特別編

ニコのお父さんとお母さん

 私は自分が小説家としてデビューしたことを両親に言っていない。

 ヒット作を出して有名になって見返してやろうと思っていたのだ。

 しかし、ヒット作なんて出ないまま廃業しかけていたところ、VTuberとして半端に有名になったことで辛うじて作家と言えなくもない、というくらいのポジションにしがみついているのが現状である。


 地元の国立大学に進学してほしいという両親の期待を裏切り、私は東京の私立大学に入学した。

 今通っている大学は有名な小説家を多数輩出していたことと、東京の文化に触れて創作に取り組みたいと思っていたので両親の期待にはどうしても応えられなかった。

 結局両親とは折り合いがつかず、大喧嘩の末気まずい雰囲気のまま、半ば家出同然に上京してきた。


 そして、上京以来一度も実家に帰らず、連絡すらしないまま今に至る。


 流石に一生会わないつもりはないし、仲直りしたいとも思っている。

 だが、連絡する口実がなくずるずると引き延ばしてきたのだが……。


「やっぱり、これは電話くらいした方がいいよねぇ」


 今、私の目の前には一冊の書籍があった。

 藤堂ニコ名義ではない別名義で刊行する小説の見本誌だ。


『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』


 青春ホラー小説である。

 藤堂ニコのVTuberとしてのキャラクターが先行し過ぎているので、先入観を持たれない別名義でミステリーではないジャンルの本を出してみたいという気持ちがあったので、出版社のオファーを受けることにした。


 見本誌を手に取ってまじまじと眺める。

 紙の手触りは心地よいし、装丁画のヒロインの風貌はまんま私だ。ボブカットで小柄な女子大生。私の肖像画か?というくらい似ている。

 まぁ、ヒロインの風貌の設定を私自身をモデルにしたのだから当然といえば当然なのだが。

 しかし、贔屓目抜きで良い本に仕上がっていると思う。


 両親はホラーやダークファンタジーが好きだった。いつか読んでもらう日も来るかもしれないと、親孝行のつもりで書いた側面もある。だが、こんな早くその日が来ると思っていなかったので心の準備ができていなかった。


 でも、ぴーちゃんが失踪した事件の後、マッキーと話したことを思い出す。

 このタイミングを逃したらそれこそ何年後になるかわからない。


「電話するか……」


 私は意を決して、スマホに登録された『おかあさん』をタップする。


「もしもし、お母さん? 早菜だけど。久しぶり」


 一年以上連絡していなかったのに母親はまるで一日ぶりくらいの口ぶりである。

 驚きもしないし、怒りもしない。上京前と変わらずややウザい。


「うん、うん。まぁ元気にやってる。大学は楽しいよ。友達もできた。お母さんとお父さんは? ……あぁ、それならよかった。え? お父さんには代わらなくていいよ。喧嘩になっちゃうから」


 父親とは仲が悪いというわけではなかったが、今は急にお説教してきてまたモメるに違いない。

 本題に入る前に喧嘩になっては元も子もない。


「とりあえず用件だけ言うね。いや……だから、別に私はせっかちじゃないから。その話もう千回くらい聞いてるよ」


 私はもともと5月に生まれる予定で、菜々とか華菜とか舞菜という名前が候補だったらしいのだが、予定日より早く生まれてきたから早菜になったらしい。

 それで母親は私のことを生まれる前からせっかちだとか言うのだが、そんなこと言われても困る。

 親からこういうイジられ方をしてきたのと、名前の由来を説明するのが嫌なのであまり自分から下の名前を言うことはない。

 苗字が東城という他の人と被りにくいレアなものということもあって、苗字で呼ばれてきたし、私は今後もTJでいい。


「もう用件言うよ。今度、小説出ることになったの……騙されてないよ、ちゃんとした出版社。えっとね『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』っていうタイトル」


 電話の向こうでタイトルが長いの覚えられないのとぎゃあぎゃあ言ってくるがそんなことは知らない。年を取って物覚えが悪くなったのかもしれないし、単純に私の作品タイトルが覚えにくいのかもしれない。


「別に覚えなくていいよ、1冊見本誌送るから。内容? 大学生が主人公のホラー小説だけど」


 あなたホラー好きだったもんね、と母親が言う。

 ……お父さんとお母さんが好きだったから書いたんだよ。なんて恥ずかしくて言えない。


「売れたらいいなって思ってるけどわかんない。出版不況だし、新人の作品って売れにくいから」


 母親は喜んでくれている。それだけで電話してよかったと思う。


「……え? 仕送りはいらない。うん、大丈夫。ちゃんとバイトしてるから。生活できてる。大丈夫だよ、別にいかがわしいバイトとかじゃないって」


 VTuberについては説明がややこしいので言うつもりはない。

 ファンのみんなからもらったスパチャでなんとか奨学金は返せた。

 できれば本もみんなに買ってほしいけど、あんまり読書とかはしない人たちなのかもしれない。いつか探偵Vtuberとしてだけでなく小説家の藤堂ニコのことも好きになってもらえるといいなと思っている。


「とにかく元気そうでよかったよ。お父さんにはお母さんから伝えといて ……えー、そこいるの? え、嘘? 代わるの? いいけど、怒らないでって言っといてよ」


 どうやら父はずっと母の近くで聞き耳を立てていたらしい。

 なにやら電話の向こうで揉める声が聞こえてきて、ちょっと嫌だなぁという気持ちになる。


「もしもし、お父さん? うん……うん……うん……ありがとう」


 父は家を飛び出したことや連絡しなかったことに対しては何も言わなかった。


 ただ「作家デビューおめでとう。夢が叶ったな。もう怒ってないからたまには家に帰ってきなさい」とだけ言って、再び母に代わった。

 そろそろ切ろうかと思っていたところ――。


「……え? 発売日? もうちょっと先になるけど、4月24日。うん、そう。私の誕生日にしてもらったんだ。せっかくだし」


 担当編集者さんに幾つか発売日の候補を提示してもらった中にたまたま私の誕生日である4/24があったので、そこを第一希望にしたのだ。


「親戚とか近所の人に言わなくていいよ、恥ずかしいから。うん……じゃあ、次の長期休みの時にはそっち帰るから。もう切るよ。じゃあね」


 そのうちお父さんとお母さんに会いに行こう。本を送るよりもそれが一番の親孝行なんだろうって、電話してやっとわかったんだ。

――――――――――――

 というわけで『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』発売記念特別編をお贈りしました。

 一気にニコちゃんの本名と誕生日が明かされる回となりました。

 ニコちゃんファンの皆さまにおかれましては是非ともファングッズ、スパチャとしてご予約の上、お買い上げいただけますと幸いです。

 なにとぞよろしくお願いいたします。


 https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001442/


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