第11話 君が良いの♥
よし! これでぼくでも使える回復魔法の魔導書を手に入れた。さっそく使ってみよう。
「シルキー、交代しよう」
「うぃ~、任せた~」
ぼくの申し出に、シルキーは治療の手を止め、よろよろと立ち上がる。
「――大丈夫?」
見るからに「大丈夫」ではない。疲労困憊って感じ。顔色も真っ青だ。
「寝起きなのにMP空っぽ……、ちょっと休む~」
「うん、そうして」
ぼくが言う間に、シルキーはゴブリンの死体を枕に横になる。……寝づらくないんだろうか? ほどなくして、くぅくぅ、と可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「まあいいや。光よ、糧となり、命を繋げ――《リトル・ヒール》!」
お姉さんに触れるか触れないかの距離でかざした手にやんわりとした光が生まれる。
重傷はほとんどシルキーが治してくれたみたいだから、ぼくは痣の濃いところを重点的。
光を浴びた箇所から痣は引き、元の健康な肌色が戻ってくる。
それにしても、――んぐっ、お姉さんの体中にくっついてるこの白いのって、やっぱアレだよね? シルキーが一応、お姉さんの服を整えてくれたから大事なところは見えないけど、ゴブリンに群がられていたってことは……つまり、そういうことだよね?
「これは……」
ごきゅん、と生唾を呑み込む。
「……エロい」
ゴブリンに汚されて可哀想なはずなのに――お姉さんには悪いけど、凄く、エロい。
見とれていると、ぼくの股間のお大事様がむくむくと……っていかん!
「い、いかんいかん!」
頭を振って煩悩を振り払う。とりあえず治療はこれくらいで良さそうだ。お姉さんが起きて痛いところがあったらまた治療するってことで。シルキーは……まだお眠、か。
とりあえずお姉さんの体を拭いてあげよう。凄い臭いだしね。
「集い、滴れ、――《クリエイト・ウォーター》!」
魔法の何でもバックからバケツとタオルを取り出し、初級の黒魔法で作り出した水を貯めて、じゃぶじゃぶとタオルを洗って、ごしごしとお姉さんの体を拭いていく。
「……ふむ」
白磁のような肌に、しなやかな手足……、胸もお尻も控えめで、決して肉感的ではないけど、均整のとれた体つきは、なるほど、ゴブリンでなくても放っては置かないだろう。
そのうえ、この綺麗な顔立ち。
土埃と白濁した液体で汚れていようと少しの陰りもない。
芸術家が作った女神像のように整い、凜としていて、気品のようなものさえ感じられる。
出自を明かしてはくれなかったけど、貴族令嬢か、貴族の落とし子、と噂されているとか。
「相変わらず凄い美人さんだ……」
バケツの中の水を取っ替え、入念にタオルを洗ってからお姉さんの顔を拭いていく。
「ん、んん、――ん?」
あとは額を額を拭いて、ボサボサになった髪は見栄え良く整えれば――、
「フィル、……くん?」
「え?」
お姉さんのまぶたがゆっくりと開かれ、間抜け面をしたぼくを写す。
「お姉さん!」
「どうして、フィル君が? わたしは……何を?」
お姉さんがよろよろと体を起こす。
すると、シルキーが整えてくれたローブが捲れ、お姉さんの半裸が露わになった。
「……」
お姉さんは少し驚いたように自分の半裸を眺めてから、周りを何気ない様子で眺めた。
ゴブリンの死体が散乱する、こののっぴきならない状況を。
「お姉さん?」
「フィル君、ごめんね……着直すからちょっと向こうを向いてて貰える?」
お姉さんは力なく微笑んだ。
圧倒されたみたいにぼくは首肯して、後ろを振り返り、すぐに視線を戻す。
お姉さんは力なく立ち上がると、足を引きずるように歩きながら、どこかに向かおうとしていた。お姉さんが歩いた後に、白い雫が点々と続いている。
音もなく後を追い、お姉さんが不意にしゃがんだところで駆け出した。
「ダメです!」
咄嗟に、お姉さんの手を取る。その手には、ゴブリンの短剣が握られていた。
「いや、死なせて!」
凄い力でぼくの手を振り払おうとするのに、何とかゴブリンの短剣をお姉さんの手から叩き落とす。
「どうして死なせてくれないの?」
「死ぬ必要がないからです」
「ゴブリンに汚されたの! わたしの全部がゴブリンに毒されたの! これではもう生きていけない! 生きていてもしょうがない! だって、こんな女に価値なんてないもの!」
絶叫し、号泣し、お姉さんは崩れ落ちる。
「そんなことはないです!」
「うそ……」
泣きはらした目で恨めしげに睨み付けられた。
「ゴブリンに汚されようと、お姉さんは変わらずに綺麗です」
「うそ、だ……」
「それに、気高い」
迷わず自害を選ぶ、ってところが特に。
「何一つ変わっていません」
「……」
「お姉さん?」
お姉さんの視線が、なんでぼくの股間に……あっ! 大っきいままだった!
「うそ、こんなわたしに反応してくれるの?」
「も、もちろんです! お姉さんは相変わらずお綺麗ですから!」
「……なら、証明して」
俯き、顔を真っ赤にしてお姉さんがか細く、本当にか細く、呟くように言った。
できることなら聞いて欲しいけど、聞こえていなければしょうがない――。
そんな心情なのだろうか?
しかし、ぼくはそれを聞き逃すほど難聴ではなかった。
「ぼくでいいんですか?」
「――え?」
「ぼくでいいんですか? 本当に」
二回同じ問いを繰り返すと、お姉さんは優しく笑った。
「君がいいの」
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