日常短編

長い眠り

「なんかさー、久しぶりな感じしない?」


 マッキーが急にそんなことを言う。

 今日は中国茶専門の喫茶店ができたので、そこにアフタヌーンティーを嗜みに来たのである。

 何を隠そう私は何気に珈琲よりも凍頂烏龍茶が好きなのだ。珈琲も好きだが、珈琲は香りと最初の一口二口くらいを過ぎると一気に飽きてくる。凍頂烏龍茶は最後まで美味しく爽やかなのだ。


「何言ってんの? 昨日会ったばっかでしょ」

「いやぁ、そうかなぁ。なんかすごく長い夢見てたみたいな気分なのよ」

「スピリチュアル的なこと?」

「いや、ちげーから」

「私は別にいいと思うけどね。マッキーがスピリチュアル的なものに傾倒しても」

「だから、違うってのに」

「違うのか」

「違うねぇ」


 私はホラー小説を書くだけあってオカルト好きではあるのだが、別に占いを信じるということもないし、あまりそういったジャンルにハマるということはない。あくまでファンタジーとして楽しんでいる。


「TJはなんかこれから何やりたいとかあるの?」

「いやー、それがさぁ、本が売れてないのよ」

「売れてないんだ?」

「売れてない。ビビるくらい売れてない。ミステリもホラーも売れてない」

「結構評判よかったんじゃないの? 有名な作家さんとかも褒めてくれたり書評とかも載ったんでしょ?」

「よくチェックしてんね」


 そんなことを話していると、マッキーの手元のポットの中で花茶の花が咲いた。

 工芸茶というのはオシャレで面白い。お湯を注ぐと蕾が花開いてお茶になるなんて可愛くて愉快だ。


「これからどうするの?」

「一応、ホラーの担当編集者さんはプロット見てくれるらしいから、それ書きつつ今度は児童文学にチャレンジしてみようかと思ってる」

「あんたさぁ、ちょっと売れなかったらそうやってどんどんジャンル変えてくわけ?」


 マッキーの鋭い指摘に私はちょっと傷ついた。


「うっ」

「Vtuberはこうやって長く続けてこられたわけじゃない。せっかく掴んだチャンスなんだから、ダメだった時のことばっかり考えて逃げ道作るんじゃなくてもうちょっと粘ってみなよ」

「メンヘラのくせに芯を食ったこと言ってくるじゃない」

「メンヘラだし、友達だから耳に痛いことも言ってんの。児童文学が本気で書きたいなら書いてみるのも良いと思うけど、ホラーとかミステリーの次のプロットが通らなかったり、次の本がダメだったりした時の逃げ道に使うんならわたしは応援できないよ」

「キツ過ぎんでしょ。泣いちゃうよ」

「ごめんごめん。でもわたしだけはTJのファンでいるよ」

「こえーよ、なによ、それ。めっちゃメンヘラっぽいじゃん」


 マッキーの真っ白な肌に少しだけ朱が差した。

 照れてんじゃないよ。私も照れるだろ。


「あとVとしての活動もこれからどうするかよねー」

「依頼とか来てないの?」

「事件を解決してほしいっていう感じじゃなくて、探偵Vとしてイベントに参加してほしいっていうのはちらほら」

「へー、どういうの?」

「他の探偵Vと館で推理対決をしてほしいとか、高額賞金賭かったクイズ大会に参加してほしいとか」

「いいじゃん。中継入るなら本の宣伝にもなるよ」

「藤堂ニコ名義の方はね。でもなー」

「でも、なに?」

「どっちもカロリーかかりそうだから、まずはなんか軽いやつでリハビリしたい」

「リハビリっていつも配信してるじゃん」

「なんか私もなんか長いこと寝てたような感じで、ちょっとまだ自分が馴染んでない感じなのよ」

「なにそれ、スピリチュアル的な?」

「違うわい」


 なんか低カロリーで簡単に解けるのに賞賛される謎とか降って来ないかなー、なんてナメたことを考えながら、私はお茶の続きを楽しむのだった。



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