22話 ねねねと巨人(3)
翌日、昼休みにねねねはアルトと職員室に行き、ホウキ競技レース部の顧問にホウキを借りた。
「真菰ちゃんが運転しやすいホウキを作ってくれるまでに、まずはホウキの基礎的な飛び方をマスターしないと」
そのホウキを持って、二人は校舎の屋上に来ていた。
「アルトちゃん、ホウキに乗って飛ぶにはどうしたら良いの?」
「うん。ま、まずはホウキにまたがって浮かぶことから始めるね。まずはホウキにまたがって」
「こう?」
ねねねは不安な気持ちを押さえつつ、アルトの指示の通りにホウキを股に挟む。
「魔力をホウキに通して、浮くように念じてみて」
「ホウキに、浮けって念じる……」
言われたとおりに、手から魔力をホウキに流す。真菰の作った他の魔道具でも魔力を流すのは同じなので、難しくなかった。後は浮くと念じるだけだ。
「浮け! ……ほわっ!」
瞬間、足が離れて地面から離れて、ホウキが宙に浮いた。
「アルトちゃん、浮いてる、浮いてるよ!」
「ねねねちゃん、凄い! いきなり出来るなんて! 私なんて三回目の授業でやっと出来たのに」
「つ、次はどうすればいいの?」
「浮くときと同じで行きたい方向を向いて、飛べって念じれば飛ぶよ」
「と、飛べ!」
瞬間、びゅんっと校舎の屋上からねねねを乗せたホウキは飛び出していった。
ねねねの向いている方向が街の方だったので、そのままの方向に飛び続けていく。
「うわわわわーー。空が近い……」
驚きと戸惑いはあったが、風を切りながら飛ぶ感覚はそれを吹き飛ばすほどに爽快だった。
(あ、でも、そろそろ学校の外に出ちゃいそう)
校舎の外での魔法使用は校則で違反されている。
ねねねは慌てて校舎の方へ戻ろうと顔を校舎に向けるが、ホウキは一向に方向転換しようとしない。
「え? あれ? なんで?」
念じる通りに動くのであれば、止まれと念じれば止まるはず。そう思って、ねねねはそれを実行してみる。
「止まれ!」
ホウキは念じた通りにその場で止まる。そして、そのまま落下を始めた。
「え、えっ! わ! きゃあぁぁぁーーーっ!!」
ホウキは急に浮力を失い、ただのホウキに戻ったようにうんともすんとも言わない。
近かった空の青はあっという間に遠くなり、木々の緑が見えて、地面がすぐそばに迫ってくる。
(この高さだとさすがに死ぬんじゃない!?)
地面に激突する前に障壁魔法を、と考えてステッキを取り出そうとした瞬間、ふわりと何か柔らかいものに包まれた。
「え? えぇ!?」
ねねねを包んだ優しいものは肌色で温かなぬくもりを感じるものだった。
「だいじょうぶ?」
優しい声が頭の上からかけられた。
「あ、ありがとうございます! 助かりました」
声のした方を見上げると、優しげに微笑むねねねの身長よりも大きい顔があった。
「く、鯨波先輩……」
地面に落ちる寸前でねねねを救ったのは、巨大化した鯨波宇留美の手だった。
「あれー? きみー、どこかで会ったことあったっけー?」
宇留美は魔法で巨大化した顔を近づけてねねねを見る。大きなものが苦手なねねねはそれだけで恐怖を感じてしまったが、宇留美の顔が優しそうだったので何とか悲鳴は上げずに済んだ。
「とりあえずー、降ろすねー」
宇留美はそう言うと、ねねねを学園の一番端にある雑木林にそーっと降ろした。
(大きいけど、優しい人なんだ……)
そして宇留美は巨大化魔法を解いて、人のサイズに戻った。ねねねは改めて宇留美を見る。肩までの黒髪に糸のように細い目、身長はねねねと同じくらいだが、ふっくらとした体形で制服を窮屈そうに着ているのが印象的だった。
「だいじょうーぶだったー?」
宇留美はのんびりとした口調で聞いてくる。
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
「無事でよかったー。んー、あっ、噂の轟ねねねちゃんだー」
宇留美はねねねの顔を覗き込んでそう言った。
(目が悪いのかな? でも、それならホウキから落ちてくる私を簡単にキャッチできないよね?)
小さな疑問を浮かべつつ、とにかく挨拶をする。
「初めまして、轟ねねねです」
「初めましてー。鯨波宇留美だよ」
宇留美はゆっくりとした動作で頭を下げた。
「それにしても凄いですね。急に落ちてきた私をキャッチするなんて」
「うんー。田舎育ちだから目はいいんだよー。でも、人の顔を覚えるのは苦手かなー」
「そうなんですね」
宇留美の穏やかな口調の返答にねねねは思わずなごんでしまう。
「コラー、鯨波ー! 学校の中で巨大化するなー!」
遠くから二年の先生のお叱りの言葉が飛んできた。
「あー、すいませーん! 先生ー!」
宇留美はペコペコと頭を下げながら先生に謝っていた。
「ごめんなさい。私のせいで叱られちゃって」
「いーのー。たまに巨大化してストレスを発散してるのー」
宇留美は気にしないで、とニコニコしながら手を振った。
(良い人だなぁ。私、こんな人にバトルを挑まなきゃいけないのかぁ。……でも、私にもやりたいことがあるから)
迷いを振り切ってねねねは口を開く。
「あの、鯨波先輩」
「んー? なーにー?」
「私と魔法模擬戦をしてもらえませんか?」
宇留美は一瞬驚いたように細い目を開いたが、すぐに穏やかな調子で、
「んー、いいよー」
そう了承の返答をした。
「本当ですか!? ありがとうございます。でも、なんで……」
「噂のねねねちゃんとバトルしたってことがわかったらー、みんなに自慢できると思うんだー」
そう言って宇留美は朗らかに笑った。
(私、バトルして自慢できるほど有名じゃない気もするけど……)
そんな疑問を浮かべながらも、引き受けてもらえて安堵する。
「ねねねちゃーん!」
「あ、アルトちゃん」
校舎の方からアルトが息を切らせて駆けてくる。
「鯨波先輩、魔法模擬戦を引き受けてもらってありがとうございます。じゃあ、来週の放課後またここで。バトルまでにはもう少しホウキの操縦上手くなっておきます。それじゃ」
「うんー。またねー」
ねねねは深々と頭を下げて宇留美と別れた。
走って迎えに来てくれたアルトのところに向かう。
「もー、大丈夫だった? 心配したよー」
「ごめーん。次は気を付ける」
「……あの人って鯨波先輩?」
「うん。助けてもらっちゃった。それと、一週間後にバトルを申し込んだ」
「え? そっか。うん! 頑張ろうね!」
一瞬驚いた顔をしていたが、アルトも納得したように応援してくれた。
(ホウキの練習、頑張らないと!)
ねねねはそう決意をして校舎に戻った。
それからねねねはアルトと毎日、ホウキの操縦と巨大化魔法の練習した。
真菰に一週間後に宇留美と魔法模擬戦の約束をしたことを話すと「一週間では短いのデス。せめてニ週間、出来れば三週ほしいのデス」とぶつくさと言っていた。しかし、その翌日にはホウキとコスチューム、それに改良したハンマーステッキを持ってきて、ねねねを驚かせた。
「これはまだ試作品なのデス。ねねねサンからの意見を参考に改良を進めるデス」
ホウキはそれこそなんの変哲もないホウキだったが、乗ってみると大違いだった。目の前にスマホの画面が浮かび上がってきて、それを指で操作するだけでホウキを動かすことができた。
「ハンマーステッキも何か改良してくれたの?」
続いて手渡されたハンマーステッキには見た目なんの変化もなかった。
「ヒヒヒ、見た目は変化ありませんが、とがれと念じてみてくだサイ」
「とがれ!」
すると、ハンマーの反対側がにゅっと鋭い先端に変わった。
「おぉ! 凄い!」
「名付けてハンマーランス・ステッキなのデス! ハンマー部分をやりのような刃のついたものに変化させることもできるのデス」
言われて早速やってみると、ハンマー部分が柄に吸収されるようになくなって、代わりに鋭い刃が飛び出しやりへと変わった。ねねねは一つのステッキに二度驚かされた。
「一日でこれを作ったの!? 凄いね、真菰ちゃん!」
「いえいえ、僕だけじゃなく部の皆さんのお陰なのです」
真菰は頭の後ろをボリボリとかいて照れたように笑う。
「魔法少女育成学園を卒業後は魔道具制作会社に就職したいのデス」
「そっか。明確な目標があって凄いなぁ。で、最後にコスチュームは、と。……真菰ちゃん、今回はホウキに乗るんだよね? なんでスカートなの!?」
もらったコスチュームはこれまでと似たような感じのバニーレオタードにスカートを付けたものだが、水色を基調としたすべすべとした素材の物になっている。
「魔法少女はスカートかレオタード。そう決まっているのデス」
「なんでっ!?」
「能力補正重視なのデス」
ねねねと真菰はお互いの主張を譲らず、うーっとうなりながら睨みあう。
「あれ? ねねねちゃん。でもそれ、袖もついているし、レギンスも付いてるよ?」
「え? あ、本当だ」
よく見てみるとジャンプスーツのような形状で、スカートからはレギンスが出ていた。
「デス。今回はホウキに乗るとのことでしたので、相手に発見しずらいようステルス魔法がかかってるのデス。また空気抵抗も少なくするため遺憾ながら全身を覆うようなデザインになっています。着てみるデスか?」
「へーっ! うん! この形状なら安心できるよ!」
ねねねは早速変身キットにコスチュームをセットすることにした。バトン型のペンダントの端を指で押して、手の平ほどの小さなゲートが開く。そして、その中にコスチュームを入れた。
「よし、完了! じゃあ、行くよ! オンユアマーク・レディゴ―!」
ねねねは変身キットに設定したプログラムで魔法少女に変身していく。今回はホウキを使う為、ダッシュと同時にホウキに乗ってホウキに乗ったまま光のカーテンを潜り抜け、セットしていた水色のコスチュームへと着替える。そのまま上に上昇して、ぐるぐると回転しながらツインテールのリボン、腰のステッキをセットしてホウキを手にゆっくりと地面に着地した。
「どうかな?」
「良いよー!! ねねねちゃんカッコいい!」
「良いと思うのデスよ!」
アルトと真菰は手を叩いて褒めた。ねねねもえへへ、とまんざらではない表情で笑みを浮かべる。
「でも、この袖とレギンス、ほぼ色がなくない? っていうか透けてて、ほぼ肌の色なんだけど……」
ねねねの来たコスチュームは肌にぴったりと吸い付いて、腕のほくろまで見えていて、ほぼ素肌をさらしているのと変わらない状態だった。
「空気抵抗のない素材から肌の色を出すのには苦労したのデス。これでパンチラもバッチリなのデス!」
「何がバッチリなの!?」
ねねねは「うーっ」と頬を赤く染めながらスカートを押さえて、真菰の顔を恨めしそうに睨んだ。スカートの丈にだけは真菰に直すよう依頼して、その日は解散した。
練習を始めて四日目、ホウキの操縦については真菰の持ってきてくれた魔道具のお陰もあってかなり上達していた。
自在に飛び回ることはもちろん、アクロバット飛行やホウキの上に立ってステッキを振ったりもできるようになった。
「ねねねちゃんは運動神経が良いから、体を使う魔法はすぐ出来るようになっちゃうね。ホウキ飛行部もビックリだよ」
「えへへ、ありがと。でも、巨大化魔法がね……」
問題は巨大化魔法の方だった。ホウキの操縦とは逆に魔力操作やスペルを利用した魔法を覚えるのは複雑で、ねねねは習得するのに苦戦していた。
真菰の作ったコスチュームのスカーフには巨大化魔法を支援するものも組み込んであるらしいのだが、どうにもうまくいかない。
アルトと共に魔法模擬戦用のバトルステージの中で練習を繰り返していた。
「ね、ねねねちゃんは嫌いかもしれないけど、呪文を唱えるのも良いらしいよ? 自己暗示になって発動を手助けするんだって」
「そうなの? 嫌じゃないんだけど、今まで自分が使える魔法しか使ってこなかったから感覚がわからなくて……。どんな呪文が良いのかな」
「魔術書によると『太古に生きし巨人の霊よ。我の身体に宿りて具現化せよ』とかが代表的みたい」
「太古に生きし巨人の霊よ。我の身体に宿りて具現化せよ、ね」
ねねねは早速試そうと、魔力を全身に巡らせた。呪文のスペルを頭の中に思い描き、魔法の発動を促す。
「太古に生きし巨人の霊よ。我の身体に宿いて具現化せよ!」
瞬間、魔力が急激に体の外に広がり、腕、頭、胴が伸びていく感覚が広がっていく。
「で、できた!?」
ねねねが目を開けて自分の身体を見てみると、上半身だけが巨大化した奇妙な状態になっていた。
「え、えぇ……?」
「あ、あはは……」
さすがのアルトもなんて言ったらいいかわからず、苦笑いを浮かべていた。
「これは練習がまだまだ必要だね……」
たはは、と笑ってねねねは魔法を解除して元の姿に戻った。数日間練習を思い出してみても失敗と失敗の繰り返しだった。この完成度では実践で使うのは難しいかもしれない、とねねねは思い始めていた。
(それに、私の魔力量じゃこの魔法を使えるようになっても、きっとハリボテどころか紙風船がいいところなんだよね……)
「ねねねちゃん……」
沈みそうになるねねねをアルトが心配そうにのぞき込む。
そんなアルトの顔を見てねねねは自分を奮い立たせた。
「でも! あの鯨波先輩に本気で巨人と戦うつもりで仕込まないと勝ち目なんて生まれないよね」
「そうだね! 頑張ろう、ねねねちゃん!」
再び二人は練習に励むことにした。
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