第14話
夏休みが終わり、早一週間が過ぎた。
「はー、夏休みは色々あったなぁ・・・」
日曜日の朝方、ヂーミンを除いた4人は食事を終え、談話室でくつろいでいた。
「そうそう、恵海がギャングに攫われたりな。」
一昔前のゲームで遊んでいた海里が一言呟いた。その向かいのソファに座っていた恵海が申し訳なさそうな顔をしながらプラモを作っていた。
「ホント、ごめんなさい・・・」
そう言いながら、プラモにシールを張り付けた。
「だから、それは恵海のせいじゃないって!」
その隣に座っていたキラリはスマホをいじりながら言った。
「そういや、ヂーミンはどうした?」
タキは部屋を見回し、その場にヂーミンがいないことに気が付いた。
「呼んだ?」
その時、ヂーミンが部屋の外からひょこっと顔を出した。ヂーミンは今から出かけるようで、外出用の服を着ていた。
「どっか行くのか?」
「・・・水族館に。学校の友達と。」
そう言うと、ヂーミンはため息をついた。
「なんだよ、えらく不機嫌だな。」
「・・・その友達ってのが、大門と小坂なの。」
「ああ、あの二人か。」
名前を言われ、タキはヂーミンの友人、大門大志と小坂小神子を思い出した。
「というか実質、あの二人のデートに付き合わされてるだけなんだよね。本人は『チケット4枚あるから』とか言ってたけど・・・」
「まぁいいじゃねぇか。楽しんでこいよ。」
「楽しめればいいけど。いってきまーす。」
ヂーミンは軽く挨拶し、下宿を出た。その後電車に乗り、水族館へと向かった。
「おーい、ヂーミン!こっちこっち!」
水族館に着くと、入り口ですでに着いていた大門と小坂が待っていた。
「よっすー!」
「はいはい。で、残り一人は?チケットは4枚でしょ?」
「もうそろそろだと思うけどな・・・あっ、来た!」
話している間に、その4人目がやってきた。
「ごめーん!お待たせー!」
「いや、俺らも今来たとこだから。」
「えっと・・・?」
ヂーミンは見慣れぬ自分と同じくらいの女性を見て、首を傾げた。
「そういえば、ヂーミン君は初めて会うんだっけ。隣のクラスの雪乃ちゃん。」
「初めまして~、ヂーミン君、だよね。私、雪乃美香。」
美香は一礼し、ヂーミンに対して手を差し出し握手をしようとした。
「あっ、どうも。僕は
握手をすると、美香はニコッと笑った。
「早く入ろ!私、早くイルカ見たい!」
「あっ、待てよ小神子!」
大門と小坂が先走って中に入っていった。
「私達も行こっ!」
「あ、うん。」
ヂーミンと美香も後に続いて入っていった。
中に入ると、薄暗く、水槽から漏れる光が廊下を照らしていた。
水槽には種類ごとに様々な魚たちが自由に泳ぎ回っている。
「わぁっ、すごいね・・・」
「そーだね。」
あまり乗り気でない声でヂーミンが呟いた。
「ヂーミン君、楽しくない?」
「いや、別にそんなことないよ。ただ、まぁ・・・あの二人のデートに付き合わされてるって考えるとね。」
ため息混じりに話していると、美香はスマホのカメラを起動させた。
「えいっ。」
「へっ?」
その時、美香はヂーミンの腕を無理やり引っ張って自分の方に引き寄せた。同時にカメラのシャッターを切り、写真を撮った。
「ちょっ、な、なに撮ってんの!?」
「あははっ、ヂーミン君のマヌケな顔撮っちゃった!」
「それは雪乃さんが急に・・・!とにかく、それ消してよ!」
「やーだっ!」
美香は笑いながら早歩きで奥の方へ行ってしまった。
「あっ、ちょっと!」
ヂーミンはその後を追った。
「あれ?どこ行った・・・?」
イルカのショーが見れるステージにたどり着いたヂーミンは辺りを見回した。その時、首筋に冷たいモノが当たった。
「うわっ!?」
驚いて後ろを振り向くと、そこには缶ジュースを持った美香がいた。
「驚いた?」
「驚くよ!ったく、もう・・・」
ヂーミンはため息をつきつつも、呆れたようにフッと笑った。
「あっ、やっと笑った!」
「えっ?」
ヂーミンは思わず口を隠した。すると、美香はクスクスと笑った。
「隠さなくていいのに。笑った顔、素敵だよ。」
「は、はぁ?」
いきなり褒められ、ヂーミンは頬を赤く染めた。
「僕だって、笑う時は笑うよ。」
「確かにそうだけど・・・ヂーミン君って、いつも愛想笑いしかしないよね。」
「・・・そうかな。」
何も言い返せなかった。実際、その通りだったからだ。
どうせ学生時代だけの付き合い。波風立てるようなことはしたくない。
自分はただ普通に人付き合いをして、優秀な成績で卒業する。それでいいと思っていた。
「何か悩みあるの?」
そう言われ、何も言えなくなった。
ヂーミンは昔から、勉強もスポーツも少し教わっただけで人並以上に出来る、所謂、天才型の少年だった。
それ故に、目標が見つからなかった。未来につながるような、目標が・・・
「・・・別に。何もないよ。」
ヂーミンはそっぽを向きながら質問に答えた。
すると、美香はヂーミンの眼前に回り込んだ。
「だったら、好きなこと見つけようよ!」
「は?」
「好きなものがあると、思いっきりぶつかれるんだよ。」
屈託のない笑顔で言われ、ヂーミンは思わず茫然とした。こんなことを言われたのは初めてのことだった。少なくとも、ヂーミンの記憶にはなかった。
だが、美香に言われた瞬間、胸の奥が軽くなるような感じを覚えた。
その時、ふとヂーミンの目に看板が目に入った。
「深海魚コーナー・・・」
そう書かれた看板を見つけ、二人は深海魚コーナーに入った。
そこには様々な深海魚の標本が展示されていた。
「深海魚コーナーにようこそ!」
中の職員が挨拶をしてきた。
「へぇ、こんなところがあったんですね。」
「はい。深海魚も立派な魚の一部ですから。ところでお客様、お二人は深海魚のこと、どれだけ知っていますか?」
職員がいきなり二人に問いかけてきた。
「うーん、私自信ないなぁ・・・」
美香は苦笑いを浮かべて答えた。
「では、こちらの魚はわかりますか?」
すると職員はフリップを出し、魚の写真を見せた。体が細長く、ピラニアのように歯が鋭い魚だ。
「ホウライエソでしょ?」
ヂーミンはさらっと答えた。
「おみごと!正解です!」
「ヂーミン君、すごい!」
「では、こちらのホウライエソは深海のどこに生息しているでしょうか?」
職員はさらに質問をしてきた。ヂーミンはその質問に、答えられなかった。
「へ?生息?深海じゃないの?」
「海は深さによって、5つの層に分かれているんですよ。表層、中深層、漸深層、深海層、超深海層に分かれています。」
言葉が出なかった。自分の知らない知識がそこにあったからだ。
調べようと思えば、どこにでも転がってる情報かもしれない。だが、自分はそれを知らなかった。知ろうともしなかった。
(こんなことあんのかよ・・・僕が知らない知識があるなんて・・・)
その後は顎に手を当て、考えながら職員の解説を聞いていた。解説が終わり、深海魚コーナーを出た後も、ヂーミンは考え事を続けていた。
(僕はいわゆる天才型で、教えられたことはすぐ覚えたし、すぐにテストや運動に反映できた。なのに、深海魚のことは何も知らなかった。ホウライエソだって、図鑑でちょっと見て、それ覚えてただけ。というか、もしかして僕って・・・天才なんかじゃなかったのか?)
「・・・くん・・・ヂーミン君!」
その時、美香の呼び声で我に返った。
「え、なに?」
「冷めちゃうよ。」
美香はヂーミンの目の前にあるカレーを指差した。
深海魚コーナーを出て、いろいろ見回った後、二人は施設内のレストランで食事を取っていた。
「ああ、ごめん。」
「何か考え事?」
「そんなこと・・・いや、嘘。考えてた。僕、今まで自分が天才だと思ってた。親とかがそう言ってたから、僕自身それを鵜呑みにしてたっていうか・・・でも、さっきので分かったよ。僕はただ、周りより頭いいだけの、何も知らないガキだったんだ。ほんと、バカみたいっていうか。」
ヂーミンは自分を再評価しながらカレーを食べた。美香はそれを嫌な顔ひとつせず聞いていた。
「まぁ、それに気づけただけでも収穫かなって・・・」
「フフフ・・・」
その時、美香が笑った。
「なに?」
「ヂーミン君、自分で自分の悪口言ってるのに、なんか嬉しそう。」
美香に言われ、ヂーミンは自分の口に手を当てた。口が少し歪んでいて、笑っていることに気が付いた。無意識のうちに笑っていたのだ。
「やっぱりヂーミン君、笑ってる方が似合うよ。すごく素敵だよ。」
「そ、そうかな・・・」
(その素敵って言い方、やめてくんないかな・・・)
またしても美香に褒められ、ヂーミンは頬を赤く染めた。
「でも、ありがとう。美香ちゃん。」
「あっ・・・うん!」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、美香は満面の笑みを浮かべた。釣られてヂーミンも笑った。
「ごめーん!勝手に行っちゃってー!」
「こいつがどうしても熱帯魚見たいって聞かなくてさ!」
その時、大門と小坂が謝りながら走ってきた。
「遅いよ、二人とも。僕らもうご飯済ませちゃったよ。」
「すまん!後でアイスおごるぜ!」
「そう?じゃあ、期待しちゃおうかな。」
「・・・あれ?ヂーミン君、雰囲気変わった?」
その時、小坂がヂーミンの雰囲気が変わったことに気が付いた。いつもより自信に満ち溢れ、堂々としているように感じさせていた。
「さーて、どうかな?」
夕方、ヂーミンは友達と別れ、「タンポポ」へ戻ってきた。
「ただいまー。」
「おう、おかえり。」
『おかえりなさーい。』
談話室を覗くと、タキ達がだらけた様子でテレビを見ていた。
「うしっ、ヂーミンも帰ってきたし、飯作るか!」
タキがソファから起き上がり、体を伸ばした。
「今日のご飯何?」
「ひき肉が安かったからな・・・麻婆豆腐にするわ。」
「いいね!辛めにしてよ。」
「はいはい。」
タキは壁に掛けたエプロンを着けながら会話を交わす。すると、キラリがあることに気づいた。
「・・・あれ?ヂーミン、あんた水族館の他にどっか行ったの?」
ヂーミンの手には図書館のロゴが入ったバッグを下がっていた。
「ああ、見終わった後に図書館行ったんだ。深海魚のお勉強したくて♪」
そう言うと、バッグから本を見せ、同時に片目を閉じてウィンクをしてみせた。
「じゃ、出来たら読んでね。」
そう言って、ヂーミンは自分の部屋に向かった。
ヂーミンが談話室から去った後、タキを除いた3人は集まり始めた。
「ねぇ、ヂーミンの奴雰囲気変わったか?」
「そうだね・・・前より・・・なんだろう。変わったんだけど、変わってないように見える・・・?」
「そもそもアイツ、自分から『勉強する』って言うタイプだったっけ?」
雰囲気が変わったヂーミンについて話していると、タキが丸めた新聞紙で3人の頭を叩いた。
「あたっ!?」
「どっちでもいいだろ?アイツはアイツなりに、熱中できるものが出来たんじゃねぇか?いいことじゃねぇか。」
タキはそう言って微笑んだ。
その日、ヂーミンは今日という日を忘れないよう、メモ用紙にささやかながら日記を書き、学生手帳にしまったのだった。
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