9話 魔導具研究部(1)
「んー、やっと放課後だぁ」
ねねねは大きく伸びをして六時間目の授業を終えて凝り固まった体をストレッチさせた。成長期の体がぎちぎちと音を立てる。
(ちょっと身長伸びた?)
魔法少女育成学園での転校初日。慣れない魔法の授業やクラスメートや先輩に翻弄されつつも、無事一日を終えることができた。
「ねねねちゃん」
「あー、アルトちゃんかい? 今日も一日お疲れ様」
「ねねねちゃん、おばあちゃんみたいになってるよ?」
ねねねが疲れ切った心情をおばあちゃんのような声で表現したのを聞いて、アルトはうふふ、と笑った。
ねねねはよっこらせっとイスから勢いよく立ち上がると、アルトの顔が目の前にあった。
「ま、魔道具研究部の部室に行くんじゃなかったの?」
アルトは頬を赤く染めて、少し後ろに下がる。
(女の子同士なんだからそんなに照れなくて良いのに……。あ、アルトちゃん、もしかしてその気あり? いや、私はにあちゃん一筋だけなんだけどね)
そんな不毛なことを考えつつ、ねねねは机のそでに下げていたカバンを手に持った。
「真菰ちゃんと約束したよね。……そういえば魔道具研究部の部室ってどこにあるの?」
「各部の部室が集まっている
「いいの? ありがとう。持つべきものは友だなぁ」
「大げさだよ。じゃあ、行こう? そんなに遠くないから」
アルトは嬉しそうにウェーブのかかった金髪を揺らす。ねねねはアルトについていくことにした。
教室を出て一階に降り、渡り廊下を通ると部活棟と呼ばれる校舎へ向かう。
その間には魔法少女育成学園らしい様々なものがねねねの目を引いた。
ガラスのケースに入れられて、その中で踊るステッキ。中庭をほうきで飛びながら談笑する魔法少女たち。教室に残ってタロットを広げたり、魔法陣を書く少女の姿もあった。
(本当に私、魔法少女育成学園に入ったんだなぁ)
ねねねの親友・鷺ノ宮にあは「ねねねちゃんなら絶対魔法少女育成学園に入れるのに! きっとランキングだって上位に行けたよ」とそんなことを言っていた。
にあは普段大人しかったが、魔法のことになると途端に口数が多くなる、本当に魔法が好きな子だった。
今思い返せば最後にした会話は、にあがまるでこうなることがわかってたみたいな口ぶりだった。にあには幼い頃、未来を予知をしたことがあった。その才能が、魔法少女育成学園に入れた理由だろう。
「ねねねちゃん、ねねねちゃんってば!」
アルトが声を張って話しかけてきていた。考え事に没頭するあまり話をあまり聞けてなかったらしい。
「ごめん。ぼんやりしてたみたい」
「大丈夫? なんかうつろな目をしてたけど……」
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
「着いたよ。部活棟」
いつの間にか渡り廊下を渡って、部活棟に着いていた。
「運動系は一階と二階。三、四階が文系だよ。映像研は三階で、魔道具研は四階だから気を付けてね」
「え? アルトちゃん付いて来てくれないの?」
「わ、私も部活があるから」
「そっか。てっきりアルトちゃんが来てくれると思ったから安心してたのに……」
ねねねは先ほどのおばあちゃんの芝居でよよよ、と芝居がかった泣きまねをして目を覆った手の隙間からアルトの動向をうかがう。
「こ、困るよ。泣かないでよ、ねねねちゃん」
「よよよよ、アルトちゃんがいないと怖くて魔道具研に行けない」
「も、もう! わかったよ、一緒に行くよ」
「うそうそ、ごめん! アルトちゃん! ちょっとからかっただけ! 優しいなー、アルトちゃんは」
怒ってしまったアルトの手をねねねは両手でつかむ。
「ごめんね。一人で行ってくるよ。ここまで案内してくれてありがと!」
「も、もう。しょうがないから一緒に行ってあげるよ」
「え? 本当に? ありがとう!」
結局、アルトに一緒に付いて来てもらうことにして四階に上がっていく。階段を上り四階にたどり着くと、急に暗くなりおどろおどろしい雰囲気になった。
「……なんか雰囲気違わない?」
先程までは各部屋の窓や廊下に面した窓から夕陽が差し込んでいたのに、窓が黒いカーテンで覆われていて日差しがない。代わりに魔法で作られたらしいキャンドルが廊下に並んでいた。そして、各部室の前には魔法陣やら魔法文字やらがびっしり書かれたパネルが展示され中の様子をうかがうことすらできなかった。
(来るとこ間違ったかも……?)
「初めての人にはちょっとコアだよね」
「アルトちゃんは慣れてるの!?」
「そ、そうでもないんだけど……。四階は比較的コアな部活が集まってるから。黒魔法研究部とか召喚魔法研究部とか……」
「……名前だけでコアな感じがわかるね。私は入部するなら運動系が良いけどなぁ」
部屋の前の元はクラス名が書いてあったであろうプレートに、かろうじて文字で部活名が書いてあったため、それを見ながら廊下の奥へと進んでいく。
「ちなみに運動部にはどんなのがあるの? 陸上とかある?」
「どっちかっていうと魔法が入ったものが多いかな? 魔法使うと普通の中学の大会には出られないし。それこそ、魔法模擬戦研究部とかホウキレース部とか空中サッカー部とか」
聞いたことない名前の部活ばかりだった。自分が活躍できそうな部活はないなぁ、と少しガッカリしながら歩いているとアルトが立ち止まった。
「あ、ここだね。魔道具研究部」
部屋の前のプレートに杖と剣が交差したマークがありその下に魔道具研究部と書かれていた。この教室の窓にも魔法陣の描かれた黒い布が張られており、他の部活とそん色ない怪しさだった。
「あ、私はこれで……」
及び腰になったアルトの手をねねねはぎゅっと掴む。
「アルトちゃん。私たち友達だよね?」
「う、ううん」
「今、否定しなかった?」
「そ、そんなことないよ」
「最後まで、一緒に来てくれるよね?」
「え、ええぇ……」
アルトの返事を待たずにねねねが扉に手を伸ばすと、扉はねねねが触れる前にガラッと開いた。
「何をやってるんデスか?」
扉から出てきたのはフードを深くかぶった、あきれ顔の真菰だった。
「あ、よかった。真菰ちゃん」
「ねねねサン。やっと来ましたね。待ってましたよ。さ、中へどうぞ」
大きなローブの裾からわずかに出た手で室内へと案内される。
「お、お邪魔しまーす」
抜き足差し足でそーっと室内に入っていく。
まだ日が沈むには早い時間なのだが、室内は薄暗く夜のような暗さだった。
「な、なんだか怖いね……」
真菰に続いて室内を歩くと、教室の中が漫画喫茶のようにパーテーションで仕切られていて、教室の中に小さなブースがいくつもあるような作りになっていた。
「へー、こうなってるんだ」
そのパーテーションにも創作物らしき杖やらほうきやらがぶら下がっていて、思わず触りたくなってしまう。
「触らないで下さいネ。歴代の部員たちが作った貴重な魔道具なので。それにしても……」
真菰がチラリと振り返る。その視線はねねねとアルトが先ほどから繋いだままの手に向けられていた。
「仲が良いのデスね」
「えっ! えっ、これは、その、違うの! そうじゃなくて……」
ねねねはアルトを逃がさないようにと指まで絡めていわゆる「恋人繋ぎ」になっていた。
「ご、ごめん! アルトちゃん痛かった?」
「う、ううん! 痛くはないんだけど……」
指摘されて頬を赤く染めるアルトを見てねねねは慌てて手を放す。アルトが若干名残惜しいような顔をしていたのは気のせいだろう。
「仲が宜しくて結構なことデス」
ふん、と鼻をならす真菰。
(もしかして真菰ちゃん、うらやましかったのかな?)
「ち、ちなみに、僕にそんな趣味はないのデスから!」
「そう? じゃあ私と手をつないでも恥ずかしくない?」
「て、手を繋ぐくらい友達ならあることなのデス!」
ねねねは冗談のつもりで言ったのだが、真菰がムキになって手を出してきたのでその手を握ってみることにした。白魚のような、細くて白い女の子らしい手だった。
「ほ、ほら。平気なのデス。わかったら離すのデス」
暗がりの中でフードをかぶっている真菰の表情はよく見えない。反応がないのはさみしいのでいたずら心から恋人繋ぎに変えてみる。
「ふ、うぅぅ……!」
真菰は歯を食いしばって耳を真っ赤にしながら天を仰ぐ。
(あ、なんだか面白くなってきたかも)
いたずら心に火がついて、親指で手を振れるか触れないかのところでこすってみる。
「はぅぅぅ……!」
フードが取れそうなほどぶんぶんと首を振り、もだえる真菰。
「ねねねちゃん、もう!」
真菰が可愛くもだえるのが面白くてしばらくそうしていたが、アルトに怒られて手を離す。
「もー、ねねねちゃん。こんなことしに魔道具研究部に来たんじゃないでしょ?」
「そうだった、ごめん。……真菰ちゃんもごめんね。冗談が過ぎたね」
アルトに責められてねねねはようやく手を放した。
「じょ、冗談なのデスか……。あの触り方はどう見ても本気の……」
真菰は自分の手をさすりながら、聞こえるか聞こえないかの声でぶつぶつとつぶやいた。
「真菰ちゃんが可愛くてつい……。怒った?」
「お、怒ってませんが……」
うつむいてフードに隠された顔をねねねたちは良く見ることができなかったが、頬は赤く瞳は潤んでいて吐く息は熱を帯びていた。
(いけないいけない。小柄で小さくて照れ屋なところがどうにもにあちゃんに似てて、ついやりすぎちゃったよ……)
気を取り直して部室の中を進んでいく。
「見た目より広いんだね?」
部屋の中を一周する以上は歩いたはずなのがが、目的地にはまだ着かなかった。
暗がりの中には人の気配がして、なんだか見られている気がしていた。
「ここデス」
真菰が指したのは一番奥にあった小さなブースだった。黒いカーテンに六郷と小さなネームプレートがつけられていた。
「さぁ、どうぞ」
真菰はカーテンをめくって中に入っていく。ねねねたちもそれについて入って行った。
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