19話 VSテレポート魔法少女

「良く逃げずに来れたね。偉い偉い」


 放課後、ねねねたちが共に体育館の裏に来ると、すでに屛風ヶ浦びょうぶがうらすずめは待ちかねたように腕を組んで立っていた。

 そこにいたのは彼女だけでなく、彼女の友達や部活の仲間らしき生徒たちが体育館の端から覗いたり、ホウキに乗って空から見ていたりしていた。


「屛風ヶ浦せんぱーい! そんな小娘ひねってやってくださーい!」

「部員一名確保ですよー!!」


 魔女モデル研の部員も多いようで、声援はねねねにアウェーを感じさせた。


「来ますよ。約束ですから」


 すずめを目の前にしてねねねは腰が引けそうになってしまう。ギャルのような容姿だが、序列ランキング五十位の魔法少女は目の前にすると威圧感があった。


(っ! ダメダメ! 集中、集中! 飲まれちゃ駄目だ! 何か気を紛らわすものは……)


 ねねねはそんなことを考えながら周囲を見渡すと、すずめの腕に乗っかる豊満な胸に目が止まった。


(……すずめ先輩、意外とおっぱいおっきいなぁ。木更津のどか先輩と良い勝負かもしれない)


 それに気を取られて、いつの間にか緊張を忘れてしまうねねね。


「それじゃ。始めよっか?」

「よろしくお願いしまーす」

(ヤバッ! おっぱいを見てたらテンションが上がって変な返事しちゃった!)

「……? 武装・展開」


 すずめはに不審そうにねねねを見ながらも、その豊満な胸に挟んでいたお守りのような形の変身キットを取り出し「変身」した。

 すずめの足元から四角い魔法陣が浮き上がり、反物が宙を転がるように彼女の周囲を覆い隠した。宙に舞った反物がすずめの体に巻き付き、ポン、と太鼓の音が響いたかと思うと巻き付いた反物が着物に変わった。ポン、ポン、と音が響き、上は着物、下はミニスカート、足元は草履という和風魔法少女に変身をとげていた。

 日が傾いて橙色に染まった校舎の裏で、魔法少女・屛風ヶ浦すずめが、和三盆の甘い香りと共に参上した。


「さ、できたよ? ねねねは変身しないの?」

「ギャルから和風魔法少女とは、素晴らしいギャップですね」

「えへへー。褒められちった」


 そう照れて笑うすずめに、ねねねは不覚にも「可愛い」と感じてしまう。


「でも、勝負は勝負です! オンユアマーク・レディゴ―!」


 ねねねは小さなバトンの形をした変身キットをポケットから取り出し、起動させた。

 真菰に変身キットを作ってもらう時に「起動ワードは自分が一番気合の入る言葉が良いデス」と言われたので「陸上の大会で聞いたスタートダッシュの言葉が良い」とこれに決めたのだった。

 ねねねはクラウチングスタートの姿勢で地面を蹴ってダッシュし始めた。目の前に現れた光のカーテンを潜り抜けるとカーテンが体に巻き付き、衣服をはぎ取ると同時にカーテン自体が緑と黒を基調としたコスチュームに変わっていた。

 ランナーから一瞬にしてダンサーに変身したねねねは、とん、と跳ねて体ごと回転する。体に巻き付いて残っていた光のカーテンがツインテールのリボンを結び、腰にはハンマーステッキが備え、変身が完了する。

 上は黒のレオタード、下は緑のスカート、靴はヒールといったハワイアンダンサーのような出で立ちの魔法少女になっていた。


「ねねねちゃん、カッコ良い!」

「決まってマスよ! 授業時間つぶして変身キット作った甲斐がありマス」


 アルトと真菰は、ねねねの変身に惜しみなく拍手を送る。ねねね自身もこのコスチュームをとても気に入っていたので、褒められるとなおさら嬉しかった。


「ひゅう! 体育会系少女からドレスを着たダンサー魔法少女に変身ってワケ? ちょっと良いじゃない」


 すずめは口笛を吹いてねねねの魔法少女姿を褒める。


「あ、ありがとうございます。……じゃあ、お手柔らかにお願いします」


 ねねねは生徒手帳を取り出し、すずめに魔法模擬戦を申請した。

 すずめの生徒手帳にそれが飛び出し、ネイルで装飾された指が承認ボタンを押す。

 ねねねは目の前に浮き出た黒い穴・バトルステージの入り口に吸い込まれ、別の空間に移動させられた。



 ねねねが目を開けると、そこは畳に障子、木の柱といった広い日本家屋の中だった。


「今度のバトルステージは武家屋敷かぁ。凄いバリエーション豊富だよね」


 ねねねは周囲を見渡し、感心する。


(ずずめ先輩の得意魔法はテレポート。その特性を考えれば障害物は多ければ多いほど有利。っていうか、このステージ、すずめ先輩に有利すぎじゃない?)


 ぱっと見ただけでも天井、野外、ふすま、身を隠すには困らない。


「ふふっ、ステージは私の格好に合わせてくれたみたいだね。いつでもかかっておいでー」


 すずめはステージを見て明らかな優位を感じたらしく余裕の表情で、ステッキすら構えていない。ノーガードの状態だ。


「……戦う前に。すずめ先輩は、鷺ノ宮にあって娘を知ってますか?」

「?? 知らないけど、どうかしたの?」

「いえ、ありがとうございます。……じゃあ、遠慮なくいきます! スピードアップ!」


 ねねねは身体強化の魔法を発動させ、畳を蹴った。その一蹴りですずめとの距離を一気に詰め、目の前にまで迫った。


(早っ! 真菰ちゃんの靴のおかげ?)


 ねねね自身も驚くほどのスピードだったが、すずめも目を見開いて驚いていた。チャンス、とねねねはハンマーステッキをゴルフクラブほどの長さまで伸ばし、斜め下から振り上げる。


「テレポートッ!」


 そのままその場にいればその一撃で勝負は着いていたはずだったが、すずめはテレポートの魔法を発動させ、その場から消えて攻撃をかわしていた。


「危なーっ。ねねねは結構凶悪だねっ」


 二十メートル先にぱっと現れるすずめ。


「すずめ先輩の魔法のほうが凶悪だと思いますけどっ!」


 すかさずねねねも畳を蹴って、すずめに追いすがる。


「んぁああああっ!!」


 身体強化魔法の効果が持続しているうちに続けて攻撃を仕掛ける。

 胴体を狙ったハンマーステッキの薙ぎ払いを、すずめはテレポートを使って十メートル先に移動してかわす。現れた先にねねねは再度追いすがり、今度はスピード重視の突きを繰り出す。しかし、これもテレポートでかわされてしまう。


「早っ! ねねね、早っ! ヤバイね。変なところに移動したら当たっちゃいそう」

「早めに失敗して変なところに移動してもらえませんかっ! ねっ!」


 ブン、ブンっと隙を与えずにハンマーステッキを振り回して攻撃を仕掛けるが、都度テレポートでかわされてしまう。


「ヤダよ。痛そうじゃん。テレポート!」


 すずめの姿が消える。今度は目のつくところには現れなかった。周囲を見渡したが、その姿は見当たらない。


「ど、どこに行ったんだろ? ……あんっ!」


 ねねねは首の後ろにピリッという電気のようなものが流れた。


(そういえば、コスチュームに周辺感知機能があるって真菰ちゃんが……)


 嫌な予感に冷や汗が出た。ねねねは障壁魔法を使いながら、後ろに跳んだ

 ドウッ、と音がしたかと思うとねねねがいた畳の上に小さな黒い穴が開いて、白い煙を上げていた。


「銃!?」


 弾の飛んできた天井を見上げると、すずめが着物で火縄銃という織田信長のような戦国末期の戦闘スタイルではりの上に座っていた。


「じゅ、銃は反則じゃないですか?」

「え? なんで? これも火縄銃型のステッキで立派な魔道具よ?」

(誰さ、すずめ先輩に攻撃力がないって言ったの!? ひぇぇ、食らったら一撃で死亡確定だよ。すずめ先輩みたいなテレポーターに銃持たせたら最強じゃない?)

「は、はわあぁぁっ!!」


 一転、ねねねは慌てて後退し、全力で逃げ出した。

 柱の陰、ふすまの後ろ、障害物にできるものは何でも壁にしながら距離を取る。


「無駄無駄ぁ。テレポーターの空間把握能力はハンパないんだから!」


 反撃とばかりにすずめはねねねの目の前に現れて、火縄銃型ステッキの銃口を向けた。


「とどめよっ!」

「い、いいいやぁ!!」


 ねねねはやけくそ気味にハンマーステッキを思いっきり床に叩きつけた。瞬間、畳がふわっと床から起き上がり、ねねねの姿を隠した。

 次の瞬間、ドッと火縄銃の弾が浮き上がった畳に刺さり、ねねねのところに弾丸が届くのを防いでくれた。


(こ、これは!? そうだ! 石ころも武器になったんだ! これも武器になるハズッ!)


 ねねねはハンマーステッキを巨大化させて浮き上がった畳を殴りつけた。


「んああぁぁっ!! 畳のノックバッティングっ!」


 畳は手裏剣のように飛んでいき、完全に油断していたすずめに直撃した。


「げほっ! ぐ、この、テレポート!」


 当たった瞬間、すずめはテレポートで姿を消す。

 致命傷にはならなかっただろうが、腰に結んだ帯が乱れて着物が肩からズリ落ちてていた。コスチュームが崩れたということは少なくとも障壁を破壊し、ダメージを与えた証拠だ。


(でも、今度はどこに?)


 ねねねは油断なく周囲を見渡す。周辺、柱の後ろ、梁の上、すずめのあでやかな着物は良く目立つ。少しでもそれは見えれば、見つけられるはずだった。しかし、その姿は見えない。


(確かコスチュームのツインテールを結んでるリボンには、魔力を察知する魔道具になってるって真菰ちゃんが言っていた。さっき首筋に流れた電気もおそらくこれの機能だよね? おかげで変な声が出ちゃったけど……)


 ねねねは索敵のためにリボンの機能を使ってみることにした。


(部屋の中……、いない。梁の上……、いない。隣の部屋……、いない。外の庭……、いない)


 すずめの気配は周囲には感じられなかった。


(距離を取ったのかな? だとしたらさっきみたいな襲撃を狙って油断するのを待ってる? あの銃じゃスナイパーみたいな使い方はできないだろうし)


 ねねねは警戒しながら考えを巡らせる。


(……私ならどうするだろう? 必殺の一撃を格下の後輩に防がれたらどう思う? ……悔しいよね。私なら「同じ方法でやり返す!」かな?)


 瞬間、畳がばあっと四枚浮き上がった。畳の下の板の間からぬうっと火縄銃ステッキを構えたすずめ先輩が顔を出し、その銃口がねねねを捉える。


「っっ!!」


 狙い定めた銃口が、轟音を響かせた。


(やられる!)


 ねねねは地面を蹴って迫る弾丸をかわそうとする。


「あっ!」


 履き慣れないヒールのせいで足を滑らせ、転んでしまう。しかし、そのおかげで銃弾はツインテールの髪を掠めて通り過ぎて行った。


「うそでしょ? まだかわすの? でも、もうこれで!」


 すっ転んで畳に体を叩きつけたねねねの上にまたがるように、すずめがテレポートで姿を現した。


「終わりだよっ、ねねね」


 ねねねの額に銃口が突きつけられた。


(終わった! やらかしちゃった!)


 そう思った瞬間、ゴン、と鈍い音が響いてすずめの頭に何かがぶつかった。


「っ!! いったーいっ! もう! 何よ!」


 すずめが振り返ると、それはねねねが派手に転んだ時に手放したハンマーステッキだった。


「ハンマーっ!? なんで!?」


 すずめはすこぶる怪訝な顔をした。瞬間、ねねねは身体強化魔法を再度使い、銃口を掴むとすずめから銃型のステッキを奪い取った。そしてそれを天井に投げる。


「あ、ちょっと!」


 すずめの視線が外れた隙にすぐさま起き上り、腰からスペアのハンマーステッキを取り出すと、バットのように構えて渾身の力で振り抜く。


「んあぁああああーーっ!! フル・スイングッ!!」


 障壁魔法をかけ更に硬化したハンマーステッキで、すずめの胴を思いっきり薙ぎ払った。


「て、テレポ、ごぶぅっ!」


 あでやかな柄の着物コスチュームの帯がはじけ飛び、着物の前がはだけ、同時にすずめの身体は吹っ飛ばされていた。


(あれ? 下、何もつけてなかった?)


 ねねねにはそう見えたが着物の下にはサラシを巻いていたし、帯は破損してもスカートは破損されていなかった。きっと気のせいだろう。


(っていうか、サラシを巻いててあの胸の大きさ!? ……前言撤回です。きっと木更津のどか先輩よりも大きい。多分Gカップくらいありそう)


 ねねねがその姿に見とれていると、すずめは「ぐぇ」という、ギャルらしくも和風魔法少女らしくない野太い悲鳴で畳の上に落ちた。

 ビーーーーー、とブザーの音が鳴り「魔法模擬戦終了、勝者轟ねねね」と機械のような声がそう告げられ、日本家屋バトルステージがパズルのピースように崩れていく。

 一瞬の浮遊感とともにねねねの意識も飛んでいた。



 ねねねが気付くと夕日に染まる体育館裏に戻っていた。

 試合前あんなに聞こえていた声援も止まっており、予想もしない番狂わせに周囲は静まり返っていた。

 すずめは膝から崩れ落ち、顔を赤くして涙目で恨めしそうにねねねを見上げていた。


「うぅ、あんなのラッキーよ。私のアンラッキーだけよっ!」


 負け方に納得がいかないらしく、すずめは赤くなるほど唇を噛みしめていた。


「確かに。あれはラッキーでした。正直、もう一回やってすずめ先輩に勝てるかどうかわかりません」

「そうよね! だったら……」

「でも!」


 ねねねはハンマーステッキを肩に担いで大股を開き、すずめを見下ろす。


「今回の勝負は私の勝ちです。約束通り、二人に謝ってください!」

「え、えぇ?」


 高らかにそう宣言したねねねに、明らかに狼狽するすずめ。


「謝ってください!!」


 ねねねは強く、威圧するようにそう宣告する。


「う、うぅぅ……」

「さぁ! 早く!」

「ご、ごめんなさいーー! スカートをめくってごめんなさいーーー!!」


 泣きながら頭を下げるすずめ。

 これで二人の気も晴れただろう、とねねねは二人の顔を見る。


「……ど、どっちかって言うと謝ってほしいのはそっちじゃなかったんだけど」

「まぁ、ねねねサンが暴走して言い出したことデスから。……そもそもそんな約束してたかどうかも怪しいデス」


 二人はねねねに聞こえないようにボソボソと話していて、ねねねには聞き取ることができなかった。


(あれ? 二人とも少しはすっきりしたかと思ったのに……)


 ねねねは二人の微妙な反応を見て、首を傾げる。しかし、すぐに考えるのをやめてすずめと向き合った。


「すずめ先輩、ありがとうございました! これで失礼します!」


 ねねねは九十度の角度で頭を下げて、回れ右で体育館裏を後にする。


「さ、二人とも視聴覚室に行って今後の作成を練ろう!」


 ねねねは微妙な表情の二人の手を取った。


(これでランキング序列五十位に上がったんだよね! まだまだ先は長いけど、幸先の良いスタートといえるんじゃないかな?)


 などと、能天気なこと考えながら楽しそうに二人の手を握って歩いた。

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