アバター墓場へ

「アバター墓場って嫌な名前だね」


 私たちはそう呼ばれる中の人が捨てていったアバターが放置されている一画に向けてトボトボ歩いていた。


「別にお墓があって埋まってるわけじゃないっていうのがね、想像するだけで怖いよね」


 ホラー小説とかも書くけど、ちょっと怖い。

 アバター墓場に続く道には誰もいない。


「わたし思うんだけどさぁ、アバター放置されてたらアカウントごと削除しちゃえばいいんじゃない?」


マッキーがごもっともなことを言う。


「今のマッキーがそのアバター捨てたら削除されるよ。多分、前に一緒にVRカフェ行った時の私のアカウントもうないと思う」

「あぁ、無課金の捨て垢ってそうなるんだ」

「でも一定金額以上課金してあるアカウントはかなり長期間消えないんだよね。第二の現実なんてのを謳って変にリアルな不便さをユーザーに強いてさ、ホームやログアウトポイント以外からログアウトできないような仕様だからしばらく放置してたらログアウトできるって風にはできないんだろうね」

「あー、そうなったらたしかに帰りのタクシー代とかケチるようになるかも」

「だから、一つのアバターを大事にして、第二の自分みたいに課金していくわけだけど、放置アカウントのアバターは削除もログアウトもできずに残り続けるわけ」


 フェアリーアイドルだったリリーのようなリアル側での事故や非常事態が起こった場合は例外的に強制ログアウトさせられてしまうわけだが。


「でも、なんでアバター捨てちゃうんだろうね? わたし、本アカの方だったら絶対捨てないけどな」


 たしかにマッキーの本アカはちょっと幾らかかってるのか聞けないくらいリッチな造りだ。


「色々あるみたいよ。ゲームエリア以外は他人のアバターを掴んだりとか暴力とかはできないけど、幽霊みたいに通り抜けはできないからさっきのスラムみたいなイレギュラーな狭い通路で犯罪者に囲まれてアバター渡せって脅されるとか。ストーカー被害から逃れるためとか、ログイン中にトラウマになるような恐怖体験するとか」

「楽しいVRでまで治安悪いの嫌だねー。でも通報したら警備AIとか来てくれるんじゃないの?」

「さっきのスラムとかだと来られないとかなのかな。運営に通報しても精神的ダメージ受けた後だと来てくれても間に合わなかったとかはあるかもね」

「我々も気をつけていきたいですな! TJ!」

「なによ、その、『ですな』っての?」

「気を引き締めようっていう気合いが出た」

「私、ニコの姿だとあんま外出ないからなー」


 活動の殆どがホームとスタジオなのであまりそういうリスクについては深く考えたことはなかった。

 でも、何があるかわからない。このスラムに来て少し価値観が変わった気がする。


「でもちょっと気をつけたいよね。さて、そろそろ着くよ。あの橋渡ったらアバター墓場だ」

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