第12話 白魔法使いのお姉さん
「起きた~」
――ひぃ!
「フィル~?」
動悸と息切れを立て直し、なんでもないように振り返る。
「お、おはよ~」
自分が今、ものすごい苦笑いを浮かべている自覚はあるけど、とにかく平静を装いながらギリギリで用を終えたバケツとタオルを魔法の何でもバックにしまう。
「白っこは~?」
「白っこ? ああ、お姉さんなら――」
「むぅ? まだ寝てる?」
ぼくの側で横になっているお姉さんを見つけて、シルキーは首を傾げた。
「重傷は治したはず。なにか見落とした?」
「あ~、さっきまで起きてたんだけどね……ちょっとやり過ぎちゃって、気絶しちゃったというか、何というか……」
「ん~?」
「あはははっ」
我ながら酷い愛想笑い。
「なんで床塗れてる? 雨降った?」
「え? そ、それは……ゴブリンがオシッコでも漏らしたかな?」
「そか~」
シルキーはお姉さんの側に寄りあれこれと見て回る。
「体、拭いておいたよ?」
「偉い。顔色は、いい。というか、良すぎ? なぜに?」
「回復魔法は効き過ぎたかな」
あはははは~、とひたすら愛想笑い。
「あとは起きてから問診だな~」
「そ、そうだね……」
黒魔法の《クリエイト・ウォーター》で大気中の水を集めて直に飲む。
「じ~……」
「なに?」
顔を上げると、シルキーと目が合った。
「村人?」
「村人だよ」
「今時の村人は魔物の群よりつおいの??」
「それは英雄辞典とパメラちゃんの道具のおかげだよ」
「どんなスキルも道具も使い手しだい。フィルはなかなかのもの。驕り高ぶっても良いレベル。それに、今時の村人は白魔法を使えるもの?」
「村人だって初級の白魔法くらい覚えられるさ」
覚えるだけならできる。デウス教会に寄付して習得すれば良いのだ。
……もっとも数年分の収入があれば、の話だけどね。
「ぼくの家は、ちょっと変わってるんだ」
「ちょっと見せて」
なにを? と聞くまでもなく、シルキーは英雄辞典を手に取った。
1ページ目をめくる。ぼくのページだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
契約者:フィルメル・メイクイーン
性別 :男
種族 :人間
年齢 :14歳
クラス:村人
レベル:8→11
【ちから】 :12→15+15
【たいりょく】:9→10
【すばやさ】 :15
【かしこさ】 :9→11
【きようさ】 :8
【まりょく】 :11→13
【うんめい】 :10
【さいだいHP】 :40→55
【さいだいスタミナ】:70→73+10
【さいだいMP】 :58→65
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「お? おおっ! レベル上がってる」
しかも、結構なステータスが上がっている! 嬉しい!
「シルキーは興味津々。スキルを見る」
ステータスの下『フィルメア』というところを指ちょんするシルキー。
すると、
――――――――――――――――――――――――――――――――――
『フィルメア』
《雑草戦術・特級》《白魔法・初級》《黒魔法・初級》《農作業・初級》
《家畜使い・初級》《鍛冶・初級》《雑事・中級》《色事・上級》
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ざっそうせんじゅつ?」
きょとんとして首を傾げるシルキー。
「村人が覚えられる唯一の攻撃スキルだよ」
「どんなスキル~?」
シルキーが《雑草戦術》をちょんと突く。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
《雑草戦術》
説明:
村人だって死にたくはない。生き物だもの。ならば、戦う以外に道はない。幸いにして武器になりそうなものは多々ある。武器に固執しなければ村人だって戦えるのだ。
効果:
あり合わせの武器でそれなりに戦う。
《初級》:あらゆる小道具でそれなりに戦えるようになる。
《中級》:あらゆる農具でそれなりに戦えるようになる。
《上級》:あらゆる武具でそれなりに戦えるようになる
《特級》:あらゆる道具でそれなりに戦えるようになる。
《超級》:あらゆるものでそれなりに戦えるようになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おお~、凄い!」
「あっ、気づいた?」
流石、シルキー。
例えば、剣士の《剣術》なら剣を、狩人の《弓術》なら弓を持っているときにだけ効果が発揮される。しかし《雑草戦術》にはその縛りがない。つまり《上級》まで取ってしまえば、あらゆる武器が「それなり」ではあるが使えるようになるのだ。
「村人、すげぇ~」
「まあ、ほとんど取得する人はいないんだけどね」
スキル習得もタダではないので、ほとんどの村人は《農作業》やら《家畜使い》などの実用的で、お金になるスキルを真っ先に習得するためだ。
ぼくの場合は、ぼくのお母さん――戸籍上は「叔母さん」なんだけど――に「冒険者になりたい」と言ったら、へそくりで《雑草戦術》を《特級》まで取らせてくれたのだ。
下手な下級クラスよりも戦えるようになるから、と。
実際、お母さんは間違っていなかった。パメラガジェットと英雄辞典の力添えがあったとはいえ、ゴブリンをダース単位で殲滅できたのは《雑草戦術》に寄るところが大きいだろう。
「《いろごと・じょうきゅう》~?」
「うおっ、と!」
慌てて『フィルメア』のところを指チョンして項目を閉じる。
「ちなみに村人なのに《白魔法》と《黒魔法》を習得しているのは、お父さん――といっても叔父さんなんだけど――から小さい頃から教えて貰っていたからだよ」
何年も教えて貰ってようやく《初級》なのだ。
ぼくに才能がないのか、それともスキルとして昇華されるのはそれほど大変なことなのか。……多分、後者だ。スキル取得の労力を大枚で立て替えているのだ。
「お父さん、何者?」
お? 上手く話題を変えることができた。よかったよかった。
「元宮廷魔法使いだったらしい。政争で負けて追放されたんだって」
「お母さんは?」
「ずっと村人だよ」
でも、ただの村人ではない。若かりし頃――今も若いけど――妖精剣士であるお婆ちゃんと一緒に諸国を漫遊し、様々な逸話を残した伝説の村人だ。
「村人だけど冒険者としての知識と経験は豊富で、ぼくの知識はほとんどお母さんから教わったんだ。ぼくの目標、……いつかは村人からクラスチェンジしたいけどね」
「そか~」
シルキーは感情不明の相槌を打ち、つんつんとお姉さんのほっぺを突っつく。
「知り合い?」
「うん、前のパーティの人」
「悪い人?」
「違う」
グルワーズが桟橋の縄を切ろうとしたとき、ぼくはお姉さんたちの悲鳴を聞いた。
お姉さんたちにとってグルワーズの行動は予想外だったのだ。
つまりガリウスとグルワーズの企てを知らなかったってことだ。
「大事な仲間だよ」
やがてお姉さんの長いまつげがぴくぴくして、
「こ、ここは……?」
うっすらとまぶたを開き、シルキーを見て、次にぼくを見ると、
「フィル君?」
「お、おはよ~」
「ん、ん~?」
お姉さんがゆっくりと体を起こす。
すると、ローブがぺろりと捲れ、お姉さんの半裸が露わになった。
「あぅ……」
気まずさに変な声が出たけど……、
お姉さんは自分の半裸を寝ぼけ眼でじ~っと見つめている。
それから、ぼんっ、と音が鳴るかのように顔を真っ赤にさせた。
……どうやら思い出してしまったらしい。
「チクチクするから脱げ~……どした~?」
無邪気に首を傾げるシルキー。その無邪気さが……大変に申し訳ない!
「ぬっ、脱いだら他に着るものが――」
「ぼくの換えの外套があるよ」
雨降った時用の外套を取り出し、お姉さんに手渡す。
見ていない部分はないってくらいお姉さんの全部を見てしまったけど、エチケットはエチケットなので着替えようとするお姉さんに背を向ける。
ごそごそ、と衣擦れの音が響き、
「よ、よろしくね、その――」
「シルキーはシルキー」
「シルキー……ちゃん?」
「うむ、任された~」
着替えは終わったようなので振り返る。
シルキーがお姉さんと少し離れたところでチクチクするところだった。
ちなみにお姉さんは居心地が悪そうに正座している。
「シルキー、針と糸は?」
「持ってる~」
むぅ、あわよくばシルキーを手伝ってこの気まずい雰囲気をスルーしよう作戦が……。
「え、え~っと……大丈夫ですか? か、体」
お姉さんに対面で……正座する。なぜ、正座? 相手が正座だからだ。
「うん、大丈夫よ」
「そ、それは……よかった」
うん、それは、本当に。
「フィル君って……その、凄いのね?」
「す、すごい?!」
藪から棒どころか藪から破城槌の質問に、思わず問い返してしまった。
「そ、そう?」
「アレに比べたらゴブリンにされたことなんて……子犬に噛まれたようなものだわ」
――そこまで?!
「……ありがとう、ね」
「な、なにが?」
「女の子に生まれて良かった。あんなに求めてくれて……おかげで自信を取り戻せたわ」
「そ、それは……よかったよかった」
あははは~、と空笑い。
「それはそうと、……これ、フィル君が?」
お姉さんは顔をしかめて周囲を見渡す。
これ、というのは散乱するゴブリンの死骸のことだろう。
改めて見渡してみると、我ながらよくこれだけの数を相手にして生き残れたものだ。
……というか。
これ本当にぼくがやったんだろうか? まるでゴブリン殺しの英雄みたいじゃないか。
「ええ、まあそんな感じです」
ちょっと自信がなくなったので、思わず答えを濁してしまった。
「村人って凄いのね……」
「いえ、それは――」
英雄辞典のことを説明しようと思ったけど……それよりもまずはお姉さんのことだ。
「ところで何があったんですか? ガリウスは?」
「ちくちく~、ちくちく~」
妙な鼻唄まじりになれた手つきで針仕事を始めるシルキー。
一方で、ぼくの問いに、お姉さんはどんよりと表情を曇らせた。
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