第8話
「もう・・・8月かぁ・・・」
嫌になるほどの暑さの8月に入り、世間は夏休みシーズンに突入していた。
「時間が進むの早いよなぁ・・・ガキどもと一緒に暮らしてると、マジにそう思うぜ。」
タキは素麺とビールを食しながら、しみじみと独り言をつぶやいた。
その時、
『ただいまー!!』
海里達が一斉に帰ってきた。
「おっ、今日早いな。」
「えへへ・・・私達みんな、夏休みに入りましたー!!」
キラリは高らかに叫び、上着をその場に脱ぎ捨てた。
「おう、よかったな。」
タキはそう言って素麺をすすった。
「休み中何やってようかなぁ・・・」
「海行こうぜ、海!」
「海かぁ・・・僕、まだ日本の海に行ったことないんだ。」
「よーし、じゃあ海行っちゃお!」
「おう、気を付けて行ってこい。」
4人が和気あいあいと話す中、タキはビールを一口飲んだ。
すると、4人はきょとんとした顔でタキを見始めた。
「・・・なんだよ?」
「タキ、車出してくれないの?」
「はぁ?車なんてねぇよ。」
『はぁっ!?』
4人はタキに対して大声を上げた。
「いや、お前らだけで行けばいいだろ。」
「何言ってんの!こっちには保護者が必要なの!」
「それに、車出してくれないと電車代かかるじゃねぇか!」
4人はタキに文句を言ってきた。対し、タキはため息をつき・・・
「って言ってもよ・・・車を買う金なんてねぇよ。毎月5人分の生活費だけでカツカツなんだよ。」
「僕らの期待、裏切るの?タキさん?」
「うっ・・・」
ヂーミンはチクリとくるセリフを言ってきた。
「で、でも無理言ったらタキさんにも迷惑だし・・・」
「うーん・・・しゃあねぇ。他の手段探すか。」
「水着も買わないと!」
4人は残念そうにキッチンから立ち去って行った。
「・・・車か・・・」
タキはうーんと唸り、スマホで電話を掛け始めた。
『もしもし、タキ?どうしたんだい?』
電話の相手は友人、宗太だった。
「おう、宗太。ちょっと頼みがあるんだけどよ・・・」
その後、電話と食事を終えたタキは、宗太が経営する「須央探偵事務所」へ向かった。
事務所につくと、入り口の階段付近で宗太が待っていた。その傍らには古びたバンが止まっていた。
「ほら、ご所望の品だよ。」
「ああ、悪いな宗太!」
タキは礼を言いながら車体を撫でた。
「ちょくちょくメンテはしてるから、今でもバンバン動くよ。」
「助かるぜ!じゃ、これ今月分!」
タキは財布から1万円を出し、宗太に手渡した。
「しかし、最初聞いた時は驚いたよ。僕の車を買いたいなんてさ。しかも月1万で。まぁ、全然使ってなかったし、いいんだけどさ。」
「本当にすまねぇな・・・でも、これであいつらを海に連れてってやれる。」
礼を言いながらタキは運転席の中を見た。
「・・・ずいぶん変わったね、タキ。」
「あ?」
「昔、あんなことがあってから、ずいぶん明るくなったよ。下宿をやる前はまるで死人みたいだったのに。」
「・・・ガキどものおかげだよ。」
タキはフッと笑った。
「あいつら、俺の過去を知っても受け入れてくれた。これは、そのことのお礼でもあるんだ。それに・・・あいつらの笑顔見れンなら、ちょっとぐらい金がキツくても平気だ!」
タキはニカッと笑いながら言った。それに釣られ、宗太もフッと笑った。
「後、お前のおかげでもあるんだぞ。」
「?」
「あの時、お前が下宿の運営を進めてくれたおかげで・・・俺は立ち直れた。お前にも感謝してる。ありがとな。」
「タキ・・・」
タキは宗太に礼を言った。その昔、タキは人生のどん底に落ちた。だが、それを宗太が救ってくれたのだ。
タキはそのことを今も忘れていない・・・忘れるはずもなかった。
「・・・プッ、なにらしくないこと言ってるんだか。」
「ああっ!?おま、人がせっかく礼言ってんのに・・・!」
「はいはい。ほら、早く帰って子ども達に見せてあげな。」
「ったく・・・」
タキはブツブツと文句を言いながらエンジンをかけた。
「じゃあな!今度パチンコ買ったら飯でも奢るわ!」
「期待しないで待ってるよ!」
車を走らせ、タキは胸を躍らせながら「タンポポ」へ向かった。
そのころ、海里達は・・・
「あー、カワイイ水着見つかってよかった~!」
水着を買い終わり、帰路についていた。そんな中、恵海は俯いていた。
「なんだよ、恵海。元気ねぇな。」
「わ、私、水着買うの初めてだから・・・大丈夫かなぁ・・・タキさんに引かれないかなぁ・・・」
恵海はキラリと一緒に水着を選んで買ったのだが、いまだにこれでよかったのかと迷っていた。
それを慰めるようにキラリは恵海の肩を抱いた。
「大丈夫!男の目なんて気にしなくても、恵海の水着姿、絶対カワイイから!」
「恵海ちゃん・・・ありがとう。」
キラリの気遣いに、恵海ははにかみながら礼を言った。
(あ~~~、恵海ってばめっちゃくちゃカワイイんですけど!もう、このまま抱きしめたい・・・)
キラリは心の中では、このまま恵海を抱きしめたくて堪らなくなっていた。
「でも、問題は移動手段だよ。車は出ない以上、電車で行くしかないんじゃない?」
ヂーミンが移動についての話題を出した。
「それなんだよねぇ・・・着替え、浮き輪、ボール、空気入れ、飲み物・・・絶対荷物多くなるよね。」
「電車でそれ全部運ぶのキツイだろうな・・・しかも真夏だぜ?」
「うーん・・・」
4人が悩みながら歩いていると、後ろから車のクラクションが鳴り響いた。その音に気づき、4人は後ろを振り返った。
「よっ!」
そこには、古いバンに乗ったタキがいた。
「タキ!?」
「この車どうしたの!?」
「宗太から買ったんだ。格安のローンでな!」
車を買ったと言ったタキに、4人は驚きを隠せなかった。
「もしかして・・・私達のために・・・?」
「なんだっていいだろ?とにかく、これでどこだっていけるぞ!」
「や・・・!」
タキがニカッと笑うと、4人も笑みを浮かべ・・・
『やったー--!!』
その場でハイタッチを交わした。
「サンキュー!タキ!」
「バンだから荷物多くても大丈夫だよね!」
「しかし、ずいぶん思い切ったネ、タキさん?」
「あー・・・まぁな。」
タキは照れ臭そうに笑った。先ほど宗太に言った「あいつらの笑顔が見れるなら、金が少しキツくなっても平気」というセリフを思い出した。
さすがに本人達の前では恥ずかしくて言うことができず、照れ笑いで誤魔化すしかなかった。
(こいつらの前で言えるかよ・・・あんなこと。)
後日、
「よーし、お前ら準備はいいか?」
『おー!』
「そんじゃ、出発進行ー!!」
タキは高らかに声を上げ、車を発進させた。タキ達を乗せたバンは湘南の海へと走った。
「タンポポ」の夏は、まだ始まったばかり・・・
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