第21話 魔物学者ソフィ

「票が、六票あるわ?」


「――え?」


 そんな馬鹿な! 五人のパーティで六票が入るはずがない!

 ふぃ、ふぅ、みぃ……と数えて、……むっつ、むっつぅ?!

 あっ、いや……ひとつ碧い人影が混じっている。

 彼は……彼女は、え? 本当に誰?!

 年は、ぼくと同じくらい

 ぼさぼさのショートカット頭で丸い眼鏡を掛けた、小柄な女の子だ。どこか疲れたような面立ちで、目の下には碧い炎でもかき消えない色濃いクマがあった。

 碧い炎が形作っている、ってことは……もしかして英雄?

 遅まきながらそう思ったのは彼女がちっともそう見えなかったからだ。


「シルキー……彼女は?」


 聞くと、シルキーは「あっ、しまった」という顔をしていた。


 すたすたっ、と英雄というか英霊? で幽霊みたいなものだから本当なら足音なんて鳴らないはずなんだけど、なぜかそんな足音が聞こえてきそうな勢いで歩み寄る。

 そして、グーにした手でシルキーを思いっきり殴った。


「痛い……」


 ……そんなわけない。


 かの英雄の拳骨は足音が鳴らないのと同じ理屈で、シルキーの頭を素通りしただけなのだから。……もしかして精神的に痛かったとか?


『このポンコツ妖精めっ! アイギス殿の叱られたことをすっかり忘れて、また己の役目をおろそかにしたな!』


「も、申し訳ない……」


 本当に申し訳なさそうにシルキー。


「えと、シルキー……この方は?」


 聞くと、シルキーが何か言うより先に、女の子の英雄はぼくに振り返って、


『お初にお目にかかるフィル殿! 貴殿の慈愛に感じ入り、ソフィ・マクレガンここに参じました。我が知見、必ずや貴殿のお役に立つことでしょう」 


 貴族がやるような大仰極まる仕草でぺこりと頭を下げたのだ。


「ご、ご丁寧にどうも……」


 恐縮してしまう。ぼくごときに何かすみません、って感じだ。


「で、このお嬢さんはどちらさんで?」


「魔物学の第一人者、魔物学者のソフィ・マクレガン様です」


 ぼくの疑問を代弁したようなニッケルトンさんに、答えたのはシルキー……じゃない。テトルお姉さんだった。どこか緊張したようなテトルお姉さんとは裏腹に、テトラお姉さんはその後ろでキャーキャーと黄色い声援を上げていた。


「有名人かい?」


 キョトンとするニッケルトンさん、ぼくもだいたい同じ顔をしてるに違いない。


「魔物学の権威です。魔物学を囓ったもので彼女のご尊顔を知らない人はいない、といっても過言ではないでしょうね」


「ほぉ、そりゃてぇしたもんだ~」


 感心するニッケルトンさんと目が合い、暗黙の内に語り合う。

 語り合った内容は、こんな感じ。


「知ってるか?」

「知らないです」

「俺もだ。魔物学なんて学問があること自体、今知ったぜ」

「……右に同じ」


『よしてくれ。魔物学の権威なんて……あんな半端な研究成果しか世に残せなかったぼくには過ぎた称号だよ。なんだかお尻のあたりが痒くなってくるねぇ~』


 そう言うけど、なんか嬉しそう。


「半端なんですか?」


「「『とんでもない!』」」


 何気なく聞いてみたら、三方から反論がきた。……ん? 三方?


『失礼な奴だな、ぼくの主殿は! ぼくが習得できなかった魔物言語はたった1種類なのに……ちょっとの失敗で子供の可能性を握りつぶすダメ親かい、君は?』


 ……自分で『半端』って言ったじゃん、と反論したかったけど、相手は英雄なので、


「す、すみません……早計でした」


『そうかい? わかってくれて嬉しいよ』


 ふふ~ん、と鼻高々に胸を張るソフィ様。

 ……おっぱいないけど。そういえば、


「ソフィ様は随分お若いようにお見受けしますけど……」


『没年齢は15才だった。ちなみに君たちと同じ「ヒト」だよ』


「あっ、本当にお若いんですね。それで『英雄』って凄いですね!」


『「英雄」と言っても実際に戦働きをしたわけじゃないよ? ぼくが研究した魔物言語で人間と魔族との戦争のいくつかを未遂に終わらせたから、そう呼ばれているだけなんだ』


「つまり賢者ポジ……」と、これはシルキー。


『本当はもっと生きて、人間と魔物の共通言語なんかも作りたかったんだけど、ちょっと失敗しちゃってね』


 えへへへ、とソフィ様は年相応に笑う。


『魔植物の言語を解析しようとしたんだけど、失敗して食べられちゃったんだ』


 えへへへ、とソフィ様は笑う、……って笑えないよ!


『さて、楽しいおしゃべりはこれくらいにしておこうか?』

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