15話 勝機を探して(2)

 授業が終わってようやく昼休みになった。


「数学とか国語とか普通の授業はまだ分かるんだけどね。魔法の授業はちんぷんかんぷんだよぉ……」


 ねねねはアルトと並んで食堂へ向かう。廊下を歩きながらねねねは授業の悩みを話していた。


「うんうん。大系も多いしね。同じ火の魔法でも大系ごとに位置づけとか呪文とか違うんだよねー」


 ニコニコと笑いながらアルトは同意する。どうやらねねねが機嫌を直したのが嬉しいようだった。


「特に担任のキコちゃん先生の魔法薬学は最悪。魔法と魔法生物・植物のミックスだから本気でわかんない。アルトちゃん先生、補習してくれない??」


 ねねねが頭を抱えてアルトを見ると、アルトも困ったように微笑んでいた。


「うーん。魔法薬学は私も得意じゃないからうまく教えられるかわかんないけど……。一緒に勉強する?」

「よろしくお願いします、先生!」

「せ、先生なんて、大げさだよ」


 アルトは頬を赤く染めてうつむく。


(うん。アルトちゃんはやっぱり良い子。嫁にしたい! いや、でも、私にはにあちゃんっていう心に決めた子が……。いや、もうにあちゃんはいないんだっけ……。でも、だからってそんなすぐに切り替えられないし!)


 そんな不毛なことを考えていると食堂に着いていた。美味しそうな匂いが怪しい妄想を吹き飛ばしてくれた。

 ねねねは食券売場で目移りしながらも焼きそばパンと具沢山スープを選び、配膳台で出されたお盆をアルトの取ってくれていた席に運ぶ。アルトもピンク色の可愛らしいお弁当箱を開けて、ねねねが戻ってくるのを待っていた。


「いただきまーす!」

「い、いただきます」


 両手を合わせて焼きそばパンを一口かじったところに、


「ねねねサン! 聞きましたデスよ? 志津先輩と戦ったって!」

「ぶっ! ま、真菰ちゃん?」


 大きなローブを目深にかぶった真菰が大きな声を出してねねねの目の前に現れた。ねねねは思わず焼きそばパンを吐き出してしまいそうになってしまう。


「ゲホッ、真菰ちゃん……。ビックリしたよ」

「す、スイマセン。つい興奮が溢れ出てしまって……。それより! 志津先輩とバトルをしたって言うのは本当なのデスか!?」

「う、うん。勢いで、つい……」


 ねねねはバツが悪そうに頬を指でかく。


「で、結果はどうだったのデス!? 僕の道具は? 役に立ったのデスか?」


 真菰は頭にかぶったローブが取れそうなほど興奮して、ねねねの顔を覗き込んでくる。そのローブの奥には大きな瞳を期待でキラキラと光らせていた。


「あ、うん。コテンパンにやられちゃった。ごめんね、せっかくもらった道具も、志津デイン先輩に壊されちゃった」

「あう……。そうでしたか……」

「ごめんね。でも、真菰ちゃんの道具のお陰で戦いにはなったし、最後に一発根性で殴ってやったよ」


 ねねねは記憶が飛びかけていたので、ちゃんと当たったのか覚えていなかったが、アルトがぶんぶんと首を縦に振ってくれていた。


「志津先輩に一撃? 入れた!? ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ……!」

「ま、真菰ちゃん……?」


 その言葉を聞いて、真菰はブルブルと震えながら奇妙で笑った。


「わ、私、なんか変なこと言った?」

「さ、さぁ……?」

「ヒヒヒヒヒ、これが笑わずにいられマスか! ランキング序列上位者、特に序列七位までの者には下位のランキング序列者に対する強力なバフが付いているのデス! 魔力、攻撃力、防御力の上昇その他諸々。序列百位の人間はバトルを挑めても指一本触れられなくて当たり前デス。それを一撃入れてダメージを与えたなんて……! ヒヒヒヒヒ、凄すぎですよ、ねねねサン!」


 真菰の大きな声はねねねだけでなく食堂にいた生徒たちをぎょっとさせる。


「そ、そうなの? っていうか、それって普通逆でしょ? 強い方にそんなバフが付与されたら、チートじゃない?」

「そうデス。チートです。あまり大きな声では言えませんが、上位者は高貴な家系の息女や代々魔術の家系の息女、学園の看板になっているアイドルたちをランキング上位にとどめるための措置と僕は考えているのデス」

「そ、そんなカラクリがあったなんて……」


 アルトもこの話は初めて聞いたようで、口元を押さえて絶句していた。


「だから、序列七位に勝つにはバフの効果が最低限になる序列八位になっておく必要があるのデス」

「バトルをしない成績順で序列を決められている生徒は絶対に上級生には勝てない。一年生で序列ランキングの上位になるにはバトルで勝つしかないってコト?」

「そういうことデス」


 真菰はねねねの疑問にうなづく。


「僕はねねねサンに過酷なことを強いたのではないかと正直後悔しました。だから、ねねねサンが昨日断ってくれてちょっとほっとしたのデス。でも、そんな快挙を成し遂げたのであれば益々ねねねサンに期待したくなってしまうのデス」


 真菰は不安と期待の入り混じる目でねねねを見つめる。


(この期待に応えられるかな? ううん、もうやるって決めたんだ)


 ねねねは自分のなかの不安を断ち切るように、唇をきゅっと噛んで真菰を見つめた。


「真菰ちゃん、心配してくれてありがと。……安心したところ申し訳ないんだけど」


 ねねねは真菰の手を掴んで、フードで隠れた顔を覗き込む。


「私、序列一位を目指したい。そのために真菰ちゃんの力が必要なんだ。バトルに勝つために私に魔道具を作ってくれないかな?」

「え? えぇ!?」


 ねねねの提案に真菰は驚いて顔を硬直させる。


「ど、どうしたデスか? 昨日は考えさせてほしいと……」

「……昨日ね、序列の高い先輩が序列の低い後輩をいじめるのを見たんだ」

「はい、少なからずあることデス」

「それが理由。序列なんていうくだらないもので強弱をつけて、弱い者いじめを出来るシステムになっているのが、私は許せない! 私が序列一位になって序列を廃止したい」


 それはねねねが一晩考えて、やろうと決めたことだった。この学校で自殺した友達の「鷺ノ宮にあ」に何も出来なかったせめてもの償いだと思った。


(私が転校してきた本当の目的はにあちゃんを自殺に追い込んだ犯人を捜しだすこと。ランキング序列を上げれば情報も入ってきやすくなるし、序列一位になれば伝説の魔道具「真実の鏡」に問いかけることができる。でも! それよりも何よりもこの環境は許せない!)


 ねねねは瞳の奥に決意を秘めて、真菰に頭を下げた。


「お願い!」

「お、おおお……」

「ま、真菰ちゃん?」

「ありがとうございます、ねねねサン。それは僕達、魔法が苦手な魔道具研究部の悲願です。僕たちがお願いしたいくらいです。僕たちにねねねサンが勝つための魔道具を作らせてください」


 いつの間にか真菰の後ろに同じようにローブを深くかぶった生徒たちが集まっていた。


「部の皆さんも喜んでいます!」

「え、この人たち魔道具研究部の人たちなの? って、お、わっ!」


 わらわらと集まってきてんねねねの体を持ち上げる、胴上げをし始める。


「ちょっと! 大げさだよ! まだ勝てるなんて……!」

「僕たちは虐げられてきました。道具は作れてもバトルはできない使えない連中だと。ねねねサンが僕たちの道具を使って活躍してくれることが何よりの汚名返上なのデス。全力でバックアップしますデス!」


 元気のない小さな声で「万歳、万歳」と胴上げされてしまうねねね。

 そんなことをしている間に予鈴が鳴ってしまった。


「っていうか、私の焼きそばパンと具沢山スープーーー!」


 ねねねは今日も空腹のまま午後の授業を受ける羽目になってしまったのだった。

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