってさらに距離を取った。
「あー、気分が良いー。いつも小さくなってるのはくたびれるんだー」
うーん、と宇留美はもう一度大きく伸びをした。
巨大化した宇留美を上空から見下ろすと、まるでジオラマの中に来たようだった。小さな木々に一人そびえたつ巨人がそこにいた。
(これに勝てるの……? ううん! そのためにたくさん練習してきたんだ!)
ねねねはかぶりを振って迷いを振り切ると、ホウキを宇留美に向けて全速力で空を駆けた。
ハンマーステッキを最大伸びる限界の長さ二メートルまで伸ばして、それを振りかぶり宇留美の顔面目掛けて突っ込んでいく。
「ええぇぇーーーい!!」
鯨波先輩の横顔を掠めるようにホウキで滑走し、すれ違いざまにハンマーステッキで頬を殴りつける。
バチーン、とねねねの手には確かな手ごたえがあった。しかし、
「……痛い、かな?」
頬が少し赤くなった程度で、宇留美が大きなダメージを負った様子はなかった。
(本当にこれで質量が少ないの!? 分厚いタイヤ殴ったような感じだったんだけど!)
今度は別の場所を、とねねねはホウキで宙を旋回し下降する。
「んああぁぁぁっ!!」
地面スレスレを滑走しながらハンマーステッキを振りかぶり、宇留美のスネ目掛けてフルスイングする。
今度も確かな手ごたえと共にバチーン、という良い音が鳴り響いた。
「いたた……」
しかし、これも大きなダメージになっていないようだった。
大きくなっても弱点は人間と一緒だと思っていたが、そう甘くはないようだった。宇留美の魔力は想像以上に潤沢で、おそらくこの巨体を支える質量になっているのだろう。
「もう! 怒ったよー」
宇留美は手に持ったステッキを虫取りアミ状に変化をさせて、ぶんっとそれを振った。
「わっ! わっ!!」
危うくアミに捕らえられそうなところだったが、ねねねは逃れるように八の字に飛んでそれを避け、上空に退避する。
「もー! どこ行ったー! 出てこーい!」
コスチュームに付与されている隠密魔法の効果が効いているのか、宇留美の目にはねねねの姿を正確に捉えられていないようだった。
(でも、逃げてるだけじゃ勝てない。何とかダメージを与える方法を考えないと。上半身よりは下半身の方が質量は薄かったような気がする。狙うなら下半身? でも、同じ手を使ってもあのアミの餌食になるし、どうしよう?)
「これなら、どうー?」
ねねねが考えに没頭している間に宇留美が行動に出た。その強靭な足でジャンプし、一瞬でねねねのいる高さまでたどり着いていた。
「ねねねちゃん、はっけーん!」
「っっ!?」
覆いかぶさるようにアミが上から降ってくる。ねねねはアクセル全開でホウキを操り、アミを何とか回避する。
「だーめ、逃がさないよー!」
ぶん、と伸びてきたのは宇留美の左手だった。姿を見えにくくなっているにも関わらず、虫でも捕まえるようにねねねの体を捕らえた。
「捕まえたー」
「ぐっ! うっ! くうぅ!」
がっしりと捕まえられたねねねは身動き一つ取れない。宇留美がその大きな顔でねねねの顔を覗き込んできた。
(ひっ、これはトラウマになりそう!)
「さー、もうこれで終わりだよ。ぎゅー!」
宇留美は両手でねねねをガッチリと握り、圧力をかけてきた。
「が、うああぁぁぁっっ!!」
「ギブアップする? ねねねちゃんは良い娘だからギブアップでも良いよー?」
「ぎ、ギブアップなんてしません……」
強がってみたがもう限界だった。
(こうなったら切り札を!)
「く、鯨波先輩は同じ巨大化魔法を使う魔法少女と戦ったことはありますか?」
「んー? ないよー?」
「じゃあ、今日初体験ですね! 太古に生きし巨人の精よ。我の身体に宿りて具現化せよ! 大きく、なーれ!」
ねねねはアレンジを付けた呪文で自分の体に巨大化魔法をかけた。体内の魔力をぐんぐん吸い取って質量が肥大化する。手足が伸び、体が太くなり、顔もそれに合わせて大きくなる。
「わっ、わっ!」
宇留美は膨らんて行くねねねに驚いて、思わず手を放してしまう。
その後も巨大化を続け、気付けばねねねは宇留美と同じ大きさになっていた。
「おっどろいたー! ねねねちゃんも巨人族の末裔なの?」
「そうじゃないですけど。でも、これで鯨波先輩とも対等に戦えますね」
「わぁあ、凄いね! ねねねちゃん!」
宇留美は子供のように喜んで飛び跳ねる。
この魔法がハリボテだとわかっているねねねは背中に冷や汗が流れるのを感じていた。しかし、それを悟らせまいと必死のポーカーフェイスをしてニヒルに笑って見せる。
「おぉし! 来おぉい!!」
ねねねは深く腰を落として相撲取りのような野太い声で挑発した。
「よおぉし! いっくぞー!」
テンションの上がった宇留美は地面を揺らすほどに足を踏み鳴らして駆けてくる。
宇留美の頭からのタックルを体で受け止めて、バフン、とゴム風船の空気が抜けるように魔力の粒子を放出し、ねねねの体はあっという間に縮んで宇留美の足元に落ちた。
「え? あれ? ねねねちゃん?」
これには宇留美も驚いたらしくあっけにとられていた。その隙に小さくなって地面に着地したねねねは身体強化の魔法を使い、高速で宇留美の後ろに回り込む。
(さっき鯨波先輩自身が言ってた! 私と同じ巨大化魔法だって! それなら考えていた方法で打ち破れるはず!)
ねねねの姿を探す宇留美を尻目に、ねねねはステッキを先端が槍のようにとがったランスステッキへと変えた。そして、宇留美のふくらはぎ目掛けて槍投げ選手のように投擲する。
「んあぁぁぁぁ! フル・スロー!!」
全身に強化魔法をかけて、槍投げ選手のように全力でランスステッキを投げつけた。
ランスステッキは矢のように一直線に飛んでいき、鯨波先輩のふくらはぎに突き刺さる。
「いっ、たあぁぁいっっ!!」
飛び跳って痛がる宇留美のふくらはぎから魔力の粒子がこぼれ出していき、その体が縮んでいく。
宇留美は飛び上がりながら痛がって、どんどん縮んでいく。縮んで、縮んで、最終的にねねねよりも小さく、ねねねの腰まで身長が縮んでいた。
「く、鯨波先輩??」
「いったーい。ねねねちゃん酷いよー。あれ? ねねねいつの間にもっと大きくなったの?」
(……天然だ。天然だよ、鯨波先輩)
すっかり縮んでしまった宇留美はまるで子供のようだった。
「私が大きくなったんじゃなくて、鯨波先輩が縮んだんですよ」
「なーんだ。そっかー。って、ええええ!? なんで、なんでなんで?」
「えーっと、私が鯨波先輩のふくらはぎをこれで刺したからじゃないか?」
宇留美にランスステッキを見せる。
「そっか、魔法の一番薄い部分をその槍で突いて、巨大化の魔法を破ったんだ。はぁぁー。苦労してバレないようにしてたのに……」
宇留美は戦意を喪失したようにペタンと地面に座り込んだ。
「実はね、私、本当は巨人族じゃなくて小人族の末裔なんだー。子供の頃から小さい小さいって馬鹿にされてねー。大きくなりたい、大きくなりたいって思ってるうちに巨大化魔法が使えるようになって、それから毎日習慣みたいに魔法で大きくなってたら、この学校にスカウトされたんだー」
「そうだったんですか」
「でも、すっきりしたー! この魔法をずっと使ってると本当の自分を見失って、クラスメイトとも壁が出来ちゃってる気がして友達作れなかったんだー。明日から魔法を使わずに登校してみるよー」
「……私は、今の鯨波先輩も可愛くて好きですけどね」
「あはは、それはねねねちゃんが巨人恐怖症だからでしょー?」
小さくても中身は変わらないようで、ねねねは図星を突かれてしまう。
「あはは……、バレました? でも、私はどっちの姿の鯨波先輩も好きですよ。友達になりたいです」
ねねねがそう言って手を伸ばすと、鯨波先輩は一瞬きょとんとした表情をして、その後弾けるように笑ってその手を握った。
「ねねねちゃんには敵わないなー。ギブアップ、ギブアップだよ」
宇留美がそう宣言すると、ビーーーーー、とブザーの音が鳴り「魔法模擬戦終了、勝者轟ねねね」と機械のような声がそう告げられた。
こうして鯨波宇留美とのバトルは終了したのだった。
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