5話 魔法少女ランキング(1)

「あー、お腹減ったー……」


 四時間目の授業を終えて、ねねねは机にぐったりと倒れこんだ。

 慣れない魔法の授業を四時間目まで受けて、ようやく昼休みを迎えた。ミモザとのバトルもあってヘトヘトだった。


「ねねねちゃん、お疲れ様。転校初日じゃ疲れたよね?」

「ありがと、アルトちゃん。もー、お腹ペコペコだよ。この学校給食じゃないよね? みんなご飯はどこで食べてるの?」

「えっと、私は……」


 アルトはファンシーな包みのお弁当を出した。


「そっかー。私、寮だからお弁当持ってきてないんだよね。どこかでパンとか売ってないかな?」

「それなら良い場所があるよ。案内しようか?」

「良い場所? どこどこ?」

「ついて来て?」


 そう言うと、アルトはねねねを連れて教室を出た。廊下を歩くこと数分、連れてきてくれた場所は学校の食堂だった。


「へぇぇ、すっごい」


 入ってすぐに最新の食券機が数台あり、そこに生徒たちが集まっていた。その奥に配膳台、左に大きなホールのような食堂があり、白を基調としたデザイン性のあるテーブルが五十席近く備え付けてあった。


(さすが、魔法省初の許認可の最新学校。お金と魔法技術のかけ方が半端じゃないよ!)


 普通の中学校に通っていたねねねは食券一つ買うのにも驚いてしまう。販売機にも魔法が組まれているようで、お金を入れるとホログラムみたいなコックが浮き上がってきて「おすすめはハムのサンドウィッチでございます」なんて勧めてくるのだ。「じゃあ、肉うどん」と伝えたら、瞬時にうどん屋の店主に映像が代わって「肉うどん一丁!」と威勢の良い声でオーダーを流していた。ねねねはその様子を見て、思わずにんまりと笑ってしまう。


(……にあちゃんもここでご飯を食べてたんだろうか?)


 ワクワクする半面でどうしても、にあのことが頭に浮かんでしまう。


(今は考えないようにしなくちゃ)


 ねねねは配膳台から肉うどんを受け取って食堂の中を歩く。アルトが先に席を取ってくれていて、手を振ってくれたのですぐにわかった。

 テーブルにトレーを置いて、手を合わせる。


「いただきまーすっ!」

「いただきます」


 ねねねは肉うどんをアルトはお弁当をそれぞれ食べ始めた。


「へぇぇ! さっきの魔法模擬戦は魔法少女ランキングっていうのに反映されるんだ?」

「う、うん。みんなはバトル、って呼んでて、上位はほとんど上級生で占められちゃうけどね」

「その辺は普通の学校と一緒だね」


 ねねねは熱々の肉うどんをふぅふぅ、と息を吹きかけて食べる。味は絶品だった。麺にコシがあっておつゆのダシにも深みがあって、街のうどん屋で食べたのとそん色ない。


「ちなみに、ミモザちゃんは何位だったの?」

「えーとね、あ、凄いよ。百八十位だって!」


 アルトは生徒手帳の魔法少女ランキングのページを開いて、順位を調べた。


「へー、生徒手帳でランキングが見れるんだ?」


 ねねねも自分の真新しい生徒手帳を取り出し、ページをめくってみる。

 生徒手帳と言ってもただの手帳ではない。学園オリジナルの魔法の手帳だ。校則や学校に関することは全て簡単に調べられ、通信機能もありスマホのような使い方もできるらしい。


「えーと、これだね。魔法少女ランキング、序列一位 星川きらら 三年、ニ位 志津デイン 三年、三位 竜ケ崎あかね 二年、四位 経堂美紅 二年……全然私の名前ないね」


「ね、ねねねちゃんはまだ来たばっかりだから一番下だと思うよ」


 言われた通り一番下に目を向けると、三百五十九位位 六郷真菰 一年、三百六十位 渋谷りも 一年、三百六十一位 轟ねねね 一年と一番下にねねねの名前があった。


「ミモザちゃんに勝ったのに最下位なんだー」

「うん。次の日にならないと反映されないから。明日になったらねねねちゃんが百八十位になってると思うよ」


 少し困った表情で笑うアルト。


(困った顔まで可愛いなぁ、アルトちゃん。ゆっぱりちょっとにあちゃんに似てるかも)


 顔や性格じゃなくて、なんとなく雰囲気が似てる気がした。


「アルトちゃんは? 何位?」

「私はね、二百五十位だって」

(あれ? 二百五十位ってことは一学年百二十人くらいで学校全体で三百六十人生徒がいるってことは……?)

 

 ねねねは足りない頭で算数の計算をしてみる。


「学年トップクラスじゃん!」


 驚いて叫んだ瞬間、思わず口に含んでいたうどんの破片が飛んで、アルトの顔についてしまった。


「も、もー、汚いよ。ねねねちゃん」


 アルトは顔をしかめて頬についたうどんの破片を取る。


「あ! ごめん……。 でも、凄いね。アルトちゃんも強いんだね」

「強くないよ。このランキングは学校の成績も入ってるから、バトルしたことない生徒は学校の成績だけが反映されてるんだよ」

「そうなんだ。でも、そうすると百八十位のミモザちゃんは?」

「ミモザちゃんは成績はあんまり良くなかったけど、好戦的でバトルに向いてない性格の子とかに無理矢理バトルをしかけて、序列を上げてたみたい」


 アルトは、そういうのあんまり好きじゃなかったんだ、と小さな声で呟いた。


「だから、ねねねちゃんがミモザちゃんに勝ってくれて嬉しかった! ミモザちゃんも少しは無理矢理バトルを仕掛けるのはやめてくれると思うんだ」

「そっか。ねぇ、バトルって何回同じ人と戦ってもいいの?」

「う、うん。その人が承認すればバトルできるけど、一回勝った相手に勝ってもランキングには関係ないみたい」


 年度末の総合成績には反映されるみたいだけどね、とアルトは付け足した。


(そうなんだ。バトルをすること自体は可能なんだね)


 ねねねはなんとなく、そこが引っ掛かった。


「……アルトちゃんは、鷺ノ宮にあって子を知ってる?」

「うーん、転校しちゃった娘かな? 一学期にはランキングに名前があったような気がするんだけど、話したことはないかも……」

(転校……。そういう扱いなんだ……)


 彼女の死を学校が隠ぺいしている可能性もあるかもしれない。


「そっか。ありがと。ちなみに、ランキングが上位になると何かあるの?」

「進学や就職に有利になるけど、序列一位になると学校の宝具を貸してもらえるんだって」

「ほうぐ?」


 聞いたことのない言葉だった。「宝石のついた魔道具かな?」とねねねは首をひねった。


「魔法界の伝説級の秘宝らしくて、学校設立の際に有名な魔術の家系の子や魔法が使えるアイドルなんかを入学させるために凄くお金を出して買ったり、魔法省の偉い人が寄付したりしたんだって」

「へー、どんな道具があるの?」


 ランキング序列一位だけが使える特権だ。さぞかし凄い道具なのだろう。


「ヒヒヒ、ねねねさんはご存じない? 伝説の宝具。雷を自在に操る魔法の剣、禁呪を収めた数々の魔導書、全てを見渡す水鏡」

「……誰?」


 いつの間にか隣の席に座っていたのは魔導士のような大きなローブを頭からかぶった怪しげな少女だった。ローブの隙間から辛うじて制服が見えるが、フードを目元までかぶっていて顔は良く見えなかった。


「初めまして、ねねねサン。僕は一年C組の六郷 真菰(まこも)。魔道具研究部の部員デス」

「あれ、真菰ちゃん? 珍しいね、自分から話しかけてくるなんて」

「六郷さんっていうと私と二位差の三百五十九位の?」


 アルトは「失礼だよ」と眉をへの字にするが、これを聞いてと真菰はにやっと笑った。


「ヒヒヒ、良く知ってマスね。そう。序列三百五十九位。ミモザに負けた上に成績も悪いから序列最下位寸前の六郷真菰デスよ」

「真菰ちゃんって、声可愛いのにおばあちゃんみたいな話し方だね」

「こ、声が可愛いデスか? そんなこと初めて言われたのデス」

「うん。それに……」


 ねねねは手を伸ばしてフードをめくると、そこには絶世の美少女がいた。青色のおかっぱ髪と深い青色の大きな瞳、幼さの残る整った顔立ち、顔を見せて町を歩けば多くの男子が振り返ったことだろう。


「やっぱり。顔も可愛い」


 ねねねが素直な感想を述べると、真菰はイスごとずざーっと下がって距離を取った。


「ねねねさんは男子みたいなこと言うんですね。もしかして女子好きな人ですか?」

「……えぇ? そんなことないと思うけど」


 小学校のころ下級生の女子に告白されたことならあったが、にあ以外の女の子を恋愛対対象に考えたことはなかった。


「真菰ちゃん、昔男子に告白されすぎて男子が嫌になって女子校に行こうと思ったんだって。顔も隠してるのはそれが理由だよね?」

「うぅ、そんなこと良く知ってマスね……。さすが映像研デス」


 二人の会話を聞いて魔法少女育成学園にも部活とかあるんだ、とねねねは素直に関心してしまう。


「で、なんの話だっけ?」

「そ、そうデスよ! ねねねさんは興味はないデスか? 魔法少女ランキングや宝具に」

「宝具って、さっき言ってた雷の剣、禁呪の魔導書に水鏡だっけ?」

「ヒヒヒ、どれも伝説級のものデス。魔道具研の人間でなくても、少しでも魔法をかじったことのある人間なら喉から手が出るほど欲しいものばかりデス」

「そ、そうなんだ?」


 真菰は至極当たり前のような口調で言ったが、魔法を学び始めたばかりのねねねにはピンとこなかった。


(んー、雷の剣、禁呪の魔導書、全てを見渡す水鏡……。あ、その水鏡ならにあちゃんのことがわかるかもしれない!)

「あっ! ある! その宝具、ぜひ使ってみたいことがある!」

「ヒヒヒ、さすがねねねさん。見込んだだけはあります。そのためには魔法少女ランキングで序列一位にならなければなりません。序列一位にのみ魔法少女にはその使用権が与えられるのデスから」

「うーん。でも、序列一位かぁ。私の実力じゃあ百八十位のミモザちゃんにも大苦戦だったね……」

「そこでデス! 我が魔道具研究部はねねねサンを全面的にバックアップしたいと思っているのデス!」

「えぇ?」


 ねねねが驚いて真菰に聞き返そうとしたところ、ドン、とテーブルが揺れた。見ると、目の前に紺色のスカートに包まれた長い足が、テーブルを踏みつけていた。


「お前が、轟ねねねかよ?」


 その足の主は長い茶髪の上級生らしき女子で、やたらと長いスカートと昔の不良のような紺のセーラー服を着ていた。

 上級生は眉間にしわを入れて、ねねねの顔を睨み下ろしていた。

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