第20話 生け贄ズ

「ばぁう!」


 ――ひぃ!


 び、びっくりしたぁ! なんだ? 食堂の奥にはヒカリゴケでも届かない暗がりがあってよく見えない。さっきの声はこの先から聞こえてきたんだけど……


「シルキー、灯り」


「ほぃ」


 シルキーが羽をぱたぱたさせると、鱗粉がこぼれ落ち、微光を放って暗がりを照らし出す。

 すると、


「ひぃぃ!」


 引きつった悲鳴を上げたのは、双子のお姉さん。

 先に悲鳴を上げられたせいで、ぼくは何も言えず、口をぱくぱくさせる。


「こいつは……たまげたぜ!」


 興奮を抑えきれない様子で、嬉々として言ったのはニッケルトンさん。

 なにが? なんのこっちゃ? わけわからん。

 というのも、暗がりの中に居たのは檻に入れられた3匹の魔物だった。


 1匹は黒毛のコボルト……でも、見たことのない鎧を着ている。

 もう1匹はハーピー……でも、羽の色が七色の虹色。綺麗。

 最後の一匹はトロール……でも、腕や背中が黒い剛毛に覆われている。


 ぼくの知っている三匹とは……何か違う。何か、というか……大分?


「こいつはサムライコボルトだぜ!!」


「さむらいこぼると?」


「東の方にサムライという戦士がいてな、そいつらの鎧を着ていることから、サムライコボルトと呼ばれているんだ」


 なるほど、このコボルトが身につける見慣れない鎧は、その「サムライ」と呼ばれる戦士のものらしい。あまり頑丈そうには見えないけど、動きやすそうではある。


「こいつを倒した『実績』があれば戦士系ならクラスチェンジし放題だ」


「ま、まじか……」


 んぎゅ、と喉が鳴る。


「こっちのは……まさか、虹羽根ハーピー?」


「知ってるんですか?」


 とりあえずサムライコボルトのことは置いておいて。

 震える声で言うテトラお姉さんに聞いてみた。


「見て、この羽根……七色に光って綺麗でしょ?」


「ええ……」


「これが最高級のロープの素材になるのよ。素材だけでも結構な値段になるわ」


 うっとりしたようにテトラお姉さん。

 反対に、ハーピーのいたいけな少女の顔がはっきりと恐怖に歪む。

 顔と胴体以外は鳥とは言え、人の顔で怯えられると……なんか、悪いことをした気分だ。

 いたたまれずに視線を逸らすと、毛むくじゃらのトロールと目が合った。

 なんという……綺麗な瞳! 円らで、純真な瞳がぼくを鏡のように映し出す。


「これ、アンゴロモアトロール……」


 シルキーが教えてくれた。


「アンゴロモアトロール?」


「昔、極東の島国襲ったトロールの末裔……らしい」


「ふ~ん……」


 そんなおっかない怪物には見えないんだけど。


「革素材として優秀。これで作った革の鎧はそこらの金属の鎧よりも丈夫」


「へ~……」


「剥ぐべし」


「へ~……へ? 剥ぐの?」


「賛成だぜ」とニッケルトンさん。


「ついでにコボルトとハーピーもやっちまおう。檻に入っているから反撃される心配もないしな。これだけの高級素材と『実績』が、ろはで手に入るんだ。見逃す手はない」


「よ、よし……やってしまおう!」


 グルグニールを取り出し、長柄モードで構える。

 まずは……どれにしようか? トロール? ハーピー? コボルト?


「ばぁう! ばぁう!」


 目が合うと、コボルトに吠えられた。命乞い? それとも威嚇? 

 あれ? この声って……確か、


「とるるるるる~」


「命乞いかよ」


 突然鳴きだしたのを面白がり、ニッケルトンさんがハーピーの檻を蹴り飛ばす。


「きゅい、きゅい」


 物寂しそうなハーピーの鳴き声。


「どるがああああ!」


 抗議めいた声を上げたのはトロール。


「……」


「どうした? やらねぇのか?」


 ニッケルトンさんが訝しげに聞いてくる。


「やめません?」


 グルグニールの構えを解く。……なんか、どっと疲れた。


「まさか、フィル、おめぇ……魔物に同情しているのか?」


 ぷっ、と失笑するニッケルトンさん。

 まさにその通りなので何も言えなくなる。


「ギャギャント様みたいに話せる魔物……いや、魔族もいるってわかったから、なんか凄くやりづらくて……妙に訴えかけてくるし、檻の中で無抵抗だし……」


「なら、俺が変わってやんよ!」


 ニッケルトンさんは何の躊躇いもなしにハーピーに向けて短斧を振り上げた。

 ハーピーはぎゅっと目を瞑り、両方の翼で頭を抱えて丸くなる。


「まっ、待ってください!」


「なんでぇい?」


「この子たちの鳴き声に聞き覚えがありませんか?」


「魔物の鳴き声なんぞに――」


「ばぁう! ばぁう!」


 コボルトがここぞとばかりに野太い声で鳴いた。


「どるがああああ!」


 続いてトロール。

 ……うん、間違いない!


「あん? この声は……確か、あのときのか?」


「そうです。この声で隠れていたレッドキャップが一斉に逃げ出したんですよ!」


「偶然だろ? まさか、フィル、おめぇ……トロールが助けてくれたと思っているのか?」


「ち、違うんですか?」


 我ながらメルヘンが過ぎるとは思うけど……そう、思うだけの根拠はある! 


「楽観が過ぎる! 不必要とは言わんが、過ぎた楽観は身を滅ぼすぞ!」


「多数決! 多数決を取りましょう!」


 決定に迷ったら多数決。冒険者パーティの基本だ。


「お題は?」


「『見逃す』か『殺すか』で」


 みんなを見回す。……準備はよろしいようだ。


「『見逃す』っていう人~」


 ひとり手を上げる。


「『殺す』っていう人~」


 みんな手を上げる。みんな……ニッケルトンさん、テトラ、テトルお姉さんの三人だ。


「シルキーは?」


「フィルに任せる」


「ぼくは『見逃す』に一票」」


 素材のためとはいえ檻の中の無抵抗な魔物を殺すのは……ちょっとね。


「シルキーを混ぜると賛成3、反対3……同票、か」


 こりゃ困った――


「え?」


 声を上げたのはテトラお姉さん。


「あたしたちって今、五人のパーティよね?」


「もちろんです。それが何か?」


「票が、六票あるわ?」

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