第5話
「おーいタキー!俺の靴下知らね?」
「脱衣所に干してあるだろ!」
「タキさん、醤油・・・」
「おう。」
「タキー、放課後に友達とカラオケ行くから、遅くなるわ。」
「晩飯は?」
「食べてくるー」
朝の慌ただしい光景・・・ヂーミンはそれを静かに見ていた。
そして、3人が学校に行ったのを見計らうと、ゆっくり口を開きはじめた。
「最近、3人と仲良いんだネ。」
「ん・・・まぁな。」
「どうやって取り入ったのかナ?」
フッと笑いながら言うヂーミンに、タキは少し腹が立った。
「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ。早く食って、お前も学校行け。」
「わかってるヨ。」
腹を立てたタキを見て、ヂーミンは内心ほくそ笑みながら、朝食を食べた。
「えー、それでは中間テストの答案を返します。」
この日、ヂーミンが通う世野道高等学校では、中間テストの答案が返された。
そして、ヂーミンの点数は・・・
「わっ、ヂーミン君すごーい!100点満点じゃん!」
後ろに座っていたクラスメートの女子がヂーミンの点数に気づいた。それに続くように、周りの生徒がヂーミンの周りに集まっていた。
「うわっマジじゃん!」
「すごーい!100点なんて初めて見た!」
生徒たちはヂーミンを前にし、騒ぎ立てた。
「コラ!騒いでないで席に戻りなさい!」
担任が生徒たちを諫めると、皆自分の席に戻っていった。
その時、皆は気づかなかった。ヂーミンの点数に皆が驚く中、一人だけ悔しがっている者がいたことに・・・
(なんでだ・・・なんであんな奴が・・・!)
その後、昼休み中の食堂にて・・・
「いただきます。」
ヂーミンは食堂のテーブルに一人で座り、注文した海老天そばを食べ始めた。
「おーい、ヂーミン!」
その時、一人の男子生徒がヂーミンの向かいに座った。同時に、その隣に一人の女生徒が座る。
「ここいいか?って、もう座っちゃったけど。」
「いいヨ。えーと・・・」
「おいおい、同じクラスだろ?俺は大門!」
「私は小坂だよ!」
そう言ってにこやかに挨拶をする二人組。ヂーミンはそれを愛想笑いで返した。
「今日は天そばか?奇遇だな、俺カツ丼!」
「は?奇遇?」
片方は海老天そばで、もう片方はカツ丼。別に共通点はないと思い、ヂーミンは不思議に思った。
「ほら、同じ揚げ物!」
「あー・・・面白いネ。」
ヂーミンはまたも愛想笑いを浮かべる。つまらない、と思ったが、別に声に出して言う必要はない。
すると、
「えー、じゃあ私だけ仲間外れ~?」
と小坂が膨れ始めた。小坂が食べているのはラーメンだった。確かに少なくとも揚げ物ではないから、共通点はない。
「いやいや、よく見ろって!ほら、ラーメンとそば!とんかつとチャーシュー!麺類と豚肉!共通点ありあり!」
「ありありだ~!」
二人は笑い、ハイタッチをし始めた。
(・・・付き合ってらんない。)
それはヂーミンは笑ったが、内心面白くもなんともなかった。
「あっ、そういやテストの点!お前すごいな、100点なんて!」
「ホントホント!私なんて60点だよ。何か特別な勉強してるの?」
「いや、特になにもしてないヨ。」
ヂーミンはそう言いながら、そばをすすった。
「ウッソだ~!何もせず100点取れたら、あのがり勉の立場ないだろ。」
「がり勉?」
「ほら、お前の隣に座ってる生野って奴。あいつ、遊びもせず休まず勉強に明け暮れてるらしいぜ。東大目指すとか・・・」
「ふーん・・・」
そういえば、とヂーミンは思い出した。あの時、テストが返されたとき、一人だけ悔しがっている奴がいた。もしかしてそいつが・・・
しかし、ヂーミンはすぐ考えるのをやめた。別に他人事だし、自分には関係ない・・・そう思った。
放課後・・・
「じゃあな、ヂーミン!」
「バイバーイ!」
大門と小坂は駅までヂーミンと帰り、駅についた二人は手を振ってヂーミンを見送った。
(見送らなくていいっての・・・)
内心そう思いながら手を振り返すヂーミン。しばらくして二人はその場から立ち去っていく。
(あの二人、付き合ってるのか?まだ高校1年なのに、よくやるよ・・・)
いつも二人一緒にいる大門と小坂に、内心呆れながら、駅の中へ入った。その時、
「?」
駅のホームにメガネをかけた男が見える。ヂーミンと同じ学校の制服を着ている。
見覚えがある・・・生野だ。気のせいか、こちらを見ているようにも見える。
しかし、ヂーミンは気にすることなく改札に向かった。
そして電車に乗り、「タンポポ」がある駅で降りた。そこから商店街を歩き始める。
(・・・誰かついてきてる。)
背後に誰かがついてきているのを感じた。ちらりと後ろを向くと、人に紛れて生野が歩いてきている。
何故生野がついてきてるのか分からなかったが、とりあえず事情を聞こうと思い、裏路地へ入った。生野も後をつけて入ってくる。
「・・・なんでストーカーみたいなことをしてるのかナ?生野君。」
「お、お前が気にくわないんだよ・・・!」
ヂーミンからの問いかけに、生野は睨みながら答えた。
「ぼ、僕は小学校の時から勉強を続けてたのに・・・!なのに、お前はなんの努力もせずに100点取りやがって!」
生野は恨み節をぶつけてきた。しかし、ヂーミンはため息を吐き・・・
「・・・なんだか知らないけど、八つ当たりはやめてくれないかナ。」
「なに・・・?」
「100点取れなかったのは、他でもない君のせいだろ?僕を巻き込むな。」
ヂーミンは生野に向かって正論を吐き、逆に睨み返した。
「う・・・うるさい!お前なんて、お前なんていなければ!」
生野は叫び、ポケットからカッターを取り出した。そして、ヂーミンに突き刺そうと突進しだした。
ヂーミンは武術を学んだことがあった。生野がナイフを突き出したと同時に蹴りでカッターを飛ばしてやろうと考えた。
生野の突進が徐々にヂーミンに近づいてくる。そして、蹴りの間合いへ入る・・・
(今ッ!)
タイミングを見計らい、蹴りを繰り出す。だがその瞬間、生野のカッターとヂーミンの足は何者かに掴まれた。
『!!』
「っと・・・セーフ。」
カッターと足を掴んだのは、タキだった。
「滝沢・・・」
「な、なんだよお前・・・!?」
生野は突然のことに動揺した。ヂーミンを刺そうとしたら、突然知らない男が現れ、カッターを直に掴んで止めた。直に掴んだため、手から血がこぼれ落ちているのにも関わらず、顔色を変えない・・・動揺するしかなかった。
「なぁ、こんなもの捨ててくれねぇか?」
タキはカッターで手が切れ、血が出ているにも関わらず、顔色を変えずに生野に話しかける。
「こんなモンで人生捨てたくねぇだろ?だから、こいつを手放してくれ。」
「ううっ・・・」
生野は震える手でカッターを手放し、その場から走って逃げ去った。それを見守ったタキはカッターをハンカチで包み、それをポケットにしまった。
「・・・どうしてここが分かったノ?」
「パチンコの帰りでな。お前があいつにつけられてるのに気づいた。それより・・・お前、あんな言い方ないんじゃないのか?」
タキは先ほどの一部始終を聞いていた。
「仮にも同じ学校の生徒同士だろ。仲良くできねぇのか?」
「僕は被害者だよ?なんでそんなことしなきゃいけないの?」
ヂーミンは自分は悪くないと、ポケットに手を入れたままタキの質問に答えた。
その姿を見たタキは深いため息をついた。
「・・・お前、後で俺の部屋に来い。」
(お説教・・・ってことか。)
正直、聞く気はなかったがこれからの生活に波風を立てないため、聞くしかない・・・ヂーミンはそう思った。
その後、食事を終えた後、ヂーミンはタキの部屋を訪れた。
「おう、座れ。」
タキは少々ドスの効いた声でヂーミンに座るよう促した。
ヂーミンが正面に座ると、タキは飲み物としてペットボトルのお茶を差し出した。
「ヂーミン、お前・・・」
いよいよ説教が始まると思い、ヂーミンは呼吸を整えた。
「ずっと本音隠してるだろ。」
だが、思っていたことと違うことを言ったタキ。ヂーミンは内心困惑した。
「ど、どういうことかナ・・・?」
「お前、いつもそうやって人当たりよく接してるけど、なんか演技くせぇんだよな。」
「ふーん・・・よく見てンだ。」
困惑したが、すぐに冷静さを取り戻したヂーミン。
「まぁ、お前よか人生経験長いからな。で、さっきのお前だけど・・・あの時ばかりは演技っぽくなかった。素のお前が見れたって感じだ。」
胸がざわついた。タキの言っていることは正しかった。あの時ばかりは素の自分を出していた。
「なんで演技なんてしてんだ?不都合なのか?」
「・・・それ話すには、僕の過去を話すことになるよ。」
ヂーミンはフッと息をつき、自身の過去を話し始めた。
「僕はいわゆる・・・天才型ってやつでね。昔から勉強も運動も・・・少し教わっただけで人並以上に出来ちゃったわけ。」
「へっ、自慢かよ。」
タキは鼻で笑い、お茶を飲んだ。
「でもそうなると、それが面白くない奴らが出てくるわけ。そのせいで何度か嫌がらせを受けたよ。靴箱に生ごみ入れられたり、家に落書きされたりね。自分に実力がないくせに、僕に八つ当たりしてくるなんて・・・バカがすることだ。」
「そんなもん・・・周りの声なんて気にしなきゃいいだろ。」
「母さんもそう言ってたよ。だから・・・気にしないように演技を始めたんだ。」
「それが、普段のお前の態度ってことか。」
ヂーミンはコクリと頷いた。
「人当たりよくしてれば、とりあえず人は寄り付くし、まぁ嫌な気分にはならないでしょ。コミュ力を養えるし。」
ヂーミンはそう言ってフッと笑った。その話をタキは黙って聞いている。
「もういい?明日も学校あるから。」
ヂーミンはその場から立ち上がり、部屋を出ようとした。その時、タキは笑い始めた。
「ハハハッ・・・頭良いくせに不器用だな、お前。」
「は?」
タキのその一言に、ヂーミンは少しながら怒りを覚えた。
「お前がやってんのは、自分の殻に閉じこもって怯えてるだけだ。あの時、思わず素を出したのだって・・・本当は痛いとこ突かれてたんじゃないのか?それとも怖かったのか?」
タキはニヤリと笑いながら吐き捨てる。タキのその態度と発言にヂーミンはますます怒りを覚え、拳をちゃぶ台にたたきつけた。
「フーッ・・・フーッ・・・!」
息が荒くなる。拳が震える。自分でもこの怒りを抑えるのが精一杯だった。
ヂーミンが拳をちゃぶ台にたたきつけても、タキは態度も顔色も変えなかった。
「また素が出たな。」
タキはそう言って、自分の右頬を指差した。
「殴りたきゃ殴りな。俺が全部受け止めてやるから。」
自信に満ちた顔で拳を受け止めようとするタキ。それを見て、ヂーミンは一瞬手が出そうになったが、抑えた。とりあえず呼吸を整え、一息つく。
「・・・そういうの、やめた方がいいよ。周りから気色悪いと思われるから。」
ヂーミンはそう言って立ち上がり、部屋から出ようとした。
「でも・・・少しだけアンタって人間が分かったよ。タキさん。」
そう言って、ヂーミンは部屋から出た。それを見送ったタキは、お茶を一口飲んだ。
「・・・いきなり変わろうとしても、変わらねぇよな。でも、お前はまだ若い・・・いくらでも変われるチャンスはあるぞ、ヂーミン・・・」
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