地下5階から見ていた景色

 フローラの中の人こと三橋真琴は築35年、四畳半の木造アパートから荷物が運び出され、トラックに積み込まれているのを眺めていた。


 —―やっと出られるんだ。


 高校を卒業してアイドルになるために上京してきた。

 大手事務所のオーディションには引っ掛からず、地下アイドルの事務所に入った。

 小中高といつもクラスで一番可愛いと言われてきたし、男の子からもしょっちゅう告白された。

 自分が一番だという自信は上京一年目で木っ端微塵に打ち砕かれた。クラスで一番どころか学校で一番、町で一番の美人が東京には集まってきて、そのほとんどがメジャーデビューもできず、キャパシティが1000を超えるライブハウスでワンマンライブをすることもできず夢半ばで引退していく。


 —―私もその一人だ。


 両親には地元に戻ってこいと言われていた。

 しかし、アイドルを諦めることはできなかった。

 そんな時だ。グループの解散が決まったのは。メンバーは誰も納得していなかった。しかし、社長兼マネージャーが借金を踏み倒して逃げたのだ。

 悪い人ではなかった。昔はバンドマンだったらしいが、サウンドにばかりこだわって、お金の勘定ができない人だった。

 可愛い衣装も沢山作ってもらったし、楽曲のクオリティも高かった。

 あれはすべて私たちが売れると信じての投資だったのに。


「売れなくて、ごめんなさい」


 私はポツリと呟いた。

 そして「売れてしまってごめんなさい」。

 "ふぁんたすてぃこ"は売れた。

 メンバーが死んでしまう痛ましい事件が起こったが、それを名探偵の藤堂ニコちゃんが解決し、私たちを一段階上の人気者にしてくれた。

 そして新メンバーが加入してからも沢山コラボをしたり、私たちにもよく言及してくれる。

 彼女がソフィアとP2015ちゃんを推しているのは少し嫉妬してしまうが、それでも感謝の気持ちの方がずっと大きい。

 彼女がいなければ"ふぁんたすてぃこ"は解散していただろうし、次のライブもなかった。


「どうしたの?」

「ううん。やっとこのアパート出られるなって」


 話しかけてきたのは……今はコーネリアとして一緒に活動している親友だ。

 最初のグループが解散したあと、一緒にV Tuberアイドルとしてもう一度だけチャレンジしてみようと誘ってくれた。


「次のライブ、頑張ろうね」

「うん」


 私たちはついにリアル2500キャパの箱でライブをやる。

 それもリアルの箱で2500が即完売し、急遽リハ日を潰して2デイズ公演になった上に配信チケットも沢山売れている。もう武道館公演も射程圏内だ。

 もうかつて地下アイドルの中でも地下5階だと揶揄されていた頃の私たちじゃない。


「緊張するね」

「そうだね」


 裸眼立体ディスプレイを隔てているが、私たちは現地で歌って踊る。

 ただの映像ではないのだ。


「納得してる? 今の売れ方」

「フローラだって私だよ。別にリアルの顔出さないからって、偽りの姿で売れたなんて思ってないよ。そんなにキャラ作ってないしね」

「それならよかった。真琴ちゃん、本当はリアルの正統派アイドルで売れたかったのに無理してるんじゃないかなってずっと気にしてたんだ」

「そんなことないよ。誘ってくれて嬉しかったし、売れてよかった。可愛いって言ってもらえるのも嬉しかったけど、自分の表現を多くの人に見てもらえるのが嬉しいんだって、Vになってわかったから」

「そっか」


 私たちはトラックを見送ると、空っぽになった部屋の鍵をかけると、タクシーに乗って新しいマンションへと向かう。


「ねぇ、明日リリーのお墓参り行かない?」

「そうだね。次のライブの報告しなきゃ」


 一緒にあのステージに立ちたかった。彼は会場まで来てくれただろうか、それとも別スタジオから中継しただろうか。

 今となってはもうわからない。

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