第9話② ゴブリン・スキーマー
頭に薄汚れたほっかむりを被っているおかしなゴブリンだ。
腕にはいくつもの腕輪を巻き付け、首にはいくつものネックレスをぶら下げている。
他のゴブリンは腰布に粗末な武器という格好なのに……ただのゴブリンじゃない?
『いかん! フィル、早く殺せ!』
――え?
唐突に、ギャギャント様の声が響く。
『やつは「ゴブリン・スキーマー」だ!』
よくわからなかったけど、さっさと殺してしまった方が良い、ということだけが凄く珍しいギャギャント様の焦った声でよくわかった。
ゴブリンその3からショートソードを引き抜き、逆手に持ったまま、ゴブリン・スキーマー(長いので『スキーマー』と呼ぶことにする)に投げつける。
スキーマーは防御も回避も選ばない。
ただ流星のように飛んでくるショートソードを眺めている。
不意は突いていないはずだけど……なんで? まあ労せず倒せるなら、ななななっ!
「――なにっ!」
信じられないものを見た。
ぼくのショートソードがスキーマーを貫こうとした瞬間、まったく別のゴブリンがスキーマーの盾となってショートソードに貫かれたのだ!!
「ゴブリンが味方を庇った?!」
『スキーマーの常套手段だ! 追え追え! とにかく逃がすなよ!』
「わかりました!」
なんだか嫌な感じがする。
さっさとスキーマーを……あっ! 逃げた!
ぼくに背を向けてスキーマーが逃げ出した!
「待てっ!」
追いかける。逃げ足ならぼくにだって自信が、
――なにぃぃ?!
急制動をかけ、油断なく構える。
ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン……、
スキーマーを守るようにゴブリンが壁となって立ち塞がったのだ。
「なんだ……こいつら!」
異様な光景に、ごきゅん、と喉が鳴る。
ゴブリンがゴブリンを守ることもだけど、こいつら……
グルグニールで行動不能にした奴らだ。
その証拠に1匹として無傷のものはいない。
足がへし折れたもの。肩を砕かれ、腕をだらんと下げたもの。中には半分潰れた顔面から目玉を垂れ下げたものや、潰れた両足を引きずりながら這いずるものまでいる。
「馬鹿なっ……なんで動ける?」
『やつらはスキーマーの死兵だ。さっさと蹴散らして、……やばい!!』
何が? と聞くより先に、スキーマーが角笛を取り出すのが見えた。
猛烈な嫌な予感が吐き気のように喉元に込み上げてくる。
「――吹き飛べ!」
気づいたときには体が動いていた。
ゴブリンの壁を文字通りに蹴散らし、その中心に《鉄槌》を解き放つ。
あとは突撃! とにかく突撃!
肉片となったゴブリンの壁を抜き、眼前にスキーマーを捕らえる。
距離は、もう10メートルもない。
けど、《鉄槌》の効果範囲外。ショートソードを逆手に構える。
いざ、投擲――しようとした瞬間、ゴブリンが飛んできた!
「ぬおっ!」
逆手に持ったショートソードで切り払う。
――何が?!
その時、スキーマーの前に、巨大な肉塊が立ち塞がった。
通常のゴブリンよりも頭ふたつ分は巨大で、でっぷりとしたゴブリンだった。
「あれは――」
『ボブゴブリンだな……さしずめ親衛隊といったところか?』
面白くもなさそうにギャギャント様。
スキーマーの後ろの出入り口から、さらに2匹のボブゴブリンが姿を現し、計3匹のボブゴブリンが文字通りの肉壁となってスキーマーを守る。
「ボブゴブリンと戦うのは初めてです。……斬りごたえがありそうだ」
得物をガンバルムンクに変え、上唇をペロリと舐める。
『一応、言っておくが、あれはただのデブではないぞ?』
「知ってます」
有名な話だ。
ゴブリン退治のベテラン冒険者が、いつものようにゴブリン退治に出かけて帰ってこなかった。捜索隊を派遣してみると、ゴブリンの群に、1匹のボブゴブリンが混じっていることがわかった。それで、みんな納得した。つまり、そういうことなのだ、と。
――そう。
数百、数千ものゴブリンを退治してきたベテランでもボブゴブリン1匹には勝てなかったのである。それくらいゴブリンとボブゴブリンはかけ離れた存在なのだ。
『勇ましいお前さんがもっと勇気を振り絞れるように、ひとつ良いことを教えてやろう』
……きっとろくでもないことだ、という確信があった。
『お前さんの知り合いのあの娘を襲わせたのは、十中八九、スキーマーだ』
――っ!
ぶちんっ、とぼくの中で何かが切れた。
同時に、スキーマーの角笛が高々と鳴り響き――、
どこからか、たたたたっ、という素早い足音が近づいてくる。
ほどなくして広場に駆け込んできたのは、大きな狼に乗ったゴブリンの集団だ。
『ライダーまで飼ってるとは……これ以上、角笛を鳴らされたら堪らんぞ!!』
「させませんとも!」
スキーマー目指して――駆ける! 駆ける! 駆ける!
対して『ライダー』と呼ばれた集団はぼくを中心に回り込むように狼を走らせた。
もしかしてぼくを包囲して全方向から一斉に攻撃を仕掛けるつもりなのだろうか?
「――洒落臭い!」
魔法の何でもバックを漁り、見つかったソレを両手の指に挟む。
そして――投擲っ!
放たれた六個の流星が鋭い軌跡を描き、1匹、また1匹とライダーの眉間を確実に貫く。
「パメラガジェット21号『貫き流星スティンガー』?!」
生き残った数匹のライダーがぼくへの攻撃を諦め、回避に専念するが、……無駄だ!
スティンガーは諦めない。
肉を断ち、骨を撃つ音を響かせ、瞬く間にライダー4匹の死骸が出来上がる。
ぼくの周囲10メートル圏内で、ぼくに敵意を向ける限り、どこに、どのような速度で狼を走らせようと、スティンガーは必ずや追いすがり、その眉間を、その心臓を貫くのだ。
おかげでぼくはボブゴブリンに集中できるというもの。
……もっとも、3匹のボブゴブリン相手に、真っ当に勝つつもりなどさらさらない。
ガンバルムンクを取り出し、上段に構えて――
「必殺!」
殺意を充填、そして――ぬりゃ! と気合一発、投げつけた!
「ガンバルムンクミサイル!」
ちなみに「ミサイル」とは「高速で飛来し、攻撃対象に多大なダメージを与える物体」という意味の魔法語だ。定義は曖昧で多くは気分で使われる言葉である。説明終わり。
くるくると縦回転しながら飛来するガンバルムンクに、その軌道上にいるボブゴブリンの1匹は思いっきり驚いたような顔をした。
大方、「剣とは手に持って使うものだ」という凝り固まった認識が、その脂肪だらけの脳味噌にでもあったのだろう。相手が剣士や騎士であったのならその認識は間違いではない。
ただし、ぼくは村人だ。剣もろくに使えない村人が、剣で戦えと言われたら、投げつけるのが一番の冴えた戦法であることは言うまでもない。今みたいに相手の虚を付けるしね。
狙われたボブゴブリンは驚いた顔を引っ込めて慌てて迎撃しようとしたみたいだけど、もう遅い。
――ざしゅんっ!
驚いた顔のままのボブゴブリンの顔面にガンバルムンクの剣身が深々と突き刺さった。
「ぼぶうううっ!」
仲間の突然の惨状に、残ったボブゴブリンが声高に叫ぶ。
そうしている間にも、ぼくはガンバルムンクの柄を掴み、顔面を真っ二つにされたボブゴブリンからガンバルムンクを引っこ抜くと、血糊をまき散らしながら上段に振りかぶる。
狙いは、馬鹿みたいに大声を上げたボブゴブリン。
……目が合った。
咄嗟に、生意気にも頭の上で腕を十字組んで防御。
構わずに振り下ろすと、
「――くっ!」
腕にまで堆積している分厚い脂肪にガンバルムンクは弾かれ、あまりの反動にぼくの手からガンバルムンクが弾け飛ぶ。
防御を成功させたボブゴブリンはにやり――と笑おうとしたのだ。
しかし、その顔面は次の瞬間、十字に組んだ腕ごと真っ二つになった。
「パメラガジェット23号『逆鱗下ろし廻旋斧ラヴレス』!」
すべては一瞬のことだ。
ガンバルムンクは弾け飛び、ボブゴブリンが勝利を確信して笑おうとした一瞬。
ぼくは魔法の何でもバックからラヴレスを取り出し、柄を中心に高速で回転するラヴレスの両刃でボブゴブリンを上段から真っ二つにしてやったのだ。
――残り1匹!
血と贓物をまき散らし、左右に崩れ落ちるボブゴブリン。
血と臓物の向こうに、棍棒を振り上げる残り1匹のボブゴブリンが見えた。
仲間の2匹を無残に殺され、怒り心頭といったご様子。殺意も十分。
……あっ、やばい。キュンキュンと嫌な音を鳴らしてラヴレスの回転が止まる。
バッテリー切れだ。
竜の鱗さえ剥ぐことができるという名文句は伊達ではないけど、その反面、1回使うとバッテリーが上がってしまって、ラヴレスはただの両刃の斧に戻ってしまうのだ。
「やれやれだ……」
あと一回くらいは使えるかと思ったけど……仕方ない。
指で「鉄砲」を作り、ボブゴブリンに人差し指を向けた。
魔法でも放たれると思ったのか、ボブゴブリンは慌てて棍棒を振り下ろす。
直後、
とんっ、とんっ、とんっ、と小気味よい音を鳴らしてボブゴブリンの眉間に、喉に、胸倉にスティンガーが突き刺さった。
「残念でした~」
自動で追尾&抹殺する機能も素晴らしいけど、スティンガーにはぼくの指信号で思うままに相手を攻撃するこういう使い方もあるのだ。
『さて、お楽しみだ』
ぎゃぎゃぎゃ、とギャギャント様の卑屈な笑い声が耳朶に響く。
動かなくなったボブゴブリンを蹴り倒し、スキーマーに向けて悠然と一歩を踏み出す。
スキーマーは一瞬、ぼくに躍りかかろうという気配を滲ませた。
けど、二歩三歩と後ずさると、あとは背を向けて一目散に逃げ出した。
「逃げるな!」
指信号でスティンガーを走らせ、スキーマーの両手両足を貫く。
スキーマーは支えを失い、顔面から地面に転がった。
悠然と、スキーマーの恐怖をあおるようにまた一歩を踏み出す。
スキーマは体幹だけで体を翻すと、二ヘラ~と笑い、ぎゃぎゃぎゃと何かを言った。
「なにを?」
『決まっている。命乞いだ。……フィルよ、覚えておけ。ゴブリンはな、命を助けられようと、やられた事への恨みは決して忘れん。今、必死に宝の在処をゲロって、命を助けてくれるように言ってやがるが、大方、宝に罠でも仕掛けられているんだろうよ』
「関係ありませんよ。恨み辛みを忘れないのはこっちも同じですから」
左手を掲げ、ぱちぃん、と指を鳴らす。
すると……、
ざしゅん、とスティンガーの一本がスキーマーの腹を貫き、続けざまにもう一本のスティンガーがスキーマーの胸を……心臓のない右側を貫く。
スキーマーが大きな声で叫ぶのに、その左目を、続けて右目をスティンガーが貫く。
スキーマーが絶叫を上げる。その口にスティンガーが突っ込む。
最後の一本がスキーマーの眉間を貫き、それっきり大の字で倒れたまま動かなくなった。
「やり過ぎたかも……」
怒りにまかせていたとはいえ、ちょっと反省。
『耳と鼻を削がなかったのは減点だな、ぎゃぎゃぎゃぎゃ!』
「そこまでする必要が?」
『スキーマーは同族の大切なものを質としてこき使うんだ。「質を汚されたくなくば命がけで戦え、この戦いでスキーマーが屠られることあらば質の命はないものと思え」と脅されてな。そのせいか、他の種族よりも同族に忌み嫌われるくらいさ』
「ちなみにゴブリンの大切なものとは?」
『氏族……お前らヒトにわかりやすく言うなら家族さ。同じ群でも平気で裏切るゴブリンだが血の繋がりのある家族だけは大切にするからな』
「ふぇ~、凄く意外です!」
『子を産んでくれた他種族のメスでも友好的なら家族として迎え入れるんだけどな。……まあほとんどが無理矢理ヤって、無理矢理産ませるから、おかしくなっちまうんだけどな』
「あ、そこら辺、やっぱりゴブリンなんですね」
妙に納得したぼくだった。
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