第3話

『恵海、それは男の子のおもちゃでしょ?こっちになさい。』

『恵海ちゃんってさー、女の子なのになんでそんなの持ってるのー?』

『なんだこいつ、女なのに男のおもちゃ持ってるぞ!』


夢の中に現れる小さいころの記憶・・・喜田恵海はたびたび、自身にとっては悪夢といえるこの夢に悩まされていた。

「また、あの夢だ・・・」

夢にうなされ、一度起きる恵海。時計を見ると午前3時。起きるには早すぎる時間だ。恵海はもう一度寝ようと毛布の中に潜り込む。

「気にしちゃダメだ・・・私は悪くないもん・・・」

ぶつぶつ呟きながら、眠りについた。


翌朝、

「おはようございます・・・」

「よっ、寝坊助ねぼすけ。もうみんな朝飯食っちまったぞ。」

時間は朝10時・・・いつもより遅い時間の起床だった。それもそのはず、今日は日曜日。学校は休みだった。

「ほい、朝飯。簡単なヤツだけど。」

タキはそう言うと、棚からオニギリを取り出し、恵海に差し出した。

「中身は鮭と昆布な。」

オニギリの具を聞き、恵海は席について一口食べ始める。すると、タキがお茶を出してきた。対し、恵海はペコリと一礼した。

「そういえば・・・みんないませんね。」

今気が付いたが、いつもの3人の姿が見えなかった。

「ああ、海里はイズミって子と遊びに行ってる。ヂーミンは図書館。キラリは洋服見に行ったな。」

タキから3人の動向を聞き、恵海はウンウンと頷く。

「今日は二人きりだな。どうする?3人に内緒で焼肉でも食うか!?それか寿司とか!?」

「いえ、いいです。」

テンションを上げて話すタキの申し出に、恵海は冷静に返した。

「今日は部屋でやることがあるので。」

「あっ、そう・・・もうちょいテンション上げてくれよ。俺がバカみてぇじゃねぇか・・・」

「ごちそうさま。」

オニギリを食べ終えると、恵海はそそくさと部屋へ戻っていった。

「・・・へへっ、なら俺は・・・!」

タキは食器を洗い、それが終わると談話室にあるソファに座った。そして、冷蔵庫から取り出した缶ビールを開け、飲み始めた。

「カーッ!!朝っぱらから飲むビール!たまんねー!」

朝から飲む酒の味に酔いしれ、いつの間にか身に着けていたエプロンも投げ捨て、テレビを見始めた。

「それにしても・・・あいつ、部屋で何やってんだ?」


そしてそのころ・・・

「よし、やるか。」

恵海は部屋であるものを向き合っていた。部屋の学習机にはロボットの絵が描かれた箱が置かれていた。

「100/1スケール、機動兵士ソルダム・・・の敵機体、ブラックロウ。フフフ・・・発売日に買えた・・・!」

恵海は発売日に買えたプラモを見てニヤニヤと笑っていた。

「最近は転売ヤーのせいでロクに買えなかったけど、今度は買えてよかったー!さーて着替え着替え!」

興奮冷めやらぬ様子で、恵海は着替えるために服を脱ぎ始めた。恵海はプラモ作りや作業をするときは汚れてもいいようにジャージに着替える。

そしてパジャマのズボンを脱いだその時、

「おーい、恵海!」

タキがいきなり部屋のドアを開けた。

「えっ」

恵海は突然のことに声を上げた。そしてすぐに顔を真っ赤に染めた。

自分の今の状態は服を脱いで下着だけに近い状態で、それを下宿のおじさんに見られた、ということになっている。

「み、みみみ、見られ・・・」

「あ、悪い。着替え中だったか。」

タキは一言謝り、出直そうとするが、その時恵海は目から涙をこぼし、泣き始めた。

「ちょっ!?ま、待てよ!泣くなって!」

突然のことにタキは慌てながら恵海を慰めようとした。しかし、一向に泣き止む気配がない。

困り果てたタキの目に、プラモデルの箱が目に入った。

「あっ、これ・・・ソルダム?ああ、ガキの頃にやってたアニメじゃん。」

「ご、ご存じで?」

タキがプラモを見た瞬間、恵海は泣き止み、目の色を変えた。

「少しはな。こいつなんだけっな・・・確かライバルキャラの・・・」

「そう!そうなんです!」

次の瞬間、恵海は目を輝かせながらタキの腕をつかんだ。

「ソルダムのライバル機ブラックロウ!カラスをモチーフにした逸品なデザイン!黒を基調としながら黄色や赤といった明るい色をアクセントカラーにした見事なカラーリング!男女問わず人気があって機体の人気投票でも常に1位を取ってるんですよ!」

若干早口になりながら、恵海はプラモに描かれたブラックロウの解説をタキに聞かせた。

「お、おう・・・」

(こいつ、意外な一面あるんだな・・・)

恵海の変わりように、若干引き気味になったタキ。しかし、恵海の意外な一面に関心を覚えてもいた。

その時、恵海はハッと我に帰り、恥ずかしくなったのか両手で顔を隠した。

「す、すいません・・・つい・・・」

「いや、別に・・・しかし、プラモが好きとはな。驚いたぜ。」

タキはプラモの箱を眺めながら言った。すると、恵海は指を少しだけ開いてタキを見た。

「やっぱり・・・変、ですよね。女の子なのに、プラモ好きなんて・・・」

「えっ、なんで?」

「・・・私が小さいころ、周りの女の子はぬいぐるみとか着せ替え人形で遊んでて。でも、私だけ男の子のおもちゃで・・・」

恵海は語りながら昔を思い出した。幼稚園ぐらいの頃、周囲の友達は女の子のおもちゃで遊んでいた中、恵海一人だけがロボットのおもちゃで遊んでいた。それが原因で仲間外れにされたり、いじめられたこともあった。

それからはずっと、自分の好きなものをひた隠しにしてきた恵海。言っても引かれるだけ。そう思って今まで言わなかった。

「別にいいじゃねぇか。」

だが、タキはあっけらかんと答えた。

「え・・・?」

「自分の趣味とか好きなモンを、他人にとやかく言われる筋合いねーだろ?なんか言われても、胸張ってろ。違うか?」

恵海はタキの言ったことを聞き、唖然とした。

考えたこともなかった。自分の趣味は恥ずかしいだ、だから隠さなきゃいけない。ずっとそれが正しいことだと思っていた。

だが、タキは違った。それが自分の趣味なら、隠す必要なんてない。胸を張ればいい・・・そう言った。

「しかしプラモか~、俺もガキの頃に作った記憶あるんだよな~。もうだいぶ前だから忘れちまったな・・・」

「あ、あの!」

箱を見ながら頭を掻くタキに、恵海が声をかけた。

「そ、それより簡単なキット、私持ってます・・・よ、よかったら、作ってみますか?」

恵海はそう言うと、ベッドの下からもう一つプラモを取り出した。箱には「機動兵士ソルダム スターターキット」と書かれていた。

「いいのか?それ、お前が作りたくて買った奴だろ?」

「い、いいんです。また買えばいいし・・・それに、これならニッパーとかなくても作れますし・・・タ、さんにピッタリかなって・・・」

恵海はもじもじしながらタキを、滝沢真一をあだ名を呼んだ。それを聞いたタキは嬉しいのかニカッと笑った。

「そうかい。そんじゃ、よろしくお願いします!先生!」

「先生・・・はい!」

先生と呼ばれた恵海も、嬉しくなり同じく笑った。

それから間もなくプラモ作りが始まり、恵海は100/1スケールのブラックロウを、タキはソルダムのスターターキットを組み立て始める。

恵海は自分のプラモを組み立てる合間に、タキに作り方や上手く作るコツを教えた。作業量や教える手間が増えたが、恵海は気にならなかった。むしろ楽しいと思えた。

(誰かと一緒に作るって、こんなに楽しいんだ・・・)

一人の時よりも楽しい・・・恵海はそう思った。

そして30分後・・・

「出来たー--!!」

タキが作ったプラモが完成した。完成したソルダムを天に掲げる様に上に突き出す。

「いや~、結構出来いいし、自分で作ると愛着も湧いてくるな!こりゃあハマる理由もわかる・・・」

ふと恵海を見ると、真剣な顔つきでプラモを作っていた。パーツを切り、やすりで削って形をキレイにし、シールもピンセットで慎重に張っている。黙々と、かつ丁寧でテキパキとした動きで組んでいく。

タキが先にプラモを完成させたことにも気づかないほどに集中している。

(イキイキとしてら・・・)

その姿を見て、タキはフッと笑い時計を見た。時計はちょうど12時くらいだった。

タキは恵海の集中が途切れないよう、そっと部屋を出た。


「よーし、出来た!」

さらに30分後、恵海はブラックロウのプラモを完成させた。

「ムフフ・・・我ながらいい出来栄え・・・!ああ、このプロポーション!各種武装にギミックの再現度・・・!これはもはや決定版では・・・!?」

恵海は笑いながら完成したブラックロウをうっとりと眺めた。

「あっ、タキさん。そっちの方は・・・あれ?」

恵海はタキに声をかけたが、部屋には自分しかいないことに気づいた。その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「恵海、入るぞ。」

一言謝ってから部屋に入るタキ。部屋に入るなり、タキは机に置かれたブラックロウを見た。

「おっ、完成したか!おー、かっこいいじゃねぇか!」

「でしょでしょ!?これはもう至高の逸品です!」

「そんじゃ、その逸品の完成を祝って、飯にするか!」

タキに誘われてキッチンに降りると、テーブルに一杯のラーメンが置かれていた。

「昼飯は俺の特製ラーメンだ。・・・っていっても、麺とスープはスーパーの安物だけどな。」

タキの言う通り、ラーメンの麺とスープは市販のものだった。しかし具は違った。一杯のラーメンに一袋分のもやしと焼いた豚バラ肉が5枚乗っていた。

「うわっ、ボリューム凄い!次郎系みたい・・・いただきます。」

両手を合わせ一礼し、ラーメンを食べ始める。

「・・・あれ?結構、味濃い?でも美味しい!」

「だから特製だって言ったろ?もやしと肉が決めてなんだよ。」

もやしには多めの塩コショウで、豚肉は醤油とみりんで味付けされていた。それがラーメンのスープによって溶けたことで混ざり合い、濃厚な味わいとなったのだ。

恵海はその美味しさに食べる手を止めず食べ進めていく。

「ただいまー」

その時、図書館に寄っていたヂーミンが帰ってきた。

「おう、おかえり。どうだった?図書館は。」

「うん、小説を小説を何本か・・・あれ?なんか美味しそうなの食べてる。」

ヂーミンは恵海が特製ラーメンを食べていることに気づいた。

「ヂーミン、お前昼飯は?」

「あー・・・カフェでパンケーキ食べたけど、ちょっと足りないかも。」

「食べ盛りの高校生だもんな、そりゃ足りねぇわな。ちょっと待ってろ。材料はまだあるから。」

タキはそう言って椅子から立ち上がった。すると、恵海の肩をポンと叩いた。

「恵海、みんな帰ってきたら、俺らが作ったアレを見せてやろうぜ。」

「えっ!?でも・・・」

タキの一言に、恵海は動揺した。しかし、タキは続けて言う。

「大丈夫だって!なんかあったら擁護してやるよ。」

「なになに?何の話?」

「なんでもねぇよ!今作ってやるから待ってろ!」

質問してきたヂーミンを軽く流しながら、タキはラーメンを作り始めた。


その日の夕方・・・

「タキの奴、集まれって言ってたけど・・・・一体なんだ?」

「さぁ?なんか見せるものがあるらしいけど。」

「借金請求されたとか?それだったらマジウケるんだけど。」

海里、キラリ、ヂーミンの3人はタキに「談話室にいろ」と言われ、談話室に集まっていた。

「誰が借金請求されたって?」

その時、タキが談話室に現れた。その横には恵海もいた。

「あれ?二人とも後ろに何か隠してる?」

ヂーミンは二人が両手を後ろに隠していることに気が付いた。

「へへっ、せーの・・・ドン!」

二人は一斉に後ろに隠していたものを3人に見せた。隠していたのは、二人で作ったプラモだ。

「これは・・・プラモ?」

「えっ、これ、二人で作ったの?」

「おう、この小さいのが俺で、この黒いヤツは恵海が作ったんだ。」

タキの一言に、3人は声は出さなかったが、驚き、顔を見合わせた。

「おいメガネ。これ、本当にお前が?」

「う、うん・・・昔から好きなんだ・・・プラモ作り・・・」

(やっぱり、引かれるかな・・・)

恵海は内心ドキドキしながらつぶやいた。

「す、すげぇ!カッケー!!」

「これ、マジで恵海が作ったの?」

「意外な特技があったんだネ・・・」

3人が恵海の作品に食いついた。海里は少年のように目を輝かせ、キラリはスマホで写真を撮り、ヂーミンは顎に手を当て興味津々な目で見ていた。

「ほ、本当にすごい?」

「ああっ、すげぇよ!面食らったぜ!」

「ねぇねぇ、写真ツイッターに乗せていい?『同じ下宿に住んでる子が作ったプラモがクオリティ高杉』ってタイトルで!」

「う、うん、いいよ。顔写さなければ・・・」

「作るの苦労したんじゃない?これぐらいにするとなると・・・」

「ううん、いつもやってることだから・・・」

3人が恵海を和気あいあいと会話を続けていく。だが、その隣でタキは疎外感を感じていた。

「お、おーい。俺も作ったぞー。」

タキの一言に、3人はちらりとタキの作品を見た。

「あ?うーん・・・まぁいいんじゃねぇの?これと比べるとアレだけど。」

「つーか普通?写真撮るまでもないっていうか。」

「まぁ、平凡だよネ。隣のと比べると。」

3人は冷たい態度で恵海の作品と見比べた。

「言い方ひどくね!?隣と比べんなよ!」

『えー、だってー・・・』

「だってじゃねぇよ!こんな時だけ声揃えるな!」

「プッ、アハハ・・・」

その時、恵海が声を出して笑った。

「あーあ、恵海ちゃんにも笑われたネ。」

「恵海~、笑ってねぇで擁護してくれよ~」

おかしくて笑ったわけではない。ただ、こうして自分の好きなものでみんなと話せたこと。それが嬉しくて笑った。

(ありがとう、みんな・・・)

心の中でみんなに感謝し、恵海はお礼を言ったのだった。



「もう寝なきゃ・・・・あれ?」

就寝時、ベッドに入ろうとしていた恵海はスマホにメールが来ていたことに気づいた。

それはキラリからだった。件名は「さっきの写真送るね」だった。メールを開くと、そこには恵海が作ったプラモの写真と、恵海とタキが二人のツーショット写真が添付されていた。

「タキさん・・・」

ツーショット写真をタップし、拡大する。恵海はタキの笑う顔をじっと見つめた。じっと見つめていると、ゆっくり顔が紅潮してくる。胸もドキドキしてくる。

「私ってば・・・チョロい・・・」

恥ずかしくなった恵海はベッドに入り、毛布を頭にかぶって眠りについた。

その日から、いつもの悪夢は見なくなった。




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