第10話その① 英雄と魔導書
最後の一匹の眼孔から後頭部を貫き、動かなくなったそれを投げ捨てる。
「終わったかな?」
右を見て、左を見て、念のために《音当て》であたりを探ってみる。
りーん、と戦闘でかっかした頭に涼しげな音が響き、
「……終わったか」
敵の反応がないことに、ふぅ~、と一息。
体は疲れないけど、心が疲れた。ちょっと一休みしたい気分。
でも、気分的に重い足でシルキーに駆け寄る。
「おつかれ~」
疲れた顔でシルキーが出迎えてくれた。
「凄い武器だった~」
「ああ、うん、ありがとう……」
素直に喜べない。
スティンガーとラヴレスのおかげで大活躍できたけど、このふたつは切り札だった。パメラちゃんに「絶対勝てない相手から逃げるときだけ使うように!」と厳命されていたのだ。
――なぜか?
強力な反面、一度使うとバッテリー切れで使えなくなり、もう一度使うにはパメラちゃんの研究室にある小屋ほどもある機械でバッテリーを充填しなければならないからだ。
ふたつのおかげでライダーにもボブゴブリンにも勝てたけど……。
あとはスティンガーが必要になるくらい速い敵と、ラヴレスが必要になるくらい硬い敵と出会さないことを祈るしかない。てか、前者のに出会したら終わりだな。逃げられないだろうし。
「治療はなんとか終わった~」
「治療? あっ――お姉さん!」
慌てて駆け寄る。
そこにいたのは白魔法使いのお姉さん。
酷い、……なんて酷い有様だ!
本当ならサイドポニーでまとめられていたはずの淡紅色の髪はぼさぼさ、顔はかろうじてお姉さんとわかるくらいに腫れ上がり、白いローブは申し分程度に肢体を隠し、隠しきれない体の大部分には、赤や黒の痣だらけで、まるで容赦ない拷問を受けたかのようだった。
「全身39カ所くらい骨折していたけど、とりあえず繋げといた」
「それって……大丈夫なの?」
「絶対安静」
はぁはぁ、とシルキーの息は荒い。顔は無表情のままだけど、色濃い疲労で顔色は悪く、額にはべったりと汗を掻いている。そんなになるまで治療を頑張ってくれたのだ。
「……ごめんよ」
「え? 何が?」
「治療用のもっと強力な魔法が使えるはずなのに、頭がぽあぽあして思い出せない」
「ぽあぽあ、って……」
何を言っているんだ、この子は……魔法は、魔導書とその魔法を使うのに必要なステータスがあれば使えるから、覚える必要なんてないんだけど、……あれ?
「魔導書は?」
「ない」
「どうやって魔法を使ってるの?」
「記憶している?」
なぜ、ぼくが聞いてるのに首を傾げる?
いや、百歩譲ってそれは置いておいて……記憶してる? 魔導書の中身を? それは一冊の辞典を丸暗記するくらい大変なことなんですけど? そのための魔導書なわけだし。
「魔法の術式とか制御式とか調整式とか……みんな記憶してる、ってこと?」
「そうなる」
「妖精、すげぇ……」
「肝心な時に思い出せないのは遺憾の極み~」
「しょうがないよ。百年も眠っていたんだから」
「ありがと」
かすかに笑うシルキー。
「ぼくも回復魔法を使えると良かったんだけど……」
魔法の何でもバックを漁り、一冊の魔導書を取り出す。
「それは?」
「『ハイ・ヒール』の魔導書だよ」
「おお、凄い魔導書だ~」
「そうなの?」
一応、語尾を伸ばして感情を表しているようだけど、ぼくにはいまいちピンとこない。
旅立ちの日、大姉ちゃんがぼくにも使えるように編纂してくれた魔導書というだけのもので、未だにぼくのステータスではこの魔導書を使うことができないのだ。
「シルキー、使ってみる?」
「同じようなものが使えるから大丈夫、――むぅ?」
「どうしたの?」
ふと、シルキーが難しい顔をした。
「【開放条件:S級魔導書を所持する】を確認しました。パンパカパ~ン、おめでと~、『失伝魔法技師ハイドロン』が開放されました~、おめでと~」
「――誰?」
『わしぢゃ』
後ろからしわがれた声が、……振り返ると、
「ぎょわあああああああ!!」
ローブを被った骸骨? しゃれこうべ? スケルトン? ……とにかく骨がいた!
しかも、ただのヒトの骨じゃない。
口先は鋭角に尖って、頭には角があって、足の関節は逆関節で……なん? なんだろ、これ? 竜人……ドラゴンニュートかな? それとも悪魔型の魔族?
「ハイドロン様はドラゴンニュート。ドラゴンニュートとして千年を生きてもまだ研究時間が足りないことを嘆いたハイドロン様は自らをアンデットと化して今なお地下墓地研究所で研究しているのは有名な話~」
「いや、知らないけど……今なお? んじゃ、この方は?」
「これは外界で知見を広めるため、英雄辞典によって作られた空蝉」
……英雄様を「これ」言うな。
『入り用か?』
「――え?」
しわがれた声で話しかけられた。
ハイドロン様の眼孔を埋める暗黒が真っ直ぐにぼくを捉える。
『魔法が使えなくて困っているのだろ? 使えるように編纂してやるぞ?』
「ほ、ほんとうに?」
魔導書の編纂作業は一朝一夕ではできない。設備の整った部屋で、魔導書とにらめっこしながら、ああでもない、こうでもない、と慎重に慎重を期して魔導書を書き換えるのだ。
もし魔導書の記述を間違ったりすれば、その魔導書は本来の効果を発揮しないだけならまだしも、最悪、暴発したり爆発したりするかもしれないからだ。
『魔導書一冊につき「星屑」ひとつ。今回は初回と言うことで「星屑」をひとつやろう。それで試してみるが良い』
「あ、ありがとうございます」
ハイドロン様から『星屑』を受け取り、代わりに『ハイ・ヒール』の魔導書を渡す。
ハイドロン様は手羽先の骨のような指で何度か『ハイ・ヒール』の魔導書を弄ぶようにページをペラペラとめくった後、「ふむふむ」とどこか満足げに頷いた。
『悪くない編纂技術だ。面白みには欠けるが、思いやりに溢れておる』
「は、はぁ……」
『これをお主でも使えるようにすれば良いのか? それだけでいいのか?』
「と、おっしゃいますと?」
『進化効果はいらんか?』
「し、進化効果?」
なんだろう……凄く魅力的なお言葉なのに、嫌な予感しかしないんだけど?
『回復すれば回復するほど、より高次の存在に進化することができる効果だ。具体的には、もう二度と同じ傷を負わぬように全身に強固な鱗を生やしたり、体組織そのものをぷるぷるのものに変えたり、はたまた、傷口を口にしたり3本目の腕を生やしたり――』
「きゃ、却下で!」
『何故だ?』
凄く意外そうに問い返された!?
「魅力的なご提案ですけど、そもそもぼくのステータスで使えます?」
……使えても、もちろん使わないけどね!!
お姉さんの傷を治したいだけなのに、ヒト以外の何かに変えてどうするんだっての!!
『使えんが……これでは普通ではないか?』
「普通で結構です」
『つまらんな~』
ハイドロン様は魔導書を開き、まるで操り人形でも操るように指を動かす。
すると、どうだ。
魔導書から記号や数字、文字や文様、線と丸からなるいくつもの幾何学模様が宙に浮かび上がり、踊るように宙をたゆたうではないか。
『あ~、つまらん、つまらん~』
「あ、あの『星屑』は?」
『いらん。今回はあまりにつまらんからサービスにしておく』
「あ、ありがとうございます!」
『英雄辞典を』
慌てて英雄辞典を取り出し、適当なページを開いてハイドロン様に差し出した。
「どうするんですか?」
『英雄辞典の余白を魔導書にする』
「余白を?」
そんなことしていいの? って感じにシルキーを見ると、
「別に構わない。足りなくなったらページを継ぎ足せば良い」
……あっ、継ぎ足せるのね、ページって。
「一応、『白紙のページ』は何枚かもっているんですけど……」
『ほぉ~、村人には過ぎたものだな。……いかんぞ、悪さしては』
「違います、盗んだものではありません。父親が元宮廷魔法使いで」
『父君が宮廷魔法使いで、お主が村人とは……なかなか興味深いが、――できたぞ』
英雄辞典の白紙のページがピカ~ッと輝き、魔法の術式が浮き上がる。
『《リトル・ヒール》だ。《ハイ・ヒール》のお試し版って感じだな。まあ悪くはない。機動術式は「光よ、糧となり、命を繋げ」だ。効果は3節ってところでお察しだな』
「ありがとうございます!」
さっそくお姉さんに、
『次は、ちゃんと我が輩を楽しませてくれよ?』
「は、はい」
振り返ると、ハイドロン様はもうかき消えた後だった。
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