第14話 瞬間建築

 どういう意味? と頭を捻るより先に、どどどどっ、と地鳴りのような足音が響き渡る。

 しかも、広場の全方位から――ぼくらを囲うように。


『逃げ遅れましたね』


 次の瞬間――、

 広場にオーク、ゴブリン、ボブゴブリンの大群が雪崩れ込んでくる。

 ……なんて無粋な奴ら! せっかくお姉さんとの抱擁を楽しんでいたのに!

 お姉さんを引き離し、魔法の何でもバックからガンバルムンクを取り出して、


「注意。《鉄槌》の使用回数はあと2回。温存、推奨」


 出会い頭に《鉄槌》を喰らわやる! つもりが、シルキーから待ったがかかった。


「あ、あと2回だけ?!」


『調子に乗って使うからです』


 ざまみろ、と言わんばかりにアイギス様。……ちょっと意地悪?

 そうしている間にも大群との距離は見る間に縮んでいく。だいたい、20メートルくらい。

 オークの鼻息が、ゴブリンの卑猥な息づかいが、もう聞こえてきそうだ。


「どうすれば――」


 ……って考えるまでもない。アイギス様が出張っているのは、まあそういうことだ。


『イメージして指で合図です』


「こうかな?」


 イメージして、指をぱちぃん、と鳴らす。

 すると、ぼくらに肉薄しつつあった大群は突如として天井近くまで打ち上がった。

 ――なぜか?

 ぼくが《瞬間建築》で彼らの足場を隆起させ、一瞬にして元の高さに戻したからだ。

 天井までとなると40メートルくらい。その近くだから30メートルは下らない高さ。

 30メートルもの高さから落ちればどうなるか? 

 巨人だって足を挫くだろう。なら、ゴブリンやオークは?


 ぐしゃ! ごきぃ! どすっ! ぼごんっ! べごん! ばごぉん! 


 いろんな激突音が何重にも響き渡る。

 あとには、オーク、ゴブリン、ボブゴブリンの死体が、あるものは大の字で、あるものは体の一部を拉げて、またあるものは四肢をおかしな方向にねじ曲げて散乱していた。

 これで全滅? いや、呻いている奴が何匹かいる。落ちどころがよかったらしい。足が砕けていたり、体の半分が潰れていたりと、戦闘不能ではあるようだけど。


『落とし穴でも作れれば及第点だと思っていましたが……まさか、このような方法で、よもや全滅させるなんて……なっ、なかなかやりますわね!』


 わーい、アイギス様に褒められた……でも、なんで悔しそう?

 ぐぬぬぬっ、って感じに顔を強ばらせているんですが。


「もしかしてぼく、何か怒らせるようなことやっちゃいました?」


 アイギス様のお好みの殺し方じゃなかったとか?

 もしかして串刺しの方がよかった? 一応、天井から尖った石を振らせるのと二択だったんだけど……落下死は趣味じゃなかったかな? 


「問題ない。アイギス様を嫉妬させるくらい冴えた使い方だった、ってだけ」


「そうなの?」


 シルキーはそう言うけど、ぼくごときの浅知恵で英雄様を嫉妬させるなんて、……ねぇ?


『か、感心しているだけです。誰が嫉妬なんて……みっともない! このことに決して奢らず、試行錯誤と研鑽を積み重ねるように! 以上です!』


 ふんっ、と意地が悪そうに鼻を鳴らすと、アイギス様はかき消えた。


「やっぱ、怒ってんじゃん……」


「気にしなくていい。アイギス様は意地っ張り。プライドも高くて、いつも自分が一番だと思っているから、ぎゃふんと言わせると面白い。あと、泣き顔も美人」


「それはちょっと意地が悪いと――」


「フィル君!!」


「――ひぃぃぃ!」


 いきなり何かに襲われたかと思ったら、ただのお姉さんじゃん!?

 ぼくの両手を握って、何? 何の真似? 痛いのはダメだよ?


「凄い、凄いわ、フィル君! あの伝説の英雄アイギス・リム・イフリート様にぎゃふんと言わせるなんて!」


「言ってないですけど……」


「言ったようなものよ! 凄い凄い! フィル君、凄い! アイギス様といったら頑固者で有名なんだから! 反対する臣下には一切耳を貸さずに砂漠に要塞を作ったり、祖国存亡の時でもお茶の時間を頑なに守ったり、援軍要請の指令書の字が汚いというだけで無視して一個師団を全滅させたり……。頑固エピソードには事欠かない御仁なんだから! あの伝説の頑固者を唸らせるなんて大したものだわ!」


「いや、知らないですけど……」


 握ったぼくの両手をギシギシと軋ませながら、ぴょんぴょん跳び跳ねるお姉さん。

 ……そろそろぼくの両手が限界ですが?


『後生ではそのように語られているのですねぇ……』


 トホホな感じでアイギス様の声が聞こえたような気がしたけど……まあいいや。


「とりあえずここを離れましょう。また増援が来ると面倒臭いです」


 お姉さんを引き離し、ガンバルムンクを魔法の何でもバックに収める。


「それに、黒魔法使いのお姉さんを探さないと」


 ぼくのひと言に、お姉さんははっとした。


「そうだったわ! まだガリウスと一緒にいると思うけど、あんなのにわたしの可愛い妹を任せてはおけないわ!」


「どっちに向かったかわかりますか?」


 広場のあちこちに出入り口があるのだ。下手な道を進もうものなら一生涯、ガリウスたちに追いつくことはできないだろうし、また魔物の群に遭遇しかねない。


「ごめんなさい、わからないわ」


 無理もない。ゴブリンの群に襲われているのに、悠長にガリウスたちの行き先を探っている余裕なんてなかったろうし。しかし、困ったな……。


 一応音当てで周囲を索敵してみたけど、魔物の反応はなかった。

 それはいいんだけど、他の反応もなかったのだ。例えば、他の冒険者とかの。

 これでは黒魔法使いのお姉さんがどこにいったのかもわからない。


『力を貸してやろうか?』


 そのとき、碧い炎が一匹のゴブリンを形作った。

 咄嗟に、お姉さんが身構える。


「大丈夫だよ、……多分」


 今にも飛び掛かっていきそうなお姉さんを手で制して、


「ギャギャント様?」


『ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ! 手酷くやられたようだな、お嬢さん』


「ゴブリン! どうしてゴブリンがここに!」


 お姉さんが後ろから凄い力でぼくを振り払おうとしてくる。

 前のぼくだったら……《蛮勇王の剛勇》で【ちから】にボーナスがついていなければ、きっと振り払われていたことだろう。


『おっと、そう睨まないでくれ。怖くてチビってしまいそうだ。ぎゃぎゃぎゃぎゃ!』


「馬鹿にして!」


 お姉さんに掴まれたぼくの腕が、ごきぃん、と不穏な音を鳴らす。

 ――ひ、ひぃ! 折れてない? 折れてないよね!?


「おち、落ち着いてください! 一見同じゴブリンに見えますが種族が違うそうです」


「同じゴブリンでしょうが!」


『あんな下郎と一緒にされるのは心外だ。気分を害した。せっかくの忠告共々おさらばするとしようかな~?』


 にや~、と意地悪く笑うギャギャント様。ぶん殴りたい、この笑顔!

 でも、忠告が気になるので我慢我慢。


「お姉さん、ここは堪えてください。テトラお姉さんを探し出すための何かしらの手段が手に入るかもしれないんですから」


「ぐぬぬぬぬっ……いいわ、フィル君に免じて堪えてあげる! でも、その忠告とやらが有用でなかったら、その鷲鼻をもぎ取ってやるんだから!」


『おお~♪ 怖い怖い♪』


 くっそ! 超楽しんでやがる!


「もういいわ、三秒もがんばった……《ターンアンデット》で払えるかしら?」


「やめてください!」


 本当に払えたら《音当て》まで使えなくなってしまう。あれは良いスキルなのだ。


『ぎゃぎゃぎゃ! こりゃ敵わん! さっさと退散するとしよう~♪』


「忠告!」


『おお、そうだった。――フィルよ、「星屑」をいくらか余分に持っていたな?』


「え? ええ……」


『《灰色妖魔の執念》に「星屑」をひとつ落としてみろ』


 にやついた笑顔と共に、ギャギャント様はかき消えた。

 忠告って……そんだけ? ぼくの苦労はなんだったの?

 ……まあいいや。

 言われたとおりにするのは何だが凄く癪だったけど……背に腹は代えられない。

 英雄辞典を開き、《灰色妖魔の執念》のところに『星屑』を落としてみた。


「パンパカパ~ン、スキル『跡見』を獲得しました」


「――え? 何? 何でこの子がアナウンスするの?」


「そういうもんだから気にしないで。お姉さん」


 ……む?


 スキルの使い方が頭に流れ込んでくる。

 どうやら《パッシブスキル》らしい。


 使い方は、人差し指と親指で輪っかを作り、それを覗くだけ。

 やってみると……

 おおっ! 普通は見えなかった足跡が、輪っかの中では光って見える!

 これで黒魔法使いお姉さんを追跡できるぞ。

 黒魔法使いのお姉さんの足跡は、足跡は、……どれだ? いっぱいあるんですけど。


「フィル君、どうしたの?」


「黒魔法使いのお姉さんってどんな靴履いてましたっけ?」


「革のブーツよ。踵があまり高くないやつ」


 ……あれかな~、それとも、これかな~、よくわからないな~。


「フィル。体重と体格で検索すべし」と、これはシルキー。


「え? そんなことできるの?」


 とりあえずやってみた。

 テトラお姉さんをイメージして……むっ、数件ヒット。

 青や赤に彩られた足跡が縦横無尽に行き交うのが見える。

 たぶん、足跡の主の行き先を示しているのだろう。

 でも、同じ足跡ばかりでどれがテトラお姉さんのものかわからない。。


「体格はお姉さんと同じくらいで、……体重は?」


「わたしと同じ。でも、フィル君、女の子にそんなこと聞くもんじゃないですよ」


「追跡に必要なんですが……」


「43㎏よ」


 なぜか、ほのかに頬を赤らめるお姉さん。

 その数値が何を意味しているのか、ぼくにはわからないけど、ひょっとしたら標準よりも重いのだろうか? 見た感じ太っているようには見えないけれど。 


「フィル君、じろじろ見ないっ!」


「ごめんなさい」


 お姉さんと同じ体格で、同じ体重の人物を思い浮かべ、改めて指の輪っかを覗く。

 すると、無数にあった足跡の中で、1種類の足跡が赤い光となって浮かび上がった。


「これ、……かな?」


 確証はない。けれど、歩幅は狭く、何度も爪先と踵の向きが反転している。

 多分、途中で何回も振り返っているのだ。白魔法使いのお姉さんを心配して。

 となると、間違いない! これが黒魔法使いのお姉さんの足跡だ!


「フィル君、わかったの?」


「わかった。こっちだよ」


 足跡を3人で追いかける。

 ……ん?


「どした?」


「今何か聞こえなかった?」


 目視でシルキーに、次にお姉さんに問いかける。

 わずかに地面を揺らすくらいの爆発音を聞いたような気がしたのだ。


「ま、まさか――テトルちゃん?」


「待って待って。今『音当て』で探ってみるから」


 今にもひとりで向かおうとするお姉さんを手で制し、長剣の切っ先で地面を小突く。

 スキル『音当て』により、りぃーん、と鈴の音にも似た音が響き――、


「ま、まずい!」


 頭の中に広がった簡易マップにぼくはギクリとした。


「シルキー!」


「あいよ」


 阿吽の呼吸でシルキーをおんぶし、一も二もなく走り出す。


「ど、どうしたの? フィル君!」


 お姉さんが追いかけてくる。

 ……一瞬、迷った。

 嘘をついてこの場にとどめるべきか、それとも正直に言ってしまうべきか。

 けれど、思案している余裕も時間もなかった。


「この先で黒魔法使いのお姉さんが襲われているんだ!」


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