第9話 ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン・・・・・・

「……え?」


 なぜ? と続くはずの言葉はあまりのことに出てこない。

 頭の中が真っ白になって、心がざわざわとする。とても不快で、不安定な気分。

 なぜ? なぜ? と幼子のように疑問が木霊する。けれど、答えは一向に返らない。


 ――いや、


 ただひとつだけ確かなことがあった。


「シルキー、彼女を頼む!」


「任された」


 シルキーがぼくの背中から飛び降りる。


「因果を結び、縁となれ――《トラクター・ビーム》」


 シルキーの魔法に背を向け、ガンバルムンクを両手で構える。噛み締めた奥歯がぎしっ、と鳴って、全身の血液が煮えたぎるような熱を持つ。


 目の前には、ゴブリン、ゴブリン、またゴブリン……。

 同胞の死骸を踏みつけ、一度は奪われた獲物を取り戻さんと寄ってくる。

 数は、10を軽く超えて、20も、30もいる。

 シルキーと出会う前のぼくだったら、一も二もなく逃げ出していたことだろう。

 けど、今のぼくは30匹を超えるゴブリンを前にしても、ただただその数に不満だった。

 彼女を傷つけたこいつらを種族ごと根絶やしにしてやりたかったからだ。


 直後。


 30匹以上のゴブリンが一斉に襲いかかってきた。

 どうひいき目に見ても歴戦の猛者には見えないぼくなら何とでもなると思ったのだろう。あるいは一気呵成に攻めかかればぼくがビビって何もできないとでも思ったか。


 ――酷い勘違いだっ!


「吹き飛べ!」


 もう遠慮はいらない。《鉄槌》をぶちかまし、30体を一瞬にして下劣な肉片に変えてやる。


 ――くっ、意識が!


 スタミナが空っ穴となり、目の前が真っ暗になる。

 でも、大丈夫。

 最大まで《蛮勇王の秘訣》を上げていたおかげか気を失ったのは一瞬。


 気を取り直すと、方々からゴブリンが襲いかかってくるのが見えた。

 バラバラに位置していたために《鉄槌》から逃れた運の良い連中だ。

 シルキーが封印された部屋で戦った奴らは《鉄槌》の威力に逃げ出したものだけど。

 肝が座っているのか、ここの連中は逃げ出す気配がない。

 いや、彼女というご褒美を前にして逃げるという選択肢がないだけか。


 ちと上手くない状況だ。

 多勢に無勢はもちろんだが、必殺の《鉄槌》は一方向の敵しか倒せないのだ。

 同時に、別方向から攻められた場合、気絶している1秒は致命的な隙になりかねない。


「こんなときは……」


 ガンバルムンクを魔法の何でもバックに放り込む。

 中を漁って、……う~ん、どこだどこだ?


「あたっ!」


 取り出したのは、柄が短い槍。その名も、


「パメラガジェット16号『如意神槍グルグニール』!」


 ボタンひとつで、しゃきんっ! と長槍に早変わり!


 大剣の大ぶりな攻撃は強力な反面、隙が大きいからね。

 大多数の敵か、巨大な敵を相手にする場合は有効だけど、

 少数を相手にするには、それなりの熟練度が必要だ。

 ぼくの生兵法では怪我のもと。

 大人しく他の武器を使った方が無難というものだ。

 ……そこで槍ですよ!


 長い長いグルグニールの威容に恐れることなくゴブリンが躍りかかってくる。

 大方「槍なんて近づいてしまえばなんてことない!」なんて考えているのだろう。


「――甘い!」


 グルグニールを振り上げ、振り下ろす。

 4メートルもの長柄を大きくしならせ、グルグニールがべぢぃん! とまず一撃。

 続いて、右に払い、左に払い――、

 グルグニールの先端がぐわんぐわんと鞭のようにしなり、――べぢぃん! べぢぃん! とゴブリンの横っ面を、横っ腹を、足を薙ぎ払う。

 とどめ……は必要ではなかった。

 地面に転がったゴブリンはそのまま息絶えるか、苦痛に動けなくなったからだ。


 槍は、殺すときは「突く」のが一番。だけど、手早く行動不能にしたいときは、長い柄のしなりを利用して「ぶっ叩く」のが一番なのだ。あと、槍は「投げられる」のもいいよね。


「――ふんっ!」


 グルグニールの柄を縮め、――投擲っ!

 シルキーに躍りかかろうとしたゴブリンを後ろから串刺しにする。

 ……まあ、投げると武器がなくなっちゃうんだけどさ。


「ぎゃぎゃぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!」


 うぉ、っと……襲い来る4匹のゴブリン。

 武器がないから、チャ~ンス、とでも思ったか?

 魔法の何でもバックを漁れば武器なんていくらでも――


「ぎゃぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ~!」


 なんでも入る反面、探さないと見つからないのが欠点だよなぁ~、と心で愚痴りながら、薪割り用の斧で躍りかかってくるゴブリンその1をかわす。


 かわした隙に、農業用のフォークで突進してくるゴブリンその2。

 その後ろでゴブリンその3が短弓を引き絞るのが見えた。


「やっ、やばい!」


 咄嗟に、ショートソードを取り出し、ゴブリンその2に投擲。

 ざしゅん、と後頭部からショートソードを生やしたゴブリンその2は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。一息に駆け寄り、ショートソードごとその矮躯を持ち上げて――、


 直後、とんっ、とゴブリンその2の背中に矢が突き刺さった。


「あぎゃ!」


 ゴブリンその3が「しまった!」という顔でぼくを見る。

 ゴブリンでも同胞を撃ったことに何か感じることがあるのだろうか?

 そもそもゴブリンに同胞意識なんてあるのか? まあどうでもいいけど。


「返すよ」


 ショートソードの切っ先でぶらんぶらんしているゴブリンその2をその3に放り投げる。

 同時に、ダッシュ! そして――

 ゴブリンその2を受け止め損ね、諸共に倒れ込むその3をその2ごと刺し貫く。


「次! ――ん?」


 妙なゴブリンと目が合った。

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