18話 作戦会議(2)

「ふわぁ、今日も良い天気ー」


 青く澄んだ空、夏の暑さを残した太陽が熱したアスファルトの通学路をねねねは歩く。

 昨日の寝坊を反省して今朝は目覚ましを早めにかけ、いつもよりも早く起きて寮を出た。

 登校する時間には少し早かったのか、周囲を歩いている学園の生徒たちはまばらだ。


(やっぱり余裕のある時間の登校は良いなぁ)


 などと考えながら歩いていると、通学路をゆっくりと歩くアルトの後ろ姿が見えた。


「おはよー。アルトちゃん」

「お、おはよう、ねねねちゃん」


 ねねねが元気よく声をかけると、アルトは少し驚いたようにブロンドを揺らして振り向いて挨拶を返した。朝シャワーを浴びてきたのか、アルトのウェーブのかかった髪から柑橘系の果物のようなさわやかな香りがした。


(良いにおい。アルトちゃんは女子力高いなぁ)


 思わず見とれていると、アルトは「?」と見つめ返してきたのでねねねは慌てて視線をそらした。


「そういえば、ねねねちゃん。変身キットって持ってる?」

「変身キットって、ミモザちゃんや木更津先輩が使ってたやつ?」


 木更津のどかは口紅型の、篠崎ミモザはコンパクト型のものを使って、それぞれ変身キットを使って変身していた。ねねねが真菰からもらった傘ステッキには変身キットが組み込まれていた。


「私もステッキの中に組み込んでるから、木更津先輩のみたいに独立はしてないんだけど」


 アルトは流水系のデザインのステッキを見せる。 


「一回やってるからわかると思うんだけど、この中に変身するときのカーテンとか着替えるコスチュームとかプログラムされてて、起動させると自動でコスチュームやステッキを装備、つまり魔法少女に変身させてくれるんだよ」

(カーテンってあれかな? アルトちゃんが変身するときに体が見えないように噴水みたいに出てたやつのことかな? そう言えば私の時も傘が大きくなって姿を隠してくれてたような……)

「もし、ステッキとかコスチュームを対戦相手によって変えるならステッキとは別に持っておいたほうが良いかも……」

「そっか。真菰ちゃんに相談したら作ってくれるかな?」

「うん、できると思うよ。購買部でもブローチ型のとかペンダント型のとか売ってるから、買って中身は自分でプログラムすることもできるよ」


 アルトに屈託ない笑顔でそう言われ、ねねねは内心驚いてしまう。


(そんなものまで購買部で売ってるんだ……。さすが魔法少女育成学園、伊達じゃない)


 そんなことを考えながらアルトと雑談しながら通学路を歩いていると、


「ねねねサン」


 いつの間にか隣にいた真菰が幽霊のような低い小さな声で話しかけてきた。


「ひゃっ! ま、真菰ちゃん。驚かせないでよ……」

「あう、失礼しました。……出来ました、ついに出来ましたヨ。ねねねサン専用のステッキとコスチュームが!」 


 フードの奥に見える真菰の目はギラギラと血走り、目の下にはクマができていた。


「え!? 本当に? こんなに早く!?」

「魔道具研の皆さんに先に要望を送っておいたら、ある程度形を作ってくれていたみたいなのデス。そこから僕が一晩かけて、ねねねサン用に調整したものがこれデス!」


 真菰は自信満々にそう言って、ねねねに押し付けるように紙袋を手渡す。


「あ、ありがとう。……見てみても良い?」

「もちろんデス。どうぞなのデス」


 ねねねは紙袋に手を入れ、手に当たった長細いものを取り出した。


「これはステッキ?」


 それはハンマーのような形のステッキだった。柄は腕ぐらいの長さで、こぶし大のヘッドがついている。というか見た目はカラフルなリボンのついたただのハンマーだった。


「遠距離攻撃魔法が苦手だから、ステッキで攻撃できるのはありがたいんだけど……」

「フフフ、サイズ感に不安があるようデスね? 安心してください。それは伸びたり縮んだり大きくなったりします。試しに魔力を込めて伸びろ、念じてみてください」

「……? 伸びろ」


 言われたとおりに魔力を込めて念じると、柄の部分が伸びてゴルフクラブほどの長さになった。


「わっ! 凄い! じゃあ、早速試し振りを……!」


 早速ブンブンと振り回してみる。グリップ部分もしっかり手になじんで、重すぎず軽すぎず武器として最適だった。ヘッドが頭にでも当たれば気絶では済まないだろう。


「ちょっ、ねねねちゃん危ないよ」

「あ、ごめん」


 アルトに注意されて慌ててねねねは振るのをやめる。そして、今度は小さくなれと念じてみる。


「凄い! こんなに小さくなった!」


 指と指で挟めるほどの、爪楊枝ほどのサイズになった。しかし、硬さとしなやかさはあるようで、力を加えると指と指の間で曲がって元に戻った。


「凄く良いね! 色んな使い方が考えられそう!」

「フフフ、お気に召したようですね。次はコスチュームです。出してみて下さい」


 真菰がどや顔で勧めてくる。きっとコスチュームにも自信があるのだろう。ねねねも期待に胸を膨らませて袋の中からコスチュームを取り出した。


「あ! これは……!」


 緑色と黒を基調としたどこか南国な雰囲気を感じさせるコスチュームで、一目見てねねねは気に入った。のだが、


「いいんだけどぉ……、可愛いんだけどぉぉ……」


 全体を見て、ねねねはずーんとうなだれる。手に持ったコスチュームはスカートが膝上二十センチの短さで、胸元もバニーガールみたいに大きく開いた、フィギュアスケートの衣装のようだった。


「真菰ちゃん、露出多くない?」


 ねねねはこのコスチュームを着て戦うところを想像して、頬が熱くなってしまうのを感じた。


「ねねねサン、過去魔法少女の衣装の中でこんなにも露出が少ないのは珍しいのデスよ? アルトさんのだってまるで水着なのデス」

「ま、真菰ちゃん……」


 それは言わないで、とアルトも顔を赤くして両手で覆い隠してしまう。


「せっかく作ってくれたから言いにくいんだけど……。却下しても良いかな?」

「えぇぇ!? なんでデス!?」

「露出が多すぎるよ!」

「これでも控えたのデスよ? それよりも性能を見てほしいのデス。全周囲に魔力を感知するセンサーがあり、敵の襲撃を教えてくれるのデス! 障壁もねねねサンが使っている魔法と同等で、重ね掛けもできる優れモノなのデス」

「それは凄いけど……。あれ? 他にも作ってくれたの?」


 肌を隠すものが入っているのではないかと袋の中身を取り出してみると、靴が入っていた。ヒールのあるブーツだった。


「真菰ちゃん。私のバトルスタイルから考えてヒールはないよ」

「そのヒールも凄いです! 革靴っぽく見えるのですが、市販の運動靴なんかよりよっぽど走りやすい、シュン〇クもびっくりなのデス!」

「す、すごく具体的な商品名だね……」


 アルトも顔を引きつらせてツッコミを入れる。


「ともかく、靴だけでも試してみてくださいデス」

「そこまで言うなら……」


 物は試しにと、ねねねはその場でブーツを履いてみる。


「お? おおお??」


 見た眼とは反する運動靴のようにフィットする履き心地で、思わずぴょんぴょん飛び跳ねてしまう。走るために地面を蹴ると一歩が大幅に伸びた。


「凄い! 靴に羽が生えてるみたい……!」

「そうでしょう。魔道具研の英知を結集して作った魔道具です。そんじょそこらの物とは訳が違うのデス」


 フフン、と小さな胸を誇らしげに張る真菰。


「うぅん。でも、このコスチュームのスカートのこの短さは……。下にスパッツとか履いちゃダメなの?」

「ねねねサン。さっき飛び跳ねてるときにパンツ見えてましたよ?」

「み、見えてた!?」

「バッチリ。白と黒のストライプ、メーカー名まで分かったのデス」

「〜〜〜〜っ!」


 ねねねは顔を真っ赤にしながら、真菰の頬を両方ぎゅーっとつねった。


「もう! この丈でパンチラするなら、コスチュームだったらパンモロだよ」

「ひたた……。その方が強いのデス」

「パンモロって……。そんなに気になるんなら見せパンとか水着とか来ておいたら?」

「違うんだよ! これ、ワンピースだからパンツの色まで指定されてるんだよ。ご丁寧にそこだけ色も素材も違って、パンモロを強要されてるんだよ!?」


 ねねねは涙目になりながらコスチュームのスカートをめくって必死に主張する。


「はっはっはっ、スカートの丈なんて気にしているようじゃバトルには勝てないぞっ」


 校門を入りあと少しで校舎というところで、軽やかなステップで近づいてきた何者かが真菰とアルトの横を通過し、二人のスカートをめくっていった。


「きゃあぁっ!」

「な、何をするのデス!」


 ひらりとめくられたチェックのスカート中には健康的な太ももと白と黒、対照的な下着があった。


(アルトちゃんが清純な白、真菰ちゃんは濃艶な黒!)


 二人の下着を目に焼き付ける間に、その魔の手がねねねのスカートに伸びてきた。


「させないっ!」


 ねねねはそれに気づいてとっさにしゃがんで手をかわす。


「ふふふ、思った通り運動神経が良いねっ?」


 長い金髪をポニーテールに結び、日焼けした黒い肌の女生徒がねねねを見てニカッと笑った。背が高く顔が小さいモデルのような体形で、制服を着崩してシルバーのアクセサリーを所々のぞかせるギャルのような容姿の女学生が体をひねって顔だけをこちらを見ていた。


屛風ヶ浦びょうぶがうらすずめ、先輩……」


 アルトは涙目でスカートを押さえながら、つぶやく。


「呼んだ?」


 屛風ヶ浦すずめは悪びれる様子もなく、そのままモデルのような歩き方でねねねの前に迫って来た。


「っていうか、読んだ?」

「な、何をですか?」

「私の手紙」

(手紙ってなんのこと? あ…、まさか昨日のラブレターの中の一枚? そういえば屛風ヶ浦先輩の名前があったような……)


 昨日受け取ったたくさんの手紙の中には、確かに屏風ヶ浦すずめの名前が書かれたものがあった。手紙の内容はねねねの服装やアイテムについてのダメ出しで、教育してあげるから部活に入りなさいというものだった。


「あれ書いたの屛風ヶ浦先輩ですか……?」

「そうよ? ねねねは元が良いんだから、化粧とか持ってるアイテムとかを可愛いやつにすればもっと良くなると思うんだ! 私のいる魔女モデル研究部に入って勉強してみない? 個人的にも仲良くしてあげるしぃ」


 すずめは細かい魅惑的なネイルのついた指で、ねねねのあごを撫でる。

 ねねねはそれを払いのけ、すずめを睨んだ。


「せっかくですけど、私、友達と序列ランキング一位を目指すので、魔女モデル研究部の入部には入りません」

「へー、はっきりしてるぅ。でも、私、これでも五十位くらいにいるんだよ? その白と黒の娘たちより教えられること多いと思うけどなー?」


 そうウィンクをしてくるずずめは魔法でも使ったかのように魅惑的で、思わずうなづきたくなってしまう。


(うぅ、でも、アルトちゃんと真菰ちゃんを馬鹿にするような人の仲間になんてならない!)


 ねねねは目をつぶってその誘惑から逃れる。


「……魅力的なお誘いですけど、アルトちゃんと真菰ちゃんほど私を上手にサポートできる人なんていないと思います」

「へー、信じてるんだ」

「はい。それを証明するために私とバトルしませんか? 私には二人が作ってくれた屛風ヶ浦先輩を倒すための秘策があります。これで負けたら先輩の言うとおり入部でも何でもします!」


 すずめは一瞬それに驚いたが、にまっと自信をにじませて笑った。


「へぇぇ、面白いこと言うんだ? 良いよっ! やろうじゃない」

「放課後! 体育館裏で待ってます。そこで勝負しましょう!」

「なんだか不良みたいでイケてないけど、まぁいいわ。ねねねを必ずウチの部員にしてあげる」


 すずめはそう言い放つとモデルのようにターンして、校舎の方へ歩いた。しかし、途中でピタリと足を止める。


「ちなみに、私のことはすずめちゃんって呼んでね? 苗字は長くて嫌いなんだ」


 振り返ってウィンクをしながらそう言った。


「じゃあ、放課後ね?」


 今度こそすずめは校舎の中に消えていった。


(やっちゃったかも……。アルトちゃんたちとは一か月かけて屛風ヶ浦先輩と戦うための訓練をしようって話だったのに)

「ねねねちゃん……」

「はい……」


 振り向くと困ったような笑顔のアルトと、「はぁぁ」と深いため息をつく真菰の姿があった。


「私たちのことを思って怒ってくれたのは嬉しいんだけど……」

「猪突猛進すぎデス」

「ごめんなさい……」


 昨日の夕方から一晩かけて考えていた「打倒・屛風ヶ浦すずめ計画」を勢いで水の泡にしてしまったねねねは、何も言えなかった。


 真菰ははぁぁ、ともう一度深いため息をついて口を開く。


「仕方ないデス。放課後まであと七時間、できることをしましょう」

「そうだね。いつか戦うつもりだったんだもん。なんかねねねちゃんなら勝てちゃう気もするし」

「二人とも……っ」


 二人の優しさに思わず涙腺が緩みそうになってしまう。


「あ、ちなみにねねねサン」

「何? なんでも言って?」

「時間的に次のバトルのコスチュームのデザイン変更は受け付けませんので。あしからずデス」

「……はい」


 ねねねはもう何も言えなかった。

 あの短いスカートのコスチュームでバトルをすると思うと少し足取りが重くなったが、「デザインは気に入ってたし」とねねねは自分を励ましながら校舎の入り口をくぐった。

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