3話 ねねね、魔法少女になる!(3)

「もー、あんなのズルいよ、ねねねちゃん!」


 気がつくとねねねは教室の中に戻ってきていた。そして、同じように戻ってきたミモザが悔しそうに頬を膨らませて詰め寄ってくる。


「あ、はは、まさか打ち返せると思わなくって。卑怯だった? ごめんね」


 ぶっ飛ばされて地面で気絶していたミモザが、こんなにも元気にしていることにねねねは驚いてしまう。

 ミモザが駄々っ子のように両手を打ち付けて来たので、ねねねは甘んじて受け止めた。  


(そっか、教室の中に戻ったんだ)


 周囲を見渡すと大きな窓とそれが収まるほどの高い天井。均一に並べられた三十一個の机とイス。

 なぜ先ほどのようなバトルをすることになったかというと、転校初日、ねねねはホームルームで先生から紹介を受けたものの友達もいないため所在なく席に座っていた。すると、金髪にツインテールの髪をくるくる巻いた女の子が話しかけてきたのだ。


「初めまして。私、篠崎ミモザ。あなた「バトル」ってしたことある?」


 普通校出身の経験のないねねねにレクチャーしてくれるというので試してみることにした。


「いい? バトル、正式名称「魔法模擬戦」は一方が申請をして相手が承認すれば学校が作るバトルステージに飛ばされて、そこで魔法の技能を競い合うの。あ、二人で飛ばされたバトルステージの映像はその場に残るゲートから覗き見ることができるわ。え? 大丈夫よ! このバトルステージの中ではどんな大怪我をしても戻ったら治ってるから。説明より実際やってみることよね。やってみましょう?」


 強引にそう言うとミモザは化粧品のコンパクトのようなものを取り出して、そこから魔法陣を作り出し、光り輝くその中で制服からピンクのコスチュームの魔法少女に『変身』した。


(こ、こんなこと出来ちゃうの! 凄い!)


 ねねねは初めて見る魔法少女の変身に興奮し、また圧倒された。


「あなたはまだ変身できないわよね? じゃあその制服のままで良いわ。早速申請するわよ」


 ミモザは学校の生徒手帳を開いて魔法模擬戦のページを開くとねねねに申請をした。すると、ねねねの生徒手帳がポケットから飛び出してきて、魔法模擬戦のページが宙で開かれ「篠崎ミモザから魔法模擬戦の申請を受けています? 承認しますか?」と表示が出ていた。

 恐る恐るそのボタンにタッチすると、不思議な浮遊感と共にさっきの荒野ステージへと飛ばされていた。

 それで先ほどのバトルに至ったのだった。

 クラスメートの女子たちがねねねたちを遠巻きに見つめ、ヒソヒソと噂話をしている。


「新人狩りが狩られたわよ」

「うわー、恥ずかしー。あんなローカル魔法にやられてるよ」


 ミモザにもそのヒソヒソ話が聞こえていたらしく、耳まで真っ赤にして涙目になっていた。


「それより大丈夫? 服、壊しちゃったけど」

「何よ! 服って? バトルステージの中で壊れた物は元に戻るわよ! あ……」


 指摘されて自分が下着一枚の真っ裸で宙を舞ったこと思い出したようで、ミモザはさらに頭から湯気を上げた。


「お、覚えてなさいよーーーーーっ!!」


 分かりやすい捨て台詞を吐いて、ミモザは教室から出て行ってしまった。


「あ、待って! ミモザちゃん! 聞きたいことが……。行っちゃった」


 最初は転校生のねねねに最初に話しかけてくれた親切な子だと思っていたけど、どうやら勘違いのようだった。


(はぁ……。にあちゃんのこと聞きそびれちゃった。それにしても転校初日からバトルなんて……)


 珍獣を見るようなクラスメートの目を無視して、ねねねはため息をつきながら席に座った。

 授業が始まるまでの少しの時間、机に頬杖を突きながらとぼんやりと考え事をする。


(私にも魔法の才能なんてあったんだぁ……)


 どちらかというと勉強より運動が好きで、部活は陸上部・短距離走をやっていた。鷺ノ宮にあの自殺をきっかけに魔法少女育成学園の編入試験を受けると決意し、転入試験のために一生懸命勉強や練習はした。しかし、なぜたった二つしか魔法が使えないねねねが合格できたのは未だに謎だ。

 試験の際、先生が「稀有な魔法の使い手だね」と珍しがっていたのを覚えているが、合格の要因はそれなのだろうか?


(でも、身体強化と障壁魔法だよ? こんなマイナーで地味な魔法で合格にしてもらえたなんて思えないけど……)


 友達のいないねねねには、授業が始まるまですることもなく、転入試験用に勉強した内容を思い出していた。

 「魔法」は近代になって確立された人類の新しい技術の一つだ。

 それまで人類が観測することができなかった大気中のエネルギー「マナ」を使い、体内に眠る魔力「オド」で加工することで効果を発揮する。無から有を作り出すと言われており、それまでの人類史からは考えられない破格の技術だと世界中から注目され、急速に発展した。

 しかし、誰もが簡単に使えるモノではなく、才能のある者が正しい技術や知識を会得し、練習を重ねて初めて使うことのできる技術だ。その高みに至ることが出来れば一生安泰、高給取りになることや要人になることもできる。しかし、方向性によっては兵器として命を狙われるようにもなり得るリスクのある技術でもある。

 そこで国は魔法を司る組織「魔法省」を作り、魔法と魔法を使う者は厳格に管理している。この学校もその一環ということだ。


(……転入試験の時は物凄く勉強したけど、自分が特別な才能の持ち主なんて実感はないなぁ)


 ねねねが小学生のころ無意識に使っていた「それ」が魔法だとは、にあに言われるまで気づかなかった。今思えば、使ってしまうとアスリートも真っ青みたいな記録になるので高学年になったくらいからはほとんど使ってなかった。

 そんなことを考えていると少し落ち着くことができた。教室を見渡すと、個性的に制服を着崩した生徒たちはねねねに興味を失い、各々雑談を始めていた。


(この中ににあちゃんのことを知っている子はどれくらいいるんだろ? あぁ、失敗したかも。おとなしくしておけば、すぐに友達を、作れたかもしれないのに……)


 転校初日から目立ちすぎた。もっとフレンドリー出来れば話も聞きやすかったのに、とねねねは反省した。

 反省しながらクラスメートの様子をうかがう。パーカーやローブなどで学校指定の制服をアレンジしている生徒が多かった。プリーツスカートを着用している生徒は多く、女子校だからなのかその丈は短かい。


(学校指定制服なのにちょっと過激すぎるよね? ブレザーは良いとして、プリーツスカートの丈、膝上十センチって短すぎるよね? にあちゃんもこの制服を着てたのかな?)


 にあがこの制服を着ていたことを想像し、思わずにやついてしまう。

 そんな中、ねねねのことを真剣な瞳でじっと見つめる一人の女生徒がいた。


(あれ? 見られてる?)


 金髪の学校指定の制服をそのまま着ている、真面目な雰囲気の女性徒だった。彼女は意を決したようにねねねの机まで歩いてくる。


「と、轟さん!」

「は、はい! ……何でしょうか?」


 思わず声が裏返ってしまったが、そのことには構わず女生徒は続ける。


「だ、大丈夫だった?」

「え? えと、何が?」


 ねねねの席の前に立って女生徒は前かがみになって心配そうにのぞき込んでくる。


(うわっ、胸おっきい、それに可愛い!)


 ねねねは顔を寄せてブラウスから覗く同じ中学生には思えないほど豊満な胸元にドキリ、としてしまう。

 身長はねねねよりも小柄で、ウエーブのかかった金髪に大きな瞳は目じりが少し垂れていて大人しいそうな印象だった。


(ちょっとだけ、にあちゃんに似てるかも……)


 小柄で垂目がちなところが少し似ていると思ったが、にあは真っすぐなストレートの髪だったし胸も小さかった。


「お、お腹。さっきミモザちゃんの衝撃波をまともに受けてたから……」

「心配してくれたの? ありがと。ん、ちょっと痒いくらいかな?」


 ねねねはおどけた顔で服をめくり、わずかに痛みの残るそこをポリポリとかいて見せる。

 成り行きを見守っていた一部のクラスメートがぷっと噴き出した。

 しかし、彼女は少しもおかしくなかったようで、眉をへの字にして怒ったような顔をしていた。


「も、もう、こんなことで冗談止めてよ。バトルでのケガは傷が残らなくても痛みとして残るんだよ? 痛かったら言ってね。保健室に案内するから」


 彼女は真剣にねねねのことを心配している様子だった


「そ、そうなんだ、ごめん。でも、本当に大した事ないんだ。ありがとう」


 ねねねは調子に乗ってしまったことを反省して謝った。


「う、うん。大丈夫ならいいんだ。あ、あのね、私、天王台アルトって言うんだけど……」


 アルトと名乗った少女は先ほどまでの勢いはどこへやら、消え入りそうな声で話す。

 両手を胸の前で握って、上目遣いで見上げてくる仕草はシャイな年頃の女の子といった様子だ。


「アルトちゃんっていうんだ。私は轟ねねね。下の名前の方が好きだから下の名前で呼んで?」

「う、うん。ね、ねねねちゃん。あ、あのね……」


 アルトは顔を赤くしながらもじもじと指を絡めて何か言いたそうにしているのだが、なかなか本題に入ろうとしなかった。


「そ、そのね。きょ、今日転校してきたばっかりでしょ? だ、だからね……」

(何か、ミモザちゃんと違ってなんか良い子そうだな……。そうだ! この子なら……)

「アルトちゃん。私、今日転校してきたところで友達がいないんだ。良ければ色々教えてくれない?」

「え?」

「友達になってほしいんだ」


 ねねねは明るく笑って手を差し出した。


「う、うん! よろしくね!」


 どうやらアルトも同じことを思っていた様子で、ねねねの言葉にぱあっと笑って差し出した手をおずおずと握った。


(よかった。友達が一人もいない教室で心細かったから嬉しい)


 嬉しさのあまり、そのまま手を放さずにいるとアルトが恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「と、ところでね」

「うん? 何?」

「もう先生が、いらっしゃっているみたいなんだけど」

「え!?」


 時刻は八時五十五分。ホームルームの後の小休憩が終わったところだ。遠巻きに見つめていたクラスメートたちも、予鈴を聞いてさっさと席に戻っている。


(っていうか、ミモザちゃん、十分しかない休み時間でよく仕掛けてきたよね! アルトちゃんもよくギリギリに話しかけてきたよね!)


教室の入口で教育熱心な魔女先生といった出で立ちの、とがった三角帽子と三角眼鏡、タイトなデザインのスーツを着た女性が立っていた。


「転校初日に魔法模擬戦からの友達ゲットか。やるな、轟ねねね」


 ねねねのクラスの担任であり、学年主任の中井紀子先生だ。

 ねねねは背中から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。初めて会った時から厳しそうな人だとは思っていたが、この時の威圧感は半端じゃなかった。


「な、中井先生。お陰様で新しい学校生活も安泰のようであります」

「……結構なことだが、授業開始のチャイムには耳を傾けときなさい? じゃないと、薬の材料にするわよ!?」


 魔法薬学の担当ならではの脅し文句で体からほとばしる黒い魔力のオーラがねねねの頬を掠めた。


「ひっ!!」


 頬の痛みよりも魔力だけでそんなことができてしまうという事実に戦慄する。


「ヤバイ、マジだよ。キコちゃん先生」

「お前、それは禁句だろ!」


 教室が生徒たちのつぶやきでざわめくのを中井先生が一喝する。


「黙りなさい、モブども! 轟ねねね、次、チャイムが鳴っても席についてなければ貴様の爪を一本剥がして薬の材料にするからそのつもりでいなさい!」

「はいぃっ!!」


 ねねねはアルトの手を放すとそのままストン、と椅子に座った。

 可哀そうなのは取り残されたのはアルトだ。ねねねにがっちり手を握られて動けなかった上に、まずねねねが標的になったことで他人事のように思ってしまっていた。


「え? えぇ? ええぇ……?」

「天王台アルト! お前もか!」

「え! いえ、違うんです! すぐに戻ります!」


 中井先生のターゲットにされかけて、アルトは慌てて席に戻った。


(あー、やっちゃったー。ごめんねー)


 ねねねは謝罪の意味を込めてアルトに両手を合わせるジェスチャーした。アルトは目の端に涙をためて恨めしそうな顔で振り返ったが、それを見て前を向き直って授業に集中し始めた。


(ほっ。許してくれたみたい)


 こうして、ねねねの魔法少女育成学園の日々が始まったのだった。

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