21話 ねねねと巨人(2)

 夜、寮に戻ったねねねは夕食を食べて、寮の大浴場の風呂に入った後、自分の部屋に戻ってベットの上で生徒手帳を開いた。


「これでいいのかな?」


 開いているのは生徒同士が自由に電話やチャットができるというマジカルトークアプリ、通称「マジル」のページだ。


(寮内だとジャージ姿の人も多いけど、私はあんまりあの素材感が好きじゃないんだよね……。綿素材の方が断然好き)


 そんな訳でねねねはモスグリーンの綿素材パジャマに着て、アルトと真菰から連絡が来るのを待った。

 待っている間に生徒手帳の序列ランキングページをめくっていると、ねねねの名前が五十位のところにあった。

 アルトは「一年生で五十位以内に入ったなんて史上初だよ!」と興奮していたが、ねねねは実際に目にしてみて初めて実感がわいたくらいだった。


「なんだか凄いことになってきちゃったなぁ……」


 ねねねはまだどこか他人事のようにつぶやく。生徒手帳を枕元に置いて、ごろんとベッドに転がった。

 まだ数日しか過ごしてない寮の部屋。実家よりは落ち着かないが、それにも大分慣れてきた。部屋にはテレビがないので、寂しくなったときは音楽を鳴らしたり、動画サイトを流したりして、BGMの代わりしている。


(でも、やっぱり初めての一人暮らしはさみしいね……。部屋にぬいぐるみとかおく子の気持ちがわかる。……にあちゃんも部屋をぬいぐるみで一杯にしてたっけ。きっとこんな気持ちだったのかな……)


 彼女のことを思い出して、しんみりしてしまった。

 にあとは趣味も好みも合わなかったが、ねねねは彼女の独特な感性が好きだった。彼女が存命の時はマネをするのは気が引けたが、今なら良いかと思えた。


「今度の休み、買いに行こうかな?」


 その前に彼女の部屋に行って、どんなのが好きだったのか見せてもらうのも良いかもしれない。

 そんなことを考えているとふいに涙がこぼれてきてしまった。


「にあちゃん……」


 涙をふくために枕元のティッシュに手を伸ばそうとした瞬間、生徒手帳からプルルルル、と着信音が聞こえてきた。生徒手帳に「マジカルトークアプリにて天王台アルトから連絡です。通話しますか?」と表示が出ていた。

 ねねねはティッシュを取って目元をふいてから、ベッドの上に戻って承認のボタンを押した。


「こ、こんばんは、ねねねちゃん」


 手帳から魔法の通話ビジョンが宙に投影されて、ビジョンの中にモコモコした素材のパジャマを着たアルトと後ろには彼女の部屋が映し出された。


「こんばんは。アルトちゃん」


 ねねねは努めて明るい声で挨拶を返す。

 アルトも風呂上りだったようで、髪の毛にタオルを巻かれていた。


「? ねねねちゃんどうかした?」

「え? 何が?」


 もしかして泣いているのがバレたかな?とねねねは内心ギクリとしたが、平静を装う。


「えと、なんかいつもと雰囲気が……」


 言い淀んでいるところに、真菰がその通話に入ってきた。


「遅れて申し訳ないデス」


 真菰のビジョンも浮かび上がり、ベットの上には二つの通話ビジョンが投影された。

 真菰は紺のワンピースに下は短めのパンツをはいた可愛らしいパジャマの姿だった。三角の帽子を深くかぶっているせいか普段とあまり印象が変わらなかった。


「二人とも可愛いパジャマだね」


 わざと話題をそらせるようにねねねはそう言う。


「ありがとう。ねねねちゃんも髪下ろしてると新鮮だね」


 アルトはそうはにかみながら微笑む。


「てっきりジャージかと思ってたデスが、ねねねさんも可愛らしいパジャマなのデス」


 真菰には褒めてるか、けなされているのかわからないコメントをされたが、ねねねは前向きにとらえておくことにした。


「さて、結果報告するのデス。ランキング九位から五十位までの三年生にねねねサンとバトルしてくれないか頼んで回ったのデスが、私の担当は誰一人首を縦に振ってくれなかったのデス」


 真菰は肩を落してそう報告する。


「ごめんね。私もダメだった」


 アルトもガッカリした様子だった。


「だよねー。私もだった。……こうなったら鯨波先輩にお願いしてみるしかないね。はぁ、でも、本当に巨大になる魔法が使える人がいるなんて思ってなかったよ」


 ねねねは無意識に深いため息をついてしまう。苦手意識が態度にも出てしまっていた。


「アルトさん、巨人になる魔法なんて実際あるのデスか? 自身の質量まで増やすのは魔法でもかなり難しいと思うのデスが??」

「うん。噂によるとね」


 通話ビジョンの中のアルトが魔法少女のデータをまとめたノートを開く。


「鯨波先輩のご先祖は外国の出身らしいんだけど、巨人族って呼ばれていた種族の末裔なんだって。だから、大きくなる魔法じゃなくて小さくなる魔法を普段から使ってるんじゃないかって」

「大きくなる魔法だと質量を増やすのは難しいデスが、小さくなっているのなら質量はあの見た目のままってことデスか?」

「うん。あくまで噂だけど……」


 鯨波宇留美。温和そうな細い目、ふっくらとした体形で包容力のありそうな優しそうな容姿だが、バトルになると笑顔で対戦相手の首を落とす残忍さを発揮する。

 ねねねは思い出しただけ寒気がしてしまい、首を振って嫌な想像を追い出す。


「それよりどうやって戦うかデスよ。ねねねサン、何か案はありませんか?」

「そう言われても……。あ! アニメとかだとワイヤーを使って空に浮かんで急所を突くみたいな戦い方をしてたよ!」

「バトルステージに運良くそこまでの高い建物があれば良いデスが、鯨波先輩の全長は四十メートル。並みのビルよりも背が高いのデス。ワイヤーと推進装置で飛んで急所を攻撃するのは現実的じゃないのデス」

「そっかぁ。じゃあ、空飛ぶほうきで空に浮かんで戦うっていうのは?」

「そうデスね。そちらの方が現実的デスが、ほうきの操縦は結構難しいデス。仮に戦闘に使うとなると並大抵の努力では難しいのデスが……。ねねねサンの運動神経なら使えるかもしれません。素人でも簡単に飛べるようなほうきを魔道具作成リストに入れておくデス。他にはどうデスか?」


 真菰はメモ帳を開いてアイディアを書きこんでいく。


「私自身が大きくなることはできない?」

「確かに、巨大化魔法はあるデス。でも、質量を増やすのは大量の魔力を要するので非常に難しいのデスよ。ねねねさんの魔力だと紙風船みたいなことになるデスよ?」

「脅かすことはできるかなぁ? 魔道具で何とかなる?」

「そうデスね。巨大化魔法の習得は必要でしょうが、紙風船をハリボテくらいにするサポートをぐらいならできそうデス。リストに入れておくデス」


 真菰は再びメモ緒にガリガリと文字を書く。


「あとは、大出力の魔法でぶっ飛ばすとか……」

「それが出来たら苦労はないデス。それこそ星川きらら先輩や志津デイン先輩のような大容量の魔力で強力な魔法を放つ以外ないデス」

「そうだよね……。アルトちゃんは何かアイディアない?」


 先ほどから私と真菰ちゃんばかり話していて、アルトちゃんはずっと何か考えていた。


「うん。今魔法歴史学の本を調べてたんだけど、昔イギリスの山奥に住んでいたってされる巨人族って調べてたんだけど、身長七メートルから大きいものでも八メートルなんだって。全長四十メートルっておかしいなぁって」

「え? そうなの?」

「それこそバトル用に魔法で作ったハリボテってことデスか?」

「うん。そうじゃないかなって思う。全長四十メートルの身体をもし維持してるとしたらどれだけの食事をとらなきゃいけないんだろうって思うし、七メートルの身長でも大きすぎると思う。鯨波先輩、そんなに食べているところみたことないんだよね」


 アルトのその発言にねねねは驚いた。


「……凄い。アルトちゃんの観察眼は凄すぎだよ。っていうか、鯨波の食事シーンなんていつ見たの?」

「えへへ。もしかしたら次は鯨波先輩と戦うことになるんじゃないかな、と思って観察と分析をしてたんだ。……話を戻すけど、多分実際は大きくても身長三メートルくらいだと思う。それをどうにかして巨大に見せてる可能性は高いと思うな」

「魔法で出来たハリボテ、ってことだね。うん。そう考えたら戦えそうな気になってきた」

「よかったのデス。そのハリボテを破ることができれば勝機は見えてくると思うのですが、どうデスか? ねねねサン」

「針みたいな鋭い武器で突くとか? あはは、そんな単純じゃないよね」


 ねねねの発言に二人が無言になったので、さすが冗談が過ぎたと思ったが、


「それデスね!」

「え? ウソ?」

「あくまで表現の話ですが、巨大化魔法のイメージは魔法で外枠を作り、自分の持っている魔力や質量で外側を補っているのデス。ですので、それが一か所でも破られれば魔法が破綻する可能性は高いのデス。合ってますよね? アルトさん」

「うん。でも、例えば今日の映像だけど、多分対戦相手を掴んだときはそこに質量と魔力を集中させて運用してたんだろうから、そこを攻撃しても弾かれちゃうと思う。出来る限り薄いところを探して狙わないと……」

「……凄い。勝ち目が見えてきたかも! アルトちゃんも真菰ちゃんも天才だね!」


 ねねねは二人の魔法における知識量と分析力に素直に感心した。


「伊達に全授業をつぶして魔道具研究にいそしんでないのデス」


 ふふん、と鼻息を荒くして胸を張る真菰。


「真菰ちゃん、それはちょっと……。私は映像研にいるくらいだし、人の魔法を見たりするのが好きだから」


 頬を赤くして照れた様子のアルト。


「真菰ちゃんもアルトちゃんも魔法のことが大好きなんだね。うん! ここまで種明かしができたなら今日は悪い夢を見なくて済みそう。ありがとう!」

「どういたしまして、デス」

「私は戦えないから、せめて私の出来ることでサポートしたいんだ」


 二人の努力が本当にありがたくて、ねねねは目元が潤んでしまう。


「すずめ先輩の時みたいにぶっつけ本番のラッキーで勝利になりたくないから、明日から鯨波先輩対策をしていきたいんだけど、まずはほうきの練習と細いもので突く練習かな?」

「そうだね。一緒に練習しよ?」

「僕は初心者でも乗りこなせるホウキとヤリ型ステッキの作成をするデス。任せてくださいデス」

「よろしくね。……っていうか、もう十二時?」

「今日はもう遅いし今日はもうお開きにしようか?」

「デスね。ふあぁ、また明日。おやすみデス」


 ねねねも生徒手帳を閉じて通信を終わった。


「私も眠くなってきちゃったな……」


 布団をかぶると、すぐに眠気が訪れた。昨日寝れなかったこともあったのだろう。二人との作戦会議は悪夢を遠ざけてくれたようで、ねねねはすぐに眠りについていた。

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