最終話 交渉

 次に目が覚めたのは白い天井だった。

 何が起きたのか思い出そうと無意識に顔を動かすと、緑色の服を着た女性が無機質に俺を見ていた。


「仮称Yが目を覚ましました。……了解」


 Yって何だ。安武の頭文字か。日本語で言え。

 特にどうでもいい存在なので無視することにした。

 全体的に白い部屋からして病院の一室だろうか。

 程なくして、小銃を持った複数人の自衛隊員が病室を訪れた。

 どことなく、顔が強張っているようだが、はて?


「ああ、動かないように。……動こうとしても無駄だがね」


 そう言われて、俺は体が一切動かせないことに気が付いた。どうやら縄か何かで拘束されているらしい。


「あーあー、……うん、喋れるな」

「これから君、仮称Yに尋問する。Yは素直に答えるように」


 とりあえず、発音は可能なようだということを確認していると、銃を持っていない男が俺に通告してきた。


「俺が記憶する限り、あんたたち自衛隊員たちは誰一人殺していないはずだが? それを思えば、こんな扱いは不当だがね」

「黙れ化け物。お前のような銃弾やロケット弾で傷ひとつ付かない奴がいてたまるか」


 そんな事言われてもなあ、現に存在してるんだけどね。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが、今西暦何年のいつだ?」

「それが何だ」

「俺が覚えているのは西暦2025年7月の上旬くらいまでだ。日中が開戦したというニュースをその日に聞いた直後から、今まで日本で何が起きていたのか全く知らないことを考慮してくれ」

「外国にでもいたのか?」

「信用するかしないかはあんたたち次第だが、俺は異世界に転移して、つい最近日本に戻って来た」

「信じられんな」


 カバーストーリーは通用しないだろうと判断し、正直に答えたが、やはり信じてもらえないようだ。


「まあ、そう言うよな、普通は。で、開戦直後、東京都内で暴れていた奴らは鎮圧できたのか? 頭上に落ちて来たミサイルは? 被害は? 俺の両親は無事か? それと連れのローナをどうした? あと俺が勤めてた会社は? と言うか、戦争はどうなった?」

「質問しているのはこちらなんだが。……まあいいだろう。それといっぺんに言われても困る。……まず、今は西暦2027年4月13日だ。都内の暴徒は鎮圧して今は残党狩りの真っ最中だ。ミサイルも米軍の協力もあって全弾撃墜した。よって被害は暴徒によるものだけだ」

「そうか」


 向こうでは二年過ごしたんだが、こっちでは一年と十か月か。ずれがあるな。


「それでも犠牲者は百万人を超えたがな」

「……は?」

「覚えているか? 秋葉原連続通り魔殺人事件を。あれが日本中で同時多発的に起きたんだ」

「それでその被害なのか……」

「奴ら、反社会的武装勢力がどこから調達したのか、青龍刀振りかざして突っ込んで来てな……。おまけにモルヒネを打っているから二、三発撃たれても平然としてやがる」

「それは、お疲れ様です」

「それと一応、君の持ち物はこちらが回収して、中身を改めさせてもらった。中に入っていた財布からマイナンバーカードがあり、君の物と確認した」

「……それで?」

「君の家族や親戚も確認が取れている。田舎住まいが功を奏したな、今のところ無事だ」

「それは良かった」

「あと、会社の判断で君は無断欠勤でクビになった」

「まあ、そうなるな」


 事情を説明しても病院に放り込まれるのが関の山だろう。


「それとだな、君が連れていた少女、仮称Rと呼ぼうか。彼女のことなんだが……」


 Rってローナのことか。


「何か?」

「人間だよな? 髪の毛一本頂いてDNA検査をかけたらこの地球上には存在しない遺伝子と塩基配列を見つけたんだが……」

「異世界人だからな」

「日本語もある程度できるようだが」

「日本で住むことになるから、俺が教えた」

「そもそも彼女は何だ」

「異世界では流浪の民として旅をしていたそうなんだが、国に拾われてメイドをしていた。そこにやって来た俺に一目惚れして一緒に日本まで付いて来た」

「はあ」

「俺と結婚したいらしい。俺も四十越えたし、そろそろ身を固めるのも良いかなと」

「ちょっと待て、あの娘、どう見ても十代半ばにしか見えないんだが」

「何か問題が?」

「年の差がありすぎだろう。犯罪者め」

「十八になれば結婚できるから問題ない。……ああ、それと頼みがあるんだが」

「何だ」

「彼女、当然戸籍が無いので作ってほしい。それと、俺が日本の社会常識を教えるだけじゃ限界があるんで、学校に通わせてほしい」

「いや、ええ……? そんなことできるのか……?」

「できないのか?」

「私たちは文科省ではないから、入学の許可は管轄外だなあ」


 困ったな。


「日本語学校に通わせることは可能だが、お金はあるのかね?」

「一応、異世界に平和をもたらした報酬で、向こうの王様たちからダイヤなどの宝石をもらっているが、それを換金すれば……」

「粉々だ」

「は? え?」

「一応、君の持ち物は確認させてもらったが、恐らくだが、君たちを追跡していた時の騒動で、全部砕けてしまったのでは?」

「マジかよ……」


 愕然となった。当面の生活資金がご破算だ。


「そうだ、あんたたちが俺たちの荷物を回収した中に通信機が入っていたはずだ」


 通信機、その言葉に室内の空気が張り詰めた。

 何か変なこと言ったか、俺?


「……そんなものは無かったように思うが」

「地球のとは形状が違う。とにかく持って来てくれ。異世界にいる王様たちと連絡がとりたい」


 その言葉を聞いた尋問官が合図すると一人が出て行った。


「それと、俺を解放してくれ、このままだと通信できない」

「それもそうだな。おい」


 自衛官二人が拘束具を外し始める。


「おかしな真似はするなよ」

「しないよ、その言葉は学校の義務教育をまともに受けようとしなかった奴に言ってくれ」


 解放されて伸びをしていると、先ほどの自衛官が二つの背嚢を抱えて戻って来た。

 うわ、ぼろぼろだ。中身は大丈夫だろうな?


「貸してくれ、中身が無事か確かめたい」

「それは構わないが、その背嚢はどんな仕組みだ? かなりの量が入る。どこで手に入れた?」

「背嚢はそこらで売られている物だ。俺が改良した」

「改良?」

「あんたたちが手に入れても同じ物は多分作れないし運用もできないぞ。魔力を持った奴が背負うことで効果が持続する代物だからな」

「……その魔力を持っている者を見つける方法は?」

「向こうの世界で水晶玉に手を触れて、光の強さで魔力量を測る。国の所有物だから借りるのは無理だろうな」


 異空間になっている中身から物をひとつづつ取り出して確認していく。

 宝石類は懐に入れていたから保護されていなかったせいもあって駄目だったんだろう。背嚢の中身は状態が良い。


「魔導通信機は……あった。無事だ」

「それが通信機? とてもそうは見えないが……」

「俺も最初に見たときはそう思った。ここで通信しても良いか?」

「構わない」


 床に紙に書かれた魔方陣を広げて通信機を置き、紙に手をついて魔力を流し始める。


「あーあー、聞こえるか? こちらは安武典男。誰か聞いているか?」

『……ザザ、聞こえます、勇者ヤスタケさんですか?』

「ん、その声はコリンズさんか」

『大丈夫ですか? この世界を去ってから五日ほど音信不通だったので心配したんですよ』

「ああ、ちょっとした問題が起きたが、何とか解決しそうだ。それで今、国王陛下と直接会話は可能か?」

『少々待ってください』


 通信が沈黙する。


「仮称Y」

「安武と呼べよ、何だ?」

「規則なんだ。……お前は何語で話していたんだ。日本語で話しているように見えて、日本語ではなかったような……」

「あー、向こうの言語だ。言語理解っていう魔法で話せるようになった」

「便利だな、おい」

「失敗すると頭がぱあになると聞かされてたまげたぞ」

「それは嫌だな」


 そんなことを会話していると、コリンズから返答があった。


『ヤスタケさん? コリンズです。今から国王陛下に代わります』

「頼む」

『……聞こえるか、ウェスティンだ』

「お久しぶりです、国王陛下」

『うむ。そちらも元気そうで何より』

「それでこちらに戻ったのは良いんですが……」


 自衛隊と遭遇して不運にも宝石類が全滅したので、改めて送ってほしい事を伝える。


『なるほどな、そんなことになっていたのか』

催促さいそくするようで申し訳ございません」

『大した額ではないから問題ない。気にするな、今から送る』

「ありがとうございます」

『話は以上か? こっちも忙しいからな、通信を切るぞ』

「ではまた」

『勇者殿の未来が明るい事を願って』


 通信が切れる直前、ちょっとしたダイヤの山が魔方陣の上に出現した。


「うん、来た来た」

「……馬鹿な」

「信じられん」

「これは夢か」


 ほくほく顔の俺に目をく自衛隊員たち。

 それからの質問はおおむね静かなやり取りで済んだ。

 念のため、魔王とカルアンデ王国国王からの親書と言語対応表を持ってきていた物を彼らに渡す。異世界のことは地球上には存在しない事になっているので信じてもらえるかどうか。大人が考えて作成した大学生向けのおもちゃと思われてしまうかもしれないが、目の前で起きた現象を信じてもらうしかないだろう。


「それと、戦争はどうなった?」

「ああ、それなんだが……」


 まとめると、次のようになる。

 中国が日本に対して複数の核弾道ミサイルによる攻撃を行ったが、自衛隊と在日米軍による迎撃で全弾共同撃墜し事なきを得る。そして、米大統領の命令による報復核攻撃によって北京などの大都市が複数灰燼かいじんしたという。

 弾道ミサイル発射と同時に、中国が台湾と日本の沖縄への奇襲による同時侵攻(最も、偵察衛星によって筒抜けだった)により東シナ海で海戦が勃発ぼっぱつ。たった一度の海戦で中国海軍は壊滅的打撃を受けたものの、中国人民解放軍が乗った何万隻にも上る漁船が海上自衛隊と米海軍の攻撃をすり抜け、台湾と沖縄諸島に上陸し激しい地上戦が展開され、特に国民避難計画が作られていない日本では沖縄県民が多数犠牲になった。

 また、開戦直後から中国へ旅行や仕事に行っていたり、移り住んでいた者たちの連絡が一切取れなくなり、安否不明のまま二年が経過した。

 激怒した日本政府は米政府と共同で東シナ海を封鎖し、中国へ向かう輸送船の足止めや追い返し、臨検などを行い、徹底的な兵糧攻めを始めた。

 これに対し、中国は陸路から食糧の調達を始めたが、全方位に大国の圧力を加える嫌がらせ外交をしてきたツケがここに来て返ってきた。具体的にはロシア以外の国から陸路を封鎖され、食糧が入ってきにくくなった。

 これにより食糧不足に陥った中国人たちは食糧の奪い合いに発展し、略奪、放火、殺人のオンパレードらしいことが偵察衛星で分かった。

 あとは、日本人としては信じたくないが、目の前の人間を殺した上で調理、つまり人肉食を行っている者も多数いるとのこと。

 一部の中国人は見切りをつけて国外に避難しようと百万人単位での複数の移動を開始したが、人民解放軍と激突して多数の死者が出ているようだ。


「……以上が君がいないと言う間に起きた出来事だ」

「質問が幾つかあるけど、良いか?」

「答えられる範囲でなら」

「中国って先進国と発展途上国を使い分けてたよな? 内陸部は農業が主体だったと思うが」

「それが?」

「あの国の食糧自給率ってどれくらいだ?」

「自己申告では七十五%だそうだ」

「てことはこの先、四人に一人が飢え死にか」

「どうだろうな」

「と言うと?」

「あの国の外国へ向けての発表はいい加減だからな。人口、GDP、国内の事件事故の犠牲者数とか」

「コロナウイルスによる犠牲者数の隠蔽もか」

「だから世界先進各国もコロナ禍で中国に対して気遣いするどころか、あからさまに無視していただろう? 数字自体が信用できないから」

「で、食糧自給率もあてにならないと」

「そんなところだ。正直、私もどこまで人口減少が進むか分からないな」


 これは、中国は崩壊したな。


「他にも質問がある。ロシアや北朝鮮はどうなった?」

「ロシアはウクライナと泥沼の戦争に陥っている。日中に構っている暇は無いようだ。北朝鮮は動いていない」

「北は韓国に攻め込んだりしてないのか?」

「正確には三十八度線沿いに軍を集中させていたんだが、米国の中国への報復核攻撃を知って撤退したそうだ」

「それはまた、どうして」

「私は奴らの考えは分からないから判断できないが、とばっちりを喰らいたくなかったんじゃないのか?」


 国連が戦争を止めるよう何か言っているようだが、米国大統領は新国連の樹立を宣言、新体制へ日本を含む西側の国が移転しているそうだ。

 中国やロシアに肩を持つ国連の我儘わがままに愛想が尽きたようだ。

 そして現在へと至る。

 尋問官の説明が終わり、他に聞くことがなかったため、俺に対しての質問が再開された。


「君たちが日本に帰還した直後、陸上自衛隊と遭遇した際に逃げ出したのは何故だ?」

「俺とローナがどう対応しようか話し合ってたところ、いきなり撃たれたんだぞ。考えなしに反撃したローナもローナだが。で、一斉射撃を受けて、今投降しても殺されるなと思って逃げた」

「あー、その辺の経緯は彼らから聴取してるから齟齬そごは無いな」

「逆に訊くが、何で撃ったんだよ? 戦争が続いているからか?」

「それもあるが、日本国内の反社会的武装勢力は大体鎮圧したんだが、まだ残党がいたる所に潜伏していてな、それで警察や自衛隊、特に若い連中が殺気立っているんだ」

「あー、百万人の犠牲者の中に家族や友達がいたのか」

「まあ、それもあるが、の奴らの国内での数々の犯罪にいらついていたところに、今回の戦争で堪忍袋かんにんぶくろが切れたそうだ」

「なるほどなあ」


 そんな事情があるのなら仕方がない。

 いや、良くねえよ。


「盾で防げたから良かったようなものの、盾が無かったら頭や胸に多数撃ち込まれていたぞ」

「そこは悪かった、謝る」

「ローナにも謝っといてくれ」

「伝えておこう」


 質問が続く。

 魔法と聞き、空を飛んだり銃弾などを防いだ方法や、誰にでも使えるのかと尋問官が訊き出そうとするが、国にこき使われるために覚えたわけではないときっぱりと断り、雰囲気が悪くなる。


「そもそもだ、俺は勇者として向こうに呼ばれたが、向こうでの適性検査では裏方、サポート役だったから大した力は持ってない。あんたたちに一方的な貢献しようとは思ってないが、お金次第で取引ならしても良いとは考えてる」

「……具体的には?」

「限度があるが、魔力を持たない奴でも、……そうだな、敵の自動小銃の一弾倉分の銃弾を防ぐとか、手榴弾からの爆発や破片を一度だけ防げるとかはどうだ? 一人当たり千円くらいで」

「くれ」

「それ欲しいな」

「一個師団分売ってくれ」


 それまで銃を持ち黙っていた自衛隊員たちが口々に言い始めた。需要はあるようだ。


「待て待て、国から予算が下りないと購入できないぞ。どうやって予算を獲得するんだ」

「そこはあれだ。先進防弾服なんちゃらで適当な名称をつけておけば良いんじゃないか?」

「いや、できるかな?」

「自腹でも構わん、いくらでも出すぞ」

「俺も」


 尋問官以外の自衛隊員たちが要望を出す中、黙っていた尋問官が不意に発言した。


「実を言うと、私だけは警察からの出向で来ていてね」


 ぴたりと口を止める自衛隊員たちが尋問官に顔を向ける。


「今回の戦争の初動対応で多くの警察官が殉職した。人員不足解消のため、国民から募集をかけているところなのだが……」


 尋問官が笑顔になる。良く見ると目が笑っていない。


「我々にもその技術、供与してほしい」

「……お金を払ってくれるなら、魔力の続く限り、いくらでも」

「言質は取ったよ?」

「はあ」


 のちに、俺は魔力タンクとしてひたすら魔方陣に魔力を込め続ける地獄を見ることになるのだが、それは別の話。


「あーっ、ずるい!」

「確保したの俺たちですよ!?」

やかましい! こんな機会なんぞ滅多にあるものか! 我々にもかませろ!」


 何を争っているのかと呆れたが、それだけ切実なんだろう。

 そのとき扉が激しく叩かれた。室内にいた自衛隊員の一人が扉を開ける。


「何だ」

「幽霊が出ました」

「……は?」

「仮称Rの部屋から幽霊が」

「何を言ってる?」


 ということはだ。


『あーっ、いたいた、典男ーっ』


 何もない壁面からローナが幽霊状態ですり抜けて来た。

 一瞬の沈黙の後、大の男とは思えない絶叫が複数上がる。


「ああ、おはよう。ついさっき目が覚めたところだ」

『この人たち酷いんだよー、ご飯はもらえるんだけど、外に出してくれなくてさー』

「いつになるか分からんが、もう少し我慢しろ、俺の話が分かってくれたら出してもらえるだろう」

『んー、じゃあ待ってるからねー』


 彼女が壁の向こうへ消えていく。この時になって騒いでいた男たちが呆然と壁と俺を交互に見ていた。

 

「本当に、あの娘と知り合いなのか……?」

「ていうか、やけに大人びていたような」


 戸惑う男たちの下に壁からにゅっと上半身を出すローナ。


『聞こえてるよ、誰が年増だってー?』

「いやいや」

「言ってない言ってない」


 首を横に振る男たちを見ながら俺はため息を吐いた。

 このことにより、半信半疑だった自衛隊は俺が異世界から戻って来たことを受け入れざるを得なくなったようだ。

 ローナ様様である。

 それはそれとして、ローナの肉体が十五才の少女なことで結婚を自衛隊に問題視されるが、ローナの本体は二十代半ばなので問題ないと主張するも、肉体が優先されると自衛隊に言われ性行為できないと地団駄を踏むローナ。


『二十才なんだよぉ!』

「この国では十八にならないと結婚できないんだ。あと、正確には二十五才な」

『女だから若く見られたいの!』

「そんなに差はないから気にしなくても良いだろう」

『ううー!』


 結局、自衛隊側の誤解も解け、今回の件を互いに水に流すことにした俺たちは、自衛隊に連れられアパートに帰宅するが、自宅には不法中国人が住み着いていた。銃撃戦となるが、短時間で中国人を排除する自衛隊。その後アパート全室と周辺住宅を一軒ずつ回って安全確認した後、ようやく帰宅し荒らされた家の中を掃除する。


「ローナはこの部屋で良いか?」

「典男と一緒の部屋が良いな」

「狭いぞ?」

「夫婦なんだから一緒じゃなきゃ嫌だー」


 駄々をこねられたので、彼女の言う通りにした。

 自衛隊から言われていたが、念のため両親の安否確認に故郷に帰るとど田舎だったこともあって、戦争の被害に遭わず健在だったので安心した。

 宝石のことだが、一定額を売ると納税証明書を書かなくてはいけなくなると聞き、出所を国に知られると話がややこしくなりそうなので、限度額まででそれ以上は売らないことにした。でも、合計金額で二百万以上になると書類が必要とは知らなかった。

 そして無職になったので、新たに零細れいさい企業「除草屋」を立ち上げる。タンクの中身は空っぽで、水属性魔法でただの水をノズルの先から噴射し、指定した対象の植物を闇魔法のドレインで指定した植物を根っこまで枯らせるものだ。

 ついでに植物の生命力を吸い取るので、術者は長生きすることができる副次効果もある。立ち木も枯らすことができるのでかなりもうかった。

 もちろん、自衛隊や警察にも刻印魔法を施したネックレスを納めている。ネックレスについては向こうが用意し、俺が一つずつ刻印し、魔力注入を行う仕事だ。

 どういう風に伝わったのか、一部の政治家も欲しがっているとか。それについては俺は知らんぷりだ。首を突っ込むつもりはない。

 ごたごたに巻き込まれなければ十分だ。


「典男、典男」

「どうした、ローナ」

「言われた通り、あの人たちに光属性のことについては言わなかったけど、良かったの?」

「この国の人口は一億人以上だ。しかも様々な病気を抱えてる人たちが大勢。あちこちの病人を救うために、毎日国中を飛び回ることになるぞ。家にいられなくなるだろう」

「あー……、それは」


 俺に説明され、微妙な表情になるローナ。


「恐らく、世間にも広まって、外国へも足を運ぶことになるだろう。魔力が尽きるまで延々と。……やるか?」

「……さ、魔王にお願いされてた本、買いに行こう!」


 話題を強引に変えた事から、そんな忙しい日々は拒絶なんだろう。

 それはそれとして、魔王の要望により俺とローナは秋葉原の同人誌店に向かうが、戦争の余波で店の再開が未定となっており、ネット通販でしか行われていないと知る。

 昔と様変わりしたなあ。

 帰りにデスクトップパソコンを俺とローナそれぞれに一台ずつ買って帰ることにした。

 ネット通販で百合同人誌を購入して、それを魔王に送ることにしよう。


◆     ◆     ◆


「学校? 面倒くさいなあ」

「そう言わず、楽しんで来い」


 防衛省にローナの事情を話して、イギリスで生まれ育った女性としてのカバーストーリーを持たせて共学高校に一年生として入学してもらうことになった。

 肉体年齢は地球換算で十五才くらいだし、丁度良いだろう。


「人間たちと交流することに意味があるの?」

「これからは集団行動を学ぶ他に、将来どんな仕事に就きたいかという事も含めての勉強になるから、通っておいた方が良い」

「典男の専業主婦だけで良いんだけどなー」

「未来を選ぶ選択肢は多い方が役に立つぞ」


 俺に言われたローナは渋々行き始めたが、思いの外楽しかったらしく、仕事から帰って来る度、誰それとどんなことを話したのか、誰と遊んだのか喋るようになった。

 良きかな良きかな。

 ただし、ローナに言い寄る男ども、てめえらは駄目だ。

 あれは俺の女だ。

 ……友達としてなら許す。

 それはそうと、俺とローナは仕事の合間の休日にブライダルチェック(医療検査)やブライダルフェア(結婚式場探し)を行い、結婚指輪選びもした。

 まあ、肝心の指輪はローナの身体の成長期が終わるのを待ってからだが。

 ……あと、俺も男でした。度重なるローナの誘惑にとうとう負け、手を出しました。

 もちろん、コンドームを使用してるからな。高校卒業までは関係者に迷惑をかけられん。

 戦争で大分世間は変わってしまったが、身の回りが平穏ならそれで良いか。

 後、金髪碧眼だという事もあってか、芸能事務所にスカウトされたみたいだが、枕営業疑惑のある業界は駄目だからな。

 食い物にされて捨てられるのがオチだ、止めとけ。

 と言うか俺の嫁だ、言い寄るな、許さん。

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目指せ現代帰還~異世界で嫁を探したら幽霊メイドが憑いてきました~ルートA 塚山 泰乃(旧名:なまけもの) @Wbx593Uk3v2mihl

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