ひとつ提案があるんだ

「こんにちは。お待たせしました」


 私はまた待ち合わせ場所に指定された完全クローズドのバーの個室に入っていく。

 高級感溢れる木製のテーブルに目当ての人物は既に到着していた。

 手足が不自然に長く、人形のように白い顔をしたブラックスーツの女性アバターがそこでワイングラスを片手に退屈そうにしている。


「やぁ」

「定期テストはどうでした? 赤点は取りませんでしたか?」

「勘弁してくれよ。まぁ私は勉強は得意な方だからね。全教科九割くらいは取れてるさ」


 ジョーカーは照れ笑いを浮かべて言った。自分が子供だということを今さら隠す気もないらしい。


「じゃあ、お父さんお母さんにVR取り上げられるようなこともなさそうですね」

「そうなるね……」

「未成年はグリモワールで稼いだチップや通貨を現金にできないから、その価値が下がるような厄介ごとを潰しているわけですか」

「本当に恐ろしい人だよ。全部バレているわけか。君の言う通り、私の資産はすべてVR上にある。もしグリモワールが犯罪や重大な事故が起こって、運営の株価やVR内通貨の価値が暴落すると洒落にならない。だから、君のような人材を頼らざるをえないんだ。この間のディープフェイク事件も大ごとになる前に潰してくれて助かったよ。これからも情報提供が必要なら遠慮なく言ってほしい」

「お互いに利用価値があるうちは仲良くしておきます」

「それで構わないよ」


 そして、ジョーカーは木の枝のような指で空中にウィンドウ表示操作を行う。


「そろそろ本題に入ろうか。君に頼まれていた件だ。ホストクラブ『レディプリンス』で働くサカサマ・エラ。本名、日比谷藍、21歳女性だ」


 中の人は女性だったのか。とはいえ、特に驚きはない。そう言われればそうかもなってくらいだ。


「ふむ」

「妹が一人。彼女の治療で人工臓器を作る必要があり、借金をしたようだ。都内の私立病院に入院しているが、治療は成功して後は退院を待つばかりという状態のようだね」

「妹さんがちゃんと治療してもらえて、手術が成功したという点だけは喜ばしいことですね」

「まぁ、そうなんだが、この病院というのが黒い噂が絶えなくてね。君は既に知っていたようだけど、反社会的組織と繋がっていて、患者を借金漬けにしているらしい。日比谷さんも被害者の一人だ」

「これって証拠揃えて警察に捕まえてもらうことはできないんですか?」

「やろうとした人間はみんな死んでるね。不幸な医療事故が起こるようだよ」

「なるほど……」

「だが、数は少ないが借金を完済した人間はちゃんと見逃しているらしい。そこの約束を違えるような真似はしないようだ。犯罪者も信用第一ということだろうね」

「法外な利子つけた借金返しきっても殺されるとなったら誰も返さなくなりますし、報復を試みる輩も出てくるでしょうからねぇ」

「そういうことだね」


 うーん。悩ましい。


「ということは、気に食わないですが日比谷姉妹を救うには2億作るしか方法はなさそうですね」

「2億くらいなら私が貸してもいいし、なんなら全額肩代わりしてもいいんだが……君は良しとしないだろうからね」

「そうですね。タダより高いものはない。私の好きな言葉です」

「なんだか癖になる変な言い回しだけど、それは一旦置いておいて……一つ提案があるんだ」

「内容によりますが、一応聞いてあげます」



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