第13話 新たな英雄

「……見捨てられました」


 予想どおりの答えに、しかしごきゅんと喉が鳴った。


「わたしがゴブリンに襲われているのに、彼らは……テトルちゃんだけは助けようとしてくれたけど、彼らは、わたしをゴブリンの囮にして、自分達はさっさと――」


 下唇を噛み、お姉さんの緋色の瞳がじわじわと涙に濡れる。


「ニッケルトンさんは助けてくなかったの?」


 パーティの盾である重騎士のニッケルトンさんがいるのに、お姉さんを囮にするなんて、それも白魔法使いのお姉さんを、おかしな話だ。


「それが……あのあと、フィル君のことでニッケルトンさんはガリウスさんと喧嘩して、パーティを抜けてしまったの。それっきり……」


「そ、そうなんだ」


 ぼくのことで怒ってくれたのは嬉しいけど、心配だ。無事だと良いけど。

 それにしても……ガリウスめ!

 許せない! お姉さんまでこんな目に遭わせるなんて! 

 今度あったら《鉄槌》で全身の骨を粉粉にしてやる!


「フィル君は、あのあと――」


 お姉さんの視線がつーっとぼくの後ろに流れる。

 ぼくはぼさぼさになったお姉さんの淡紅色の髪を優しく撫で、手櫛で少し整えて、


「……ん?」


 何気なく後ろを振り返ってから、凄く気まずくなった。

 例えるなら、誰にも紹介したくない家族を友達の誰かに見つかった気分。


「へっ、変質者のゴースト!?」


「ち、違うよ! ただのギガマラテス様だよ!」


 ――そう、ギガマラテス様だ。

 なぜか、ギガマラテス様がぼくの後ろで腕を組んで顕現していたのだ。


「何用ですか?」


 新たらしいスキル? でも、シルキーは……何も言っていない。ちくちく中だ。


『良いものを見せて貰った!』


 良いもの、……何の話?!


『あと、世界の至宝を守ったお主にをひとつ褒美を与えようと思うてな』


「世界の至宝?」


『美人だ』


 お姉さんを指差し、臆面もなく言ってのけるギガマラテス様。

 ここら辺が蛮勇王として何人もの寵姫を囲った所以なのだろうか。

 ぼくにはちょっとまねできそうにない。恥ずか死ぬ。


『ゴブリンの魔手からよくぞ守った。褒めてつかわす。褒美だ、受け取るが良い』


「あ、ありがとうございます」


 両手でありがたく『星屑』を受け取る。


『まだ悪漢に捕らわれた至宝がいると聞くが?』


「ええ、黒魔法使いのお姉さん――テトラお姉さんです」


『何が何でも救い出せ。至宝は数あれどひとつとして失われて良いものではないからな』


「もちろんです」


 ぼくの答えに、ギガマラテス様は「うむ」と鷹揚にうなずき、かき消えた。

 ふぅ~、いきなり現れるもんだからびっくり、――んん?

 ギガマラテス様がかき消えたその後ろに何やら碧い炎の人影が。


「あ、あの……」


 英雄辞典の英雄であることは間違いなさそう。

 でも、初めての方だ。

 細身に騎士のような鎧を着込んだ、耳がピンと尖った美人なお姉さん。エルフかな?

 彼女は横目でちらりとぼくを見ると、これ見よがしに「んっ、んっ」と咳払いをした。


「失礼ですが、どちら様ですか?」


 ぼくなりに礼儀を尽くしてそう問いかけた、そのとき。


「ちくちく、終わった~」


 シルキーがやってきて、彼女に気づくと「あっ、しまった」という顔をした。


「ぱっ、パンパカパ~ン♪」


 思い出したようにいつもの効果音。

 ……なんか、心なしかぎこちない?


「フィルは『砦の乙女アイギス・リム・イフリート』の開放条件を達成しました~、フィルは《砂上の建築術》を習得しました~、おめでと~」


『ようやくですか、このうっかり妖精めっ!』


 ふんっ、と不機嫌この上ないと鼻を鳴らすアイギス様。


「ごめん、忘れてた」


「ちなみにどの段階で開放できてたの?」


「開放条件『必死の状況でありながら、絶体絶命の誰かを助ける』だから……ここに来た最初くらい? 白っこの回復に忙しくてすっかり忘れていた」


「……というか『必死の状況』だったの?」


 必死、つまり「必ず死ぬ」状況だった、ってことだ。


『当然です。英雄辞典の加護があるとは言え、本当ならようやくレベル2桁に達したばかりの村人がどうこうできる相手ではなかったのですよ。それをわたくしのスキルもなしに攻略してしまうなんて、わたくしの立場というものをもう少し考えて貰いたいものです』


 ふんふんっ、と鼻息荒くアイギス様は一息にまくし立てる。


 本当なら、……そうか、アイギス様のスキルで何とかすべきだったのに、ぼくはシルキーの魔法とパメラガジェットの力でなんとかしてしまったわけだ。


「なんか、すみません……」


 とりあえず謝っておいた。

 すると、アイギス様はにこっとした。


『構いません。結果としてあなたは生き残り、彼女も死なずにすんだ。結果としてひとつの偉業を成し遂げたのです。あなたの勇気を讃え、「星屑」を与えましょう』


「あ、ありがとうございます」


 両手で「星屑」を受け取る。


『わたくしのスキルは開放条件の厳しさが物語るとおり、かなり有用ですからね、上手く活用してくださいね』


 最後にひとつ微笑み、アイギス様はかき消え……ない?

 先ほどまでの毅然とした態度から打って変わって何やらもじもじしている。


「アイギス様?」


『フィル、あなたも男なのですから、もしものときはちゃんと責任を取るのですよ?』


「――はぃ?」


 何の話? で、なんでお姉さんまで真っ赤に?


『以上です! 何事もほどほどにですよ!』


 何こっちゃ? まあいいや。


「あっという間に『星屑』がふたつも……」


 両手の手の平で転がるふたつの「星屑」に、自然と笑えてくる。

 とりあえずアイギス様のスキルを確認だ。自分で有用って言ってたし、どんなかな~♪


「フィル君?」


「はい?」


 お姉さんに呼ばれ、英雄辞典をぺらぺらしながら顔を向ける。


「どうしたの? 鳩が豆魔法を喰らったみたいな顔をして?」


「いや、ちょっと説明して欲しいんだけど……」


 何を? ああ、ギガマラテス様とかアイギス様のことかな?


「ぼくもあんまり詳しくないから……シルキーに聞いて」


「任された~」


 お姉さんとシルキーが輪を作るのに、ぼくは蚊帳の外で英雄辞典をめくる。

 新しく開放された『アイギス・リム・イフリート』を指ちょんして、



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 《砂上の建築術》


 説明:

 頑なな姫の信念を曲げることは奸臣の誰にもできないことだった。かくして三日三晩の大魔法の果てに砂漠には要塞が出来上がる。押し寄せる数万の魔物の群に要塞は幾度となく陥落の危機を迎えるが、一晩経つと要塞は完全な姿で蘇った。然もありなん、要塞は、砂漠の砂でできていたのだから。建材が足りぬと言うことは終ぞなかった。


 効果:現在★☆☆

 ★1:《瞬間建築・罠》 :消費したMPに応じて罠を作り出す

 ★2:《瞬間建築・砦》 :【さいだいMP】の300%を消費して砦を作り出す

 ★3:《瞬間建築・要塞》:【さいだいMP】の1000%を消費して要塞を作り出す


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 物作り系のスキルか……、これは便利そうだ。

 しかし、【さいだいMP】の1000%ってどうやって――


「フィル」


 ん? どうやらお姉さんに説明は終わったらしい。

 シルキーとお姉さんが近づいてくる。

 お姉さんは多少は整えられた淡紅色の髪を元のように左側でサイドポニーにまとめ、継ぎ接ぎだらけだけど白いローブに着替えていた。


「……」


 修繕された白いローブ姿のお姉さんに、ぼくも何も言えなくなる。


「エロい」


 ただひとり沈黙を破ったシルキーのその一言がすべてを物語っていた。


「ま、まだ外套を借りてても良いかしら?」


「どうぞうどうぞ」


 お姉さんは顔を朱に染め、改めで外套を羽織り直す。

 修繕された白いローブで隠せたのは、胸元と腰回りだけ。


 逆を言えば、肩も首元も、おへそも、太ももから下も丸見えなのだ。……素直に、これはエロい! 下着だけよりも、なまじ隠されているだけ余計にエロい!


「と、ところで説明は終わった?」


 鼻の下を伸ばしている場合じゃないので、居住まいを正してそう問いかけた。


「どうかしました?」


 どうしたんだろ? お姉さんはじ~っと熱烈な視線を注いでくる。

 呆けて見上げていると、お姉さんはぺたんっとぼくの目の前で腰を落とした。

 それから、ぼくがあぐらの上で広げていた英雄辞典をまじまじと見て、


「これが……伝説の英雄辞典?」


 ――おや?


「英雄辞典を知ってるんですか?」


「お師匠様から聞いたことがあるわ。『失われた英雄の力を蘇らせ、当代の英雄に真なる英雄の力を約束する』と謳われた魔導書よ。お師匠様からは『未完成で終わった机上の空論』だと聞かされていたけど……まさか、完成したいたなんて……凄い!」


「完成していたのがばれたら魔王軍に襲われるからな~」と、これはシルキー。


「なるほど、作成計画は極秘裏に行われていたのね……お師匠様が言うには、英雄辞典には自我のようなものがあるらしいけど、本当?」


「本当。英雄辞典は生意気にも自分で主を選ぶ。シルキーはそのおまけ」


「つまり、それって……フィル君!」


「――はっ、はいぃ?」


 お姉さんの熱っぽい瞳がぼくを真ん中に写す。

 ……なんか、怖い。

 目の前でネコに狙われたネズミの気分。


「君は英雄なのね?!」


「違います」


 即答した。


「いいえ、違わないわ。今はただの村人だけど、いつかは凄い英雄になる。だって英雄辞典に選ばれるような逸材だもの! 間違いないわ!」


「たまたまです。たまたま逃げ込んだ部屋でシルキーに出会って、たまたま英雄辞典に選ばれて、今までたまたま生き残っているだけです」


「運命に選ばれたのね!?」


「なんでそう――」


 次の瞬間、決して貧相でないお姉さんの体がぼくを包み込んだ。


「凄い!!」


「おお? おおおおおおっ!」


 柔らかい! そして、温かい! ゴブリン臭いけど、ちょっと良い香りがする!


 ――はっ!


 唐突に、理解した。

 ギガマラテス様は王様なのに、なぜ半裸なのか。

 美女の抱擁を堪能するためだ!


 くっ! 金属片を鎖帷子に溶接していたスケイルアーマーのせいで、ちっともお姉さんとの抱擁を楽しめない! 命惜しさにこんなものを着て! ぼくはなんて浅はかなんだ!

『フィル、イチャコラしている場合じゃありませんよ』


 突然、顕現したアイギス様が、突然、そんなことを言った。

 どういう意味? と頭を捻るより先に、どどどどっ、と地鳴りのような足音が響き渡る。

 しかも、広場の全方位から――ぼくらを囲うように。


『逃げ遅れましたね』

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