第7話
それからスクスク成長した真一だったけど、昔のあの子は泣き虫だったわ。転んだだけで泣くし、嫌いな食べ物があっただけでも泣く子だったわ。
でも、一番泣いたのは、あの日・・・友達のタケシっていう子が里親に引き取られた時のこと。あの子は泣きながら授業で書いた自分の絵を、クレヨンでぐちゃぐちゃにしてたわ。
「真一、どうしたの?」
私が聞くと、あの子は大声で泣いて・・・
「なんで・・・なんで僕にはパパとママがいないの!?タケシ君にはいるのに、僕だけなんで!?」
・・・あの子はそう叫んでずっと泣いた。泣きつかれて寝るまでずっと・・・
園には親がいない子は真一だけじゃない。他にも大勢いる・・・だけど、その中であの子が一番かわいそうに思えてしまったわ。
でも、ある時からあの子は変わった。あの子がもうすぐ小学校に入る時・・・
「真一、何を見てるの?」
真一は園の隅で咲いていたタンポポを見てた。
「別に・・・」
「あら、タンポポ。キレイね。」
「どこが?こんなの・・・どこにだって咲いてるじゃん。」
真一はタンポポに対して不満を言ってたわ。それで、私は言ったの。
「知ってる?タンポポって、とても強い花なのよ。」
「えっ?」
「タンポポはよく人に踏まれるようなところに咲くから、踏まれてばかりなの。でもね、タンポポは何度踏まれても咲き誇っているのよ。」
それから真一はずっと私の話を聞いていた。
「どこか遠くからやって来て、咲かないような場所で芽を出して、そこで立派な花になる。そして、人知れず誰かを笑顔にする・・・真一と同じね。」
「僕と・・・?」
「ええ、貴方はこの場所で立派なタンポポになろうとしてる。そして・・・きっと誰かを笑顔にする大人になるって、信じてるわ。」
私が真一の頭を撫でながら言うと、あの子は泣き出した。でも、あの時ばかりは、悲しさから流れる涙じゃなかったわ。
―――――――――
「それから小学校に入って、あの子は変わった。自分を『俺』って呼ぶようになったし、イジメを許さない子になって、困ってる友達に手を差し伸べる子になったわ。・・・よく問題を起こすけど。」
優子はそう言いながらニッと笑った。
笑った顔がタキと似ている、と4人は思った。
「宗太さんとは、その時から?」
「そうね・・・宗太は小学生の時にここに来たわ。」
宗太の話題が上がり、優子はフフっと笑い始めた。
「真一と宗太は・・・最初は仲が悪くてね。入園して間もない宗太は誰とも関わろうしなくてね。学校で、目の前でいじめられている子がいても知らんぷりして・・・その時、真一はなんて言ったと思う?」
『おい!お前、なんで知らんぷりしてんだよ!』
「・・・なーんて言って、大喧嘩しちゃったの。二人とも。」
「は、はあ・・・」
4人は苦笑いを浮かべた。内心、「あの人らしい」とも思った。
(そうか・・・あいつのルーツは、ここから来てたんだ・・・)
海里はあの時、タキがタンポポの花のことを話した時のことを思い出した。タンポポの花が好きだと言った彼の笑顔はとても穏やかだった。本当に好きだということがその顔から伝わった。
それもこれも、この施設で、この園長から教えられたからだ・・・海里はそう思った。
時間は流れ、夕方となりタキ達はタンポポハウスを後にした。
「じゃあねー!タキおじさーん!!」
「おう、みんなも元気でなー!!」
手を振って見送る園児達に、タキも手を振って返した。
「大人気ですね、タキさん。」
帰り道、恵海はタキの子ども達からの人気に一言呟いた。
「へへっ、まぁ子どもは好きだからな。俺も、一時期は親に・・・」
その時、話の最中にタキは真顔になり、足を止めた。
「タキ?」
「・・・いや、この話はやめるわ。」
タキは笑顔で答えた。だが、いつものニカッとした笑顔ではなく、苦笑いにも似た笑顔だった。
「さーて、早く帰ろうぜ。」
「なんで言わなかったの?」
足早に帰ろうとするタキに、ヂーミンは声を上げた。
「あの施設で育ったこと、どうして言わなかったのかな?後ろめたいことでもあるの?」
「ちょ、ちょっとヂーミン!」
ずけずけと質問してくるヂーミン。キラリが止めようとしたが、それを聞かずにタキに近づいた。
「・・・あーあ、今日は飯作るのめんどくせぇな!ファミレスでも行くか!」
タキはそう言って足を進めた。遅れて4人はその後に続いた。
その後、タキ達は駅前にあるチェーン店のファミレスに入った。
「ほら、好きなモン頼みな。昨日パチンコで勝ったからな・・・金はあるぞ。とりあえず、ドリンクバーはいるだろ?すいませーん!」
タキは席につくなり、人数分のドリンクバーを注文した。注文したのち、席に沈黙が続いた。皆、何も喋らず、タキの方を見ていた。
「・・・言わなかったのはな、別に後ろめたいことがあるからじゃねぇんだ。・・・怖かったんだ。」
タキは目を伏せながらビールを飲んだ。
「俺、性格こんなだろ?だから、昔のことを知られて・・・幻滅させたくなかったんだ。」
申し訳なさそうに笑うタキ。それに対し、4人は深いため息を吐いた。
その反応を見て、タキは「幻滅された」と思った。だが・・・
『バーーーカ!』
4人が笑いながら言ってきた。
「は・・・?」
「何が幻滅だよ!お前のこと、たいして知らねぇのに幻滅もクソもねぇだろ?」
「うっ・・・」
海里からの言葉に、タキは口ごもった。
「そうそう、そういうのって言わないと周りに気づかないんだよね~」
「ぐぬっ・・・」
続けてキラリに言われ、さらに口ごもる。
「でも・・・落ち込まないでください。私たちが少し前向きになれたのは、タキさんのおかげなんですから。」
「それに、アンタのことをちょっと知れたし。」
その時、恵海とヂーミンは口ごもるタキをフォローした。
「お前ら・・・」
「だからよ・・・あんまり気にすんなよ。お前が元気でいてくれないと・・・その・・・」
今度は海里が口ごもり、もじもじし始めた。その様子にタキは首を傾げた。
「き、気になるじゃんかよ・・・」
海里はボソッと、しかし聞こえるように呟いた。
「あれ?なんか顔赤くない?」
「はっ!?」
キラリに指摘され、海里は自分の顔が赤くなっていることに気が付いた。一旦気づくと、カーッと熱くなるのを感じてしまった。
「そ、そんなことねぇよ!」
口で否定しながらそっぽを向くが、段々と恥ずかしさもこみ上げてくる。
それを見て、タキは笑った。
「ハハッ・・・ありがとよ。お前らの励まし、すっげぇ嬉しいわ!」
そう言って、タキはいつものようにニカッと笑った。それを4人も釣られて笑い、心底安心した。
「さーてと、好きなの頼んでいいって言ったよね?」
キラリがニヤリと笑いながらタキに尋ねた。
「あ?まぁ、パチンコ勝ったおかげでそこそこ金はあるけど・・・」
「よーし!じゃあ私、このスペシャルロイヤルケーキにしよーっと!」
キラリは注文を決め、呼び鈴を押した。その時、タキはチラリとメニュー表を見て、飲んだビールを吹き出した。
「ゴホッ、ゴホッ!ちょ、ちょっと待て!これケーキなのに1000円もするじゃねぇか!?」
「えー?好きなもの注文しろって言ったのタキじゃん。」
「そりゃそうだけどよ・・・」
ケーキの値段に驚く中、海里も注文が決まった。
「ステーキ美味そうだな・・・よし、この本格和牛ステーキにするか!」
「ちょい待てぇ!!和牛って・・・これ3000円するじゃねぇか!?」
その時、タキが声を上げた。
「ライスとサラダ付きで和牛なら安い方だろ。」
「お前、人の金だと思って・・・!」
続いてヂーミンも注文を決めた。
「あんまりピンと来るものないけど・・・しょうがない。このフカヒレ定食にしよ。」
「うぉぉいっ!しょうがないで済ませる注文じゃないだろ!フカヒレだぞフカヒレ!これも3000円するじゃねえか!」
またしてもタキが声を上げた。
「どうせチェーン店のフカヒレなんだから、安物使ってるでしょ。なら安いでしょ。」
「そういう問題じゃねぇだろが!」
最後に、恵海が注文を決め手を上げた。
「わ、私・・・ハンバーグドリアにします・・・」
恵海が頼んだのはメニューの中ではそれほど高くない料理だった。
「お前ってやつは・・・本当にいい子だなぁ・・・」
自分に気を使ったと思ったのか、タキは恵海の頭を撫で始めた。頭を撫でられ、恵海は恥ずかしそうに俯いたが、まんざらでもなさそうに笑った。
「ねぇ、ピザも食べたくない?」
「おう、いいなピザ。」
「後ポテトも頼もうか。」
二人のやりとりをよそに、3人はさらに注文を増やそうとしていた。
「お前ら・・・!あー、もう!勝手にしろー---っ!!」
吹っ切れたタキは自分も高い物を注文した。そして、注文した料理が届き、5人は大いに食べ、大いに笑ったのだった。
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