6話 魔法少女ランキング(2)

 テーブルに足を乗せたまま、茶色い長い髪にセーラー服の上級生がねねねの顔を覗き込んでくる。


(うわ、ヤンキーってやつかな? ……綺麗な顔なのに化粧が濃くて、それになんだか香水の匂いもキツイ)


 ねねねは顔をしかめながら聞き返す。


「そうですけど……。あなたは?」

「アタシは木更津のどか。ミモザがずいぶん世話になったらしいじゃねーか?」


 のどかは獰猛どうもうそうな笑みを浮かべる。


(妹分のミモザちゃんがやられて、親分のこの人が仇を取りに来たってことかな?)


 遠巻きにその光景を見守るミモザの姿も見えた。

 アルトが震えながら「ねねねちゃん、マズイよ。先輩だよ」とねねねの袖を引っ張る。


「のどか先輩はミモザちゃんからどんな風に聞いたんですか?」

「テメエ、開始早々、有無を言わせずステッキでぶん殴ってきたらしいじゃねぇか?」

「えぇ? そんな風に聞いたんですか? それは逆です。私は転校初日にミモザちゃんにお試しで模擬戦やってみようって言われて、ルールも分からないうちからミモザちゃんに衝撃波をぶつけられました」

「何ぃ? 聞いてる話と違うじゃねーか」


 ドン、ともう一度テーブルを踏みつける。アルトも真菰もびくっと体を跳ねさせ、遠巻きのミモザはその様子を見て震えていた。どうやらミモザは負けたことを素直に話せず卑怯な手段を使われた、と言ってしまったらしい。


「初心者にはあんまりな戦法だと思いますけど、先輩はそういう卑怯な戦い方を指導してるんですか?」

「はぁ? アタシは魔法少女らしく正々堂々とだなぁ……」


 のどかの指導とミモザの行動は全く一致しないものだった。


(きっとこの人はイケイケな人なんだろうな。一回ケンカしないと気が済まないっていうか……)


 ちょっと前に同じ様な経験をしたことがある。でも、一度ケンカしてしまえば勝っても負けても手を出さなくなるものだ。

 ねねねはそう考えて、わざと挑発的な物言いをする。


「そういう先輩こそ随分魔法少女らしくない格好ですね?」


 のどかの格好は、昔のスケバン風のロングスカートにセーラー服、茶髪に整った顔をしていた。しかし、化粧が異常に濃くて、手に持った赤色の魔法ステッキを竹刀のように担いでいる姿が非常にアンバランスだった。


「なんだと? 変身すりゃあ、ちゃんと魔法少女らしくなるっての!」

「そんなに言うなら変身して見せてくださいよ」

「吠え面掻くじゃねーぞ。レッドフラワー、リリース!」


 のどかはテーブルを蹴って、バク転のように華麗に宙返りをする。

 取り出した口紅型の変身キットをその場で回転しながら宙に振り、口紅から出たキラキラの虹色の帯の中で服が変化した。セーラー服がリボンのようにほどけ、凹凸のしっかりある体に赤いタキシードのような上着にふわふわのスカート。濃い化粧も溶け、茶色い髪が魔法のヘアバンドでポニーテールになったことで整った顔が凛々しさを増していた。赤いピンヒールも決まっている。


「魔法少女 レッドフラワー・のどか、参上!」


 顔の横にピースしたポーズも決め台詞もバッチリ決まっていた。

 周辺から「おぉー」という歓声が漏れ出す。


「どうだ? 轟ねねね!」

「おぉ、凄い! カッコいい! でも、のどか先輩はなんか魔法少女って言う割にはエロいですね」

「なッ!?」


 ねねねの一言にガーン、とショックを受けるのどか。


(不良みたいな恰好だったから怖い人なのかと思ったけど、なんだか面白い人だ)

「あ、アタシのどこがエロいんだよ!?」

「んー、胸? とか腰とか、魔法少女にしてはそのコスチューム、体のラインが出すぎてエロすぎませんか? スカートだって短すぎだし、中見えそうじゃないですか?」


 再びガーン、とショックを受けてよろめくのどか。


「……しょ、勝負だ!」

「え?」

「バトルで勝負だ! お前だけには負けられねー!!」


 手帳から魔法模擬戦の申請がされ、目の前に飛び出してきた手帳から大きく「承認しますか?」と表示されていた。

 「やめようよ」アルトが腕を掴んで止めてきたが「大丈夫! のどか先輩はきっと良い人だよ。ここは胸を借りるつもりで」と、ねねねは制止を振り切って承認のボタンを押した。

 瞬間、大きく宇宙空間への入り口のような真っ黒いゲートが口を開け、ねねねはその中に飲み込まれた。



 ゲートから出された先は夜の森だった。正確には周辺が森で、ねねねとのどかの周囲だけぽっかり野原になっているようなステージだった。月の光が眩しいくらいに届いて周囲を照らしていて、お互いの顔を確認できるほどの明るさだった。


(今回は夜の森なんだ。なんか幻想的だなぁ)


 暗がりの中でのどかの戦意は魔力のオーラになって燃え上がっていた。彼女の手に持った先端に赤い宝石のついたステッキは魔力に反応してきらめく。


「……先輩は炎の魔法の使い手なんですね」

「そうだ。この燃え上がる炎でお前のひん曲がった根性を叩きなおしてやる」


 のどかの目がにじみ出る闘志でぎらぎらと光っていた。


(うわぁ、やる気だ。負けても良いように今度は先に聞いておこう。ミモザちゃんの時は聞きそびれちゃったから)


 ねねねはバトルが始まる前に肝心なことを尋ねることにした。


「のどか先輩は鷺ノ宮にあを知っていますか?」

「はぁ? 一年か? 知らねー名前だな。それがバトルに関係あるのか?」


 のどかの反応から見て、何も知らないようだった。


「いえ、ないです。ありがとうございます。じゃあ、やりましょう!」


 ねねねは気を取り直してステッキを構える。

 のどかはねねねが構えるとすぐにハイヒールで地面を蹴って後ろに下がった。どうやら遠距離から攻撃を得意としているらしい。


(もしかしたら私の戦い方もミモザちゃんから聞いてたのかも……)

「地に眠るマグマの王よ、我が呼びかけに答え……」


 のどかは呪文を唱え、魔法を使い始める。


(っ! このままじゃミモザちゃんの時とまったく同じだ。何か考えないと、そうだ!)

「スピード・アップ!」


 ねねねは足に身体強化の魔法をかけると、一目散に森は走り、茂みの中に飛び込んだ。


「なっ!?」


 瞬時に視界からねねねの姿が消え、のどかは戸惑った。


「ど、どこに行った?」


 呪文を唱えるのに夢中になって、ねねねを見てなかったのだろう。森の中に消えたねねねを目を凝らして探すが、発見できなかった。


(よーし、これで……!)


 ねねねは地面から手ごろな石をいくつか拾うと、ブレザーのポケットの中に入れた。そして、拾った中でも大きめの石をちょっと先の雑木林に投げ込んだ。狙い通りガサガサッ、と音を立て、のどかの視線がそこに向かった。


「そこか! 我が敵に炎の鉄槌を! フレイム・ボール!!」


 のどかの杖の先からバスケットボールほどもある巨大な火炎球が発射され、ボンッ、と雑木林を燃え上がらせた。十数メートル離れている場所からでも炎の熱が感じられた。


(うわっ! すごい威力。これは食らわないようにしないと)


 のどかが燃えた先に集中している間にねねねは、先ほど拾った石に障壁魔法を使い硬度を上げた。そして、隠れていた茂みから木の裏に移るとそっと立ち上がり、のどか目掛けてそれを投げつけた。


「えぇぇい!」


 まっすぐに飛んで行った石はのどかの肩に命中する。


「痛っ!! テッメェ、そんなところに隠れてやがったのか!? フレイム・ボール!!」

「うわっ!」


 石はコスチュームの一部を破損させたものの、大きなダメージにはならない。逆にのどかに反撃をされて火炎球を放たれてしまう。ねねねは身を低くしてそれをかわし、茂みの中を隠れた。


「待て、この野郎! じゃなくて女か。くっそ、どこ行きやがった!」


 のどかが激昂している周囲を探しているあいだに、ねねねは音を立てないように慎重にほふく前進で森の中を移動した。


「どこ行きやがった! そこか! フレイム・ボール!!」


 のどかは手当たり次第に炎の球を放った。炎の柱が森の中に次々と上がり、夜の闇を明るく照らす。幸いなことにねねねはそのどれも喰らわずに済んだ。


(あんな強力な魔法を消耗もせずに何発も打てちゃうなんて、こんなのもうチートでしょ?)


 背中に冷や汗をかきながら、のどかの背後に回り込むべく移動する。音を立てずにというのは難しかったが、スピード・アップの魔法を使い、ほふく前進をすれば普通に歩く程度の速度で移動することができた。


(障壁魔法を石に使ってもあんまり効果はないかな?)


 魔法少女のコスチュームには魔法障壁が施されている。当たり所が良くてもおそらく障壁で弾かれてしまうだろう。しかし、先ほど石をぶつけたコスチュームの肩の部分は破れていた。


(とにかくもう一発やってみよう。背番号一番、エース轟ねねね、行きます!)


 茂みの中で全身に強化魔法を使い、立ち上がる。魔法障壁をほどこした拳大の石を、振りかぶって、投げた。


「えぇいっっ!!」

「だっ! 痛ってぇっっ!!」


 投げた石は放物線を描きのどかの頭にヒットする。のどかは思わずしゃがんでしまうほど痛がっているが、致命傷にはならなかった。魔法障壁を伴ったヘアバンドが砕けてポニーテールの髪がほどけていた。


「こ、の女郎―――っ!!」


 怒号と共にのどかが呪文なしに気合だけで炎の球を発射してきた。


「うひゃあっ!」


 ねねねは慌てて飛びのいて炎の球をさける。わずかにスカートを掠めて、裾から焦げ臭いが立ち上った。しかし、そんなことを気にしている余裕はなく、一目散に森の中に逃げ込んだ。


「チッ、また逃げやがって! ……クソ、ここじゃアイツの良い的か」


 そんなつぶやきが背後から聞こえたが、ねねねは逃げるので精一杯だった。


(ふえぇ、あんな魔法食らったらひとたまりもないよ)


 障害物のたくさんあるステージでラッキーだった。ミモザと戦った時のような荒野のステージだったら逃げる間もなくやられていただろう。


「どこに行きやがった? クソ、暗ぇな。明かりよ灯れ、トーチ」


 のどかはねねねを追って森の中に歩みを進める。魔法で指先に火を灯し、森の中を照らしながら進んだ。


「あのクソガキどこだ? トーチ、トーチ、トーチ」


 のどかはいくつもの灯を作り出すと、人魂のように宙を浮かべ始めた。宙を浮かぶ灯が無数に生まれ、森の中が昼間のように明るくなっていく。


(うわ、あんなに明るくされたらすぐに見つかっちゃう! こうなったら!)


 ねねねはそう覚悟を決めると勝負に出ることにした。


「あのガキ、どこに逃げやがった? まさか離脱しやがったのか?」

「ここですよ!」


 ねねねは高い木の上に登り、太い枝を足場にのどかを見下ろした。


「あーーあーーあーーーーーっ!!」


 ねねねは高らかにそう叫ぶとジャングルの王者ター〇ンよろしく、ツタにぶら下がりながら木の枝から飛び降りながら攻撃を仕掛ける。


「芸がねぇな! 最後は正攻法かよ! フレイム・ボール!」


 のどかは勝利を確信したように頬を引きつらせて、ステッキの先から炎の球を放った。

 ドン、と炎の球が直撃したそれは爆発した。制服も破裂し、粉々に砕け散った。木の破片が周囲に飛び散る。


「っ!? 木、の人形だと!?」

「大当たりです!!」


 ねねねがツタにぶら下がりながら攻撃すると見せかけて投げたのは、制服のブレザーと焦げたスカートをはかせた木の人形だ。逃げている途中にちょうど良い丸太を発見して拾っておいたのだった。

 のどかの作った灯の光が届かない薄暗い木の上から、わかりやすい掛け声を出せばそれをねねねだと誤認することに賭けて、制服を着せた人形をツタに結んで投げつけたのだ。

 そうして、のどかがそれに気を取られているうちに身体強化魔法を使って素早くのどかの懐に潜り込んでいた。


「じゃあお前、今!?」

「……ブラウスと下着ですけど?」


 ねねねは「今そこ気にすることかな?」と思いながらも、ちらりとブラウスのすそをめくって見せる。


「んなっ? お、お前っ、破廉恥だろっ!?」

「今からのどか先輩のほうがハレンチになります! フル・スイング! んあぁああっっ!!!」 


 のどかが一瞬視線をそらした隙に、ねねねは身体強化魔法を全身にかけて、障壁魔法で硬化したステッキを全身全霊でフルスイングする。渾身の一振りがのどかの胴にジャスト・ミートした。


「ご、ふ……っ!!」


 ガシャーン、と魔法障壁が破壊される音と共に赤いジャケットも、フリフリのスカートも、破壊されて飛び散った。ブラジャーとパンツの下着一枚になったのどかは、そのメリハリのある体を余すことなく見せながら宙を舞った。


「きゅう……」


 どさっと地面に落ちて目を回すのどかが履いていたのは、猫の肉球のプリントされたパンツだった。


「可愛いのはいてるんですね」


 ねねねは自分の下着がまったく色気のないグレーのスポーツタイプだったのを思い出して「こんなのを見てよくハレンチなんて思ったなぁ」とつぶやく。

 ビーーーーー、とブザーの音が鳴り「魔法模擬戦終了、勝者 轟ねねね」と機械のような声がそう告げた。

 瞬間に夜の森バトルステージが解けるように崩れていき、一瞬の浮遊感とともにねねねの意識も飛んでいた。

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