14話 勝機を探して(1)

 ジリリリリ、と部屋中に鳴り響くけたたましいベルの音。


「はえ、もう朝……?」


 寝ぼけまなこでねねねは枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。

 慣れない寮の部屋のベットなはずなのに、昨晩はあまりの疲れで部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。


「あれ? っていうか、今何時?」


 差し込む光が明るすぎると感じて、目覚まし時計を覗き込むと時刻は七時四十五分。


「きゃああ! 寝過ごした!」


 ねねねは悲鳴を上げてベットから飛び起きる。


(えっと、えっと! 始業は八時十五分でだから、二十分で支度して、通学路を全力で駆け抜けて十分。うん! 頑張る!)


 ねねねは冴えない頭をフル稼働させて、遅刻しない算段を立てた。


「お母さーん! って、もう実家じゃなかったんだった!」


 頭をかきながら、クローゼットを開け学校指定の制服をつかみ素早く着替える。


「さすがにシャワーは浴びている時間がないよね?」


 誰に聞くでもなくそう呟きながら部屋に備え着いた小さな洗面器で顔を洗い、ブラシをさっと通す。


「うん、良し! 朝ごはんどうしよう?」


 寮にある食堂に行けば無料で朝食が食べられるとのことだったが、そんな時間はなかった。


「うー、転校二日目から朝ごはん抜きもなー。そうだ!」


 ねねねは非常食に買っておいたあんパンを口に放り込み、鞄を持って部屋を出る。


(昨日はなんだかお祭りのような一日だったもんね)


 気持ちよりも頭の整理がついていないというのが本音だった。

 あんパンを口に含んだまま、寮を出て学校に向かった。周囲にはほとんど生徒の姿が見えず、時間的にどれだけマズイか実感できた。


(うぅ、こうなったら魔法しかないかな? 確か授業、部活、魔法模擬戦以外の魔法の使用って校則で禁止されてるんだよね。でも、私の魔法使ってるかどうか分かりずらいし……)


 悪魔の声がささやき始めたその時、 


「お、おはよー。ねねねちゃん」


 はぁはぁと息を切らせながら坂を駆け上がってきたアルトとバッタリ出会った。

 ウェーブのかかった金髪を振り乱し、腕を立てていわゆる女の子走りをするアルトに「可愛いなぁ」と思わずため息がこぼれてしまう。


(きっとアルトちゃんと通学路でぶつかったら並みの男子なら一目ぼれだよ)


 少女漫画でよくあるシーンを思い浮かべ妄想が膨らみかけるのを、ねねねは慌てて押しとどめる。


「ほ、ほわよ」


 口にくわえたままのあんパンが邪魔をして、うまく挨拶できなかった。


「きょ、今日は寝坊しちゃったの? よく噛んで食べてね」

「あ、ありがほ」


 ねねねは「アルトちゃんに見られちゃったよ。恥ずかしい」と顔を赤くして、あんパンを飲み込む。


「ごめん。もう大丈夫。おはよ! アルトちゃん」

「おはよ、ねねねちゃん。昨日はよく眠れた?」

「疲れてたせいで、ぐっすり寝ちゃった」

「いいなぁ。私なんて興奮してなかなか眠れなかったよ。寝ようかなって思ってたらマジルにいっぱい連絡来るし、今日学校行ったら大変だよ?」

「マジルって何?」

「え? あ。そっか。マジカルトークルームって言って、うちの学校の生徒手帳でできるスマホのトークアプリみたいなものかな? 面白いから後でやってみよ?」

「生徒手帳でそんなことできるの? さすが魔法少女育成学園、凄いね」


 ねねねは本気でそう関心する。


「それより大変って、何が大変なの?」

「ふふっ、行けば分かるよ」


 アルトはそういたずらっぽく微笑んで、それ以上は答えてくれなかった。


「それよりも急がないと」

「そうだった! 遅刻遅刻!」


 ねねねとアルトは学園までの通学路を全力で駆けた。



「ふぅ、ギリギリセーフ」


 予鈴まであと五分というところで、校門を通り抜ける。


「間に合ったね、アルトちゃん。アルトちゃん?」


 横を見ると滝のような汗を流して、もう一歩も走れない、とアルトはぜいぜい息を吐く。


「あ、アルトちゃん大丈夫?」

「はぁはぁはぁはぁっ……」


 上手く声を出せないのかアルトは、身振り手振りで「大丈夫。教室に行こう」と伝えてきた。


「あ、来たよ」

「あれが噂の転校生」


 下駄箱まで来ると数名の生徒がねねねを見て指さしていた。

 ねねねは「何か指さされるようなことしたっけ?」と不安に思いながらも下駄箱を開けた。すると、折り重なった手紙が何枚も下駄箱からこぼれ落ちてきた。


「え? えぇ!? 何、コレ?!」


 ねねねは驚きながらこぼれ落ちた手紙を見る。ピンクや虹色の綺麗な封筒に入った物ばかりだ。さらに驚きなのは、この不思議な手紙たちがねねねに話しかけてきたのだ。


「ねねねちゃん、昨日のバトル感激しました。ファンになっちゃいました」

「轟さん、君は魔導具剣道に向いている。ぜひ我が部に入部してほしい。そして入部した暁には個人的にも仲良く……」

「ねねね、バトル見たよ! とっても良いと思う。でも、デザインとかファッションのセンスがあればもっと良いと思うんだ」

「ねねね君。君の颯爽とした戦いに胸を熱くしたよ。もし、君がこれからも戦うならぜひ私が編み出した魔法を……」


 手紙から書いた本人を模した小さなキャラクターが飛び出してきて、手紙の主の思いを語り掛けてくる。


「ど、どうなってるの?」

「あ、開いちゃってる。ダメだよ、こういうのは人のいないところで開けないと……。はい」


 アルトは落ちた手紙を一枚一枚丁寧に拾って、封筒に入れなおすとねねねに渡した。


「あ、アルトちゃんこれって?」

「ラブレターとか部活への勧誘の手紙とかじゃない?」

「手紙がしゃべったよ? なんかキャラクターとか出てきたし」

「購買部で売ってるよ。気持ちを伝えたいときに使う手紙の魔道具で名前は「とっておきのレターセット」だったかなぁ?」

「へ、へぇぇ……。そんなものまであるんだ。凄いね、魔法少女育成学園」


 ねねねは感心しながら手紙を鞄に入れて、教室に向かう。


「あ、ねねねちゃん。昨日凄かったね!」

「おーい、轟さーん。応援してるよー」


 ねねねが教室に向かって廊下を歩いていると、違うクラスの知らない同級生や上級生から次々声をかけられた。ねねねは「あ、ありがとうございます」とぎこちない作り笑いを浮かべて返事をした。


「……もしかして、私って噂になってる?」

「もしかしなくても噂の的だよ。昨日マジルが鳴りっぱなしだったの、ねねねちゃんのこと教えてっていうメッセージばっかりだったもん」


 自慢そうに胸を張るアルト。


「そうなんだ、って! な、なに、これ?」


 廊下の掲示板にねねねとデインがアップで掲載された学校新聞が掲示されており「驚異の転校生、轟ねねね! 転校一日で序列百位! 序列二位志津デインと対決!」と見出しに書いてあった。


「う、ひゃあ……。なんか住む世界が変わった気分なんですけど……」


 新聞に書いてあることは事実ではあったが、まさかこんな大々的に広まっているとは思わなかった。


「だから言ったよね? 大変だって」

「ひぇぇ、なんか凄いことになってるね」

「そりゃそうだよー、凄いことをしたんだから! 特殊な学校だから転校生自体珍しいし、転校初日に序列を百位まで上げるなんてセンセーショナルでありえない出来事なんだよ! 号外だって出るよ」


 アルトは熱意を込めてそう語る。


(でも、翌日に号外が出るんて。まるでプロだよ。半端ないなぁ、魔法少女育成学園)

「やぁ、おはよう。ねねね君、それにアルトちゃんだったかな?」


 掲示板の前でそんなことを話していると、昨日魔法模擬戦で敗れた志津デインと出くわした。


「お、オハヨーゴザイマス」


 ねねねはバツの悪さから思わず顔が引きつり、カタコトの挨拶になってしまう。


「そんなに警戒しなくても昨日の今日でバトルしないさ。怪我は大丈夫だったかい?」


 デインはさわやかにそう語る。ショートの金髪にブレザーの制服姿がよく似合っていて昨日の騎士のような厳格さが嘘のように優しくなり、上級生の風格があるカッコ良い先輩に早変わりしていた。


「バトル空間から抜けたら怪我なんてないですよね?」

「それでも痛みは残る。心にも体にも、ね」


 志津デインはとん、とねねねの胸の中心部に人差し指で優しくたたいた。


(ぎゃーーーーーー!)


 ねねねは嫌悪感で叫び出したい気分だったが、何とかそれを飲み込んだ。ねねねの気分とは逆に周りの女子たちはその様子を見てキャーキャーと騒いでいた。

 それだけでは飽き足らずデインはねねねの耳元に口を寄せて、


「君の純粋ピュアな思いのこもった戦いぶりは、とても好感が持てたよ。君はもっと強くなれる。興味があれば魔法模擬戦研究部においで」


 そうささやき、ふっと笑って「じゃあね」と行ってしまった。


「もう、誰が……。あんな奴、強くなってけちょんけちょんにしてやるんだから! ね、アルトちゃん」


 ねねねはリベンジに決意を燃やしたが、その横でアルトはぽーっと頬を赤く染めて立ち去るデインの後ろ姿を目で追っていた。


「志津先輩、やっぱりカッコいい……」

「あ、アルトちゃん?」

「あ、ごめん! ねねねちゃん」

「あ、アルトちゃんが寝返っちゃった……」

「ち、違うよ? ただかっこいいと思っただけだよ? ねねねちゃんの味方だからね?」


 アルトがあたふたしながら言い訳をしていると、キーンコーンカーンコーン、と始業のチャイムが鳴った。


「あ、チャイム。教室にはいらなきゃ」

「ね、ねねねちゃん!? 本当だよ? ねねねちゃん、ねねねちゃんってばー」


 追いすがるアルトを振り切って、ねねねは教室に入って行った。

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