10話 魔導具研究部(2)
「この中なのデス」
真菰はカーテンをめくってブースの中に入っていく。ねねねたちもそれに続いた。
学習机を二つ合わせたテーブルが一つ、椅子が四つ入っていっぱいの小さな部屋だった。
「ここは僕専用のブースになっているので、遠慮なく座ってください」
そう勧められてねねねが椅子に座ると、真菰は奥の箱の中からゴソゴソと何か取り出してきた。
「これを見てください」
真菰が学習机の上に出したのは、何の変哲もない黒い傘だった。ボタンを押すと開くタイプのジャンプ傘というタイプものだ。
「これは僕が開発した対衝撃バリア傘ステッキデス」
「これも魔法の道具なんだ?」
「魔導具というのデス。まずはこの傘の性能をみて下さい」
真菰はその傘を掴むと天井に向けて傘を開いた。傘を開くと魔法陣が浮き上がり、一瞬のうちに魔法の障壁が作り出された。ねねねが作る魔法障壁よりも防御力の高い、高度な魔法の障壁だった。
「魔法攻撃が来た時に傘を開けば、弾くことができます。武器として使ってもねねねサンが使っていたような魔術障壁による硬化を発生させることができるので、攻撃力もあるのデス」
真菰が傘を閉じると障壁魔法も消滅した。
「なんでこれを私に見せてくれたの?」
「これは僕が篠崎ミモザにバトルで勝つために作った道具なのデス」
「えっ?」
ねねねは驚いて真菰の顔を二度見してしまう。
「ヒヒ、昼休みに言いましたよネ? 篠崎ミモザにバトルで負けて続けて、最下位寸前だと」
「うん。そう言ってたね」
「決して甘んじて受け入れていたわけではないのデス。どうにかリベンジしようと自分の得意な分野で彼女に勝つ方法を模索していたのデス。しかし……」
真菰は悲しそうに傘を机の上に置いた。
「僕には致命的に運動神経がなかったのデス」
「え?」
「例えば、篠崎ミモザが衝撃波の魔法を放ってから対象に届くまで一秒。その間に傘を開ければ衝撃波を防ぐことができるでしょう。しかし、僕にはそれができなかったのデス」
ずーんとうなだれる真菰。
「……開始と同時に傘を開いたら良かったんじゃない?」
「……バトル中、障壁を維持し続ける魔力も僕にはなかったのデス。この傘を持って篠崎ミモザに挑んだ結果、二度目の敗北を喫しました」
真菰は机の上に突っ伏してしまう。
あらら、とねねねは慰めるように真菰の頭をなでる。「ミモザちゃんは運動神経抜群だから」とアルトも困った顔で頬に手を当てる。
「そうこうしているうちに篠崎ミモザはランキングをグングン上げ、学年トップクラスの序列となりました。そんなときです!」
真菰はガバッと顔を上げる。ローブのフードが取れて青いおかっぱの髪の隙間から大きな瞳をのぞかせていた。
「ねねねサンが現れたのです」
「えっと……、そうなの?」
そんな救世主みたい言い方をされても困ってしまうんだけど、ねねねは頬をかいた。
「そうなのデス! 限られた魔法と決して潤沢じゃない魔力なのに、ねねねサンは知恵と勇気で篠崎ミモザを打ち破って見せました! ねねねサンが僕の道具を使ったら、おそらく篠崎ミモザなんて敵じゃなかったはずデス!」
(……何かちょいちょいディスられてる気がするんだけど、とりあえず最後まで聞いてみようかな)
「それどころか序列百位の二年生、木更津のどか先輩にまで勝って。もうこれはあなたしかないと思ったのデス。ねねねサン、あなたに僕の魔道具を使って序列一位になってほしいのデス!」
「えぇ!?」
真菰は熱っぽく語り、そう懇願した。
「それはさすがに……」
「これも見て下さい」
真菰はさらに机の上に服を出す。特徴的な、魔法少女のコスチュームのような青いドレスだった。
(フィギュアスケートの衣装みたい。スカート短っ!)
ねねねは自分がこのコスチュームを着たことを想像して、思わず赤面してしまう。
「これは炎の効果を軽減させる魔法を付与した耐火障壁コスチューム、通称ファイヤー・ファイトです。木更津のどか先輩の炎の魔法を打ち消す、とは言いませんが、ねねねサンが障壁魔法と併用させればまともに当たっても多少は平気でしょう」
「本当!? あの威力の火の球でも!? 凄い!」
スカートの短さが気になったが、のどかからのリベンジもあり得る。ぜひとも貸して欲しいところだ。
「僕たち魔導具研究部は篠崎ミモザや木更津のどか先輩のいいカモにされていたのデス。この部には僕と同じで魔道具を作るのは好きだけど、バトルは苦手という人が多いデスから」
「そうだったんだ。それはちょっと酷いね」
なんとなく挑まれたから戦ったが、その話を聞いて戦って良かったと思えた。
「そのにっくき二人を破り、かつ文系の部員の私を馬鹿にしない。そんなねねねサンだからこそ、私も魔道具研究部もバックアップしたいと思っているのデス」
「……んと、ありがたいんだけど、私じゃ無理じゃない? 確かに序列一位の特典は魅力だし、できるものならやってみたいけど。私の使える魔法って身体強化と魔法障壁の二つだけだし……」
認めてもらえるのは嬉しかったが、ねねねは自分が学園のトップになれるとは到底思えなかった。
「魔法が使えないのなら道具に頼れば良いのデス! 新しい魔法だってきっと覚えられるのデス。ねねねサンの運動神経やバトルセンスは何にも代えがたいものデス!」
真菰は身を乗り出して雄弁に語る。
ねねねは困ってアルトの方を見た。
「うーん。アルトちゃんはどう思う?」
「私も応援したいけど……」
アルトも気持ちは同じようで、もじもじと自分の指を絡ませながらチラリとねねねの顔色をうかがう。
「真菰ちゃんはなんでそんなに私を序列一位にしたいの?」
真菰にも目的はあるのだろう。それは確認しておきたかった。
「序列一位の特権である伝説の魔道具に触れてみたいというのはもちろんありますが……。篠崎ミモザや木更津のどか先輩にように弱い者をカモにする人にのさばってほしくない、というのが本心なのデス」
「……私がそうならないとも限らないよ?」
「ねねねサンが? まさか。そこまで見る目がないとは思いません」
真菰に自信満々にそう言い切られ、さすがに反論できなくなってしまう。
「……うん。でも、ちょっと、考えさせてくれるかな? まだ転校初日でバタバタしてるし、気持ちも落ち着いてないから」
「もちろんデス。支援が受ける気になったらいつでも声をかけてください」
真菰は気持ちよくそう答えたが、気落ちしたのが顔に出ていた。
「あ、そうだ。真菰ちゃんは鷺ノ宮にあって娘を知ってる?」
「はい。名前は覚えているデスよ。確かランキング序列で最下位付近にいた娘です。直接話したことはありませんが、同じ最下位周辺同士、親近感を持っていたのデス。最近名前を見ないデスが。それがどうかしたのデスか?」
この学校にきて初めてにあを知っている人に会うことができた。
(けど、知ってるだけだもんね)
「私にも聞いてたね。ねねねちゃんの友達?」
アルトもその話に興味を持ったようだった。
「うん。幼馴染で小学校卒業までずっと一緒だったんだ。この学校に通ってたから知ってたら教えてほしかったんだけど……」
「そうなんデスか? すいません。A組だったことくらいしかわからないのデス。お役に立てず申し訳ないデス」
「ううん! にあちゃん、A組だったんだ。それだけでもありがたいよ。今度A組の子にも聞いてみる」
情報が得られただけでもありがたかった。
(真菰ちゃんが評価してくれる気持ちは嬉しいし、もしかしたら序列一位になることが私の転校してきた理由の一番の近道なのかもしれないけど、ちょっと方向性が違うと思うんだよね)
「支援の件はともかく、真菰ちゃんと友達になりたいな。良かったら友達になってくれないかな?」
ねねねがそう言って机越しに手を差し出すと、真菰は照れながらおずおずと手を伸ばした。
「ぼ、僕で良ければ……デス」
ねねねは真菰の小さな手をしっかり握った。
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