12話 志津デイン(1)

 ねねねが目を開けると、目の前にギリシャの古びた神殿のような光景が広がっていた。石の柱が立ちならび、おそらく太古の神を祭ったであろう祭壇が奥にあった。バトルステージだというのに本物と見間違うほどの再現度だった。

 その中で佇む志津デインの姿は、どこかの美術館に飾ってある絵画のようだった。


「ふん。まずは褒めておくよ、ねねね君」

「……何がです?」


 デインは余裕のある表情で剣型のステッキを構える。


「転校初日で俺に挑めるほどランキングが上がっていることに、だよ。序列七位までの魔法少女に挑むには序列百位以上でないと挑む権利すらないからね」


 翌日にならないとランキングは反映されないとのことだったが、どうやら中身は更新されているようだ。


「……そうなんですね。勉強になります」


 そう言ってねねねは傘ステッキを腰にしまい、転入前に買った使い慣れたステッキを構える。

 ねねねはデインと対峙しただけで背中に冷や汗が流れるのを感じた。ミモザやのどかにはない威圧感だった。


「ついでに、序列上位者と戦うことがどういうことか、しっかり勉強したまえ!」 


 デインは地面を蹴って、剣のステッキで切りかかってきた。


(早いっ!)

「スピード・アップ!」


 ねねねはとっさに身体強化魔法を使って、素早くバックステップする。だというのに、一瞬で追いつかれデインの間合いになってしまった。


「スライサー」


 デインが口元で何かつぶやいた。


(え、あれ? なんかヤバイ?)


 直感がそう告げていた。ねねねはデインの剣を受け止めようと思っていたが、受け流すようにステッキを構え直した。瞬間、ステッキを滑るように切断され、たった一撃でステッキを破壊されてしまった。


「あぐっ!」


 おまけに肩の表面をコスチュームごと切られ、血が流れ出した。

 再度、バックステップで距離を取り、ステッキを投げ捨て肩を押さえる。


「ほう? 一撃で終わりかと思ったけど、瞬時に俺の魔法が理解できるなんて大した戦闘センスだね」


 ねねねは追撃を想像して構えたが、デインからの追撃はなかった。


「いたた……。障壁!」


 ねねねに回復魔法のような便利なものは使えない。障壁の魔法を切られた箇所に使って、傷パットのように止血するのが関の山だった。


(痛いけどないよりは……)


 そうして応急処置だけ終えると、ねねねは腰に差しておいた傘型のステッキを取り出し、今度はそれを武器として構えた。


(ステッキをくれた真菰ちゃんに感謝だ)

「スペアがあるなんて随分準備が良いじゃないか? さぁ、次に行くよ? 電撃の魔法だ!」


 デインは左手を前に突き出すと、手のひらからバチバチと電気が生まれ、放電を始まった。


(これもなんか、マズイ!!)


 そう感じてすぐにねねねは傘ステッキを開いて、傘に描かれた魔法陣から障壁魔法が発動させた。同時に自分でも障壁魔法を重ね掛けした。

 デインの手から電撃が走る。それは雷のように一瞬でねねねに向かって落ちた。

 ズトン、と持っていた傘に衝撃が走り、ねねねは吹き飛ばされていた。


「うわ、あああぁぁ!!」


 運よく両足で着地することができた。しかし、雷は竜のようにうねり、追尾してくる。 


「ぐっ、くぅっ!」


 ねねねは必死に傘を構えて防ぐ。二度、三度と雷の竜が傘にぶち当たり、手がしびれるほどの衝撃を食らいながらも、何とか打ち払うことに成功した。


「ほぅ? これも防ぐか? 君は序列五十位くらいでもおかしくないな」

「はは、あ、ありがとうございます。でも、まだまだです!」


 そう不敵に笑って見せたが、既に打つ手はなかった。

 直感が告げていた。この人には勝てない。それどころか「どうやったら死なずに済むか?」しか考えられなくなっていた。


(怖い……。でも、負けられない! だってにあちゃんに約束したから……!)


 恐怖で奥歯が震えていた。それをぐっと噛み殺してねねねはもう一度魔法を使う。


「フル・アップ、障壁全開っ!!」


 全身の身体能力を上げ、出来る限り強固な魔法障壁を作り出す。そして、そのまま地面を蹴って最大速度で駆け出した。


「全方位電撃(サンダー・ドラゴン)」


 デインはねねねが迫るその前に左手で強力な電撃を生み出し、複数の雷の竜を宙に放った。

 雷の竜はねねねを標的と定め、一斉に襲い掛かってきた。

 それらは凄まじい速さで宙を舞い、目でとらえるのすら難しかった。ねねねは、暴風雨の中を進むように傘を盾にする。


「ぐっ、ぐっ! ぐぅ!!」


 雷の竜の猛攻を前に進むことすら難しかった。竜がかすめた地面はミサイルでも打たれたようにえぐれ、障壁魔法を張った傘で防いでも凄まじい衝撃で体を揺さぶられた。


「あぐっ! くうっ!」


 傘で防ぐことが出来ず雷がかすめると、電撃が体を走り抜け、痛みと衝撃で意識が飛びそうになった。もらったばかりのコスチュームもところどころ焦げて弾け飛んでいた。


(もう一歩! あと一歩で届く!)


 それでもねねねは雷の嵐の中を傘一本で突き進み、デインにあと一歩で攻撃が届くところにまでたどり着いた。


「んぁあああああああーーーーーーーっ!!」


 力を振り絞って地面を蹴り、彼女に肉薄した。ねねねは開いたままの傘を槍のように突き出す。しかし、同時にデインも別の魔法を発動させていた。


「スライサー」


 景色が、二つに割れた。

 正確にはデインの振り下ろした剣型のステッキによって、傘とその障壁、ねねねの防御障壁の三つが一度に切り裂かれていた。


「っっ!!」


 渾身の攻撃を弾かれた。しかし、それでも肉薄した距離は変わらない。ねねねは破れかぶれに折れた傘ステッキを腰に構え、刺突を狙って突進する。


「んああああああっ!!」

「おっと!」


 捨て身の体当たりも、あっさりと避けられてしまった。


「大した執念だ。けど、その程度で倒せるほどこの俺は甘くないよ」


 よろめくねねねの背後から雷の竜が襲い掛かる。


「く、ああああああぁぁぁっ!!」


 背中に凄まじい衝撃が走り、全身に電流が走り抜けた。

 全身が痛み、ねねねは思わず膝をついてしまう。ステッキは折れ、コスチュームも所々はじけ飛んで、戦闘続行はもはや難しいかった。


「勉強の時間は終わりだ。今ならギブアップも許そう。どうする?」


 デインは労わるような優しい口調でねねねを見下ろす。


(全力で戦って傷一つ負わせることが出来なかった……。これが序列二位の力……)

「案外、優しいですね。志津デイン先輩」


 もう勝ち目はないと分かりきっていた。だというのに、ねねねはその満身創痍の体で起き上がる。


「まだやるのか? その怪我は戦えば現実にも支障が出るぞ?」

「現実って、分けてるんですか? バトルと現実を……」


 ねねねは残り少ない魔力で体に強化魔法を、ステッキに障壁魔法かける。おそらくこれが最後の攻撃になるだろう。


「なぜ立ち上がる? もう勝敗は見えているだろう?」


 デインはねねねのその姿にわずかな動揺を見せた。これほど実力差を見せられて、ズタボロにされて、何故立ち上がれるのか理解ができなかった。


「鷺ノ宮にあを知ってますか?」

「一年か? それがどうした?」

「鷺ノ宮にあは一学期この学校に通ってた生徒です。私は彼女の親友で、学園での生活が苦しい、って相談を受けました。そのあとすぐ、夏休みの初日ににあちゃんは自殺しました」

「……それがなぜ君を立ち上がらせる理由になるんだ?」

「……私はあなたのそういうところが嫌いです」


 ねねねはぎりっと奥歯を噛みしめて、デインを睨みつける。


「なにがだ?」

「上から目線で弱いものをいじめて、気づかないうちに自殺に追い込んだかもしれない! そのことにも気づかないでその傲慢ごうまんさを疑おうともしない! それが許せないんです!!」


 ねねねは最後の力を振り絞って地面を蹴った。


「電撃!」


 そんな状況下でもデインは油断せず、迎撃のために電撃の竜を放つ。

 竜はデインの左手から宙に浮きあがると、ねねねを標的と判断して一直線に襲い掛かった。


「んぁあああーーー!!」


 ねねねは竜が宙に浮かび上がる一瞬の間に、傘ステッキを竜に向かって投げつけた。

 しかし、力が入らなかったのか傘ステッキは竜に届かず、地面に刺さってしまう。


「お粗末だね」

「それでいいんです!」


 瞬間、電撃の竜は吸いこまれるように傘ステッキの上にドン、と落ちた。


「なっ!?」


 デインは目を見開いて驚く。

 雷は鉄に引き寄せられる。傘の上に雷が落ちるという話は聞いたことがある話だった。もし傘ステッキでもそれが可能なら、とねねねはそれに賭けたのだった。


「避雷針ってやつです」


 ねねねはその隙を逃さず、全速力で距離を詰める。


「今は、まだ勝てないです。でも、また後輩いじめなんてカッコ悪いことしてたら、次はぶっ飛ばします」


 もはや手には武器となるステッキはない。最後の気力を振り絞って拳に障壁を張る。動揺を隠せないデインに渾身の拳を叩き込んだ。


「ぐっ……!」


 デインは頬に受けた拳の衝撃でよろめく。

 ねねねの記憶はそこまでだった。

 腕を振り抜いて、そのまま気を失って地面に倒れこんでいた。

 ビーーーーー、とブザーの音が鳴り「魔法模擬戦終了、勝者志津デイン」と機械のような声が響いた。

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