第4話

「ねぇねぇ、B組の桜木君、結構イケメンじゃない?」

「え~?3年の菊池先輩の方がイケメンじゃん?」

「キラリはどう思う?」

「うーん、どっちもタイプじゃないかなぁ・・・」

キラリは自分のクラスメート達と学校にいる男について話が盛り上がっていた。しかし、キラリには学校の男など眼中になく、気怠そうに答えた。

「マジ?キラリって理想高すぎじゃね?」

「イケメンならいいってワケじゃないの、私。強いて言うならぁ・・・中性的?男だけど女の子っぽいっていうか。」

「そんなのいるワケないじゃん。」

理想のタイプを離したキラリだったが、周りの友達には鼻で笑われた。

「いるワケないから理想なワケじゃん?それより、今日放課後にカフェに行かない?めっちゃインスタ映えするケーキがあんの!」

キラリは話題を変え、スマホでネットで話題の店の写真を見せた。それを見た途端友達は一斉にため息をつく。

「えー、またケーキ?キラリって週に一度はやってるよね、それ。」

「太っても知らないよー。」

「だって食べなきゃもったいないじゃん?それに、私って太らない体質なんだよねー。」

キラリはそう言って自分の体形を見た。キラリはクラスの中でもスタイルはいい方だった。細身ではあったが出るとこは出ている、所謂男ウケが良さそうなスタイルだった。

「栄養が全部・・・このデカ乳にいってんじゃないの~?」

その時、友達の一人がふざけてキラリの胸を触った。

「ちょっ、やめてよ!もう!」

「とか言って喜んでない?ドMかよ~!」

「違うっての!」

キラリは否定しながら友達の手を振り払った。

その日の放課後、キラリは友達と一緒にネットで話題のカフェに訪れた。

「う~~~ん、美味しい~~~!」

キラリはタワーのようにクリームが積み上がったショートケーキを美味しそうに食べた。

「キラリって偉いよね。インスタ撮ってる人って、写真だけ撮って、料理は食べないって聞くし。」

「私をそんじょそこらのインスタと一緒にしないでくんない?私は敬意を持った上で料理を食べてるから。それに、持ち帰りできるところしか選んでないから。」

キラリはそう言ってドヤ顔を見せ、ケーキをさらに一口食べた。

「抜け目ないな~・・・」

「あっ、すいませーん!」

キラリは近くにいた店員を呼んだ。

「はい、どうなさいました?」

「このケーキ持ち帰りで4つください。」

「かしこまりました。」

店員はキラリからの注文を受け、その場から立ち去った。

「キラリ、あんたまだ食べる気!?」

「違う違う!下宿に住んでる子達におみやげ!」

「あっ、そうか。キラリ、下宿暮らしだもんね。」

「ねぇねぇ!その下宿ってさぁ・・・男はいるの?」

友達の一人がキラリに尋ねた。その時、キラリの脳裏にタキとヂーミンの顔が浮かぶ。

「いるよ、二人。写真見る?」

キラリはスマホで二人の写真を見せた。

「うわっ、イケメンじゃん!」

「こっちのおじさんも結構よさげじゃん?ワイルド系って感じ!」

「いいな~、キラリ。こんな男がいて・・・」

友達の一言に、キラリは眉間にしわを寄せ、嫌そうな顔を見せた。

「はぁ?別に良くないし!このおっさんは下宿の大家なんだけど・・・今時古臭い熱血系だし、もう一人は留学生なんだけど・・・何考えてるかさっぱりわかんないし・・・ああ、思い出しただけで腹立つ!すいませーん!紅茶おかわりー!」

『オッサンかよ・・・』

腹立つことを飲んで忘れようとする中年と今のキラリの姿を重ね、友達は口を揃えてツッコんだ。


その後、友達と別れたキラリは帰路についた。片手には持ち帰りのケーキを持っていた。

「はぁ・・・また男のタイプで嘘ついちゃった・・・」

キラリはとぼとぼ歩きながらため息をついた。

あの時、友達に自分の男のタイプを話していたが、アレは嘘だった。キラリは男に恋愛感情を持っていなかった。男が嫌いというわけじゃないが、むしろ好きなのは・・・


ドンッ!


その時、キラリは人とぶつかってしまった。

「イッテ~~~!なにすんだこの野郎!」

運が悪いことに、ぶつかったのは見るからにチンピラ風の男二人だった。

(最悪・・・)

「なんだぁ?ぶつかったのに謝罪もなしかぁ?」

「慰謝料よこせよ。イ・シャ・リョウ!」

人を舐めたような態度で話しかけてくるチンピラ二人。それに対してキラリはため息をつく。

「あーあ、バッカみたい。今時そんな古臭いやり方でビビると思ってんの?」

「な、なに!?」

「もうちょっと知性磨いたら?あっ、あんた等の脳みそじゃ無理か。」

チンピラに負けないくらいの舐めた態度で二人を煽るキラリ。その態度と発言に、チンピラは怒りがこみ上げた。

「この女!舐めやがって!」

チンピラの一人がキラリに殴りかかった。だがその時、キラリの背後から石ころが飛んできて、チンピラの鼻に当たった。

「うがっ!?」

「な、なんだ!?」

「ったく、何やってんだキラリ!」

キラリの背後にいたのは、買い物帰りのタキだった。

「やっぱり、いると思った!」

「つーか、よく気づいたな俺に。」

「自撮りモードにしたとき、アンタの姿写ったからね。」

「だったら声ぐらいかけろよ・・・」

チンピラそっちのけで会話する二人。

「な、なんだてめぇは!」

「この女の保護者みてぇなモンだ。」

タキは手に持っていた食品が入ったレジ袋をキラリに手渡すと、チンピラを睨み、拳の骨を鳴らし始めた。

「さぁて・・・どうしてやろうか。」

「や、やんのかてめぇ!」

「こ、こっちにはバックにヤクザがついてんだ!本気になったらてめぇなんか・・・!」

チンピラが息巻いている中、タキは先ほど投げた石を拾いあげ、それを指で掴み・・・指の力だけで粉々に粉砕した。

『へっ・・・?』

「お前らもこうなりてぇか?」

タキはドスが効いた低い声でチンピラを脅迫した。すると、チンピラ二人はサーっと血の気が引いたように顔が青ざめ、冷や汗をかき始めた。

『ご、ごめんなさーい・・・』

そのままチンピラ二人はそそくさと逃げ去った。

「・・・まったく、最近あーいう奴ばっかりで参るぜ。」

「サンキュー!アンタいて助かっちゃった!」

「お前も少しは怖がるとかしろよな。」

タキの言う通り、あの時のキラリは怖がる素振りなど見せなかった。

「そんなとこ見せたら相手の思うツボじゃん?私はそんなの嫌だから、ギリギリまで足掻く性分なの。」

(ある意味海里よりたくましいかもな、こいつ・・・)

「あっ、そういえばさ・・・」

その時、キラリは話題を変えた。

「あんたってこの町にいて長いの?」

「『アンタ』って言うな!俺には滝沢真一って立派な名前があんだよ!」

「はいはい・・・滝沢はさ、この町にいて長いの?」

キラリはため息を吐きつつも、同じ質問をした。

「ん・・・まぁ、20の時にこの町に来たから・・・もう8年になるか。」

「ってことは、今28歳!?若っ!気持ち悪っ!」

「おい・・・!ぶん殴られてぇのかてめぇ・・・!で、それがどうしたんだよ。」

タキは怒りを抑えながら、質問を投げ返す。

「いや、滝沢って顔広そうだし、いろんな人と会ってきたんだろうなぁ・・・って思ってね。」

「・・・なんかあったのか?」

キラリの態度に、何かあったのだろうと察したタキ。怒りは消え、相談に乗ろうとした。

「うん、ちょっと悩んでることあってさ。海里も恵海も、アンタのおかげで変わったみたいだし・・・私もあやかろうかと思って。」

「わかった。今日の夜、俺の部屋にこっそり来な。人生相談してやる。」

「へへっ、サンキュ。」


そしてその夜・・・時間は夜の10時になった。

皆が自分の部屋でプライベートを過ごす中、キラリはこっそりとタキの部屋を尋ねた。

「よっ、来たか。」

部屋で待っていたタキは、部屋の中央にあるちゃぶ台の前に胡坐をかいて座っていた。ちゃぶ台の上にはキラリのおみやげであるインスタ映えするケーキが置いてあった。

「このケーキ美味いな。見た目だけかと思ったぜ。」

「でしょ?」

キラリはタキの向かい側に座った。

「で、どうしたんだ?」

タキはケーキを食べる手を止め、キラリに尋ねた。

「うん、ちょっと恋愛事情で・・・」

「恋愛か・・・俺そんなにアドバイスできねぇぞ。」

「だよね、ロクに恋愛してなさそうだし。」

「お前なんでさっきから俺に冷たいの?」

さらっと毒舌を吐くキラリにタキは少し怒りを覚えた。

「滝沢さ・・・同性愛についてどう思う?」

「・・・はい?」

キラリの突然の一言に、タキは思わず声を上げた。

「・・・すまん、もう一回言ってくれ。聞き間違いかも。」

「だから・・・同・性・愛!私は男じゃなくて女の子が好きなの!」

「・・・そうきたかぁ・・・」

ショックを受けたのか、タキはため息を吐きながら項垂れた。

「・・・いつからなんだ?」

「えーっと、中学1年の時かな。」

「早っ!」

「中学の時、3年生の先輩から告白されてキスしたの。その人とは1ヶ月くらい付き合ったけど、結局別れちゃった。でも、それからかな。女の子のことが好きになったのは。」

「そうか・・・」

キラリの話を聞きながらタキはお茶を飲み始める。

「中学の時は大変だったなぁ。気に入った子がいたらキスしたいとか、エッチなことしたいとか思っちゃったり・・・」

「ぶほっ!」

キラリの一言にタキはお茶を吹き出した。

「後、その子のこと考えながらオ・・・」

「その先言わんでいい!つーか男の前で話すことじゃねぇだろ!?とんでもねぇぞお前!!」

「とにかく!色々大変だったの!周りの友達には嘘つかなきゃいけないし、好きなタイプいても意識しないようにしなきゃいけないし・・・正直、ずっと隠していけそうにないの!」

これまでのことを赤裸々に語るキラリ。

「親御さんは知ってんのか?」

「・・・前にそれとなく言ったことはある。そしたら、『親不孝者!』って言われて・・・」

「だろうな。」

「でも、それって私のせい!?」

その時、キラリはドンとちゃぶ台を叩いた。

「今更普通の恋愛に戻れるわけないし・・・だいたい、私にキスした中学の先輩が悪いんじゃん!」

「・・・はぁ、出かけるぞ。」

キラリの発言を聞いて、タキは頭を掻きながら立ち上がった。

「は?どこ行くの?」

「人生経験ができる場所だ。」

そう言って、二人はこっそりと下宿を抜け出した。そして向かったのは、バーだった。しかし、そこは普通のバーではなかった。

「いらっしゃ~い!あら、タキちゃんじゃないの~~!」

中に入るなり、髭面の屈強な男が女のような口調でタキに抱き着き始めた。

「最近来てくれないから、アタシ寂しかった~~!」

「わかったからその髭面を近づけんな!」

「な、なにここ・・・」

キラリは入ってすぐ、その店の異質さに気づいた。

「驚いたか?ここはいわゆるゲイバーってやつだ。」

店で働く店員は全員男で、女装をしている者もいる。キラリはその光景にたじろぎながらも観察していった。

「あ~らカワイイ!タキちゃんの下宿に住んでる子?」

「ああ。お前さんの身の上話でも聞かせてやろうと思ってな。」

「?」

タキの言葉に店長は耳を傾げたが、タキはすぐにキラリの事情を話した。

「そう・・・あなたも同性愛者なの。大変だったでしょう?あっ、アタシ店長の萌木もえぎっていうの!よろしくね。」

(萌木・・・見た目と似つかない名前ね。)

「お前さん、自分が同性愛者だって知った時、どうだったんだ?」

その時、タキは萌木に尋ねた。

「どうって・・・そうねぇ、やっぱり苦しかったかしら。一番苦しかったのは・・・クラスメートとの会話かしら。テレビで人気のアイドルの話とかで盛り上がるんだけど・・・私はジャニーズしか見てなかったから、嘘もつきづらくて・・・・」

「好きでもないものを好きって言うんだ。そりゃあ苦しいわな。」

萌木の話を聞きながらタキは相槌を打ち、ビールを飲んだ。

「わ、私もそういう経験あるし!でも、私はテレビとかネットで情報仕入れてるから・・・いくらでも誤魔化せるもん。」

対し、キラリはなぜか強がっていた。そんなキラリを見かね、萌木は口を開く。

「キラリちゃんだっけ。キラリちゃんは、もう親には話したの?」

「えっ?話したけど・・・『親不孝者』って・・・」

「・・・あなた、まだいい方よ。私なんて、親に勘当されたわ。」

「は・・・?」

萌木の一言に、キラリは唖然とした。

「勘当されてから10年経つけど・・・いまだに、親は私と会ってくれないわ。」

同性愛というだけで勘当・・・その事実を知り、キラリは動揺を隠せなかった。

「でも、アタシより壮絶な人もいるわよ。ねぇ、リョウちゃーん!」

萌木は窓際に座っていた客に声をかけた。

「なぁに?」

「あなた、親に自分のこと話した時、どうだった?」

「どうって・・・まぁ、親はショック受けたわね。母親はそれで倒れるし、父親は変な宗教にはまっちゃったし。」

またも衝撃的な言葉に、キラリは茫然とした。そして少しづつわかってきた。これが同性愛者の現実なのだと。

「キラリ、わかったか?」

キラリの考えていることがわかったのか、タキが声をかけてきた。

「俺はそこまで詳しくねぇけど・・・同性が好きってだけで偏見を持つ奴だって少なくねぇ。異物みてぇに扱われることだってある。お前が片足ツッコんでんのはそういう世界だ。」

「うっ・・・」

軽く考えていた。自分は同性愛者ではあったが、それ以外は普通だと思っていた。だが周りから見たらそれも違ってくるだろう。「気持ち悪い」と思われるか、珍しい物を見る目で見られるか・・・どちらにしても差別的な扱いを受けるかもしれない。

「それでも、お前の人生だ。お前の好きにすりゃあいい。でもな・・・自分が同性愛者になったことを他人のせいにすんな!そりゃ卑怯者がやることだ!」

「っ!」

タキはキラリを叱咤する。その瞬間、キラリは気づかされた。あの時、自分はなんて身勝手なことを言ったのだろうと。

自分がこうなってしまったことを他人のせいにしてしまう・・・考えれば考えるほど情けない話だ。その道を選んだのは自分自身なのに。

「・・・チェッ、なによ。のくせに。」

「!」

その時、キラリはあだ名を、タキの名を言った。

キラリなりの敬意だった。自分が間違ったことを言ってしまったことを気づかせてくれた、タキに対しての。

「でも、おかげで覚悟は決まったかな。私、自分の道を貫く!そして、好きな子に自分の思いを正直に伝える!それでフラれても、しょげない!」

「そうか・・・よく言った!」

タキはニカッと笑い、キラリの背を叩いた。

「萌木!ビールおかわり!後、こいつにジュース頼むわ!」

「はぁ~い♪」

萌木はタキからの注文を受け、オレンジジュースをキラリに差し出した。

「お祝いに乾杯でもするか!」

「なんのお祝いよ・・・まぁいっか。」

『せーの、乾杯!』

二人はグラスを軽くぶつけ合い、飲み物を一口飲んだ。

「ところで、キラリはもう好きな人いんのか?」

「え~?それ聞いちゃう?まぁ、いるけど~」

タキに突然聞かれ、キラリはもじもじし始めた。

「もったいぶんなよ。誰なんだ?」

「タキも知ってる人・・・この前一緒にプラモ作ってた人・・・」

「・・・え?」

その瞬間、タキは笑顔のまま凍り付いた。

キラリの一言で、想像できてしまったからだ。キラリが好意を寄せる相手が誰なのか・・・

「お、おい、それって・・・」

「もう、言わせないでよ!恵海・・・」

同じ下宿に住む、前にタキと一緒にプラモを作った仲である女の子・・・喜田恵海がキラリの恋の相手だった。

その事実に、タキはますます凍り付いた。

「ねぇねぇ、その恵海ちゃんってどんな子?」

「え~、マスターまで?ほら、写真。」

キラリはスマホで撮った写真を萌木に見せた。

「あら~、かわいいじゃな~い!」

「でしょでしょ!もう初めて見た時からハートぶち抜かれちゃってさ~!小動物みたいでカワイイし、好きなこと話してるとき興奮しちゃうとこも・・・あ~!もう抱きしめたー-い!!」

「わかるわ~!好きな子ができちゃうと、その子の行動全てがかわいく見えちゃうのよね~!」

「マスターってば話分かる~!マスターともカンパーイ♪」

「カンパーイ♪」

キラリと萌木が盛り上がりながら乾杯をする中、タキはビールをちょびちょびと飲んでいた。

(恵海・・・これから大変かもな・・・)

これから恵海に訪れるであろう苦労を想像し、タキはビールを飲んだのだった。



そのころ・・・

「はっ・・・くちゅんっ!」

恵海は自分が噂されているとも知らず、人知れずくしゃみをしたのだった・・・



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