私は帰宅後、なんとなく気になってルパンの配信を点けてしまう。

 わざわざVRで観るほどのものでもないので、ベッドに腰掛け、膝の上にタブレットを置く。

 有瀬ルパンのやっていることはゴシップ誌のVtuber版というだけで特にこれといって注目すべきところもないような気はする。

 とはいえ、先ほど見た俳優のスキャンダルをどういう形で暴露するのかまでは見ておこうと思った。

 私が探偵というキャラクターであるがゆえに怪盗という存在に引っ掛かりを覚えてしまっているのかもしれない。

 しかし、彼女は何かを盗んでいるというわけでもないので怪盗というはあくまでキャッチーさの表現であって怪盗の本質とはかけ離れているようにも思える。


     ※


 ルパンの配信スタジオは機械やモニターが所狭しと並んでいるが、どこか懐かしいレトロフューチャーデザインのものだ。

 ブラウン管のモニター、蓄音機、タイプライター、裸電球、時計はニキシー管と今では使われていないようなものをオブジェとしている。

 彼女の前には重厚な木製のエグゼクティブデスクが置いてあり、革張りのチェアにゆったりと脚を組んで座っている。


 ――まぁ、センスは悪くないよね。


 私はミステリ作家だが、古いSF映画なんかも嫌いじゃない。


「視聴者諸君、お待たせしたね。有瀬ルパン二世だ」


 ―― 一世わい。


 とまたも思ってしまう。

 コメントにもあるが、ルパンは特にそこには触れない。


「大林大樹の事務所にも予告状を送ったんだが返事はなかった。つまり自白しなかったということはボクによって盗まれた数々の罪の証拠をここで白日のもとに晒されてもいいということのようだ」


 ――いや、そうはならんやろ。


 彼が何をしたのかは知らないが自分でオープンにしようと、この怪盗Vに暴露されようと結果は変わらない。

 むしろルパンがどの程度の情報を得ているのかわからないのに自ら全部包み隠さず白状するデメリットの方が大きい。

 彼女が何も知らずにハッタリをかましている可能性もあるのだ。


 ――いや、でも流石にハッタリだと思われるところまでは想定するか。


 事務所に対して、証拠のコピーをいくつか一緒に送り付けてるくらいのことはしているかもしれない。

 だとしても、どこまでを白状すればルパンは暴露を止めるのかわからないし、金で解決できる問題なのかもわからない。

 私がそのイケメン俳優や事務所の人間でもなにもアクションを起こせはしないと思う。

 それを向こうにチャンスを与えたが逃げたので秘密を暴露する、というのはそれこそ暴論というか卑怯なやり方に思えた。


 ――なんか、コイツずるいな。


「さて、大林君本人は観てくれているのかな? 観てくれているといいな。君のキャリアはここで終わりだ。覚悟したまえ」


 ルパンが指をパチンと鳴らすと、彼女の周囲に設置されているブラウン管モニターに大林大樹の顔が映し出される。

 ルパンが生首に囲まれているようで不気味だ。


[ド級の暴露頼むぞ!]

[大林くんの無実を信じる]

[やれやれ]

[イケメンは○ね]


 ――なんだかなー。


「さて、彼は現実でもVR上でも許されない罪を犯したのだ。諸君、これをご覧あれ!」


 彼女が再び指を鳴らすと、彼女の背後にスクリーンが降りてきて、古い映画のようなカウントダウンが始まる。





     ※


 映し出されたのは彫りの深い整った顔をした筋肉質な男性――大林大樹だ。

 場所は彼の自宅だろうか。

 高級そうなマンションだ。窓の外を見るにかなりの高層階のようだ。

 

 ――私、芸能人とかあんまり詳しくないから全然ドキドキしないなぁ。この人が出てるドラマとか映画とか観たことあったら、すごいテンション上がるのかなぁ。


 コメント欄は大盛り上がりで、まだ何も明らかになっていないのに投げ銭がとてつもない額飛び交っている。


 大林の目は充血し、部屋の中をうろうろと落ち着きなく歩き回っている。

 何かを待っているかのようだ。

 そして呼び鈴が鳴ると彼は獣のように玄関に駆けていく。


 玄関から彼が戻ってきた。

 その手にはピザの箱が抱えられている。


 ――腹ペコの俳優が宅配ピザ待ってただけじゃないの! 何見せられてんの、これ!


 正直、このまま見続けるかどうか悩んでいると大林は嬉しそうにピザの箱を開ける。

 すると中から出てきたのは注射器と結晶が入ったチャック付のビニール袋だった。

 結晶は青く透き通っていてまるで宝石のようにも見えた。

 注射器がなければ宝石だと思ったかもしれない。

 彼は結晶が入った袋を電灯に翳して確認すると、違う部屋に向かって何やら声をかける。

 すると寝室から女性が出てきた。

 女性は虚ろな目でふらふらと歩く。その様はホラー映画のゾンビのようだ。


 コメント欄は彼女がいたなんてショックだとか私も大林くんのベッドで寝たいだとか気楽な話題で湧いているが、この先起こることの想像はついているはずだ。


 大林はキッチンに移動する。キッチンにはカメラが仕掛けられていなかったのか、編集でその間がカットされ、次のシーンはリビングのソファで二人がそれぞれ注射器を手にしている。

 もう今の時点で警察には通報が行っていることだろう。

 コメント欄にも嘘か誠か「通報」の文字が飛び交っている。

 一人くらいは本当に通報しているのかもしれない。


 二人は自らの腕に針を突き立てる。

 私は人間が違法薬物で酩酊する様子を見るのは初めてだ。

 これまでに感じたことのない種類の異様な緊張感がある。

 二人は注射後にVRヘッドセットを被ると、女性がソファに横たわり、大林は床に座り込む。


 ――VRと併用することで効果が倍増するというドラッグか。


 VR空間内で視覚や錯覚を利用して違法ドラッグに近い効果を出すVRドラッグが問題になっているのだが、リアルでのドラッグもVR空間で効果が増すようカスタマイズされたものが大量に流通しているというのも同じように問題化していた。


 そして、視聴者に配慮したのか彼らが自我を失い快楽に溺れる様子はモザイクがかかる。

 画面が暗転しこの暴露映像も終わったのかと思ったが、そうではなく再び映像が再開される。

 画面には狼狽する大林と、泡を吹いて白目を剥いている女性を抱える複数の男たちが映っている。

 女性は黒い巨大なトランクに押し込められるとそのまま連れていかれてしまった。

 残されたのはソファで頭を抱える大林だけだった。


 私は自分の手が震えていることに今になってようやく気付いた。

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