番外編 道化師の苦悩

 城島叶は麻雀大会パブリックビューイングのアーカイブ映像を観て、涙していた。


 リンが国士無双を和了した瞬間。

 パブリックビューイング会場は一瞬だけ明け方の森のような静けさに包まれたかと思ったら、森中の鳥たちが飛び立つような爆発的な歓声で溢れかえった。


 この光景は何度見ても泣ける。歯を食いしばってなんとかオーラスを続けようとするニコちゃんと国士無双2シャンテンから有効牌を持ってくる度に、役満を狙っていることが相手チームにバレないように必死に手の震えを押さえ、降りているように見せかけるリンちゃん二人の頑張りが報われた瞬間だ。


「良い」


《¥5000》


 叶は5000円の投げ銭を入れる。


「いいなぁ。私もみんなと一緒にイベント会場で応援したかったな」


 VR上ではジョーカーと名乗る高校生の彼女――叶はVR口座の日本円換算200億を超える残高を見て思う。

 こんな仮想通貨の200億円なんていらないから、リアルタイムでスパチャができる1万円が欲しい。

 そしてなにより、藤堂ニコちゃんにファンですと素直に告げられる新しい自分がほしいと。


 そう……ジョーカーこと城島叶は藤堂ニコの大ファンなのだった。


 本心から探偵少女の力になりたい、好かれたいと思っているが、自分のVR上での商売や振る舞いによってニコにはやや煙たがられていた。

 ただ利用価値があるから付き合っているに過ぎないと明言されている。


「はぁ、しんど」


 お小遣いで買ったニコグッズ――アクリルスタンドやポスターを眺めながら、早く情報屋なんて引退して、一ファンとしてイベントに参加したり、配信でコメントをして認知されたいと思うが、変に裏社会とのルートができてしまった今そんなわけにもいかない。

 ジョーカーがいなくなったら、そのポジションを狙った揉め事が起きるだろう。

 出自も不明でどこの組織にも属さずに淡々と情報の売買をするジョーカーだからこそどこの反社会的組織も手を出さないで情報や金銭の提供をしているのだ。


 だが、こんな自分だからこそできることもある。


     ※


 大会前日――。


「ここに2億5000万ある。遠慮なく持っていけ」


 毒龍会の金庫番と呼ばれる人物――ぱっと見はインテリサラリーマン風の男とスラムにある取引専用のヤクザマンションでジョーカーは落ち合っていた。


「たしかに」

「これで日比谷姉妹には二度と近づくな」

「金さえ返ってくれば文句はない。約束は守る。別にあんなホストの一人や二人いなくなってもかまわない」


 なにが金さえ返ってくれば、だ。

 違法な金利で貸し付けて、妹を人質にとっておいて。


 ジョーカーはさっさとその場を後にしようとするが――。


「だが、一つ訊いていいか?」

「なんだい?」

「あの姉妹にそれほどの価値はあるのか? 5000万も上乗せして念押しするほどの人物だとは思えないのだがな」

「私も別にあの二人に興味なんてない」

「ではなんでだ?」

「私が雇った代打ちが友人だと言うんでね。明日の大会での杞憂を減らしておきたいだけだ」


 実際にはニコちゃんには立て替えたことを先に言うつもりはないが、嘘というわけでもない。


「明日、お前のところの代打ちが勝てると思ってるのか?」

「そのつもりだけどね」

「そりゃ無理だ。こっちはとんでもないのを連れてきてるからな」

「ま、やってみないとわからないさ。私は今日渡した2億5000万なんて明日すぐ返ってくると思ってるよ」


 そしてジョーカーは帰り道、ニコ&リンチーム単勝に全財産100億円をBETした。

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