20話 ねねねと巨人(1)

 授業中、ねねねはぼんやりした顔で窓から見える曇った空を見ていた。


「おい……。轟ねねね、聞いているのか?」


 その様子に見かねた中井先生がねねねの目の前に来て声をかける。


「あ、ごめん。お母さん」


 ねねねの口から出たのは呆けたような台詞だった。

 はっと気づいて訂正しようとするも、すでにその声はクラス中に聞こえていたらしく、クスクスとクラスメートたちの笑い声が聞こえてくる。


「ほう? 轟ねねね、貴様は私にこんなにデカイ娘がいると思うかね?」


 中井先生のこめかみにぴきっ、と額に青筋が立つ。


「お、思いません! すいません、ぼんやりしてました! 廊下に立っています!」


 中井先生のほどばしる殺気に血の気が引いて、ねねねは自ら立ち上がり廊下に出ていこうとする。その瞬間、キーンコーンカーンコーン、と終業のチャイムが鳴り響いた。


「……ゴングに救われたな。授業が聞いてもわからんのなら仕方ない。わかるまで教えてやる。だが、聞く気がないというのなら、わかっているな? 轟ねねね」

「……はい」


 薬の材料にされるのだけは許してほしいなー、とねねねは反省しながら席に座った。

 大きな窓を見上げる。そこに鯨波くじらなみ 宇留美うるみの巨大な顔が映っているのではないかとねねねは気が気ではなかった。


「ねねねちゃん、眠そう。大丈夫?」


 昼休みになってもねねねはまだぼんやりした様子だった。アルトに手を引かれて食堂までやってきたが、ほおっておけばあのまま教室でいつまでも寝ていただろう。


「うん。……昨日あんまり寝れなくて」


 どうやら食欲もあまりないらしく注文した皿には、軽食のサンドイッチが乗っかっているだけだった。


「もしかして、鯨波先輩のこと?」

「うん……」


 ねねねは昨晩、怖い夢を見て真夜中に目を覚まし、そのまま寝ることができなかった。その見た夢というのが巨人に襲われる夢だった。


(はぁぁ……。昔から大きな怪獣の出ているような番組が苦手だったんだよね……。大きなモノ、苦手……)


 おそらくそんな夢を見たのも、次の対戦相手候補にしていたランキング序列二十位、二年生の鯨波宇留美の戦闘動画を見たせいだろう。


「……鯨波宇留美の戦闘動画を流すわ」


 映像研究部の渋谷りもが静かにそう言って、暗くなった視聴覚室の中に動画が映し出された。

 開始直後、大きな足が木々を踏みつぶしていく。視界が上を向いてその正体を追うと、見上げるほどに大きな魔法少女が森を闊歩していた。


「え? 何コレ? ジオラマステージとか?」

「ううん。ステージは森のエリア。これが鯨波先輩の魔法、巨大化魔法だよ」

「きょ、巨大化!?」


 対戦相手は森の中にいて見えない。

 しかし、鯨波宇留美は魔法でステッキと虫取り網に変化させると、森の中にそれを突っ込み、あっという間に対戦相手の魔法少女を捕獲してしまった。

 すかさず魔法少女を網の中から掴む。


「うふふー。捕まえたー」

「離せー、はなしてーっ!」

「うふふ、せっかく捕まえたのに離さないよー。えいっ!」


 宇留美は右手で捕まえた相手の魔法少女に顔を近づけ、無邪気に笑うと親指で首を跳ねてしまった。

 バトル終了のブザーが鳴る。スプラッター映画でも見ているような恐怖感だった。


「どうでした? ねねねサン」

「お、大きくなる魔法はひ、卑怯じゃないかなー?」


 ねねねはそのバトルを見ただけで悪い想像が膨らんでいくのを止められなかった。その顔は真っ青に染まっており、とめどなく額から汗が流れ出ていた。


(鯨波先輩とバトルして、踏みつぶされる、捕まえられて頭を指で落とされる、テレビアニメのワンシーンのみたいに頭からバリバリとかじられる。そんなことを想像しただけで……)


 ねねねは背筋が寒くなるのを止められなかった。


「こ、この人はやめない?」

「珍しく弱気デスね? 何かあったのデスか?」

「う、うん。言いにくいんだけどね、私、巨大な怪獣とか巨人とかが苦手でさ。昔から特撮物とかアニメとかで巨人が出てきたりするのは、怖くて……」


 ここまで強気に二人を引っ張ってきておいて、弱みをさらすのは恥ずかしかったが、背に腹は代えられないとねねねは正直に白状した。

 アルトも真菰も意外そうな顔をしていた。


「そ、そうなんだ。ねねねちゃんにも苦手なものがあるんだね。うーん、でも……」

「困りましたね」


 二人が困ったように顔を見合わせる。


「どうかしたの?」

「うーんとね。五十位までの序列の人はもうほとんど三年生で保守的になっていると思うんだ。このまま上位のランキングを維持したいと思ってるだろうから、バトルに応じてくれるかどうか……」


 進学や就職が目前の三年生にとって大きな影響が出るランキング序列を、今になって危険を冒してまで変動させたいと思う人は少ないだろう。まして一年生で格下のねねねの挑戦など受けるはずもない。


「生徒手帳のランキングを見ても五十位までには屛風ヶ浦すずめ先輩が五十一位になってしまったので、ねねねサンを除いて三人しかいないのデス」

「屛風ヶ浦先輩みたいに部活に入れたいとか、そういう理由があればバトルしてくれるかもしれないけど……」


 二人の意見もそのことを考慮してか、反応は良くない。


「そっか。ラブレターの中にそんな人がいなかったかなぁ」


 ねねねは転校初日のデビュー戦以来、継続的に勧誘の手紙やファンレターをもらっていた。全部読んではいるが、数が多いのとほとんど全部知らない人なので序列ランキングの名前と一致しないことが多かった。


「鯨波先輩とのバトルは避ける方向で、他の序列ランキング五十位以上の生徒に話を聞いてみても良いかな?」

「バトルするのはねねねさんデスからね。それが良いと思います」

「き、気持ちわかるよ。あのスプラッターシーンは怖かったよね?」

「うん。ごめんね」


 あのバトル映像を見た後では対策を立てる気になれない、というのがねねねの本心だった。


「じゃあ、手分けしてバトルしてくれる人がいないか聞いてみよう」


 そう決めて、その放課後、手分けして先輩たちに声をかけて回った。しかし、残念ながらその日魔法模擬戦に応じてくれる人を見つけることはできなかった。


「また、明日やって続けてみよう?」


 翌日も一日声をかけて回ったが、成果なしで終わった。

 日も暮れてきて、部活も終わりの時間になってきたので、一度帰って後は夜にトークアプリのマジルで作戦会議をする約束をしてねねねたちは解散した。

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