ジョーカー
案内されたポーカーテーブルには5人が着席してプレイしていた。
熊っぽい店主から聞いていた特徴の人物は一人しかいない。
――彼女か。
たしかにジョーカーっぽい雰囲気は漂わせている。
痩せぎすで手足が異様に長く、不健康そうな青白い肌をしているブラックスーツの女性だ。彫りが深く美人に類するが、不気味な雰囲気の印象が強すぎる。
「あの人だね」マッキーが言う。
「そうだろうね」
スタッフが彼女のところで耳打ちすると、こちらの方を向いて手招きしてくる。
自分の隣の空いている席をトントンと指で叩く。
「私を呼んでるみたいね。ちょっと行ってくる」
「気をつけてね、TJ」
「まぁ、大丈夫でしょ」
私は真っすぐ彼女の隣の席に座る。
「こんにちは」
「やぁ、話は聞いてるよ。人探しをしてるんだろ?」
意外と気さくな喋り方に少し拍子抜けした。
「はい、そうなんです。あなたが知ってるって熊みたいなおじさんに聞いてきました」
「うんうん」
「単刀直入に訊きたいんですが、お幾らですか?」
彼女がニヤリと笑う。想像よりもその口は横に伸び、本当にトランプのジョーカーのような印象を受けた。
「タダでいいよ」
「…………」
タダより高いものはない。
きっと本来の値段より高い代償を払うことになるだろう。
「嫌です。正規の金額をお支払いします。それが無理なら余所を当たります」
「いや、別に君を騙そうっていうわけじゃない。本当に大した情報じゃないからね。金額をつけようって気にもならないのさ」
彼女は配られた自身のカードを見ることもなく、降りた。
私がいなければゲームに参加していたのかもしれない。
「騙そうとかはないんだが……少し仲良くなりたいとは思っているんだ。藤堂ニコ君」
「このサブアカも替え時ですかね」
ジョーカーは私の正体を知っていたのだ。
「いや、君が藤堂ニコであることはさほど知られてはいないだろうから、まだ大丈夫だよ」
「どうしてわかったんですか?」
「君が自身のチャンネルでP2015を探すと宣言したと聞いているよ。君が捜査に別のアカウントを使っていることくらいは簡単に想像がつくし、こんな堂々と人探しをしているんだ。ちょっと情報が集まるところにいればすぐにわかるさ」
「なるほど。勉強になります」
「それに別にバレたところで構わないと思ってるんだろ?」
「そうですね」
実際、いずれこのメガネちゃんアカウントがニコの捜査用であることは遅かれ早かれ誰かに気づかれるだろうと承知の上だった。
「私はね、君のように僅かな情報や断片的なヒントから真実を見抜くような推理力はないけど、真実がわかるまでの大量の情報を仕入れることはできるんだ。いずれ協力できることもあるかもしれない」
「ふむ」
「ここで恩を売られておくのも悪くないんじゃないかい?」
「…………あなた、カタギですか?」
「あぁ、そこを気にしているのか。安心してくれ。私はギャンブルで稼いだ金を元手に情報を買って、さらに高く売るということをやっているが自分自身が犯罪に手を染めたことはないよ。VRでもリアルでもね。もちろん私から買った情報を悪用する人間はいるだろうけどね。そこは関与しない」
「うーん、私はクリーンなイメージでやっていきたいんですけどねぇ。まぁ仕方ないでしょう。今回は恩を売らせてあげましょう」
あまり気乗りはしなかったが、ぴーちゃんに最短でたどり着くためには仕方ない。
それにこの人は私のことを利用価値があると思っているようだが、私からも利用価値がある人物のように思える。
「ただ、情報を教える前にちょっと遊んでいきなよ」
そういって、彼女は自分のチップをまとめて私の方に押して寄越してきた。
「はぁ、面倒くさいので1ゲームだけです」
「ゲームに参加できないような手かもしれないよ」
「それでもです。友達を待たせているので」
そしてディーラーはちらりとこちらを見やると私の前に2枚のカードを投げた。
私はちらっとカードを見る。
他のプレーヤーはカモが来たと思っているのだろう。ゲームに対して急に前のめりになったように感じる。
「オールイン」
私はプリフロップのベッティングラウンドに入るやいなや投げやりにもらったチップのすべてを賭けてしまった。
ジョーカーが驚いたように目を見開く。
彼女でも驚くことがあるようだ。
「そのチップ、幾ら分かわかってるのかい?」
「さぁ、知りませんね」
すると、ジョーカーの顔を見たプレーヤーたちが次々とコールを宣言する。
私たちのやりとりを見て、勝てると踏んだのだろう。
こんなチップ、こいつらにくれてやればいい。
すべての共通カードが開かれる。
ダイヤの8、エース、ハートの6、エース、スペードの7
そして全員が手札をオープンするショーダウン。
私の手札は――スペードとクラブのエース。
つまり……エースのフォーカード。
この役に勝つにはストレートフラッシュかロイヤルフラッシュしかない。
そしてその二つを作れたプレーヤーはいなかった。
「すごいね、君」
「運がいいんですよ、私」
私の前にチップが山積みにされる。
そして私はその山をジョーカーの前に押しやる。
「ぴーちゃんはどこにいるんですか?」
「アバター墓場と呼ばれる、放置されたアバターが置かれている区域にいるそうだよ。墓場をうろうろしたり、海を眺めてぼんやりしたりしているらしい」
「ありがとうございます」
――アバター墓場。そういえばスラムにはそんなところもあるって聞いたっけ。そんなところにいるなんて思いもしなかった。
熊店主もそこは紹介してくれなかった。つまり、そこには生きているアバターは基本いない想定なのだ。
――ぴーちゃん、なんで?
私は立ち上がり、踵を返した。
「ちょっと待ってくれ。君が今勝った分のチップ、持っていきなよ。私が渡したのが2000万。今の勝負で入ってきたのが8000万で君は1億得たんだ。これは君のものだよ」
「いりませんよ。ぴーちゃんの居場所の情報代としてとっておいてください」
「本当にいらないのかい?」
「私はファンのみんながくれるスパチャで十分です。過ぎたるは及ばざるがごとし、ですよ」
「面白いな、君は」
「オモシロトークと推理力で人気のVtuberですからね」
「そうか。今度自分で配信も観てみるよ」
私はマッキーと並んでカジノを後にした。
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